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~日本の香りを味わう~

《第7回》どら焼き、パティスリー朋(TOMO)

2018.06.28

 

 Dorayaki de Saison 季節のどら焼き「フレーズ エ マスカルポーネ」

 

 

く芳ばしい香りがパリの街に漂う。どら焼きで知られたパティスリー朋は、店先のコーナーで生地を焼いていて、有機小豆を使った自家製あんにとりわけ力を入れている。定番のどら焼きだけでなく、注文をするとその場で作ってくれる季節のどら焼きもあり、ショーケースにはフランスの伝統的なパティスリーの要素を取り入れた変わりどら焼き「フランコ・ジャポネ」と和の生菓子が数種類ずつ並んでいた。

店内は日曜日の午後ということもあって、かなり賑わっていた。

 

和菓子には色々な種類があるのに、どうしてパリでどら焼きが求められているのだろうか。近くのテーブルに座っていた客に、どら焼きが好きな理由を訊いてみた。

最初に声をかけた女子学生も、次に訊いた二十代から四十代くらいの男女混合4人組のグループも、偶然に同じ小説のタイトルをその理由として口にした。それは《Les Délices de Tokyo(東京のおいしいもの)》という小説だった。ドリアン助川著『あん』(ポプラ社)のフランス語版だ。どちらの客もフランス語版『あん』を店に持参していて、女子学生は読んでいる最中だった手元の小説を私に差し出して見せてくれる。フランス語版の表紙は原作の単行本と同じ絵が使われていて、裏表紙に書かれた〈あらすじ〉は、次のような興味深い描写から始まっていた。

 

「小豆の声を聞くのよ」。それは謎めかしく曲がった指を持つ年老いた女性、徳江がどら焼きに挟むための小豆あんをうまく作るための秘密だった……。

                                      《Les Délices de Tokyo》Albin Michel社〈あらすじ〉より

 

Dorayaki Le Baba au Whisky どら焼き ババ オ ウイスキー(中央)
パティスリー朋の店内で

 

説『あん』は河瀬直美監督によって映画化され、昨年のカンヌ映画祭である視点部門のオープニング作品だったことから、フランスでもかなり読まれていて、昨年は《Prix des Lecteurs 2017(読者賞)》を受賞している。それにしても店にこの小説を持参している客の確率はたまたまだったとしても高い。どら焼きをほおばりながら、みな耳を澄ませて小豆の声を聞いてみたいと願っているのだろうか。

小説に登場する徳江さんが愛情を込めて粒あんを作る描写は、異国のお菓子を食べてみたい気にさせるほど、あまりにも魅力的にそれも詳細に描かれている。私は大まかにあらすじをなぞった程度で読んだ気になっていたが、これを機に改めて原作を熟読して深く涙した。 

 

このお店は「和菓子を広めたい」という共通した思いを持つ、フランス人パティシエのロマン・ガイアさんと日本人和菓子職人の村田崇徳さんが2016年に始めた店だった

二人の出逢いはパリの日本料理店「あい田」で働いていた時のこと。

ガイアさんによれば、どら焼きはフランス人にとってカルチャーショックを受けることなく自然に楽しめて入りやすい和菓子への扉なのだという。以前は甘い小豆にかなり違和感を持っていたフランス人も、アニメの『ドラえもん』、さらに映画や小説の『あん』の影響で、ようやく親しみを持てるようになった。

Dorayaki La Citronné どら焼き ラ シトロネ

 

らに健康に対する関心の高さも追い風となっている。パティスリー朋のどら焼きは伝統製法で作られた本味醂と蜂蜜を使うのに対し、パンケーキはバターやクリームをたっぷり使う。見た目は似ていても大きく違う点がここにある。つまり定番のどら焼きはラクトース(乳糖)フリー。客からのニーズがあり、葛を始めとする和菓子の知恵を使うことで、「どら焼き ラ シトロネ」に使っているような、生地だけでなくラクトースフリーのクリームも考案した。

Dorayaki Le Paris-Kyoto どら焼き ル パリ・キョウト

 

ランスで生まれ育ったガイアさんは家族に日本人はいないが、十代の頃からお茶が好きで、そこからアジアに興味が湧き、やがて和菓子に惹かれるようになった。パティシエになってからは、フランスにいるパティシエがみな和素材をはじめとする外国の食材をパティスリーに合わせているから、反対に誰もやっていない和菓子にフランスのパティスリーを合わせてみたくなったのだそうだ。パティスリー朋は、フランス人が和菓子や日本茶について知るきっかけとなる扉のような存在になれたら、とガイアさんはいう。

カンヌ映画祭で映画『あん』の上映後に河瀬監督が発言した言葉がふと頭をよぎった。

「この小説は大手の出版社はどこも出版には消極的だった。それでも誰かと誰かが繋がることで、この世に存在しなかったかもしれない本が映画になり多くの人に訴えかけることができたことを伝えたい」と。

この映画や小説は多くの人々の心を動かして日本に興味を持つ人がより増え、そしてどら焼きや小豆あんがフランスで愛されるものになるのに貢献したことは明らかだった。

季節のどら焼きを作る、オーナー・パティシエの ロマン・ガイアさん

 

ティスリー朋のガイアさんと村田さんの下には、日本の茶や和菓子を愛し多くの人に伝えたいという希望あふれるフランス人スタッフが集まっていて、フランス・パリにありながら、フランスと日本の間のような不思議な空気感を作りだしている。

数種類のどら焼きを前にガイアさんと話をしながら、少しだけ日本の未来をのぞかせてもらったような感覚を味わい明るい気持ちになった。

 

 

text © Mika Ogura 2018

 

【プロフィール】
小椋三嘉(おぐら・みか)エッセイスト、食文化研究家

十数年のパリ暮らしを経て帰国。2008年にはフランス観光開発機構・ パリ観光会議局の名誉ある「プレス功労賞」を受賞。フランスのチョコレート愛好会「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ」の会員。著書は『高級ショコラのすべて』、『チョコレートのソムリエになる』、『ショコラが大好き!』、『アラン・デュカス進化するシェフの饗宴』、『パリを歩いて―ミカのパリ案内―』など多数。

 

【商品情報】

  • Dorayaki de Saison 季節のどら焼き(注文を受けてから作る)

     

    「フレーズ エ マスカルポーネ」 ※フレーバーは日によって変わります
    自家製あんに有機イチゴとマスカルポーネを合わせた
    6.50€(イートイン)、5.50€(テイクアウト)

 

  • Dorayaki Le Baba au Whisky どら焼き ババ オ ウイスキー

    お馴染みババのアレンジ。黒糖、タヒチ産バニラ、赤紫蘇
    ドライフルーツの香りのニッカウヰスキー《カフェ グレーン》で作ったシロップを含ませたビスキュイ
    8.50€(イートイン)、7.50€(テイクアウト)

     

  • Dorayaki La Citronné どら焼き ラ シトロネ 

    季節の香りを加えフレッシュなオーガニックレモンで作ったラクトースフリーのクリーム
    乳製品が食べられない人のために考案。レモンタルトのような爽やかな味わい
    7.50€(イートイン)、6.50€(テイクアウト)

     

  • Dorayaki Le Paris-Kyoto どら焼き ル パリ・キョウト

     

    パリ・ブレストとわらび餅に着想を得たどら焼き
    自家製プラリネ、京都産のきな粉を散らし、黒糖をアクセントに
    7.50€(イートイン)、6.50€(テイクアウト)

     

  • Wagashi de Saison 季節の和菓子

    季節の和菓子「ツツジ」 ※季節によって変わります
    こした白あんと抹茶を使った上品な味わい
    7.50€(イートイン)、6.50€(テイクアウト)

     

    【店舗情報】

    Pâtisserie TOMO(パティスリー朋)

    住所:11 Rue Chabanais, 75002 Paris FRANCE
    TEL: +33 9 67 77 96 72
    営業時間:12:00-19:00  定休日: 月曜日
    http://patisserietomo.fr/

    ※商品の販売期間等の詳細については店舗にお問合せください