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〜日本の香りを味わう〜

《第23回》陰翳礼讃 世界へ発信する ル ショコラ ドゥ アッシュの日本の粋

2019.03.02


揚げ浜式製塩の塩づくり。約400年前から能登に受け継がれてきた伝統的な製法で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。映画『ル ショコラ ドゥ アッシュ』より

東京・自由が丘にあるパティスリー、モンサンクレールのオーナーシェフ、辻口博啓さんに話を訊くために、久しぶりにモンサンクレールを訪れることになった。初めて辻口さんをモンサンクレールに訪ねたのは、15年ほど前のこと。辻口さんは当時すでにモンサンクレール以外のブランドも手がけ始めていたが、今ではコンセプトの異なる13のブランドを展開するまでになっている。チョコレートに特化したブランド、ル ショコラ ドゥ アッシュもそのひとつだ。

ル ショコラ ドゥ アッシュの新作チョコレートは、谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』をコンセプトにしている。この本は英訳や仏訳されていて、とりわけ私が一時期暮らしたフランスでは、知識人を中心にフランスの人々に大きな影響を与えた日本の書物の一つとして知られていた。それだけに私は本書で考察された日本人の感性や美意識をどのようにチョコレートに反映しようと思ったのか興味が湧いた。


谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』をコンセプトにしたル ショコラ ドゥ アッシュの新作チョコレート。左から右へ、陰・翳・礼・讃。米こうじ粉、みりん、エクアドル産カカオを合わせた「陰」。味噌、アプリコット、キャラメルを合わせた「翳」。日本酒、米粉を小さな粒に圧縮させてスフレ状にしたものを加えた自家製プラリネを使った「礼」。山椒、米こうじ粉、加賀棒茶、珠洲の塩を使った「讃」

川県七尾市の和菓子屋の長男として生まれた辻口さんがこの本と出会ったのは23歳の時。難易度が極めて高いコンクールで、3回目の挑戦でようやく優勝した時のことだ。優勝賞品は憧れのフランス旅行だった。高校時代の恩師に報告したところ、いくら望んでもフランス人にはなれないのだから…、と諭すように渡されたのがこの本だった。

恩師とは、四柳嘉章(よつやなぎかしょう)先生(現在、石川県輪島漆芸美術館館長、美麻奈比古神社宮司)のことで、辻口さんの人生に多大な影響を与えた人物だ。四柳先生の言うことだけは、何でもスッと腑に落ちた。ただこの時は褒められるどころか戒められて腹立たしい気持ちだったこともあり、パラパラとページをめくっただけで終わってしまったという。

それから5年後に改めて『陰翳礼讃』を購入したのは、自分の存在を見つめ直すために必要だと思うようになったからだった。そして本との最初の出逢いから30年余りを経て、ついに4粒のチョコレート作品『陰翳礼讃』が完成した。辻口ワールドの原点であるパティスリーではなく、チョコレートで『陰翳礼讃』を表現した理由を訊ねてみた。

ドキュメンタリー映画『ル ショコラ ドゥ アッシュ』(今年1月に公開された)と、2019年度版C.C.C.ガイドブックで最高の評価を得ることを結びつけたいと考えた時、「恩師からもらった本のことがいつも心の中にあって、今こそ『陰翳礼讃』というコンセプトのチョコレートを表に出す時」と閃いたからだという。


1998年にオープンしたモンサンクレールの前で辻口さんと。この店をオープンする前に南仏にある港町セットで修行した店の裏にあった丘の名前がモンサンクレールだった

C.C.C.ガイドブックというのは、私もメンバーになっているフランスのチョコレート愛好会「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ(略してC.C.C.)」が、毎年チョコレートを品評して、その結果をガイドブックにして発表しているものだ。フランス国内部門と海外部門があり、どちらの部門も上位評価を受けたショコラティエのみ、ゴールド、シルバー、ブロンズという3段階のタブレット(板チョコレート)の色で評価が示される。さらにその年に際立つ才能を感じた作品10点ほどにはアワーズが与えられ、パリのサロン・デュ・ショコラの会期中にフランス最優秀ショコラティエの発表と併せて、アワーズ受賞者を表彰することが恒例となっている。

C.C.C.ガイドブックで品評されるには、各ショコラティエは期日までに規定のチョコレートを提出しなくてはならない。これまで辻口さんは、ナノショコラ、DNAなど、毎年ひとつのテーマを決めて挑戦してきた。最高の評価を得続けるために『陰翳礼讃』で勝負に出たのだった。


165年の歴史を持つマルコメ株式会社(長野市)の全面協力を得て、日本古来の糀と、11年間という歳月を経て熟成した味噌を特別に譲ってもらったことが新作チョコレートに繋がった

画『ル ショコラ ドゥ アッシュ』では、揚げ浜式製塩で塩づくりを体験する辻口さんの姿が映しだされている。国の重要無形民俗文化財に指定されているこの製法は、約400年前から能登に受け継がれてきたものだ。奥能登一帯に伝わる「奥能登のあえのこと」というユネスコの無形文化遺産や国の重要無形民俗文化財に指定されている興味深い田の神行事の紹介もある。

さらに味噌、みりん、加賀棒茶、米粉…、そしてエクアドルのカカオと、日本の伝統的な食材はもちろんのこと、チョコレートの原料となるカカオの農園も訪ねた。これらは全て新作チョコレート『陰翳礼讃』の素材にしているものだった。辻口さんによれば、カカオの醗酵と日本の醗酵とのマリアージュ、そこに自分の存在意義があるということをこの映画を通じて解き明かしたかったのだという。

…… 羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる……   谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』より

ボクは漆黒の闇の世界に、みんながあまり見ない部分にこそ、本質が隠されていて、その本質をより深く追求することこそが日本の美意識だと思うのです。それを心に留めて自分だけにしかできない方法で世界に発信していきたいのです。

text © Mika Ogura 2019

 

【プロフィール】

小椋三嘉(おぐら・みか)エッセイスト、食文化研究家

十数年のパリ暮らしを経て帰国。2008年にはフランス観光開発機構・ パリ観光会議局の名誉ある「プレス功労賞」を受賞。フランスのチョコレート愛好会「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ」の会員。著書は『高級ショコラのすべて』、『チョコレートのソムリエになる』、『ショコラが大好き!』、『アラン・デュカス進化するシェフの饗宴』、『パリを歩いて―ミカのパリ案内―』など多数。

 

【商品情報】

●C.C.C. ショコラ 陰翳礼讃 C.C.C.  CHOCOLAT In Ei Rai San

糀、味噌、日本酒、山椒、加賀棒茶といった日本の素材を使って谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』の世界をショコラで表現した全4種の味わいを詰めたコフレ。

4粒入り 1,901円(税込)