美しく染められた生糸は丁寧に手織りをしていく。

Style

Living in Japanese Senses

自然の色が心の芽ぐみとなる(前編)

2020.4.3

志村ふくみから受け継ぐ思想。「アトリエシムラ」代表・志村昌司が伝える「着る物」としてのきもの

美しく染められた生糸は丁寧に手織りをしていく。

早春の風の爽やかな匂いと、柔らかな蜜のような花の香りが入り混じる、なだらかな細道を登っていく。左に折れ、さらにか細くなった路地を奥へと進んだところに、まるで花木が枝や幹に萌え立つ色を密かに秘めているように、実にひっそりとアトリエシムラの工房は在る。

 

場所は、京都・嵯峨。山が近く、空が広い。京都市内中心部からは西へおよそ10kmに位置し、西に小倉山、北に愛宕山麓を望む、風光明媚な景勝地として知られる土地だ。藤原定家が百人一首を撰んだとされる小倉山荘や、嵯峨天皇が離宮として造営した大覚寺、釈迦堂の名で知られる清凉寺、松尾芭蕉の弟子である向井去来の居家だった落柿舎など、この地に残る歴史的旧跡は枚挙にいとまがない。

アトリエシムラの工房のほど近く、落柿舎あたりに広がるのどかな里山の風景。豊かな自然の色彩に満ちている。 アトリエシムラの工房のほど近く、落柿舎あたりに広がるのどかな里山の風景。豊かな自然の色彩に満ちている。

アトリエシムラの工房のほど近く、落柿舎あたりに広がるのどかな里山の風景。豊かな自然の色彩に満ちている。

その嵯峨に結ばれた庵ともいうべきアトリエシムラの工房では、桜や梅、臭木や紅花といった季節ごとの植物染料で染めた糸を、手機で一本一本、丁寧な手仕事によって織りあげられている。きものや帯、帯揚げ、帯締めなどが、その主たる商品で、最近ではストールなども制作されている。

試みとしての、染織ブランド「アトリエシムラ」

アトリエシムラは、草木染めによる糸を用いた紬織の作品で知られる染織家で人間国宝の志村ふくみと、その娘である同じく染織家の洋子が育んできた思想や色彩の世界を受け継ぎ、後世に伝えていくために立ち上げられた染織ブランド。2016年に設立され、現在、京都・四条河原町にある壽ビルディングと東京・成城にショップ&ギャラリーがオープンしている。代表を務めているのは、ふくみの孫で洋子の息子にあたる志村昌司。それにしてもなぜ「家」による縦への継承ではなく、「ブランド」という横への広がりを選んだのか。

 

アトリエシムラの源流は、志村ふくみの思想とその実践にあることに疑いはない。ではその思想とはなにか?答えは「一色一生」というふくみの言葉に凝縮されているという。一色一生という言葉は、ふくみがもっとも大切にしている藍色について、その生涯をかけて取り組むという誓いを立てた、いわば声明である。すべてはここから始まり、ここへ帰結する。いわば流れ往く天空にあって唯一動かぬ極星のようなものだ。草木染めが植物の命を色として糸に移し替え、受け継いでいくことであるゆえ、染織家は、その命の色に対峙するにあたって、こちらも命を捧げる覚悟がなければいけない。ふくみはそう考えてきた。

数日間にわたって桜の枝を煮ることで、色が水に移り、爽やかな桜色の染液になっていく。まるで命が木から水へと乗り移ったかのようだ。 数日間にわたって桜の枝を煮ることで、色が水に移り、爽やかな桜色の染液になっていく。まるで命が木から水へと乗り移ったかのようだ。

数日間にわたって桜の枝を煮ることで、色が水に移り、爽やかな桜色の染液になっていく。まるで命が木から水へと乗り移ったかのようだ。

木の色を水に移し、さらにその染液で真っ白な生糸を染め上げる。植物(桜)の色を動物(蚕)の糸に移していく、まさに生命のリレーのような瞬間である。 木の色を水に移し、さらにその染液で真っ白な生糸を染め上げる。植物(桜)の色を動物(蚕)の糸に移していく、まさに生命のリレーのような瞬間である。

木の色を水に移し、さらにその染液で真っ白な生糸を染め上げる。植物(桜)の色を動物(蚕)の糸に移していく、まさに生命のリレーのような瞬間である。

染め上がった色糸は、太陽の光と自然の風にさらすことで、色彩はさらに強い生命力を帯びてゆく。命の輝きが、そこに凝縮されているのが感じられる。 染め上がった色糸は、太陽の光と自然の風にさらすことで、色彩はさらに強い生命力を帯びてゆく。命の輝きが、そこに凝縮されているのが感じられる。

染め上がった色糸は、太陽の光と自然の風にさらすことで、色彩はさらに強い生命力を帯びてゆく。命の輝きが、そこに凝縮されているのが感じられる。

実際に草木染めには神の啓示のような、あるいは宇宙の法則のような「生命の神秘」を見いだすことができる。たとえば、桜のピンクは花びらでは染まらない。蕾が色づき始める直前の枝や皮を数日間煮ては冷ますを繰り返し、色を抽出してゆくのだ。茜から出す赤や紫根から染める紫も、いずれも乾燥させた根から染めだされる。赤い花から赤色は染まらず、緑の葉から緑色は染まらない。その理由について、ふくみは「すでにこの世に出てしまった色はもう染めには使えない」と語っている。根が葉のために溜め込んだ緑、枝が花のために溜め込んだ赤、そうした次なる生命への備え、色はそこにこそ宿っている。草木染めは植物から命をいただくことなのだ。


桜の枝から煮出した染液に浸した生糸。伸ばし、ほぐしながら、太陽の光で乾かすうちに、少しずつ薄いピンク色がにじみ出てくる。 桜の枝から煮出した染液に浸した生糸。伸ばし、ほぐしながら、太陽の光で乾かすうちに、少しずつ薄いピンク色がにじみ出てくる。

桜の枝から煮出した染液に浸した生糸。伸ばし、ほぐしながら、太陽の光で乾かすうちに、少しずつ薄いピンク色がにじみ出てくる。

こうした哲学を受け継ぎ、ふくみの娘である洋子は1981年に染織の道を歩み始める。感性の人であったふくみに対し、洋子は藍建てに数学的で論理的な手法を持ち込む。それが太陰暦に基づく理論。新月の日に藍の葉を発酵させて作る“すくも”と木灰汁、そして日本酒を甕に入れてかき混ぜ、やがて月が満ちるにつれて甕の中で微生物による発酵が進んでいき、およそ14日後の満月の日に染め出すというものだ。すると、それまで気まぐれだった藍の色が、途端に安定し始めたという。

工房の中には心地良い機織りの音が響いている。 工房の中には心地良い機織りの音が響いている。

工房の中には心地良い機織りの音が響いている。

また、ふくみが源氏物語や和歌など日本の古典文学を題材に選んでいたのに対し、洋子はゲーテやシュタイナーの色彩論、さらには⻄洋画やイスラム美術、キリスト教的モチーフなどを取り入れるなど、色やデザインにおいて表現の幅を広げていった。その後 1989 年にふくみと洋子は、母娘ふたりの工房であると同時に、織物を通して宗教、芸術、教育など文化の全体像を総合的に学ぶ場として「都機工房(つきこうぼう)」を創設。やがてそれが学びの場である「アルスシムラ」誕生へと繋がり、さらにはアトリエシムラ設立へと導いていく。植物の色があふれ、生命が吹きこぼれるように、その流れは受け継がれてきたのだった

志村昌司、ギルドの再発見

考えてみれば「志村」という姓は、預言的で、かつ宿命的なインスピレーションをふくんでいる。アイデンティティ=「志」をコミュニティ=「村」へと昇華させる。それがアトリエシムラというブランド設立の使命であるとするならば、まさに志村というファミリーネームは、その今日的なミッションを、その源の段階から暗示していたことになる。


アトリエシムラ代表の志村昌司。祖母や母とともに創設した芸術学校アルスシムラの講師のほか、ワークショップや勉強会なども積極的に行い、後進の指導やきもの文化の普及にも務めている。 アトリエシムラ代表の志村昌司。祖母や母とともに創設した芸術学校アルスシムラの講師のほか、ワークショップや勉強会なども積極的に行い、後進の指導やきもの文化の普及にも務めている。

アトリエシムラ代表の志村昌司。祖母や母とともに創設した芸術学校アルスシムラの講師のほか、ワークショップや勉強会なども積極的に行い、後進の指導やきもの文化の普及にも務めている。

孫である昌司はコミュニティとしての広がりにその可能性を求めた。それはふくみやその母である小野豊と関わりがあった柳宗悦が、同じく京都でおよそ100年前に試みた上加茂民藝協団という職工ギルドの理想を受け継いだ、現代の民藝運動とも呼べるアクションと言えるのかもしれない。

すべて植物で染め上げられた鮮やかな色糸。柔らかな太陽の光を浴びて輝く花や木々のように、色彩は優しさと慈愛にあふれている。 すべて植物で染め上げられた鮮やかな色糸。柔らかな太陽の光を浴びて輝く花や木々のように、色彩は優しさと慈愛にあふれている。

すべて植物で染め上げられた鮮やかな色糸。柔らかな太陽の光を浴びて輝く花や木々のように、色彩は優しさと慈愛にあふれている。

志村ふくみ・洋子の思想を、アトリエシムラはどのように現代の生活に昇華させていこうとしているのか。それは「着る物、としてのきもの」という、ある意味での原点回帰に他ならない。では、着るものとしてのきものはなにか?その大きな問いに対し、昌司をはじめアトリエシムラの若いスタッフみなが揃って知恵を絞り、まるで思い描いた染め色になるまで糸と戯れるかのように、ああでもない、こうでもないと、模索するなかで導き出したひとつの回答、それが「色無地」だった。

 

紬織の人間国宝の志村ふくみと、その娘で独自の染織の世界観をつくり上げた志村洋子。2人の芸術精神を継承するブランドとして、ふくみの孫である志村昌司が「アトリエシムラ」を立ち上げる。アトリエシムラのコンセプトは「自然と芸術を日常に取り入れる」であり、次世代へ植物の色彩世界を伝えていきたいという思いがある。商品はきものを中心に、ストールや袱紗や名刺入れなどの裂小物、御朱印帳、書籍など。また草木染めや機織りのワークショップなども行っている。後編では「アトリエシムラ」が提案する、日常着として楽しめる色無地のきものについて紹介する。

アトリエシムラ Shop & Gallery 京都本店
京都市下京区河原町通四条下ル市ノ町 251-2 壽ビルディング2F
11:00〜18:00
定休日 水曜・木曜(祝日の場合は営業)

 

志村昌司 Shoji Shimura
株式会社ATELIER SHIMURA代表
1972年京都市生まれ。京都大学法学研究科博士課程修了。京都大学助手、英国Warwick大学客員研究員を経て、2013年、祖母・志村ふくみ、母・志村洋子とともに芸術学校・アルスシムラを設立。2016年、染織ブランド・アトリエシムラ設立。著書に『夢もまた青し』(河出書房新社)。

Text by Naoya Matsushima
Photography by Kunihiro Fukumori

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