尾上菊之丞尾上菊之丞

Lounge

Premium Salon

尾上菊之丞日記~よきことをきく~

2024.1.27

歌舞伎、花街、宝塚、OSK、アイスショー「氷艶」まで……尾上菊之丞が語る振付とは

 

 

こんにちは。尾上菊之丞です。新年のご挨拶が憚られるような、痛ましい出来事が相次いだ年明けでした。とりわけ、震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするともに、被害に遭われた方々への手厚い支援が一刻も早く行き渡り、元気と笑顔が戻ることを心から願っております。

 

 

 

前回お伝えしたように、2023年の夏から怒涛の日々を過ごしておりました。7月は新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」に宝塚「鴛鴦歌合戦(おしどりうたがっせん)」、9月は乃木神社御鎮座百年「雅舞神韻(がぶしんいん)」に国立劇場での「俳優祭」、10月は新派の皆さまとご一緒し、私自身初のストレートプレイに挑戦した「新編 糸桜」と先斗町の「水明会」、11月は歌舞伎座の「極付印度伝マハーバーラタ戦記」、「日本舞踊キャラバン」、朗読「天守物語」、12月は「逸青会」、そして年が明けてからは詩楽劇「沙羅の光」に新国立劇場での「新春歌舞伎公演」。

 

 

今思い返してもよく乗り切ったと思います。やっと今、すこしほっとしています。






最適の「振り」を追い求めて。さまざまなジャンルの「振付」を担当

 

 

今日は、「振付」に関してお話ししたいと思います。「振付」とひとことで申しましても、自作自演で演じる踊りの振付から、プロの舞踊家に振付し指導する場合、「東をどり」や「鴨川をどり」のように芸舞妓さんに振付する場合、「マハーバーラタ戦記」のような新作歌舞伎の振付、あるいは宝塚やOSKなど歌劇のレビューや劇中の踊りの振付、そしてフィギュアスケートのアイスショーにいたるまで様々なジャンルの舞台があり、それに応じた振付を考えなければなりません。

 

 

「振付」とは、文字通り「振りを付ける」ことですが、この作業がとても大変です。私の場合は、まず音楽を繰り返し徹底的に聞き込みます。この段階では、まだ座っています。音楽がある程度耳に馴染んできたら、やがて立ち上がり、自分自身が動き、自分の体でまず表現をしてみます。場所は東京にいる時はほとんど銀座の稽古場、地方の宿泊先のホテルの部屋も主戦場です。夜に始め、時には朝までかかって一人で行う、まったく孤独な作業です。

 

 

たった10秒の短いシーンに対し、2時間も3時間もあれこれ試行錯誤することもあります。





尾上菊之丞 尾上菊之丞

京都・先斗町歌舞練場にて、先斗町の芸妓さんへのお稽古の様子。






振付を考える方のなかには、終始座ったままで、頭の中で考えてそれを譜面に落とす方もいらっしゃいます。私も古典的なものはそうした方法で、ある程度は振りを考えていきますが、新作歌舞伎やフィギュアスケートなど古典的な音楽でない場合は、特にまず自らの身体を動かすことから始めます。音楽の旋律やリズムに身体を委ねてみる。そんなイメージでしょうか。

 

 

 

とにかく深夜の振付作業というのは仕事の中でももっとも辛い、まさに生みの苦しみと言えます。稽古場でひとり黙々と振付をしていて、思うようにいかない時は、何もかも投げ出して逃げたくなります。でも、常に締め切りは目の前、いや、ほとんどの場合、明日には振りを渡さなければならないことが多いので逃げられないのです。




「振りを渡す」。振付師にとっては緊張の瞬間

 

 

振付がほぼ固まったら、こんどは「振りを渡す」、つまり演じ手に振りを伝える段階となります。この「振りを渡す」段階が、振付師にとっては一番重要な時間であり、緊張する場面でもあります。果たして演者に素直に受け入れられるかどうか、もしかしたら最良の振りではないかもしれない、身体的差異や踊り手の特性は十分に考慮できているか・・・・など不安はいっぱいありますが、私が考えた振付が受け入れられ、うまく演じ手に「渡った」とき、それは大きな達成感があります。それまで自分の中で練り込んでいたものをアウトプットすることで、身も心も軽くなる、深夜の稽古場での苦労も吹き飛ぶ瞬間です。

 

 

ときには振りを渡す現場で、お互いに意見を出し合って、その場で改良していくこともあります。特に新作歌舞伎の稽古では初日まで数日しかない中で、その場その場で改良することを求められますし、時には初日寸前でも音楽から変更し、一からつくり直すことも珍しくありません。新作創りの現場は時に戦場なのです。








尾上菊之助、 尾上菊之助、

「逸青会」の東京公演で「末広狩」を、息子の嘉人と共演いたしました。良い思い出になりました。







歌舞伎俳優、宝塚、OSK、アスリート。それぞれ違う「振付」への接し方

 

 

歌舞伎俳優の方々は、基本は忠実に守りながらも、その場その場の舞台で時には臨機応変に演じるという、歌舞伎ならではの手法が身についていらっしゃいます。ですので、私もガチガチに固めるのではなく、ある程度の幅を持って振付を考え、渡す場面に臨むようにしています。

 

 

宝塚やOSKなど歌劇の振付の場合は、より完成度を高めてから振りをお渡しする場合がほとんどです。群舞など大勢の演者を動かすシーンでは、稽古場で効率よく振りを渡していくのも振付師の能力の一つです。そして、音楽とのタイミングやニュアンスなどもできる限り明確にしていく。それを劇団の皆さんが質の高い自主稽古で揃え、それをまた微調整していくというやりとりに時間をかけるからこそ、歌劇ならではの華やかさが生まれるのです。

 

 

同じ振付でも、フィギュアスケートの場合は全く異なります。フィギュアスケーターの髙橋大輔さん主演「氷艶」の振付をさせていただいたときは驚きました。フィギュアスケートでは、少しでもスケーティングのラインがずれたり、身体のバランスが狂ったりしたら、それは即転倒に繋がります。そのため、スケーターは何百回,何千回と血のにじむような練習を積み重ね、振付を体に沁み込ませていました。リンクに上がる前に陸上で何度も何度も振付を反復している練習風景を拝見し、世界のトップで闘うスケーターの過酷さが理解できました。当然ですが、私たち舞踊の世界とは大きく違う、まさにアスリートの世界であることを実感します。




尾上菊之丞 尾上菊之丞

フィギュアスケーターの髙橋大輔さん主演「氷艶」の振付を担当させていただいた際、もちろんマイスケートシューズも購入。氷上での振付も、舞踊家としてかけがえのないものとなりました。





尾上菊之丞と髙橋大輔 尾上菊之丞と髙橋大輔

髙橋大輔さんと。アスリートの凄さを間近で見ることができました。





昨年は、新派の「新編糸桜」に出演し初のストレートプレイも経験しました。2日間の舞台は、一言でいえば爽快な時間でした。もちろん、肉体的には疲労しましたが、楽しい時間でした。自身が演じる、表現するということは、自己を発散していくということ。この「発散」は爽快で、演じることの喜びだと思います。

 

 

振付を考える作業では、精神的な重圧がかかります。でも、演じ手に振りを渡し、舞台でその振りが、お客様へ喜びを運ぶ。そんな本番のステージを目の当たりにすると、苦しみが大きいからこそ報われたことを実感し、また次頑張ろうという勇気が湧いてきます。振付師にとっては、振り渡しの稽古こそが本番。そこで振付を受ける踊り手に、この踊り素敵だな、面白いな、と感じてもらうこと。一番最初のご見物(お客様)はその踊り手なのです。




新しい年。気持ちも新たに次の挑戦へ

 

 

休日こそありませんが、深夜の振付作業から少し解放されているだけでもだいぶホッとしています。こういう時期には少しでも新しいネタを仕入れなければなりません。舞踊や演劇に限らず、様々なジャンルのものに触れ、新たに蓄積していこうと思います。若い頃には「悪いものは観ずに、良いものだけ観なさい」と言われました。悪いものを観ればそれに影響され良いことはない、佳きもの美しいものに接しなさい、という意味ですが、少し歳と経験を重ねた今は違います。観て損になるものなんてありません。そこから何を感じ、それをどう生かすか次第ですから。ですから皆様も是非、安心して劇場にお運びください!

 

 

2月に入ると、先斗町の「鴨川をどり」や、新橋演舞場の「東をどり」の準備が始まります。今年の「鴨川をどり」のテーマは、『源氏物語』です。さて、どんな振付で今年は進めましょうか。あれこれ考えなければならない、大変ですがやり甲斐のある季節が、また巡ってきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。













尾上菊之丞 Kikunojo Onoe

 

1976年3月、日本舞踊尾上流三代家元・二代目尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、1981年(5歳)国立劇場にて「松の緑」で初舞台。1990年(14歳)に尾上青楓の名を許される。2011年8月(34歳)、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。流儀の舞踊会である「尾上会」「菊寿会」を主宰するとともに、「逸青会」(狂言師茂山逸平氏との二人会)や自身のリサイタルを主宰し、古典はもとより新作創りにも力を注ぎ、様々な作品を発表し続けている。また日本を代表する和太鼓奏者、林英哲氏をはじめとして様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションにも積極的に挑戦している。

 

「菊之丞FAN CLUB」へのお問合せは、尾上流公式サイトをご覧ください。

 

◆尾上菊之丞インタビューもご覧ください

尾上流 尾上菊之丞の挑戦の序章~新作歌舞伎「刀剣乱舞」演出まで(前編)

尾上流 尾上菊之丞の挑戦の序章~新作歌舞伎「刀剣乱舞」演出まで(後編)




最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。

Premium Salon

ページの先頭へ

最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。