「漆琳堂」のギャラリーに並ぶ「RIN&CO.」シリーズ。「漆琳堂」のギャラリーに並ぶ「RIN&CO.」シリーズ。

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1500年の歴史と伝統が息づく、越前漆器の産地を訪ねて

2022.3.1

福井の老舗「塗師」の新たな挑戦と、世界が認めた精緻な技術

「漆琳堂」のギャラリーに並ぶ「RIN&CO.」シリーズ。真塗り技法や刷毛目技法など、受け継がれてきた伝統技術が、こうしたモダンな漆器の製作を支えている。



漆器、和紙、焼物、刃物、箪笥……。福井県は、古くからこうした良質な伝統工芸品を生み出していた地域として知られている。「越前」の名を冠したこれらの品々は、いずれも職人が精魂を傾けた手作業から生まれる。地道な手作業が連綿と積み重ねられてきた越前漆器の産地、鯖江市河和田地区を訪ねた。



熟練の職人技が可能にする
椀木地の正確な削り出し

 

高速で回転する木工用の轆轤(ろくろ)に取り付けられた椀木地に、木地鉋(かんな)が触れる。削り屑が飛び散り、みるみるうちに木地が削られ、美しい曲線を持った椀の形になっていく。おそらく少しでも力の加減が狂ったり、刃先がずれたりすると、曲線は歪んでしまうに違いない。黙々と轆轤に向かっているのは、荒挽きを行う職人だ。同じ寸法の椀木地が、次々と正確に削り出されていく。「50年やってきたからね」。半世紀という途方もない時間がさらりと語られる。

 



刃先の微妙な角度と絶妙な力の入れ具合。熟練の職人技があってこそ、椀の美しい曲線が生まれてくる。 刃先の微妙な角度と絶妙な力の入れ具合。熟練の職人技があってこそ、椀の美しい曲線が生まれてくる。

刃先の微妙な角度と絶妙な力の入れ具合。熟練の職人技があってこそ、椀の美しい曲線が生まれてくる。



10年使い継がれる漆専用の刷毛が
物語る、「塗師」の家の歴史

 

この河和田地区で200年以上続く塗師(ぬし)の家として知られるのが「漆琳堂」だ。8代目を継いだ内田徹さんに、漆専用の刷毛を見せていただいた。塗りの工程や塗る場所によって刷毛は何本も使い分けられ、1本の刷毛は10年ほど丁寧に使い継がれる。刷毛に用いられている毛は人毛で、値段も1本数万円ととても高価。「用途に合わせたこの刷毛が、何十本と工房にはあります。その刷毛を見るたびに、家業の歴史や重みを感じます」内田さんは、自身も塗師として刷毛を手にして作業場に座る。

 

 



「二枚の板が間に人毛を挟んで、刷毛の持ち手になっています。毛先が短くなると持ち手を少し削り、挟まれていた毛を新たに出して使い続けていきます」と内田さん。 「二枚の板が間に人毛を挟んで、刷毛の持ち手になっています。毛先が短くなると持ち手を少し削り、挟まれていた毛を新たに出して使い続けていきます」と内田さん。

「二枚の板が間に人毛を挟んで、刷毛の持ち手になっています。毛先が短くなると持ち手を少し削り、挟まれていた毛を新たに出して使い続けていきます」と内田さん。



静寂そのものの。「塗り」の作業場の
張り詰めた緊張感

 

「漆琳堂」の工房の一画では、下塗りが行われていた。漆の最大の敵はホコリ。乾いていない漆に付着したホコリは、汚れとなってしまう。それを避けるために周囲をビニールシートで囲った作業空間は極めて狭い。職人の後ろ姿からは、張り詰めた緊張感が伝わってくる。

周囲をビニールシートで覆い、ホコリの侵入をできる限り防いだ状態で作業は行われる。 周囲をビニールシートで覆い、ホコリの侵入をできる限り防いだ状態で作業は行われる。

周囲をビニールシートで覆い、ホコリの侵入をできる限り防いだ状態で作業は行われる。



古い漆器の修復や
漆の特性を生かした陶磁器の金継ぎ

 

 

本塗を経て完成品となった商品は厳密な検品を受け、少しでも傷や塗りむらなどが見つかると補修に回される。また、「漆琳堂」では古い漆器の修復だけでなく、漆の特性をいかした「金継ぎ」の技術を用いて、破損した陶磁器の修復も積極的に行っている。物を大切に使い続けるという当たり前のことが、越前漆器のふるさとではごく普通に行われていた。



椀の裏底に生じた、ほんの小さな気泡も見逃すことなく、紙やすりなどで取り除かれる。 椀の裏底に生じた、ほんの小さな気泡も見逃すことなく、紙やすりなどで取り除かれる。

椀の裏底に生じた、ほんの小さな気泡も見逃すことなく、紙やすりなどで取り除かれる。



1500年の歴史を大切にしつつ、
「ものづくりのまち」への新たな発展へ

 

越前漆器は、言い伝えによると約1500年前、後に天皇となる皇子の冠を越前の塗師が修復し、黒塗りの椀を添えて献上したことによって皇室からの奨励を受け、それが契機となって漆器の産地として発展したとされている。江戸時代以降は、蒔絵や沈金の技法を取り入れ、それまでの中心であった椀物のみならず、重箱、盆、菓子箱、花器など多彩な製品が生み出されるようになった。

 

 

昭和に入ると量産体制が整備され、旅館などの業務用漆器では全国8割から9割のシェアを占めるまでの一大産地に発展した。しかしその一方で、近年では漆器に対する需要そのものが減少し、河和田地区でも漆器産業に従事する人口が最盛期に比べると大幅に減少している。そんな現状に対し、職人やデザイナーなど、ものづくりを志す全国の若者に向けて、「福井移住EXPO」キャンペーンを実施するなど、新たな「ものづくりのまち」を見据えた取り組みも積極的に行われている。



平成17年にリニューアルオープンした「うるしの里会館」では、越前漆器の展示即売をはじめ、伝統工芸士による漆製作の実演、ワークショップなど越前漆器に関するさまざまな情報を得ることができる。 平成17年にリニューアルオープンした「うるしの里会館」では、越前漆器の展示即売をはじめ、伝統工芸士による漆製作の実演、ワークショップなど越前漆器に関するさまざまな情報を得ることができる。

平成17年にリニューアルオープンした「うるしの里会館」では、越前漆器の展示即売をはじめ、伝統工芸士による漆製作の実演、ワークショップなど越前漆器に関するさまざまな情報を得ることができる。



200年続いた老舗が立ちあげた
北陸ならではの新ブランド

 

「漆琳堂」は新たな挑戦にも取り組んでいる。8代目の内田徹さんが立ちあげた新ブランドのひとつが、「RIN&CO.」(リン&コー)。ブランド名の由来は、“北の国である理由”を英語にした「Reason In Northland」の頭文字と、“仲間や友”を意味する「Companion」を組み合わせたもの。シャープなフォルムと、ピンク、ブルー、グリーンなど、モダンなカラーリングが特徴だ。「越前漆器は使っていただいてこその器。「RIN&CO.」は普段の暮らしのなかで馴染む漆器です。丈夫ですので食洗機に入れることもできます」と内田さんは語る。



「漆琳堂」の「RIN&CO.」シリーズ。真塗り技法や刷毛目技法など、受け継がれてきた伝統技術が、こうしたモダンな漆器の製作を支えている。 「漆琳堂」の「RIN&CO.」シリーズ。真塗り技法や刷毛目技法など、受け継がれてきた伝統技術が、こうしたモダンな漆器の製作を支えている。

「漆琳堂」の「RIN&CO.」シリーズと、伝統的なお椀。アプローチが変わっても伝統技術の継承は着実になされている。




プレミアムチョコレートブランド
「ゴディバ」が認めた越前漆器の高い技術

2021年末、ベルギーのプレミアムチョコレートブランドで知られる「ゴディバ」と福井県がコラボレートし、越前漆器の技法を用いた工芸品が誕生した。ベルギーではチョコレートを「バロタン」と呼ばれる小箱に入れる文化が根付いている。このバロタンが福井県で作られた。

 

手掛けたのは、越前市で漆器生地の製作を行う「山嘉商店」。愛らしい小箱の表面が、全国展開されているゴディバカフェのキーカラーである薄いブルーで覆われている。優しく落ち着いたブルーに、品良く浮かびあがる「ゴディバ」のロゴマーク。こうした微妙な色合いを出す技術が、このコラボレーションを可能にした。越前漆器の高度な技術を、世界が認めたと言って過言ではない。

 



ゴディバ バロタンの筥 越前漆器 ゴディバ バロタンの筥 越前漆器

越前漆器の技術が可能にした「バロタン」(左)は、ゴディバカフェ全店で、好みのチョコレート2つと一緒に3,850円で限定発売された。チョコレートを入れた平皿と、伝統的な意匠が施された「日月椀」はいずれも「漆琳堂」の漆器。

 



抱き続けてきた「福井」への思いと、
伝え続けてきた伝統技術との出会い

 

「ゴディバ」と福井県とのコラボレートを生んだ要因のひとつに、「ゴディバ ジャパン」の社長であるジェローム・シュシャン氏と福井県との出会いがある。それは40年ほど前、シュシャン氏がまだ学生の時のこと。禅に関心を抱いていた氏は、日本を訪れた際に、禅の聖地である永平寺へヒッチハイクで行こうと、初めて覚えた日本語である「福井」と書いたプラカードを持ち、無事、目的地にたどり着くことができた。その時に出会った人々の優しさや奥ゆかしさは、氏の記憶に忘れがたい印象となって残り、その感動が2020年に発表された「礼節の国」と題する「ゴディバ ジャパン」のメッセージ広告を生んだ。

 

このメッセージ広告で語られた福井への熱い思いがきっかけとなり、「ゴディバ」と福井県という、ある意味では異色のコラボレーションが誕生したのである。40年と1500年。抱き続けてきた思いと、伝え続けてきた技術が出会ったとき、伝統工芸に新たな可能性が生まれた。



紙の神様として知られる、越前市の岡本・大滝神社を訪ねるシュシャン氏。今回のコラボレーションの実現に向け、氏は何度も福井に足を運び、福井に対する想いを、より深く募らせた。 紙の神様として知られる、越前市の岡本・大滝神社を訪ねるシュシャン氏。今回のコラボレーションの実現に向け、氏は何度も福井に足を運び、福井に対する想いを、より深く募らせた。

紙の神様として知られる、越前市の岡本・大滝神社を訪ねるシュシャン氏。今回のコラボレーションの実現に向け、氏は幾度か福井に足を運び、福井に対する想いをより深く募らせた。

 



次世代の伝統工芸を目指して、さまざまな取り組みを行っている越前漆器。じつは、こうした動きは、越前漆器だけではない。その高品質をNASAが認め、宇宙服の素材に使用された越前和紙、世界の三ツ星シェフが愛用する越前打刃物、焼物の限界ともいえる1mm以下の厚さを実現させた越前焼など、福井の伝統工芸はそれぞれが、新たな展開を見せている。また、越前漆器と越前和紙、越前漆器と越前焼など、異業種を組み合わせた商品も開発されている。京都と金沢という、古くからの一大消費地に挟まれた地の利を生かしつつ、無数の名もなき人々が脈々と伝え続けてきた職人技と、斬新な発想が生み出す挑戦の数々。近い将来、福井の伝統工芸は新たな発展を遂げているに違いない。



Text by Masao Sakurai
Photography by Junko Ueda

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