「USEUM SAGA」を牽引する2人のシェフ「USEUM SAGA」を牽引する2人のシェフ

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佐賀に再び「USEUM SAGA」が戻ってきた

2021.7.19

美術館クラスの器にスターシェフが佐賀食材の“粋”を盛るスペシャルイベント開催

あと少しで、新しい日常への扉が開く−−−

飲食業界の日常は依然として厳しいが、しかし、ほんの少しずつ復活の日に向けての兆しが見えつつあるようにも感じるこの夏、佐賀県は有田の町にあるモダンオーベルジュ「arita huis」にて、ある食のイベントが開催された。「USEUM SAGA」と題されたこのイベントは、実は佐賀県という土地とガストロノミーの深い縁をベースに築かれたもので、2018年に何度か行われた後、今回の開催が3年ぶりとなる。


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USEUM SAGA 2021」の舞台となった「arita huis」。有田焼の販売店が軒を連ねる「アリタセラ」の一角にあり、モダンな空間では日夜、バラエティーあふれる有田焼の器で、美味しい料理が供されている。


佐賀の美食とうつわ。それぞれの魅力が輝くガストロノミー文化

 

佐賀県とガストロノミーの絆は深い。周知の通り、この県には古くから有田焼や伊万里焼、唐津焼など、国を代表する多くの焼き物文化が育っており、さらには海の幸から山の幸まで、美味しくないものを探すほうが難しいというくらいの美食王国。単に美味しければ良いというのではなく、食材の良さを損なわずに調理してストーリーのある美しい器に盛るというのは、佐賀県民にとっては古来からのスタンダードだ。そんな佐賀県が、日本だけでなく世界を見据えてガストロノミーとのつながりを意識し始めたのは不自然なことではない。


2015年には有田でプレミアムな野外レストランイベント「ダイニングアウト」が開催され、当時シンガポールで「Restaurant Andre」を率いていたトップシェフ、アンドレ・チャンが来日して腕を振るった。2016年には有田焼誕生400年を記念し、内外のトップシェフが一堂に集う「世界料理学会 in ARITA」を開催。同年、美術館に飾るような器を使って食事を楽しむレストランイベント「USEUM ARITA」が開催され、2018年には「USEUM SAGA」と名称を変えて復活し、海外や国内のスターシェフが佐賀県の名器に料理を盛って、参加客を大いに沸かせた。

 

さらには20203月に日本初開催となる予定だった「Asia’s 50 Best Restaurants  2020(以降AB50)」の開催地に決まり、これに先立ち「SAGAガストロノミー会議」も開催予定だった佐賀県。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって、AB50と「SAGAガストロノミー会議」は残念ながら直前のキャンセルとなったが、それでも首都圏や地方大都市に負けずとも劣らないガストロノミーへの深い理解と熱い思いが、この地にはあるのだ。

 


剣先イカ/自然薯・フロマージュブラン 剣先イカ/自然薯・フロマージュブラン

冷前菜。目黒シェフによる「剣先イカ/自然薯・フロマージュブラン」。昆布のオイルでマリネしたイカに自然薯のピクルスや白木耳、白とうもろこし、ホワイトセロリなどをあしらい、白いエディブルフラワーで彩りを添えて。「ナカシマファーム」のフロマージュブランのアイスパウダーをふって仕上げ。「1616 / Arita japan」のマットな白い皿と相まって、有田の土の色を表現する静かな白い世界が完成した。


そんな佐賀県に再び「USEUM SAGA」が戻ってきた。コンセプトは以前と変わらず、「佐賀県が誇る美術館(MUSEUM)クラスの名器やモダンな今様の器を用い(USE)、スターシェフによる珠玉の料理を提供する」というもので、今回はこの重責を、会場である「arita huis」の増永琉聖シェフと、東京・代官山のフレンチレストラン「abysse」の目黒浩太郎シェフが担うこととなった。23歳の増永シェフが、かねてより尊敬と憧れの眼差しで目指し続ける目黒シェフ36歳を指名しての実現だという。

 

二人のシェフによるコラボレーションダイニングが73日と74日の2日間、昼と夜の合計3回開催され、その後も7月の週末限定開催で増永シェフによるスペシャライズされた料理が提供されるとあって、7月の「arita huis」はコロナ禍でひっそりとしがちだったこの1年半を払拭するかのような賑わいぶりである。


目黒浩太郎シェフと増永琉聖シェフ。 目黒浩太郎シェフと増永琉聖シェフ。

開催が決まってからの1ヶ月半、何度かミーティングを行い、連日メールでやりとりを続けたという目黒浩太郎シェフ(左)と増永琉聖シェフ(右)。


USEUM SAGA」は、食の学びと伝承のための場所

 

個人的な印象ではあるが、かつての「USEUM SAGA」はどちらかといえば「スターシェフたちによる夢の競演」という色合いが濃かったように思う。しかし、今回のそれには、何かしら新たな息吹のようなものを感じる。若さ? もちろんそうだ。36歳になったばかりの目黒浩太郎シェフの料理も店作りの秀逸さも業界内では話題だが、当の本人は「ずっと若手と称されることが多かった自分も30代半ばです。今や次の世代が育ってきていて、そういう若い料理人たちと触れ合うことで、逆に自分にも学びになるのではないかと感じました」と話してくれた。まだあどけなささえ残る増永シェフは、目黒シェフとは今回が初めての競演。イベント前には一度上京し、目黒シェフの「今の料理」を味わっておおいに感動し、イベント中はスターシェフの一挙手一投足から目を離さずにいる様子が印象的だった。そう、これは「食の学びと伝承のためのイベント」なのだ。

竹崎蟹と唐津レモン 竹崎蟹と唐津レモン

増永シェフによるアミューズ「竹崎蟹と唐津レモン」。竹崎蟹の蒸し身と蕪で作るホワイトソース、モッツァレラチーズを、ナポリピザの生地で包み揚げにしたもの。唐津レモンの葉にのせ、少しエスニックな風味のソースをかけて。どこかトロピカルな明るさを感じさせる印象的な味わいだった。下に敷いた白い皿は、人間国宝、井上萬二のもの。


コハダ、発酵トマト、ほうれん草 コハダ、発酵トマト、ほうれん草

目黒シェフによる冷前菜「コハダ、発酵トマト、ほうれん草」。今回、佐賀県産のコハダの真価に開眼したという目黒シェフ、渾身の一皿。赤酢と発酵させたトマトのスープを合わせたものでコハダを締め、ほうれん草のピューレを描いた皿に置いて。さまざまな野菜やハーブで爽やかさを演出した。合わせた白ワインは「Domaine Courbet」のサヴァニャン2017

もう一つ、感じ入ったことがある。それは、今回初めて「ほぼすべてが佐賀の食材」というシチュエーションで勝負した目黒シェフのみならず、生まれも育ちも佐賀市という増永シェフも、このイベントに食材を提供した数多くの食の生産者たちも、イベントの前後に交流することによって、さまざまな気づきがあったという点だ。

 

今回、序盤に出したコハダの冷前菜については非常に納得のいく仕上がりを得たと語る目黒シェフだが、曰く「東京市場に流通するコハダの40%は佐賀県産。【abysse】は魚介類をメインにするレストランなので、僕はふだんからも魚介の取り扱い方を学びたくて鮨店を訪れることが多いのですが、コハダ、これは難しい食材です。料理人の腕が如実に出るから。今日使っているこのコハダは、文字通り最高のクオリティーです。そして2年前の自分なら上手に調理できなかっただろうとも思う。これはいろんな意味で収穫でした」。

 

3回のコラボダイニングが終了した後は、実際に自分の食材を提供した生産者たちも集めてシェフたちとの懇親会となったのだが、馴染みの食材が目新しい斬新なアプローチによって料理されたものを試食した生産者たちは、そのビジュアルにも味わいにも衝撃を受けた模様。「佐賀県の食材が持つ可能性は、まだまだ未知数だ」ということに、その場にいる誰もがハッとさせられたのだった。


コハダ料理盛り付けの様子 コハダ料理盛り付けの様子

コハダの料理は、最初に皿にピューレを盛る際、有田焼の製作に用いられる「回転台」が使われた。


佐賀県の器 佐賀県の器

使用されたのは、すべて佐賀県の器で写真は陶悦窯のもの。一部には井上萬二窯や14代今泉今右衛門など、人間国宝の器もあって、これらは事前に美術館から「arita huis」へ丁寧に運び込まれた。

「abysse」ソムリエール、関毱乃さん 「abysse」ソムリエール、関毱乃さん

アルコール、ノンアルコール共に、料理と絶妙なペアリングを考案して来場客から絶賛された「abysse」のソムリエール、関毱乃さん(右)。嬉野の茶も多く用いており、茶葉の生産者である「副島園」の副島仁さん(左)が応援に駆けつけた。


単なる美食体験を超えて。佐賀から発信するガストロノミーへの思い

 

USEUM SAGA」は、佐賀県で開催される久方ぶりのガストロノミーイベントとあって、多くのフーディーたちも注目している。コラボダイニング初日に会場に足を運んだ山口祥義佐賀県知事は、「今後、佐賀県では県を挙げて料理人支援に力を入れる。そうすることで、世界から注目される美食の街、佐賀県へと成長することを誓う」とスピーチ。メディアを沸かせていた。

 

また、「Asia’s 50 Best Restaurants」の日本評議委員長を務める中村孝則氏も初日夜の部に参加。「私たちは昨年、胸を熱くして期待していた佐賀県でのAB50の開催が直前キャンセルとなり、とても悲しい思いをいたしました。しかし、今後それを挽回するチャンスも実力もあることを、今日目の当たりにした思いです」と語る。

 

「新しい日常はいつ来るのだろうか」と待ちあぐね、切ない思いで長く過ごしてきた感があるけれど、食の世界はそんな中でも着実に歩を進めている。しかも、その歩は若い力やたくましい生産者、美しいものを絶やすまいとするモノ作りの人々によって支えられており、「未来に対して期待していいのかもしれない」と温かな気持ちを我々に抱かせてくれる。

 

食べ手である私たちにできる応援といえば、負けずに歩み続ける人々の存在を知ろうと努力することと、そんな彼らの努力の結晶を実際に見て味わうために、意欲的に旅をすることではないだろうか。

 

佐賀県・有田での短い時間が、単なる美食体験ではない宝物を与えてくれたように思う。感謝だ。

コラボダイニングのスタッフ コラボダイニングのスタッフ

目黒浩太郎シェフ(後列左)、増永琉聖シェフ(後列左から2番目)を中心に構成された今回のコラボダイニングのキッチンスタッフ。ほぼ全員が20代で女性スタッフも大活躍という非常にフレッシュなチームだった。

USEUM SAGA2021

Special Weekends:~7/25の金・土・日曜の9日間のみ開催する、「arita huis」増永琉聖シェフによるスペシャルメニュー。完全予約制。詳細は https://www.useumsaga.com/ 

※4 Hands Collaborationは、7/37/42日間、開催しすでに終了。


Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by Kan Kanbayashi

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