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非日常06.原美術館の「現代美術に魅せられて―原俊夫による原美術館コレクション展」

2018.04.24
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原美術館外観。1938年に実業家・原邦造の私邸として建てられた。設計は東京国立博物館本館や和光ビルを手掛けた渡辺仁によるもので、日本におけるモダニズム建築に数えられる。第二次大戦中はGHQに接収されて米軍将校の宿舎となり、その後も外務省の召喚により駐日大使館として使用された。孫にあたる原俊夫氏が空き家になっていた館を、元来の邸宅の趣を残したまま、1979年、原美術館を開館した。

 

京の桜の名所として、また閑静な住宅地として知られる品川・御殿山の原美術館は、日本における現代美術専門館の草分け。瀟洒なモダニズムの洋館では、誰もがその名前を知る巨匠から現在第一線で活躍する若手作家まで、世界の現代美術作品に触れられると同時に、野外彫刻の点在する庭園や、中庭をのぞむガラス張りのカフェで心ゆくまで非日常のひとときを過ごせるスペースも併せ持ち、国境や世代を超えた幅広いゲストから高い人気を誇っています。

この原美術館の創立者であり現館長の原俊夫氏が、約40年に渡り収集した作品を初めて自らキュレーションするという貴重な展覧会、それが現在開催中の「現代美術に魅せられて ―原俊夫による原美術館コレクション展」です。70年代後半から80年代前半までの原美術館開館初期の収蔵作品をメインとした前期、そして現在は後期として、これまでの企画展の開催などをきっかけに収蔵された90年代~現在に至る作品が紹介されています。

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「現代美術に魅せられて  原俊夫による原美術館コレクション展」前期に出品された草間彌生「自己消滅」1980年 ©Yayoi Kusama 撮影=木奥惠三

界各地にプライベートな美術館が誕生してアートをめぐる環境に変化の兆しが訪れていると感じていた70年代の半ば、現代美術の作家やコレクターと出会い、交流する機会を持った原氏は「現代美術には社会をリードする可能性がある。美術を集めて展示するだけでなく、美術館を活用してアクティビティを生み出す『メディア』としての役割がある」ことに気づいたといいます。デンマークの「ルイジアナ美術館」を訪れ、「個人の邸宅が心地よい美術館へと変貌を遂げた姿に強い感銘を受け、自分の目で選んだ作品を、空き家となっていた祖父母の屋敷に展示するという着想を得て、当時東京にはまだ存在しなかった現代美術館を作ろうと思い立ちました」。

現代美術の中心地であったニューヨークやパリに足を運び、ギャラリーに出かけアーティストと会い、そのアトリエや自宅に招かれるうちに、「これは欲しい!」と直感的にインスピレーションを得た作品をポケットマネーで購入するといった方法で収集をスタート。その頃、直接会ったアーティストは、ジャスパー・ジョーンズ、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンシュタイン、ヨーゼフ・ボイス、草間彌生など。これらの作家のコレクションは、今回の展覧会の前期日程でも公開されました。「前期は大御所が名を連ねる展示となりましたが、私の精神が解き放たれ、現代美術に魅せられていった当時の機運に共感していただければと思います」とは、前期のギャラリーガイドで、原氏が語ったコメントです。

[図版6]杉本博司_仏の海より(037)

前期・後期を通して出品された杉本博司「仏の海」より 1995年ゼラチンシルバープリント 50.8×61㎝ ©Hiroshi Sugimoto Courtesy of Gallery  Koyanagi

立38年にして、初めて自らのキュレーションによる今回の展覧会では、特に思い出深い、好きな作品を紹介したと語ります。 「なぜこの作品を購入したのか?と問われれば、その答えは好きだから。どうして好きなのか?と問われれば、正直なところそんなの説明できない」。御殿山名物の桜が例年より早く花吹雪に舞う頃、開催された後期展を自ら案内したギャラリーガイドでは、原俊夫氏のそんな本音も披露されました。好きなものに理由はない。偶然とも必然ともいえる直感的で運命的な出合いに導かれて紡がれてきた原氏のコレクションは、様々なエピソードに彩られています。

現在開催中の後期展で、入館してすぐの1階「ギャラリーⅠ」に展示されているミカリーン・トーマスの「ママ ブッシュ:私は唯一無二の存在」は、マイアミ・アートフェアで出合った瞬間に、「あ、これいい!これ、欲しい」と即決したものだといいます。「出店していたギャラリーのオーナーに『この作品に出合うためにここに来た』と購入の意思を伝えました。3分後に同じ作品を購入したいと訪れた当時のMoMAの担当者に、オーナーがたった今売れてしまったことを伝えたら、『俊夫が買ったならしょうがない。この作品より大きいのを作ってくれ』と作家にコミッション。MoMAでの展示に至りました。その後、彼女の作品はMoMAに収蔵されています」。

[図版10]Mトーマス_Mama

ミカリーン・トーマス 「ママ ブッシュ:私は唯一無二の存在」2009 パネルにラインストーン、アクリル絵の具、エナメル塗装 274.3×365.8×5.1㎝

「彼女のアトリエは70年代を思わせるサイケディックなファブリックに彩られていて、作品にも登場する布張りのソファの実物も目の前にあり、印象的でした」。アフリカ系アメリカ人アーティスト、ミカリーン・トーマスの制作現場を原氏が訪れたときのエピソードは、ニューヨークのアトリエの風景が今そこにあるかのように生き生きと感じられるものでした。「後日開催した原美術館の展覧会では、作品を展示するだけでなくソファも配置してアトリエの雰囲気を再現し、彼女の世界観が伝わるような工夫をしました」。

デコラティブな作風で世界に認められ、現在もニューヨークを拠点に活躍しているミカリーン・トーマス。彼女が、作品のモデルを務めた自身のお母さんに「この作品が日本の美術館所蔵になるの、どう思う?」と訊いたときに「いつか日本に行きたいと思っていたけど、私より作品が先に行っちゃうのね」と答えたというエピソードも披露。館長として自らスタジオに赴き、作家と交流したからこそ所有できる臨場感のあるストーリーが、展示された作品の魅力を倍増させることを実感しました。

[図版8]奈良美智_Eve

奈良美智「Eve of Destruction」 2006 カンヴァスにアクリル絵具 117×91㎝ 奈良美智は2004年の原美術館での個展終了後に、その制作部屋が常設の「My Drawing Room」として残さている。

氏と作品との出合いのエピソードは、枚挙にいとまがありません。1階「ギャラリーⅡ」に展示された、やなぎみわの「案内嬢の部屋1F」(1997 写真)は実に240×200cmのスケールの迫力のある作品。原美術館は他の美術館に先立ち、やなぎの大型作品を購入しました。制服に身を包んだデパートの案内嬢たちが、若さと美しさを享受しながらも没個性的な存在として描かれている風刺的な作風に惹かれ、原氏が「購入を即決した」という印象的な作品です。

原美術館で個展を開催し、常設インスタレーションもあるアーティスト、奈良美智の絵画作品「Eve of Destruction」も、今回の「現代美術に魅せられて ―原俊夫による原美術館コレクション展」に出品されています。なお、原氏が直近で「ポケットマネーで」購入した美術作品は、今年の香港のアートフェアで購入を即決した奈良美智の写真作品とのこと。後日、帰りの飛行場で奈良氏に遭遇した際のエピソードも原俊夫氏らしいものでした。写真作品を購入したお礼を言われた原氏は「とんでもない! 僕は作家の名前で作品を買った事は一度もない。作品を見て好きだから買っただけで、奈良さんのものだということは後から気づいたんだよ!」と応えたというのです。現代美術には「良い作品」も「悪い作品」もない。そこにあるのは「好き」か「嫌い」か、それだけ。原氏のプリンシプルは今も、そしてこれからも変わることはないようです。今回は展示されていない奈良美智氏のその写真作品を、近い将来新しいコレクションとして原美術館で観られる日が待ち遠しくてなりません。

 

 

_MG_0681.JPG原館長

撮影=木奥惠三

原俊夫 TOSHIO HARA 

原美術館創設者・現館長。1935年東京生まれ。学習院大学政治経済学部を卒業後、米プリンストン大学に留学。1979年、アルカンシエール美術財団を母体に原美術館を設立し同館長に就任、現在に至る、88年、別館「ハラ ミュージアム アーク」を設立。ニューヨーク近代美術館国際評議委員会副会長、ホノルルミュージアムオブアート名誉理事、日本博物館協会参与などを歴任。2017年フランス共和国レジオン・ドヌール勲章オフィシエほか受章多数。

 

現代美術に魅せられて-原俊夫による原美術館コレクション展
1月6日(土)-6月3日(日)
前期:1月6日(土)-3月11日(日)
後期:3月21日(水・祝)-6月3日(日)

原美術館 
ウェブサイト http://www.haramuseum.or.jp
携帯サイト http://mobile.haramuseum.or.jp
Twitter http://twitter.com/haramuseum

 

 

選・文 藤野淑恵

TOSHIE FUJINO エディター/ジャーナリスト 「W(ダブリュー)」日本版、「流行通信」、「ラセーヌ」の編集部を経て、2000年春に創刊した「Priv.(プライヴ)」(日経BP社発行)の編集長に。「日経ビジネススタイルマガジンDIGNIO」編集長、オウンドメディア「GENUIN(ジェヌイン)」の編集統括など、クオリティ・マガジンの編集に携わる。センテナリアン時代のクオリティライフ実現に向けて新しいライフスタイルやロールモデルを紹介し、BESPOKE LIVINGを提案することが現在のミッション。趣味・関心事はガーデンツーリズム、オペラツーリズム、ワインツーリズム、庭造り、オールドローズ、ジェロントロジー、ガンドッグ、保護犬/猫など。