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非日常 08.商店街HOTEL 講 大津百町

2018.09.06
 鍵屋(一棟貸し)外観

 

商店街HOTEL 講 大津百町の「鍵屋」(一棟貸し町家宿)外観

 

れは初めて見る光景でした。地元の人々が行き交う市井のアーケード商店街に佇む町家。その軒先は小体ながら瀟洒な坪庭や踞いで整えられ、水を打たれて、来客を待つばかりの風情です。この和風の建物は「商店街HOTEL 講 大津百町」という全7軒の町家ホテルのうちの1棟。フロントとレストランの機能を果たしながら客室3室を擁する「近江屋」、宿泊者専用ラウンジと5部屋の客室がある「茶屋」、その他個性豊かな5軒の一棟貸切タイプの町家からなる宿泊施設として、この夏 グランドオープンしたばかりのホテルです。 

滋賀県南西に位置する大津市は、天智天皇が飛鳥時代に近江大津宮に遷都して以来の歴史を有する古都。比叡山延暦寺、三井寺、日吉大社、石山寺など多くの古社寺や文化財、史跡を有し、比叡山と琵琶湖に囲まれて近江八景にも描かれた風光明媚な地としても知られ、かつては「大津百町」と呼ばれるほど賑わった東海道五十三次最大の宿場町だったといいます。現在注目されている発酵食の文化が根付く隠れた美食スポットという一面もあり、京都の大混雑を避けてゆったりと過ごしたい旅の上級者たちから注目度の高いエリアのひとつでもあります。

(写真左)「八百与」の買物風景、(右上)「八百与」看板、(右下)丸屋町アーケード商店街と路面電車

 

幹線を京都駅で下車して、JR琵琶湖線(東海道線)で2駅、9分で大津に到着。湖からの心地よい風を感じながら琵琶湖方面に向かうゆるやかな坂を下ること7分、目的地は商店街HOTEL 講 大津百町のフロントである「近江屋」です。旧東海道に位置する「近江屋」の三軒隣には「茶屋」、この2棟の間の裏手の路地には明治に建てられた長屋を改築した一棟貸切タイプの「鍵屋」、旧東海道に並行する丸屋町、菱屋町、長等の3つのアーケード商店街の中に、同じく一棟貸切の「丸屋」、「鈴屋」、「萬屋」が点在し、萬屋のある長等商店街から少し歩いた、かつての花街エリアに「糀屋」があります。 

(写真左から)「近江屋」フロント、「丸屋」 内土間と中庭、「鍵屋 」玄関

 近江屋からスタートして、7つの町家宿に立ち寄りながら大津の街の中心部を歩くと、路地にひっそりと佇むお地蔵様や東海道の宿場町であったことを彷彿とさせる提灯が並ぶ古い商店、懐かしい看板を掲げた喫茶店、行き交う路面電車など、琵琶湖に面した名所旧跡の古都の顔とは一味違う、昭和の面影を感じます。琵琶湖の淡水魚が揃うタニムメ水産のお隣にある「鈴屋」は、以前は天ぷら屋さんでした。かつての花街エリアに位置する「糀屋」からは小唄や三味線の音色が聞こえてきそうな風情です。

「糀屋」 中庭テラス

かつては大津百町と呼ばれ賑わいをみせた地域ですが、昨今ではシャッターが降りたままという店舗も目立つようになりました。築100年から150年の7軒の町家が、実用性と快適性を重視して今後さらに100年使用できる「現代の町家」ホテルとして再生された背景には、地元で高級木造注文住宅をつくり続けていた谷口工務店の代表、谷口弘和氏の「どうしたら大津の町家を残すことができるか」との強い思いがあったといいます。相談を受けたのは新潟県南魚沼市で「里山十帖」を経営する自遊人代表の岩佐十良氏。「滞在する人々に大津の素晴らしさを知ってもらい、その体験を発信、拡散するというメディアの枠組みを担ってもらう『メディア型ホテル』を作ること」がその回答でした。 

 

津の街に「泊まって、食べて、飲んで、買って」をコンセプトに掲げ、街の活性化を自走させる仕組みとして、宿泊料金に日本の温泉地の入湯税とほぼ同じ金額の1泊一人当たり150円の宿泊税を課し、これを大津の商店街に寄付するという「ステイファンディング」という試みもスタートしました。ホテルの改装ディレクション、オペレーションからコンセプト作りまで、企画の全般は自遊人が担当しています。商店街HOTEL 講 大津百町の最大の魅力である7棟の町家は、建築当初の復元もさることながら、快適性を重視し、町家というコンパクトな暮らしの良さ、木造建築の良さが体感できる「今後100年使い続けられる」という視点で再生されました。

私が宿泊した「丸屋」は、丸屋町商店街の中心部の賑やかな場所にある1棟貸しタイプの町家宿。すぐ先はうどん屋さん、お向かいは幕末の寺田屋騒動で知られる寺田屋お登勢の生誕の地という石碑の立つ和菓子店です。アーケード商店街の真ん中にある町家に宿泊するのはもちろん初めての経験。意外に感じたのは、宿の外から仄かに聞こえてくる人々の行き交う雰囲気、交わされる会話、流れるBGMなどの商店街の気配が、優しい温もりを感じる、心地よいものであったということです。それは商店の並ぶ古き良き町家の暮らしに思いを馳せるという、新鮮な経験でした。

「丸屋」より 外観(左上)、リビングルーム(右上)、ベッドルーム(左下)、ダイニング(右下)

 

5軒の1棟貸切タイプの中でも最も広い「丸屋」は99.9平米。玄関の土間から続くダイニングキッチンにはフィン・ユールのカードテーブルとリーディング・チェアー、そして続くリビングルームには同じ作家によるベーカーソファ。さりげなく配された名作家具の使い心地・座り心地が素晴らしく、滞在中のほとんどの時間をこのスペースで過ごすことになりました。歴史を継承した設計の中に、現代人の心地よさを追求した名作家具を配置することも、商店街HOTEL 講 大津百町のコンセプトのひとつ。7棟13室の客室はすべてインテリアデザインや家具が異なるので、お気に入りの部屋をみつけてリピートすることも、前回と異なる空間を楽しむこともできます。

レストランのある「近江屋」で供される朝食

大津の茶菓店や商店街の商店を楽しめるウェルカムスイーツ、地元で評判のコーヒー豆、コーヒミル(コーヒー好きはミルまで用意されていることに感激するでしょう)とブリューワーが準備されたキッチンには、電子レンジや食洗機も装備されています。自然派ワインやシャンパーニュのルームサービスをとってゆっくり部屋で過ごすのも、コンシェルジュ推薦の大津の美味しいお店で地元の味に舌鼓を打つのもいいでしょう。朝食は「近江屋」のレストランで、うなぎのお茶漬けがメインの和定食を。このうなぎは「タニムメ水産」に無添加の醤油や酒などを納入して、特別に製造してもらいました。小鮎やスジエビなどの琵琶湖の幸、滋賀の郷土料理であるえび豆や赤こんにゃくなども用意されています。

 

春からは琵琶湖の固有種や近江の伝統野菜、発酵文化に特化した大津ならではの「自然派日本料理」の夕食が用意されるのも楽しみです。大津、滋賀を目的にした旅はもちろんのこと、京都旅行の滞在先としてここを選び京都とともに大津を楽しむのも欲張りで贅沢な旅になるかもしれません。商店街の町家での滞在は、日常の中の非日常、非日常の中の日常、その両方にあてはまる不思議な感覚を呼び起こす特別な経験になるはずです。

 

 

商店街HOTEL 講 大津百町
滋賀県大津市中央1-2-6
TEL: 077-516-7475

 

選・文 藤野淑恵

TOSHIE FUJINO エディター/ジャーナリスト 「W(ダブリュー)」日本版、「流行通信」、「ラセーヌ」の編集部を経て、2000年春に創刊した「Priv.(プライヴ)」(日経BP社発行)の編集長に。「日経ビジネススタイルマガジンDIGNIO」編集長、オウンドメディア「GENUIN(ジェヌイン)」の編集統括など、クオリティ・マガジンの編集に携わる。センテナリアン時代のクオリティライフ実現に向けて新しいライフスタイルやロールモデルを紹介し、BESPOKE LIVINGを提案することが現在のミッション。