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八木通商株式会社 八木雄三氏インタビュー 《後編》

2018.08.04
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「モンクレール」「J&M デヴィッドソン」「バブアー」「マッキントッシュ」「モンクレール」など数々の一流ブランドを扱う繊維専門商社・八木通商。唯一無二のブランドをいち早く見つけ、日本で人気ブランドに育てていく同社の成長の秘訣を、代表取締役社長・八木雄三さんにお話しいただきました。

 

「ウェイ・オブ・ライフ」の変換期を捉える

1970年代にインポートビジネスに着手した八木通商。その後、1996年に取扱いをスタートしたダウンジャケットの「モンクレール」はわずか15年でラグジュアリーブランドにまで成長しましたが、八木さんとダウンジャケットとの出会いは、既に70年代にあったのだそうです。

「まだ当時は知る人ぞ知るモンクレールの取扱いを始めたのは1996年。でも僕がダウンジャケットに最初に目を付けたのは、1971年に社内でブランドビジネスを始めた時だったんです。カナダのダウンジャケットを輸入し、問屋や百貨店などを回りましたが、まったく売れず。当時はビームスやシップスなどのセレクトショップもない時代です。国内では「ダウン、それなんですか?」という反応で、注文をくれたのは東京銃砲店というハンティングの店だけでした。少量の注文だけでしたが、感激しましたね」。

モンクレールの成功の秘訣を、八木さんは「Way of Life/ウェイ・オブ・ライフ」の変換期だと言います。

「よく今、アパレル業界の方々はライフスタイルの提案などをおっしゃいますが、店にカフェを併設するとか、そういう話じゃありませんよ。『ウェイ・オブ・ライフ』が変わっていく瞬間を捕まえる、それが大事なんです。八木通商がモンクレールを始めた時は、まさにそれでファッションのカジュアル化、そしてラグジュアリーカジュアルが勃興しはじめた時代だったのです。そして僕はダウンジャケットに関する知識を20年前から蓄積していた。突然振って湧いた話ではないのです」。

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木さんがビジネスを語る際には、いくつもの明快でわかりやすいフレーズが飛び出します。「Product talks itself/プロダクト・トークス・イッツセルフ」もまた、その一つです。

「スタッフにはいつもこう言います。君たちが時間かけてくどくど説明しなければならない商品は、ダメだとね。お客さんの前にポンとそれを置いただけで、売れる。それぐらいにオリジナリティと魅力がある商品を探してこなければ、商社マンは務まりません。

バブアーのワックスジャケット、マッキントッシュのゴム引きコートもそうですね。コピーしようと思っても、できないでしょう?それほどのキャラクターがなければ、真の意味で消費者がブランドに対する満足感を得られないんですよ」。

八木通商はまた小売店がまだ気づかずにいる潜在的に消費者が求めているものを発見する事に重きを置いています。将来ライフスタイルを変えるようなユニークな”ダイヤモンドの原石”を探しだし、あらゆるマーケティング面でのサポートをして研磨し、ブランドを育てていくことを繰り返し積み上げてきた結果が、今の八木通商を形作っているわけです。

「当初のモンクレールの権利を持っていた会社は、経営的に不備の多い会社でしたが、『絶対に世界一のダウンを作る』という精神はどんな時も揺るぎませんでした。現在のモンクレールは我々がスタートした当時とは別の会社ですが、その全身の会社でも、会社が傾いていても一貫して、最高級のダウン原料を仕入れていたんですよ。だからこそ、モンクレールのダウンには、お客を動かす力があったのです」。

そうして八木通商は、モンクレールのブランドと製品の可能性を信じマーケティングした結果、モンクレールは大人気ブランドへと成長を遂げました。2009年には合弁でモンクレール ジャパンを設立。銀座や青山に旗艦店をオープンし、ラグジュアリーブランドとしての存在感を際立たせています。

”欧米でのブランド企業への投資”

「既に成功したブランド以外にも色々な投資を続けていますから、投資額はなかなかの金額になっていますよ。ハイリスク、ハイリターン狙いだと言われますが(笑)、実際のところラグジュアリービジネスをやろうとしたら、ものすごいお金がいるんですよ」。

良いものを“売る力”をもっと重視せよ

ロダクト・トークス・イッツセルフ」を重要視する八木さんですが、一方で、ものづくりにだけ固執しても、ものは売れないと警鐘を鳴らします

「輸入にばかり着目されがちですが、八木通商では祖業である繊維輸出も続けています。今、最も売り上げが伸びているのはパリの有名オートクチュール・メゾン向けです。日本ならではのテクノロジーを使い、特別な生地を作って供給しています。

でもね、せっかく良い物を作っていても、それだけでは販売に成功しません。メゾン側の要望、生産側の技術力や特性の双方を完全に理解し、オリジナルプロダクトをプロデュースする能力が必要なのです。ものを売るには、売るための手法がある。『どうやって売るのか?』。それがわからなければ、どんなにいいものだって、売れません」。

日本のファッション製品を海外でマーケティングしたいという気持ちは大いにあると、八木さんは言います。

「興味はあります。デザイナーには何年かにひとりかふたり、優れた方が出てきます。また合繊やデニムなど、一部生地メーカーにもよいものがあります。でも、ビジネス上の国際競争力が有り、オリジナリティーが有るものは未見つかっていません。いつかは、やれるといいですね」。

常に業界の中でユニークなポジションを築いてきた八木通商。将来はどんな方向へと進もうとしているのでしょうか。

「いくつものユニークなブランドやプロダクトを見つけ、マーケティングや投資を行い、ブランドとして育ててきました。今後はさらなる成長のためにこれらブランドの会社をグループ化しようとしています。これからも欧米ブランドに出資して、魅力あるブランドを世界へと届けますよ。まだまだこれからですが、いつか世界中に知られる会社になると思っています」。

 

《前編》はコチラから

 

<プロフィール>

八木雄三(やぎ ゆうぞう)

1941年兵庫県生まれ。
アメリカ・ミシガン州立大学経営大学院でMBA取得。大学院修了後、1967年に八木通商入社。1986年、代表取締役に就任。1993年よりミシガン州立大学国際関係学部客員教授。2004年 仏国家功労勲章オフィシエ、 2011年英名誉大英勲章OBE、2016年 伊共和国国家功労勲章グランデウフィチャーレを受章。

 

取材/島村美緒(プレミアムジャパン編集長)、文/木原美芽、写真/山村隆彦