第2回 過去の記憶を未来へつなぐ。建築家・田根剛が国際的に注目を集める理由

2019.02.13
pj1811-03657

2006年に2人の建築家と共にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、26歳で一躍世界の注目を浴びた建築家、田根剛さん。2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれるなど国際的な注目を集めています。建築家としての12年間。これまでのプロジェクトやプロジェクトに込められた思いを伺い、その理由に迫りました。

エストニア国立博物館が一番最初の代表作だと思いますが、完成までの10年で学んだことは?

人生が変わりましたね(笑)。設計に約4年半くらいかかって、リーマンショックがあって2年以上止まっていた時期があり、そこから丸3年かかって建設しました。


エストニア国立博物館    photo: Takuji Shimmura / image courtesy of DGT.

それは劇的に変わりますよね。それまではどこに住んでらしたんですか?

僕は東京生まれなのですが、北海道に行き、スウェーデンに暮らし、デンマークへ移り、ロンドンにいる間にコンペで優勝したことによってパリに移りました。建築家として歩み出すときに、まだハイハイもできないような赤ん坊が、いきなりロケットに乗せられて空に打ち上げたられたような。降り方も分からないままにどこへ行ったらいいのか。飛行機だったらどこへ降りるか分かりますけど、ロケットだからどこへ飛んでいくのか分からない、というところから始まったので。いまだに、どう着地したらいいのか分からないと思うこともあります。

建築以外のプロジェクト、例えばパリの風呂敷はどういう経緯でスタートしたのですか?

6日間のみの開催でしたが、パリ市庁舎前であのように大風呂敷を広げることになるとは自分でも想像していませんでした。フランス人がこんなに楽しんでくれるとは思わなかったですし。パビリオンの中に入ったのは2万1000人ですが、その周りには長蛇の列ができ、集計では8万6000人くらいの人々が訪れました。あのパビリオンだけではなく、市庁舎の壁面にあるフランスの著名な英雄たちの石像にも、歴史上初めて風呂敷を持たせたんです。それまで、パリ市庁舎の石像に展示しようと試みた人はいなかったと思いますが、この歴史上の人物がパリ市民にさえも忘れ去られているということで、日本から贈り物(風呂敷)をするという設定で、改めて注目してもらおうとしたのです。石像の顔も嬉しそうに変化したように思えて、面白かったですね。パリ市側の担当者もフランス人らしく、それを許可してくれました。正式な許諾前は9カ月もかかったのですが、最終的には、東京都知事とパリ市長がこのアイデアに共感して下さり実現しました。


Furoshiki Paris    photo: Takuji Shimmura
パリ東京文化タンデム2018「FUROSHIKI PARIS」展

会期:2018年11月1日〜6日
会場:パリ市庁舎前広場(フランス)、パリ日本文化会館など
主催・共催:東京都、パリ市、アンスティチュ・フランセ
芸術監督:田根剛(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)

小池知事が記者発表にもいらしてましたね。あのプロジェクト自体の発案は?

発案者は小池知事です。もう10年来、風呂敷というのが『世界で最初のエコバックだ』、というコンセプトで、世界に広めていきたいと活動されていらっしゃいます。その一環として、「パリで一緒にやりませんか?」とお声掛けいただきました。

あの風呂敷の素材は何ですか?

あれはテントの布地のようなものです。それにオリジナルの唐草を印刷して。風呂敷の包む、結ぶ、贈るというテーマで、日本のもてなしや、伝統を紹介すると共に、世界で活躍する日仏アーティストにオリジナルのデザイン風呂敷をつくってもらい展示しました。僕自身も意外だったのは、見ていると今作られた現代のもののような、今のものとしての楽しみ方があって。単に日本の古き伝統をパリに持ってきて展示しているというよりは、現代の文化として、今使えるものとして風呂敷を扱ったことが、人気を集めた1つの要素だったかな、と。会場内で開催されたワークショップでは、ボトルを風呂敷で包むレクチャーにみんな真剣に参加してくれました。教えられて上手にできるとお互いに自慢し始めて、会話がうまれる、そんな活気ある展示でした。

代々木の『スクランブル・スタジアム』について聞かせてください。

2018年に東京未来ビジョン懇談会という東京都の主催で、高校生から40代の様座な分野で活躍する方々が集まって、東京の未来を考えよう、という会に招聘されました。そこで長谷部渋谷区長もとお話する機会がありました。一般社団法人「渋谷未来デザイン」と共に、「すべての人に開かれたスポーツ・文化・情熱の聖地を、渋谷区に」というコンセプトで渋谷で何かできないか、と。代々木公園のエリアの中には、東京の真ん中ながら忘れ去られた土地が空いていて、そこにスタジアムを作りたいのだが、古墳のようなものを考えてくれないか、と。そういう話があったんです。僕自身は、古墳は国立競技場のために考えたので、そのままというわけにはいかないのですが。100年かけて生まれた明治神宮の森がもっともっと拡張して行って、森が多い尽くすようなアイディアは提案できるのではないかと思いました。渋谷の中心部はどんどん高層化していますが、渋谷はストリートカルチャーの街なので、それがもっと伸びてくるような形でスタジアムで混ざり合うという意味を込めて『スクランブルスタジアム』というのが名前を提案しました。代々木の森とストリートカルチャーがこのスタジアムを拠点に混ざり合うように、と。公には2018年9月ごろに発表され、こういう構想があると発表された段階です。

前にお話しした時にうかがったので、「古墳好き」という印象がありますが。

古墳は現代の文明の中では忘れ去られた大事なものが含まれていると思っているので。中国の影響が入ってくる前に、日本の農耕民族のリーダーが亡くなってた時に、自分たちをずっと守り続けていて欲しい、ということで、鎮魂の場としてと生まれたのが古墳なんですね。当時は生きられる時間が短かったために死後の時間こそが大きな時間で、死ぬために、または死んでからどうすべきか、というように、死に重きをおく死生観の方が強かったという話を聞き、今の都市生活の中とか現代文明においては、そういった鎮魂の場というのがなくなっている。明治神宮外苑の森のように100年かけて作った森が、都市の熱を冷やす場であり、大地の熱を感じる場であると思いますが、都会にはこのような場所がなかなかないので。実際の古墳ではありませんが、国立競技場のコンペで提案したのは、古墳を想起させるようなスタジアムがあったら、東京の未来ももう少し良くなるんじゃないかと。


新国立競技場案 古墳スタジアム (2012年)image courtesy of DGT.

 

本インタビューは全3回となります。第1回はコチラから

<プロフィール>

田根 剛(たね・つよし)
建築家。1979年東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、フランス・パリを拠点に活動。2006年にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、10年の歳月をかけて2016年秋に開館。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれるなど国際的な注目を集める。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016年)、『Todoroki House in Valley』(2018年)、『とらやパリ店』(2015年)、『LIGHT is TIME 』(2014年)など。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

取材、文/島村美緒(プレミアムジャパン編集長)、写真(人)/古谷利幸