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第3回 過去の記憶を未来へつなぐ。建築家・田根剛が国際的に注目を集める理由

2019.03.12
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2006年に2人の建築家と共にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、26歳で一躍世界の注目を浴びた建築家、田根剛さん。2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれるなど国際的な注目を集めています。

”今の時代”を生きる大切なこと、建築への思い、そして今後のプロジェクト、未来の展望を伺い、その理由に迫ります。

海外にいて日本を見て、見方が変ったことはありますか? 

海外行ったからこそ、客観的に日本という場所や時代、それこそいろんなレイヤーで見えたり、比較できる対象がある、というのは大きいですね。自分の場合はフランスに住んでいながらも、北欧やイギリスにいた時代もありました。北欧は素晴らしかったですね。また北海道のように、都会でも第二の都市で暮らしたという経験が、ものを客観的に見られるようになった。大事なことは何なのか、ということをいつも考えます。

建築のお仕事をされている中で、一番大事にしていることはありますか?

僕らは場所がないとできないと思っているので、建築こそ場所が大事だと思っているし、場所こそが建築だというくらい、場所ありきだと思っています。この地球の中でたった1つしかない場所で、何ができるかというときに、そこの記憶を発掘した時に出てくるもの、または発掘できたものこそが強い未来を持ってるんじゃないか、というところに全力を注ぐのが僕らの仕事だと思うのです。まずは最初に場所があって、そこに建築を作り、そこから人が集まり始めます。逆に人が先に決めて建築が二の次という仕組みでは大変なことが起こりやすいと思います。まずは場所があってそこへ建築を作り、そこを人が使い始め、楽しみや喜びが生まれる、という順番が変らないと思うと、場所ありきだと思うべきではないでしょうか。

自分の生き方で、これが一番大事と思うことはありますか?

一番はやっぱり、尊厳、つまり、敬意を示すことでしょうか。まずそこが、自分ではない違うものが尊いと思えるか、っていうことが大事だと思っています。それが人であったり場所であったり、その心がないともう関係は成り立たないと思っているので。異なる文化であれ、違う職種であれ、年齢老若に関わらず、そこが一番大事なのであって、互いに敬意を持ち合えるかどうかを大事にしたいと思っています。

日本のお仕事も数多くやられていますが、海外とどのぐらいの比率に?また違いはありますか?

ここ最近は日本のプロジェクトが増えて、7対3くらいの割合ですかね。全部で約25件のプロジェクトが進行中で、日本以外は、ヨーロッパではフランス、イタリア、イギリスなど、後はアメリカやブータンもあります。美術館のような大規模なプロジェクトから小さな展示やデザインのような仕事まで……日本だろうとフランスだろうと、あるいはプロジェクトの規模の大小で、あまり違いは感じていません。

仕事を受ける時に、ポイントとなるところはありますか?こういう仕事はやってみたいけど、こういうのはそうでもない、みたいなのはあるんですか?

そういう意味では、特別かどうか、というのはありますかね。頼んでくださる人の思いが強くて特別に思えるか。敷地としてなかなかない場所に、何を作るかまた決まっていなくても、何を作るかというところが特別に見えたりとか。だけど、あまりにもコマーシャルなことだったりとか、一方的に使われて消費されるだけのような依頼なら、それがどんなにいい話だったとしてもお断りするかもしれません。そこはバランスの問題で、受けるのであれば一生懸命やりたいと思うし、お互いの敬意なり尊さを認め合う関係が大切ですね。

今回の『未来の記憶』の中で、いろいろなプロジェクトの紹介をされてますけど、これはすごく面白かった、というのを何か1つ挙げるとするとなんですか?

今回の展覧会でようやく、2年くらい温めていたプロジェクトを初公開したものがあります。京都の『10 kyoto』というプロジェクトがありまして。京都の十条に十字のピラミッド型の建築を計画しています。ちなみにオペラシティの会場で使われていた展示用の柱は、このプロジェクトのお施主さんから、京都で解体された建物の廃材を用いた古材集成材を提供してもらいました。このコンプレックスではその集成材が外壁全体を覆い、古き財産を集めて新しい文化に買えるプロジェクトとして計画しています。建物は、フードコートとホテルとアートギャラリーのようなものが入り、カルチャーファクトリーと呼んでいます。目指すのは文化が常に生み出されていくような。これができると、地域もだいぶ変わるんじゃないかと。このプロジェクトが、今回初お披露目ということで。2022年に完成の予定です。

 

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10 kyoto  image: Atelier Tsuyoshi Tane Architects

ちょっとプライベートなお話を。拠点のパリではどんな生活を?

もう12年目ですね。パリにいる時は朝起きて事務所へ行き、事務所で働き、家に帰ります……。パリにいる時間はほとんど家にいて、だいたい2週間ごとに、出張に行っているので。月の3分の1は日本にいて、あとはパリに戻り、そのうちの半分くらいパリ、残りはヨーロッパ出張も入ります。それがだいたい今のスケジュールですね。

じゃあ、どんどん忙しくなって。ロケットに乗りっぱなし、という感じですね。

いつ乗り換えられるか、と思案中です(笑)

乗り換える必要はないんじゃないですか。今後、やってみたいことは?

これをやってみたい、というよりは、さきほど申し上げたように人と場所との出会いによるところが大きいですね。後は、時代に合ったチャンスに巡り合えるといいな、と思っています。建築の場合はどんどん蓄積されていくので、仕事をしたらそれを見た人からまた頼んでもらえる、と思うと、本当にいい仕事を繰り返していくことが次の扉を開いてくれるのだと思っています。行けるところまで行こう、という感じですね。

まだまだお若いし、これからもっと面白いことができると思いますね。

スタッフも20-30代と若くインターナショナルなチームでなので、彼らとの仕事が非常に面白いです。日本人の他にフランス人が5〜6人かな。イタリア人やスペイン人、あとはキプロス島というところから来ていたり、ギリシャ人がいたり。カナダやアメリカ、、オーストラリア、ポーランドなど。グローバルな視点でこれからの環境のことや未来を一緒に考えているというのは本当に楽しいですね。

建築を作るプロセスにおいて、日本人であることを感じるはありますか?

個人というのもそこに含まれてしまうので、あまり日本人だから、フランス人だから、とは思わないですね。日本のことはしっかり勉強したいと思うし、思い出も非常に強いので、そこは日本人的と言えるかもしれません。ただあまり日本的なものにこだわっている、というのはなくて。あくまで、今の時代に対して自分たちの仕事がどういう風に役に立つか、ということを考えている感じですかね。

「今の時代」という言葉がよく出てきますけども、今の空気感というのを感じているんですか?

そうですね。最近思い始めたのは、上手く行かないことが多い、と。それは環境の問題も大きいと思います。こんなに物や情報があふれているのに、どこか豊かな感じがしない、そういった中で未来を考えていく、次の時代をどうやって考えていくのか、ということを今は意識的にやっています。


「田根剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Search & Research」
展示風景 TOTOギャラリー・間 2018 photo: Toshiyuki Furuya

 

本インタビューは全3回となります。こちらから>>>第1回第2回

<プロフィール>

田根 剛(たね・つよし)
建築家。1979年東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、フランス・パリを拠点に活動。2006年にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、10年の歳月をかけて2016年秋に開館。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれるなど国際的な注目を集める。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016年)、『Todoroki House in Valley』(2018年)、『とらやパリ店』(2015年)、『LIGHT is TIME 』(2014年)など。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

取材、文/島村美緒(プレミアムジャパン編集長)、写真(人)/古谷利幸