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オーストラリアで、最良のワイン造りを続けるワイン醸造家、小林敦子《後編》

2018.02.03
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―ワイナリーをご自分で経営する、ということは一大決心だったと思いますが、実際に始められてからはどうですか?

厚い契約書を作り、弁護士を立てて契約しました。幸い夫の友人が弁護士だったので、助かったのですが、もちろん法律の知識などありませんし苦労しました。

そして2014年に初の収穫期を迎えました。ただオーストラリアはブッシュファイアーが多く、その年は収穫直前のその煙の影響を受けてブドウが使えなかったんです。最初の年なのにブドウがない、という状況で、馴染みのある地域のブドウを使いたいと思い、オレンジという産地から最初の年だけ買いました。幸い良いブドウが買えたので不幸中の幸いでしたが。2015から、ようやくアッパーハンターのブドウでワインが造れるようになりました。

ワイナリーを経営するということ、それは自分がやりたいようにやれる、という自由はありますが、決断の責任は全て自分。自分に対する責任の重さを感じますね。それと相談できる相手がいない、経営ってこんなに大変なのか、ということを実感します。それに比べるとワイン造りはそんなに大変じゃない(笑)。会社でワインを造っている時には気づかなかったことですが、今まではずっと守られてきたんだ、ということが初めてわかりました。

 

―現在は日本酒の紹介もされているとか?

ンドンで開催され、世界中のワイン業者から最も注目されている「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」という世界最大規模のワイン・コンペティションで、日本酒(SAKE)部門が2007年に立ち上がったのです。日本酒造りのご縁から、2012年より審査員をやらせて頂いています。ワインの中に日本酒のカテゴリーを入れることで、日本酒のことをもっと知ってもらうためです。今年の日本酒のジャッジは5月に山形で開催されることになりました。現在は日本酒部門のパネル・チェアマンとして、2015年からワインの審査員も務めています。

IWCは世界中のワインが一基に集まり、審査員も世界中から集まります。ソムリエ、レストランバイヤー等。これだけのワインをプロの方たちと一緒に見る機会は、とても大事ですし、そういった方達との出会いが私にとってはとても大切なんです。

日本酒はオーストラリアでは少しずつブームになってきていて、私も自分のワイナリーで時々きき酒をやっています。田舎なので、まだ?という感じですが、少しでも日本酒を知ってもらいたいので、イントロダクションとして。最近は、ぜひ参加したいが次はいつなのかという問い合わせがふえています。12月上旬にオーストラリアの大手のワイン会社から日本酒のきき酒をやってほしいという話が出て実施しました。同じ職業のワインメーカーへ紹介できることは本当に楽しかったです。



―色々なことが繋がって、世界が広がっているんですね。

々な体験をしたことが、たまたま繋がっているように思います。できないと思っていたことが、できるかも、というタイミングもありますよね。周りからは何も考えてないように見られがちですが、私なりに色々考えてはいます(笑)。

―ワインの名前をSmall Forestという名前に決めた経緯は?

Small Forest(スモール・フォレスト/小林の意)という名前は難産でした。たまたまある日、夫にブリジストンの名前の由来(創業家の石橋家=ブリッジストーン)の話をした時に、Small Forestの名前を口に出してみたら、いいんじゃない?というリアクションが。最後に知り合いのディレクターにby Atsukoを入れろとアドバイスをもらい、Small Forest by Atsukoになりました。

シドニーの有名レストランTetsuya’sで、酒サムライのプロモーションの応援に来るよう声をかけていただき、蔵元さんたちと会うきっかけがありました。その時に知り合った、オーストラリアでチーズの輸入しているウィル・スタッドという人がいて、チーズの番組を作っていたんです。浦霞にいる時に、ウィルから日本酒の番組を作りたいと連絡があって、仕込みの時期に何か所か行きたいから紹介して欲しい、と。浦霞と石川県の天狗舞、富山の満寿泉、神戸の櫻正宗に一緒に回って、コーディネーションだけかと思ったら番組に出演することになってしまいました。初めからそのような計画だったのかもしれませんが、聞いていなかったのです。人との出会いで何か生まれるかわからない。


 
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©Atsuko Kobayashi


―長くオーストラリアに住んで、日本や日本人はどう見えていますか?

ーストラリア人はイメージ通り、明るくてイージーです。その明るさは日本人にも必要ではないかと思ったりします。日本は静か。それぞれその国にいいところはありますが、日本人は心の中は親切だけど、表現が上手じゃないなと思うことがありますね。

それと、日本では“初の女性”という枕詞が必ず付くことにすごく疑問を持っています。そういうことを言うことで、男女間の差別を余計に生み出しているのでは?日本でワインを売り始めたら、“なでしこ醸造家 ”とか“女性初”とか…正直あまりうれしくはないですし、本当にそれがセールスポイントになっているのか、自分ではわかりません。そう知人に言った時、“雑誌に取り上げられるのはいや、でもワインを売りたいは矛盾しているんじゃないか?女性だと言われると飲んでみたいという人はたくさんいる”と。そこでハッとしたのは、私はそういう見方をしないんです。例えばコーヒーを選ぶ時、私は美味しいものを選んで、その後でそれを作っている人に興味を持つ。その人の履歴を見たから、そのワインが美味しいわけではない。その人となりは、そのものに何らかの形で表現されて入っていると思います。ワイン造りの腕は当然大事ですが、それ以前に物を造る人として大事なことがあると思います。

昔からあまり流行を追うのは好きではないんですが、自分が本当に好きかどうか、本当に好きなものが見つからなかったらないほうがまし、だと考えます。“女性初”についても、その時は初でしょうが、その後は初ではない。ずっとその枕詞が続くことに違和感を覚えますね。オーストラリアでは言われないし、差別のようなことを言われずに仕事できたのは幸せです。

簡単な仕事なんて世の中にはない。自分も頑張っているが、それ以上に頑張っている人がいると思うと立ち上がらないと。その強さがないと自分で経営していくことはできないと思います。でもダメなときはギブアップをするという覚悟も必要ですね。
 

 

小林敦子

オーストラリアにおける日本人初のワイナリー経営者。IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)日本酒ジャッジ 兼 ワインジャッジ。農大を卒業後、協和発酵に就職。その後、退職してワインコンサルタントとして活躍しながら、フランス(ボジョレー、ムルソー、ボルドー)やオーストラリア(ミルデュラ、クナワラ、ヤラヴァレー、西オーストラリア)でワイン造りの経験を積む。その後、オーストラリア・アッパーハンターバレーに当時あった大手ワイナリー、ローズマウント社からの誘いを受けて移住。2009年には日本に一時帰国し、18ヶ月にわたり宮城県・塩竈にある「浦霞醸造所・株式会社佐浦」で蔵人を担う。オーストラリアへ戻り、日本酒のコンサルティングを行うかたわら、2013年12月にアッパーハンターバレーにワインブランド「SMALL FOREST」を立ち上げる。
http://smallforest.com.au/
日本での問い合わせ先:株式会社ヴァイアンドカンパニー https://www.vaiandcompany.com/

 

インタビュー・文  編集長 島村美緒