日本語 | English | 简体中文 | 繁體中文

クルマという作品、クルマというメディアで、僕じゃなくちゃ、できないことを。山本卓身《前編》

2018.03.01
_32A9579

リーランスのカーデザイナー。この肩書きを持つ日本人は、そう多くはないでしょう。山本卓身さんはプジョー・シトロエンにカーデザイナーとして勤務中の2008年、オンラインカーゲーム『グランツーリスモ5プロローグ Spec III』とパリ・モーターショーで、GT by シトロエンを発表。ゲームというメディアからスーパーカーを具現化させ、大きな注目を集めました。昨年2017年に独立。パリを拠点に活躍する山本さんにお話を伺いました。

 

山本さんの出世作とも言うべきGT by シトロエンは、世界で初めて、「ゲームのために作られたクルマ」と伺っています。
来は、現実に販売されているクルマをゲームの中に取り込んでいました。しかし、2000年頭頃にはゲームというものの表現能力がどんどん伸びてきて、それ自身が「メディア」になりかけていたんです。その状況を見て、あるものをただゲームの中にコピーするのではなく、新しい発信をするポテンシャルが十分に整ったと思い「ゲームから、新車を発表する」ことを提案したのです。ゲーム機器やソフト自体が高性能化しただけでなく、オンラインで世界中が繋がれる環境ができたため、ゲームコンソールさえ遊ぶ人の手元にあれば、クルマメーカーとはまったく違う情報伝達範囲が生まれる、そういう魅力もありました。バーチャル世界が先で、モーターショーでの実車化が後。これは当時、画期的な発想でした。



「GT by Citoroen」 ©シトロエン


子どもの頃から、カーデザイナーを目指していらしたそうですね。
は3兄弟の末っ子で、ふたりの兄がいます。彼らが丁度、スーパーカー世代なんですね。9歳の時、兄に見せられたランボルギーニ・イオタの写真に釘付けになったんです。このたった1台のクルマ、1枚の写真に惚れて、カーデザイナーになることを決めました。「スーパーカーをデザインする、カーデザイナーになるんだ!」ってね。


「Miura Jota」  ©ランボルギーニ

そこからは逆算で、まずは学校の先生に「カーデザイナーになるには、どうしたらいいの?」と尋ねると、「美大に行きなさい。そのためにはまず、美術予備校に行きなさい」と、ひとつひとつ順々に夢を実現させる道筋を追っていきました。

 

日本に、カーデザインを専門に学べる場があったのですか?
が入学した頃には、カーデザインに特化した学科はありませんでした。工業デザイン科に組み込まれる形で、好きな人がやるだけ。日産出身の教授もいましたが、在学中はほぼ独学のようなものでした。カーデザイナーは、3種類に大別できます。フリーランス、メーカー所属、デザインコンサルティング会社所属。この3つめのタイプの会社で働きながら、実質的にカーデザインを覚えました。ただ、このままでは「27歳までにメーカーのデザイナーになる」という自分なりのタイムリミットが実現できない。そこで留学を決め、イギリスへ行きました。

 

イギリスのコヴェントリー大学大学院で、カーデザインを専門に学ばれた?
ートモーティブ・デザイン学科というところに入学しました。20名弱いた同級生の半分はイギリス人で、あと半分は海外約10カ国からの留学生。学生のレベルは非常に高く、教授から学ぶというよりも、学生間で切磋琢磨する風土がありました。学部からカーデザインを専門に勉強してきた人も多いですし、僕も3年半の実務経験がなければ、挫折していたかもしれません。外国語というハンデがあったこともあり、デザイン実技の課題ではすべて首席を取ると決意しました。学内の成績が就職を左右するので、トップでない限り「自国のヤツを採ろう」となるだろうと。ひとつめの学内コンペは、当時権利を持っていたフォード主催の「ジェームズ・ボンド・カー」のデザイン。まさに求められるのは、スーパーカー!現実的なクルマづくりを求められた3年半の鬱憤が溜まっていたので(笑)、その思いの丈をバーン!とぶつけたら、それがかなり好評で。とにかく「没個性にならない」ことに留意したのが、よかったんですね。

 

フォードのコンペと、次のPSAプジョーの課題発表にて首席を取り、結果的にプジョーに入社されたそうですね。
題発表が終わって3日後に、プジョーの人から電話がかかってきたんです。「パリに、コーヒー飲みに来ない?」(笑)。要するに仕事の話だから、と教授に背中を押されまして、実際にそこでオファーを受けました。同級生のうち、カーデザイナーになったのは僕を含め3人。他の人達は、クルマ以外のプロダクトのデザイナーになったり、教職につきました。

 

後編に続く≫

 

山本卓身

1973年東京都生まれ。東京造形大学工業デザイン学科卒業後、カーデザインコンサルティング会社に勤務。2000年、イギリス・コヴェントリーのコヴェントリー大学大学院オートモーティブ・デザイン学科に入学。在学中のコンペで首席を取り、在学中にプジョー・シトロエンへの入社が決まる。2001〜2006年、プジョー・シトロエン コーポレーション&アドヴァンス・デザインスタジオでエクステリア・デザイナーとして勤務。2006〜2012年、スティル・シトロエンで市販車やコンセプトカーなどのデザインを担当。2008年、オンラインカーゲーム『グランツーリスモ5プロローグ Spec III』内で、GT by シトロエンを発表。同年のパリ・モーターショーで実車が展示された。同車はルイ・ヴィトン クラシック コンセプト アワード 2008/09を受賞。2012年、『グランツーリスモ』シリーズの企画・開発・制作を行う「ポリフォニー・デジタル」に移籍し、ヨーロッパスタジオ・デザインディレクターに就任。2017年1月に独立し、Takumi YAMAMOTOを設立。オーダーメイドカー、ハイパーカーのデザインやクリエイションをメインに、ボートやロボット、家具、工業製品など、幅広いデザインを手がける。
http://takumiyamamoto.com/works/db.html

 

インタビュー 編集長 島村美緒 文 木原美芽 
撮影協力 ブルガリ 東京・大阪レストラン