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パリで活躍する三代目ショコラティエール:佐野恵美子さん

2018.05.14
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© M. SHIRO

 

 

年2017年2月、フランス・パリのマレ地区に日本人ショコラティエールが店を開けたと話題になりました。この「レ・トロワ・ショコラ (Les trois chocolats PARIS)」は、祖父の代から博多で70数年、チョコレートショップを営む家に生まれ育った佐野恵美子さんが代表を務めています。彼女がショコラティエールを目指したきっかけやフランスでの修業、今後の方向性などについて、お話を伺ってきました。

 

なぜフランスでチョコレートの勉強をしようと考えたのですか?

実家は、福岡県博多で1942年から続く洋菓子・チョコレートの製造販売の老舗「チョコレートショップ」を経営しています。祖父の代からですから、私の代で3代目。「店を継ぎたい」と父に相談したところ、「本場フランスを見て、本気でやれると思うならば、考えてやる」と言われたのがきっかけです。

学卒業後は、3年間ある企業に勤め、営業を担当していました。実家を継ぐには、国内の製菓専門学校で学び、卒業後に数年間修業すれば大丈夫だろうと考えていたんです。しかし父は、「職人の世界は、そんなに甘いものじゃない」と。父が「フランスに行け」と言ったのは、私を諦めさせるつもりだったかららしいんです。でも負けん気の強い私は、すぐに退職してフランスへ。25歳の時でした。フランス語がひと言も分からない状態で、渡仏。最初はまず、フランス語が一番美しいと言われるトゥールに行き、3ヶ月間、語学学校に通いました。その後、地方のショコラティエに修業に入り、トータル10年間で10軒の店に勤めました。

職人としては、遅いスタートです。自分の中に多くの引き出しを作らねばと、貪欲でしたね。フランス全土を旅して、多くのショコラティエを巡りました。おいしいと思う店があれば、履歴書を出したり、シェフに直談判して職を得てきました。この間、父からのサポートは、一切ありませんでした。

パリでもスイーツ店が数多く集まるマレ地区にある「レ・トロワ・ショコラ」   © M. SHIRO

 

普通のOLから職人への転身は、相当なチャレンジですね。以前からずっと、「いつかは職人になろう」とお考えだったのですか?

いえ、まったく。祖父は私が小さい頃に亡くなったので、あまり記憶にないんです。父は多忙でしたし、彼自身、祖父に職人への道を定められてしまったところがあって、私には「職場に来るな」と言っていました。正直言えば、チョコレートの本当の魅力に気づいたのは、自分が職人になってから。本物のチョコレートを作るためには、素材にこだわり、添加物を使わず、大変な手間を要します。自分の手を動かすようになって初めて、そのすごさがわかるようになりました。

 

 

(写真左)日本のフレーバー、きなこやゴマ、サクラ等を使った人気のボンボンショコラ  (写真右)パティシエの木村さんが手がける、色鮮やかなスイーツ    © M. SHIRO

 

フランスと日本を比較して、異なる点や感動したことはありますか?

々ありますが、特にフランスでは、素材に大地の味がします。またパリに来てからは、世界中から良質の素材が集まることに驚きました。品質、鮮度、香りなど、どれをとっても素晴らしいものに出合えます。業者さんも我々に対して、よい素材を発掘しては積極的に提案してくれますね。

 

日本でも、チョコレートが大ブームです。

当に!特に東京は、フランスのシェフたちが続々出店していますね。私自身は、これが一過性のブームで終わらないことを願っています。フランス人はみな、自分のお気に入りのショコラティエを持っているものなんです。チョコレートが、文化として暮らしの中に根付いているんですね。

© M. SHIRO 

「レ・トロワ・ショコラ」について、教えて下さい。

があるマレ地区は、1キロ圏内に20軒のお菓子屋があるほどの激戦区。ここでは、自分のオリジナリティを表現できなければお客さまから選んではいただけません。私は日本人ですから、その強みを生かし、できるだけ日本のフレーバーを使うようにしています。日本的な食材は、フランスでもとても人気があります。青木定治さん(「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」)、吉田守秀さん(「モリ・ヨシダ(MORI YOSHIDA)」)など日本人シェフはもちろんのこと、最近はフランス人パティシエも日本食材を積極的に使う方が増えています。お客さまは近所の方も多いのですが、マレ地区は流行の発信地でもあるため、フランス内外からの観光客の方も、多数来店いただいています。

 

いずれは、福岡のご実家に戻られるそうですね。ではなぜ、パリで開業されたのでしょうか?

3代目を継ぐためには、家族や周囲を納得させられるだけの技量が必要です。まだまだ私は、創業者の孫であり、当代の娘という立場。ですから、世界中の有名シェフが切磋琢磨するパリで実績を積み、ショコラティエールとして成長してから、実家を継ぎたいのです。

はフランスに来てからずっと、父とは音信不通でした。父とまた話をするようになったのは、2014年のパリ・コレクションで実家の商品があるショーのお土産に使われたことがきっかけです。

の後、世界で挑戦してみたい!との思いで2017年2月に開業したのが「レ・トロワ・ショコラ」です。”世界のショコラティエール”として成長するために、独立という道を選びました。そして同年10月、福岡・ソラリアプラザに「レ・トロワ・ショコラ・パリ チョコレートショップ・フクオカ」をオープン。コンセプトは”(祖父、父、私の)親子三代それぞれのチョコレートが唯一集まるお店”です。共に働ける場所として、このお店はいわば”親子の夢”の空間ですが、それ以上に、それぞれのショコラティエールの表現の仕方でこんなにもチョコレートの一粒一粒が違ったものになるのかということを、お客様にお伝えできる場になればと思っています。

でも、まだまだ職人としては父に一流だと認めてもらってはいないのです。父が安心して「福岡の店を任せる」と言ってくれた時が、本当の意味で3代目として店を継ぐ時だと考えています。

 

2015年には、チョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」で金賞を受賞されました。

以前働いていたショコラティエ「ラ・プティット・ローズ」で、シェフの渡辺美幸さんと共同開発した商品が受賞しました。あの時は帰国を検討していた時期だったのですが、この受賞で「もう少し、パリで頑張ろう」という覚悟が決まりました。

ランスには、日本が好きな人が多く、日本人の行動を好意的に受け止めてくれる土壌があると感じています。そういう意味では、仕事がしやすいですね。差別がゼロではありませんが、それも含めて、ここで働くことが自分の糧になっていると常々感じています。

 

今後の目標をお教え下さい。

レ・トロワ・ショコラ」は開業して1年数ヶ月経ちましたが、これまでは怒濤の日々でした。まずは、お店の経営を安定させたいですね。そしてこのお店を、祖父や父のお店のようにここフランスの地で永くお客様に愛されるところにしたいと思っています。 

© M. SHIRO

昨年2017年10月に福岡県天神のソラリアプラザに出店した「レ・トロワ・ショコラ コラボ チョコレートショップ」では、ボンボンショコラのみ、パリの「レ・トロワ・ショコラ」から空輸されたものが購入できるそう。それ以外のチョコレートは、パリでのみ購入が可能です。

 

 の3代目になるべく、まだまだパリで自身を磨き続ける佐野恵美子さん。もしパリを訪れる際には、彼女が作る宝石のようなチョコレートを、ぜひ試してみて下さい。

 

 

 

Les trois chocolats PARIS
レ・トロワ・ショコラ
住所:45 rue Saint-Paul 75004 Paris FRANCE
TEL:+33 (0)1 44 61 28 65
営業時間 : 11:00 ~ 20:00 (月曜休)
http://les-trois-chocolats-paris.com/jp/index.html

 

レ・トロワ・ショコラ ショコラ コラボ チョコレートショップ
住所:福岡県福岡市中央区天神2-2-43 ソラリアプラザ1F
TEL:092-751-0886
営業時間:10:00~20:30(休日はソラリアプラザに準ずる)
http://www.solariaplaza.com/floor/shop182.html

 

 インタビュー・文:編集長 島村美緒