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闇というキャンバスに、光の絵の具で描く。照明デザイナー・石井リーサ明理さん 《前編》

2018.06.25
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ヨーロッパでは知名度が高い、照明デザイナー。しかし日本ではまだ、その職業名を名乗る方は多くはないでしょう。今回はフランス・パリに拠点をおきつつ、日本やヨーロッパなど世界各地で活躍する照明デザイナー・石井リーサ明理さんにお話をうかがいました。

照明デザイナーとして独立されて以来、パリにオフィスを構えられていますね。やはりフランスでの仕事が多いのですか。

在進行中のプロジェクトは約30件。うち10件ほどが日本の案件なので、最近は平均6週間に1度ぐらい帰国しています。海外案件もフランス以外のヨーロッパ、アフリカ、アジアと色々な仕事をいただいているので、フランスと日本を行ったり来たりしつつ、他国へ出張することも多いですね。

「銀座・歌舞伎座」(写真提供:石井リーサ明理)

 

照明デザイナーとはどんな職業なのか、お教えいただけますか。

々な表現ができると思いますが、私が一番気に入ってるのは、「闇という黒いキャンバスに、光という絵の具で絵を描くアーティスト」です。きれいな言い回しだと思います。でも、かといって好きな絵を描くだけでは成り立たないのが、この職業の性。アートとしての表現力はもちろん、技術的な知識も必要です。「テクノロジーとアートの両輪で進むクルマ」とイメージしていただければよいかもしれません。

光ばかりが主張する空間が、素晴らしいとは思いません。どちらかというと、この仕事は黒子に徹することが大事。ですから、「雰囲気を作る仕事」だと考えています。照明デザインがなされた建築物やイベントに行った方が、「なぜだかわからないけれど、華やかで素敵だった」とか「落ち着いていて気持ちが良かった」などと感じて下さる。そのどこかぼんやりした印象を左右する大きな要素のひとつが、光だと思うのです。

どうして、照明デザイナーになられたのですか。

・石井幹子は、日本における照明デザイナーの草分け。ですから娘の私が彼女の影響を受けていると思われることは多いのですが、実際は母が私に「照明デザイナーになれ」とか、「事務所を継げ」とは、一度も言ったことがありません。

アート全般に興味があったので、東京藝術大学美術学部に入学。その後、都市と建築の歴史や哲学などを研究するため、東京大学の大学院に進みました。その間、実技を学ぶためにパリのデザイン学校に留学。そこで照明デザインという課題がたまたまあったのです。照明器具自体をデザインするテーマでしたが、やってみたら意外なほどに面白くて。それで、インターン先に照明デザイナー事務所を選んだのです。

事務所のトップは映画界出身で、母とはまた違ったアプローチをされる方でした。彼には多くのことを教わり、また影響を受けましたね。そこで初めて、「光を作る人になりたい」と考えたのです。ですから、照明デザイナーになりたいと思ったのは、奇しくも親元を離れている時だったわけです。

 

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「照明デザイナーになりたい」という言葉を聞いた時、お母さまはどんな反応を?

スから転げんばかりに驚きましたね(笑)。パリ留学後はNYの事務所で研修を受け、帰国。入社試験を受けて、石井幹子デザイン事務所に入りました。コピー取りも夜食の手配も、何でもやる毎日。ここで、社会人としての基礎をたたき込んでもらいました。

結果的に母と同じ職業についたことで、当時は、「同じことをしても、お母さんを越えることはできないよ」なんて言う方もいらっしゃいました。でも越えるために始めたわけではありません。自分で選んだという責任感のようなものがありましたから、やり遂げなければという思いでしたね。

なぜ、パリで独立されたのでしょう。

分にとって初めて「光に出合った」のは、パリ。やはり戻りたくなって、母の事務所で3年間働いた後、パリのライト・シーブル社に転職したのです。そこで5年間チーフとして働き、パリのノートル・ダム大聖堂など、大きなプロジェクトを経験させていただきました。その後、パリで「I.C.O.N.」を設立。2004年のことでした。

「パリで独立する」と言ったら、母は再びイスから転げ落ちそうになりました(笑)。「なぜ、そんな激戦区で……」と。しかしだからこそ、という面も大きかったのですね。照明デザイン分野において、技術も高く、社会的な認知度も高い。また、同業者も自分ならではの表現が上手な方が多い。パリに身を置くということは、自分を切磋琢磨できるチャンスが多いということなのです。

 


後編に続く》

 


石井リーサ明理(いしい りーさ あかり)

東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒業。 東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。 ロサンゼルス、パリにてデザインを学んだ後、NYでの研修を経て、石井幹子デザイン事務所に入社。1999年、パリのライト・シーブル社に移籍し、チーフデザイナーとして数々のプロジェクトに携わる。2004年に独立し、I.C.O.N.を設立。国際的な照明デザイン・プロジェクトに従事すると同時に、光文化の研究、アートワーク制作、専門誌への寄稿や講演活動など、その活躍は多岐にわたる。

 

取材/島村美緒(プレミアムジャパン編集長)、文/木原美芽、写真/山村隆彦(人物)