北海道産のタラバガニの炭火焼き。唐辛子を発酵させた新潟産の「かんずり」を用いたオイルを塗って焼く。サワガニでつくった魚醤で風味付けしたINUAのオリジナルポン酢、カニみそで作ったソースなどを添えて、箸で楽しむ。北海道産のタラバガニの炭火焼き。唐辛子を発酵させた新潟産の「かんずり」を用いたオイルを塗って焼く。サワガニでつくった魚醤で風味付けしたINUAのオリジナルポン酢、カニみそで作ったソースなどを添えて、箸で楽しむ。

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トーマス・フレベルが奏でる食の再発見(後編)

2019.12.6

人を幸せにしたい。その想いを抱き続け、 INUAで新しい食の世界を展開する。

北海道産のタラバガニの炭火焼き。唐辛子を発酵させた新潟産の「かんずり」を用いたオイルを塗って焼く。サワガニでつくった魚醤で風味付けしたINUAのオリジナルポン酢、カニみそで作ったソースなどを添えて、箸で楽しむ。

料理、テーブルウエア、活けられた草花もトータルで一体の空間となり、INUAらしさを表現している。Photography Jason Loucas 料理、テーブルウエア、活けられた草花もトータルで一体の空間となり、INUAらしさを表現している。Photography Jason Loucas

料理、テーブルウエア、活けられた草花もトータルで一体の空間となり、INUAらしさを表現している。Photography Jason Loucas

記憶の中の光景や、忘れていた感覚を呼びさます料理

INUAのデザートのひとつに、黒麹のアイスクリームに松ぼっくりのシロップ煮を添え、ウワズミ桜の木のオイルをかけたものがある。そのシロップ煮は、茨城産の小さな松ぼっくりを5回ゆがき、シュガーシロップで4時間煮て、さらにハチミツでゆっくり炊いて水分を蒸発させ、形を保ちながらねっとりと出来上がったものを真空パックで保存し…と、他のすべてと同様、複雑な工程と手間を経て出来上がる。その可憐な松ぼっくりを口にすると、子どもの頃、森の中で松ぼっくりを拾って遊んだ、はるばるした光景までが心に浮かぶようだ。そんな静かで深い力を持つ料理に驚かされる。ヘッドシェフ、トーマス・フレベルはどんな子供時代を送ったのだろう。

INUAを率いるトーマス・フレベル。快活でエネルギッシュ、率直で知的。大きな役割を果たしながら、無邪気な印象も受ける。 INUAを率いるトーマス・フレベル。快活でエネルギッシュ、率直で知的。大きな役割を果たしながら、無邪気な印象も受ける。

INUAを率いるトーマス・フレベル。快活でエネルギッシュ、率直で知的。大きな役割を果たしながら、無邪気な印象も受ける。


人生をかけるほどの情熱を料理に持ち始めたのは、nomaのレネ・レゼピに出会ってから

生まれ育ったのは、旧東ドイツの都市マクデブルグ。ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一される数年前に生まれた。「統一前、母は1年に一度だけ西側に行くことができ、その度にマンダリンオレンジ(みかん)を持って帰ってきました。それは東側にはない、今までに食べたことのない地中海沿岸や南欧の果物で、大好きになりました。そのオレンジは祖母の家に置かれていて、僕は毎日1個もらうために祖母の家にいったものです。家の広い庭には果実のなる大きな木があって、サクランボ、サワーチェリー、プラム、リンゴや梨の木に、いとこたちと登って遊んだり、叱られたり。イチゴやカラントなどベリー類も豊富で、摘んで食べたことも懐かしい思い出です」。

 

家での食事は、日曜日はグレービーを添えた肉料理、火曜日は魚料理と、当時はそれが普通の伝統的なものだった。サッカーに夢中になった少年時代を経て、父親が経営していたビストロを手伝うことを念頭に料理の道へ。7歳の時世界的に著名なドイツ人シェフの自伝を読み、彼のような世界のどこででも暮らせる自由に憧れ、それ以降10年ほどドイツ国内の一流レストランで修業を重ねた。人生をかけるほどの情熱を料理に持ち始めたのはnomaのレネ・レゼピに出会ってからという。

 

「料理で人を幸せにし、喜ばせる。その努力はずっとしています。誰もが幸せになって欲しい。だからスタッフも無理なく楽しく働けるよう、いつか、これほど複雑な手順をふまなくても料理ができるようもっとシンプルに、とも思います。しばらくは無理でしょうけれど」と笑みを浮かべる。スタッフを思いやる気持ちは強い。シェフも重要だが、サービスするスタッフは、キッチンとお客様の架け橋であり、人類学者や心理学者のような役割を果たす素晴らしい仕事であり、皿を洗う人にも、レストラン業界はもっと感謝すべきだと感じている。

カップや皿の多くは埼玉県入間市で作陶する田中信彦の作品。 カップや皿の多くは埼玉県入間市で作陶する田中信彦の作品。
INUAはテーブルウエア、器、カトトラリーのセレクトも独自だ。インスタグラムなどで見つけた作家から、その人がフォローしている作家などに次々広げていくという現代的な方法で、料理と空間にふさわしい物がそろった。写真のジャグをはじめ、カップや皿の多くは埼玉県入間市で作陶する田中信彦の作品。 INUAはテーブルウエア、器、カトトラリーのセレクトも独自だ。インスタグラムなどで見つけた作家から、その人がフォローしている作家などに次々広げていくという現代的な方法で、料理と空間にふさわしい物がそろった。写真のジャグをはじめ、カップや皿の多くは埼玉県入間市で作陶する田中信彦の作品。

INUAはテーブルウエア、器、カトトラリーのセレクトも独自だ。インスタグラムなどで見つけた作家から、その人がフォローしている作家などに次々広げていくという現代的な方法で、料理と空間にふさわしい物がそろった。写真のジャグをはじめ、カップや皿の多くは埼玉県入間市で作陶する田中信彦の作品。

木製のカトラリーは、ブラジルから日本に移住し、静岡県浜松に工房を構える湯浅ロベルト淳の作品。カトラリーやバターケースなど日常に仕える木工製品を製作している。INUAで使用されるカトラリーのほとんどは日本製だが、中央上にある鳥の顔にも見えるものも含め、ダガーナイフはデンマークのMikael Hansenなどの北欧作家の作品。手づくりで1本ごとに異なる個性的なもの。Photography Jason Loucas 木製のカトラリーは、ブラジルから日本に移住し、静岡県浜松に工房を構える湯浅ロベルト淳の作品。カトラリーやバターケースなど日常に仕える木工製品を製作している。INUAで使用されるカトラリーのほとんどは日本製だが、中央上にある鳥の顔にも見えるものも含め、ダガーナイフはデンマークのMikael Hansenなどの北欧作家の作品。手づくりで1本ごとに異なる個性的なもの。Photography Jason Loucas

木製のカトラリーは、ブラジルから日本に移住し、静岡県浜松に工房を構える湯浅ロベルト淳の作品。カトラリーやバターケースなど日常に仕える木工製品を製作している。INUAで使用されるカトラリーのほとんどは日本製だが、中央上にある鳥の顔にも見えるものも含め、ダガーナイフはデンマークのMikael Hansenなどの北欧作家の作品。手づくりで1本ごとに異なる個性的なもの。Photography Jason Loucas

「あん肝のテリーヌ」。アンコウの顎の骨を飾りに。Photography Jason Loucas 「あん肝のテリーヌ」。アンコウの顎の骨を飾りに。Photography Jason Loucas

「あん肝のテリーヌ」。アンコウの顎の骨を飾りに。Photography Jason Loucas


世界各国の才能と力が集まってチームを作る

自分に優れている点があるとすれば「耐久力」であり、プレッシャーがあるほどパフォーマンスが発揮される、とフレベルはいう。「言葉の壁がありますが、困難があるからこそ奮闘もします。日本に住み、ここで仕事ができることは幸せです」。開店から1年半たち、INUAはnomaの料理をより発展させた形として高い評価を受けている。

 

夜のみのオープンが中心だが、午前の早い時間から多くの料理人が立働いている。オープンキッチンの奥にはさらに広い厨房があり、訪ねた時には、風変わりな人気のデザート、「ワカメのミルフィール」の準備をしていた。シェフは約15の国籍からなる十数人。研修で来るシェフもいる。副料理長はグアテマラ出身、キッチンを案内してくれたシェフの石坂秀威はオーストラリア出身の日本人。実に国際的だ。「ここでの共通言語は料理。INUAは遊牧民の集まり」、とフレベルは表現する。

 

ひとつのメニューに5、6人でとりかかり、完成するとまた別々の作業に移る。誰がどこにいてもなんでもできるように、という体勢だ。きびきびとして無駄のない彼らの動きは、きれいなフォーメーションを組む高度なスポーツを見ているようだ。


「グランメゾン東京」でも料理を披露

INUAは今年10月にスタートしたTVドラマ、TBS日曜劇場「グランメゾン東京」で料理の監修を担い、毎回番組に登場する魅力的な料理も話題になっている。三ツ星や世界の「トップレストラン50」を巡ってのレストラン対決もテーマに据える物語だ。

 

木村拓哉と鈴木京香がシェフを演じてチームを組むフレンチレストラン、こちらはカンテサンスが料理を監修し、これに対抗する尾上菊之助演じるシェフのレストランの料理をINUAが監修。華麗な料理の饗宴も見どころのひとつだ。ドラマであり、さまざまな制約もある中、ほぼ提案にそった料理が実現し、フレベルはじめスタッフ一同、力を入れて取り組んでいる。そこに登場する料理も、「草原にいる子羊が一日中好きなことして、草花を食べている…」という風景を表現したラムショルダーの蒸し煮など、INUAらしい創意工夫に富む料理が登場している。

熟成・燻製した舞茸。シンプルな出来上がりだが、4種の調味料(米麹オイル、味噌ウォーター、昆布だし、松のだし)を用い約8日間を要して完成する一品。Photography Jason Loucas 熟成・燻製した舞茸。シンプルな出来上がりだが、4種の調味料(米麹オイル、味噌ウォーター、昆布だし、松のだし)を用い約8日間を要して完成する一品。Photography Jason Loucas

熟成・燻製した舞茸。シンプルな出来上がりだが、4種の調味料(米麹オイル、味噌ウォーター、昆布だし、松のだし)を用い約8日間を要して完成する一品。Photography Jason Loucas


テーブルを囲み、ともに食べる。
根源的な人間の営みを、最新の形で実現する

INUAは2019年11月に発表された『ミシュランガイド東京2020』で、2つ星を獲得した。 INUAという現象を、どのように楽しんで欲しいと考えているのだろう。「東京の他のどこでも食べられない料理を、アットホームな空間で楽しんで下さい。私たちは、大切な人を家に迎える感覚でここにいます。悩みや日常の心配事を忘れ、心からくつろいで食事を楽しんで欲しいのです」。だからここはファインダイニングだけれどドレスコードもない。実現は難しいが、靴を脱いで上がって欲しいと思っているほどだ。

 

この先、成し遂げたいことは。「つねに原点にあるのは、人を幸せにすること。そのために努力できる人間として生き、両親や周りの人を幸せにし、多くの人に与えてもらったものを返していければ。そう願っています」。

 

もっと旅もしたい。行ってみたい場所は、まだ見ぬアフリカやモンゴル、瞑想と禅の世界が広がる中国の奥地。食のリサーチで巡った日本の各地にも、もう一度ゆっくり訪ねたい。大好きなロッククライミングもしたいし、友人やガールフレンドともっと時間を共有したいと、今時の働き盛りの男性の顔も見せる。

 

遠い国からやってきたシェフは、古代から未来まで、世界中の食文化を遥かに眺めて、今、ここだけにしかない食の体験を創造している。まさに、人を幸せにするマジシャンのように。INUAで人はそれぞれに、さまざまな記憶や感覚を呼び覚まされ、内面に訴えかける深い何かを感じるだろう。食べることで新しい感性の扉が開き、世界が変わる。人生が変わる。そんな体験をさせるレストランだ。

コースメニューに合わせて、アルコールペアリングと、ノンアルコールのペアリングが用意されている。ジュースには、パクチー&麦麹、メロン&山椒、かぼちゃ&マンゴーなど独創的なものばかり。アルコールではワイン、ビール、日本酒も組み合わせられている。Photography Jason Loucas コースメニューに合わせて、アルコールペアリングと、ノンアルコールのペアリングが用意されている。ジュースには、パクチー&麦麹、メロン&山椒、かぼちゃ&マンゴーなど独創的なものばかり。アルコールではワイン、ビール、日本酒も組み合わせられている。Photography Jason Loucas

コースメニューに合わせて、アルコールペアリングと、ノンアルコールのペアリングが用意されている。ジュースには、パクチー&麦麹、メロン&山椒、かぼちゃ&マンゴーなど独創的なものばかり。アルコールではワイン、ビール、日本酒も組み合わせられている。Photography Jason Loucas

トーマス・フレベル Thomas Frebel
1983年生まれ、ドイツ・マクデブルク出身。2009年noma入店以来、リサーチ&開発のトップとしてレネ・レゼピの信頼を築き、東京、シドニー、メキシコでのポップアップ店舗でも腕をふるい、レゼピの右腕としてnomaをリード。2018年6月にINUAのヘッドシェフに就任。2019年2月「ワールド・レストラン・アワーズ2019」〈今年の新店部門〉にてINUAとして世界一を獲得。2019年10月20日より放送中のTBS日曜劇場「グランメゾン東京」(TBS系全国28局ネット毎週日曜日21:00~)の料理監修を務める。
https://inua.jp/

INUA
東京都千代田区富士見2-13-12  KADOKAWA富士見ビル9F
毎週火~土曜日18時~(ディナーのみ)
日曜ランチ月数回 不定期で開催
12名まで着席できるプライベートダイニングルームもある。プライベートパーティやイベントの相談も可能。
定休日 毎週日・月曜日
booking@inua.jp
予約に関する問い合わせ先:TEL 03-6683-7570 (受付時間 火~土曜日 11:00 – 16:00)

 

INUA 公式アカウント
Instagram inuajp
Twitter @INUA_JP
Facebook https://www.facebook.com/INUAjp/

 

 

Text by Misuzu Yamagishi
Photography by Yuji Hori

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