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吉本英樹が目指すテクノロジーとデザインが溶け合う世界へ

2025.5.13

テクノロジーとデザインで伝統工芸に新しい風を吹き込む革新者、吉本英樹

先端テクノロジーと人間の生活との接点を、より豊かで、喜びのある、心の通ったものにするべく、様々なアイデアを提案するデザインエンジニアでデザインスタジオ「Tangent」の創業者、吉本英樹。東京大学先端科学技術研究センター特任准教授として「東京大学で工芸を教える講座を設けたい」と画策している。「Craft x Tech」プロジェクト第2弾に参加している有松・鳴海絞のスズサンのセーターを着てインタビューを受けてくれた。

1851年の第1回ロンドン万博を受け、その翌年に建てられたヴィクトリア&アルバート博物館。ここで東北の伝統工芸の職人技でつくったアート作品が、2024年9月から1ヶ月間展示された。仕掛けたのはデザイナーでデザインスタジオTangentの創設者の吉本英樹だ。


ドバイで世界一高いタワーの光のショー演出を手掛けたり、「ジュネーブサロン」でのエルメスのブース展示、英グローブトロッターのスーツケースデザインなど世界のトップブランドを相手に活躍を続けてきた。2025年大阪・関西万博では関西パビリオン和歌山ゾーン「和歌山百景 — 霊性の大地」の総合ディレクターを一手に引き受ける彼だが、目下の関心事は伝統工芸の世界にイノベーションを巻き起こすことだという。その真意を聞いた。


伝統工芸との衝撃的な出会い

 

東京大学先端科学技術研究センター特任准教授の肩書きも持つ吉本英樹は、「東京大学で工芸を教える講座を設けたい」と語る。しかし、実は工芸に関心を持ちはじめたのはかなり最近のようだ。「昔は工芸というと、百貨店上層階の催事場で売られているもの、お正月のお重セットや味噌汁のお椀みたいなイメージしかなかった」と率直に語る。


転機となったのは、秋田の川連漆器の工房の訪問だ。伝統工芸の工房を初めて実際に訪れてみて価値観が一変した。奇しくも自らも第1回でグランプリを受賞したLexus Design Awardからトロフィーのデザインを依頼され、その素材や仕様を模索していたときだった。

 

 

「それまで伝統工芸は国が我が国の尊い伝統工芸を保存しなければならない、と保護する対象で、新たなチャレンジのイメージがなかった。」という吉本。


吉本英樹を世界的に有名したのが、今では若手デザイナーの登竜門となっているLexus Design Awardの2013年に開催された第1回で「Inaho」という照明作品でグランプリを受賞したこと。その後、同賞のトロフィーのデザインにおいて川連漆器での制作を選び、工芸の世界に本格的に足を踏み入れることになる。制作したトロフィーは最初は茶色だが、時間が経ちデザイナーが活躍を重ねるごとに金色へと変化し輝きを放つようになる。

しかし、工房で「職人さんたちは分業しながら、ストイックに自分の仕事を突き詰めてものづくりをしている。例えば塗師はずっとお椀を塗っている。それが800年も続いてきた。その姿が、毎日お経を上げているお坊さんのように崇高に見えたんです。そこには創造的なやりとりがあり、単純に一人のクリエイターとしてかっこいい」と感じ、「自分も組んで何かしたい」と思ったという。


こうして吉本は時間経過で色合いが変化する白檀(びゃくだん)を用いたトロフィーをデザインした。「「白檀では木地の上に銀箔を貼り、その上に透き漆 (着色していない、樹液色のままの漆) を塗ります。漆は紫外線と反応して褐色が抜けてくるので、徐々に漆の層が透明に近づき、箔の輝きが強く出ることで、オレンジやゴールドに見えてくる。受賞者が成功していく過程で、トロフィーも輝きを増していく。アワードが成功の出発点に授けられる賞という意味でも合致していると思いました」とデザインの意図を語る。


パイロット志望から、工学とアートの交差点へ


工芸との出会いは比較的最近だが、吉本氏のものづくりへの探求は、少年時代の空への憧れから始まっている。和歌山で生まれ育ち、漠然とパイロットに憧れていたが、視力の問題で断念。東大進学後、航空宇宙工学の道へ進んだ。

「日本民藝館」からもほど近い駒場の東京大学先端科学研究センターにある。歴史あるその建物の裏にはかつて航空機の開発にも用いられた風洞実験の施設もあり、一時はパイロットを目指した吉本のものづくりへのルーツと奇しくも共鳴している。


「航空宇宙工学は、材料、流体力学、制御、ソフトウェアなど、非常に複合的な学問です。周りは人工衛星やロケットを作る研究をしている人が多かったのですが、僕は飛行機を『作る』ことより『使う』ことに興味がありました。」と吉本。

学生時代に音楽をやっていたこともあり、エンターテイメントにおける航空機の使い方に興味を持ち、ドローンが一般的でない時代に、LEDを搭載したラジコン飛行船を自作し、コンサート会場で音楽に合わせて光を制御するパフォーマンスを研究。この研究は、人工知能学会で最優秀賞を受賞するなど学術的にも評価されたという。

研究を通して、工学知識を活かしたクリエイティブな活動への思いが強くなり、博士課程進学を決意。カーネギーメロン大学など複数の海外大学院に合格していたが、「どうせジャンプするなら大きく」と、世界最高峰の芸術・デザイン大学、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)への進学を選んだ。

RCAでは、工学的な思考法とアートスクールの文化の違いに苦しんだという。「工学部では、まずゴールを設定し、そこに至る道筋を計画的に考えます。でもRCAでは『ゴールを設定した時点で可能性を限定している』と言われる。サバンナに降り立って、どこにお宝があるかわからない状態から探索し、予想外の発見を目指すのがリサーチだ、と。最初は戸惑いましたが、そのプロセスから本当に面白い発見が生まれることを学びました」。

博士論文では「パルスとリズム」をテーマに、反復運動というプリミティブな動きが持つデザインの可能性を探求。絵を描くのは苦手だが、工学的なスキル、特にソフトウェアやインタラクションを活かせる分野を見出した。そうして挑んだのが2013年の第1回Lexus Design Award。ここで吉本は「Inaho」という照明の作品でグランプリを獲得、これが国際的な注目を集めるきっかけとなり、2015年、ロンドンで自身のデザインスタジオ「Tangent」を設立する。

グランプリ受賞で、世界から認められた吉本はドバイ・デザイン・ウィークで世界一高いブルジュ・ハリファのタワーの光の演出を手掛けたり(2016年)、ヴェネチアの照明ブランド、WonderGlassとのガラス彫刻「Rise」、「Drift」(2017年)を制作。Hermèsにもロンドンでのウィンドウディスプレイ(2018年)やジュネーブの時計展向けインスタレーションの地球儀「Here」(2019年)など、国際的な舞台で八面六臂の活躍を始める。

2019年、吉本はエルメスからの依頼を受け、高級腕時計の見本市 SIHH(Salon International de la Haute Horlogerie)、通称「ジュネーブサロン」のためにインスタレーションとウィンドウディスプレイを制作した。©Tangent

2019年のロンドンデザインフェスティバルの期間、パディントン・セントラルで個展が開催。エルメスのために制作した地球の彫刻「Here」をアンフィシアターの中央に特別に設けられたギャラリースペースに展示した。©Tangent

その作品は、テクノロジーを使いつつもそれを感じさせないつくりで、光や動き、インタラクションといった要素をうまく取り入れているのが特徴だ。

一連の活動は、2019年のロンドンデザインフェスティバル期間中にレクサス協賛で開催された大規模な個展で集大成を見せる。この時期の多様な経験と実績が、後に伝統工芸とテクノロジーを融合させる「Craft x Tech」へと活動の軸足を移していく上での重要な基盤となった。

東大に「先端工芸研究部門」を

2020年は吉本にとって転機の年だった。川連漆器の技で作ったトロフィーが完成し工芸に本格的に興味を示し始めた頃、東大先端科学技術研究センター(先端研)の当時の所長、神﨑亮平氏(現・名誉教授)との出会いもあった

 

 

「神﨑先生は先端研にアートやデザインのラボを作りたいと考えていました。先端研は、多様な分野の研究者が集まり、分野横断的な研究を行う場所です。ロジカルシンキングだけでは解けない社会課題が増える中、アートやデザインの思考を取り入れたい、と。たまたま僕がデザインの博士号を持っていたことや、これまでの仕事を高く評価して頂き、特任准教授として迎えていただけることになりました」。

吉本は東大で「先端工芸研究部門(仮)」を設立したいと考えている。「早ければ今年の秋、遅くとも来年の4月にはローンチしたい」と意気込む。

 

「東大でやるならば、単に作品を作って展示・販売するだけでなく、研究開発や教育、人材交流など、もっと広がりのある活動にしたいんです」。

伝統工芸を「保存すべき文化遺産」として静的に捉えるのではなく、進化し続ける生きた技術として動的に捉えたいと考えており、そのためには、多様な背景を持つ人々の交流が不可欠だと考えている。

 

 

「例えば法律を学ぶ学生には法的視点から工芸との関わりを探らせるなど、多角的なアプローチが重要だと思います」。

先端研にはナノテク、バイオ、AI、量子コンピューティングなど幅広い専門分野を持つ学生がいる。それらと工芸を掛け合わせることで新たな可能性が生まれると吉本は考えている。実際、吉本自身も工芸と最先端テクノロジーを融合したプロジェクトを実践した。

東京大学 先端科学技術研究センター(先端研)特任准教授として、分野横断的な研究・教育に取り組む吉本英樹。伝統工芸と先端技術の未来を探る「先端工芸研究部門」の設立を目指し、アカデミアの知と自身の経験を融合させ、次世代のものづくりと新たな領域を開拓しようとしている。

先端研と石川県の連携から金箔の新たな魅力を模索するプロジェクトに関わり、金沢の金箔メーカー「箔一」と金箔を使った表現の模索を始める。こうして作られた作品の1つは高野山の歴史ある宿坊「恵光院」に新設された特別室「月輪(がちりん)」の床の間にアート作品として奉納された。1泊10万円を超える客室だが、その神秘的な空間演出が評判を呼び、予約が絶えない人気スポットとなり、テレビなどでも度々紹介されている。

「箔一」との共同研究はその後も続いた。次に目指したのは「透過光の美学」を追求した作品だった。「金箔は通常、反射光の美しさで価値が評価されます。しかし私は『光の美学』を別の角度から考えたかった。金箔の向こう側に光源があったら、どんな美しさが生まれるだろうか」。そんな考えから、箔を透過する光の表現を探求する研究が始まった。1万分の1mmという極薄の金箔で作った作品に、ピコ秒レーザーで微細な穴を数百万個開け、額縁の内側に仕込んだ光源で夜明けの光を表現した「DAWN(ドーン)」という作品で2023年には渋谷で個展が行われた。

 

 

この取り組みから、吉本は「Craft x Tech」というコンセプトプロジェクトを構想し始める。

Craft x Tech:伝統工芸とテクノロジーの融合

「Craft x Tech」は、日本の伝統工芸が持つ素材や技術、精神性に、現代のテクノロジーやデザイン思考を掛け合わせることで、新たな価値や表現、そして未来の可能性を切り拓こうとする活動だ。工房で目の当たりにした職人の高度な手仕事や、長年受け継がれてきたプロセスそのものに創造性を見出した吉本は、そこに外部の視点や異分野の技術を持ち込むことで、固定観念を打ち破るイノベーションを起こせると考えた。

そこで川連漆器(秋田県)、仙台箪笥(宮城県)、津軽塗(青森県)、置賜紬(山形県)、南部鉄器(岩手県)、会津本郷焼(福島県)という東北の6つの工芸産地と落合陽一やSabine Marcelis(サビーヌ・マルセリス)など吉本自身を含む国内外のクリエイター6組を組み合わせ、それぞれの技を極めたアート作品を制作した。完成作品は東京のkudan houseでの展覧会の後、2024年6月にはスイスの「デザイン・マイアミ・イン・バーゼル」、9月にはイギリスの「ロンドン・デザイン・フェスティバル」に参加する形でヴィクトリア&アルバート博物館に展示された。

2025年、吉本は「Craft x Tech」の第2弾を発表。今度は美濃焼(岐阜県)の不動窯、美濃和紙(岐阜県)のWarabi Paper Company、有松・鳴海絞(愛知県)のスズサン、尾張七宝(愛知県)の安藤七宝店、瀬戸染付焼(愛知県)の眞窯、伊賀くみひも(三重県)の糸伍という東海地方の6産地と、東京都現代美術館での個展が記憶に新しい現代美術家 EUGENE STUDIO の寒川裕人を含む6人によって作品が作られる。

和歌山、そして未来へ

故郷である和歌山との関わりも深まっている。

 

 

岸本周平和歌山県知事のアドバイザーグループに参加し、文化芸術担当リーダーに就任。2023年には、弘法大師御誕生1250年を記念し企画された高野山アートデイズの参加アーティストに選ばれ、高野山で初めて金剛峯寺の中庭に作品を出品するという歴史的な機会を得た。

2025 大阪・関西万博 関西パビリオン和歌山ゾーン「和歌山百景 — 霊性の大地」。 2025 大阪・関西万博 関西パビリオン和歌山ゾーン「和歌山百景 — 霊性の大地」。

2025 大阪・関西万博 関西パビリオン和歌山ゾーン「和歌山百景 — 霊性の大地」。8つのトーテムに和歌山の文化を象徴する映像が映し出され、このパビリオンのために作られた和菓子が提供される。

2025年の大阪・関西万博では、和歌山県知事から「全てを任せる」という異例の信頼を受け、和歌山ゾーンの総合ディレクターを引き受けた。テーマは「和歌山百景 — 霊性の大地」。熊野や高野山に代表される和歌山の奥深い精神文化と「寛容の精神」を、現代的なデザインで世界に発信する。空間の中心には紀州漆器で仕上げた高さ4mの8本の「トーテム」を据え、映像作家のYusuke Murakami氏、パティシエの加藤峰子氏と協働。紀州材や高野組子細工といった地元の素材や工芸を活用し、展示内容がダイナミックに変化する空間を創出することで、世界からの期待を超える驚きと感動を届けようとしている。

日本で名をあげてから世界を目指すクリエイターは多いが、吉本は逆でまずは世界で活躍してから、その知見を持って日本に戻ってきた。「Craft x Tech」で、最初から海外の有名クリエイターを巻き込んでいたり、海外の話題のイベントでの展示を前提にする国際的視点や戦略性は、海外のトップブランドから学んだのだろう。これらはいずれも、これまでの伝統工芸が苦手としていた視点であり、それだけに今後の吉本がもたらしてくれる変化、イノベーションに期待が膨らむ。


1985年和歌山県生まれ。2010年東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学専攻)。同年に渡英し、2016年英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程修了(Innovation Design Engineering専攻)。2015年にデザインエンジニアリングスタジオ「Tangent」設立。デザインとテクノロジーを融合させる手法でさまざまな作品を発表し、世界的ラグジュアリーブランドにも多くのデザインを提供。日本人工知能学会全国大会優秀賞、IPA未踏ソフトウェア事業スーパークリエーター認定、Lexus Design Award、Red-dot Design Concept Best of the Best、和歌山県文化奨励賞など、デザインと工学の両分野で受賞多数。2020年、東京大学・先端科学技術研究センター特任准教授に着任し、先端アートデザイン分野を共同設立。ロンドンと東京をベースに活動。
















































text by Nobuyuki Hayashi
Photograghy by Hidehiro Yamada

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