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JR九州が新幹線を使って逸品食材をアジアへ

2024.3.14

九州新幹線が拓くローカルガストロノミーの次世代

JR九州が新幹線を使って逸品食材をアジアに展開?

 

世界的なレストランコンペティション「世界ベスト50」の日本チェアマンを務め、内外のホテル·レストラン事情に詳しい中村孝則氏が、ここ数年、日本のローカルガストロノミーに夢中になっているという。新潟県主催のグルメアワードの審査委員長を担ったり、魅力あふれるローカルエリアで不定期開催される食のイベント「ダイニングアウト」に出向いたりと忙しそうだが、なんといっても氏が食のローカライゼーションに惹かれるきっかけとなったのは、JR九州が日本初のクルーズトレインとして誕生させた「ななつ星 in 九州」が2022年にリニューアルを遂げた際のアドバイザーを担当されたことではなかっただろうか。足繁く九州エリアを訪れている中村氏からは、さまざまな美味しい情報をいただくのが常となった。

 

そんな中村氏から興味深い話を聞いた。「JR九州がスペシャルな鹿児島食材をアジアに向けて展開する」というのだ。鹿児島といえば、福岡を発つ九州新幹線の終着駅だ。旅客以外にもモノを運ぶのは頷けるが、アジアに? 一体どういうことなのだろうか。







ターブルドットスタイルで囲むスペシャルディナー

 

「その言葉の真意を知りたい」と中村氏に伝えたところ、福岡で開催されるスペシャルなコラボディナーイベントにヒントがあるので、ぜひ体験するといいという。そんな経緯で、早春の福岡へと向かった。

 

福岡では知らない人がいない人気レストラン「Goh」でそのイベント「ターブルドット福岡」は開催された。ホストを務めるのは「Goh」の福山剛シェフ。コラボの相手は和歌山県の2つ星レストラン「villa aida」の小林寛司シェフという豪華タッグだ。福岡で長く愛された店を一旦クローズして新たに「Goh」としてスタートを切った福山シェフだが、新たな店のテーマでもあるのがイベント名に冠した「ターブルドット」である。フランス語で、主(あるじ)である料理人と客人が一つのテーブルに集い、最高の料理でおもてなしをするという食のスタイルであり、これこそが福山シェフが目指す理想だ。そして和歌山で同様にターブルドットスタイルのレストランを営むのが小林シェフ。二人はこの日、コラボを楽しみに集まった内外のフーディーに向けて、渾身の料理を披露してくれた。





厨房と客席はひと続きというダイナミックなターブルドットスタイル。ゲストが見守る中、福山シェフ(左)と小林シェフ(右)は、朗らかに料理を仕上げていく。 厨房と客席はひと続きというダイナミックなターブルドットスタイル。ゲストが見守る中、福山シェフ(左)と小林シェフ(右)は、朗らかに料理を仕上げていく。

厨房と客席はひと続きというダイナミックなターブルドットスタイル。ゲストが見守る中、福山シェフ(左)と小林シェフ(右)は、朗らかに料理を仕上げていく。




主役を張った、珍しい鹿児島食材のラインナップ

 

ところで、福山シェフといえばふだんから福岡を中心とした九州食材を用いて料理を作る人だ。さらに小林シェフとなると、和歌山県岩出市の長閑なエリアにレストランを構えており、自家農園で野菜を育てている。そんな二人が作ったこの日のメニューには、鹿児島県産の食材名がたくさん並んでいた。里山牛、鰹、霧島鰻、高海老、薩摩天照(トマト)、空豆、ピーチバナナ、たんかん、ぴかいちご(苺)にエンジェルナイト(白苺)と、実に多彩。それらに加えて、福岡や熊本産、小林シェフが自ら栽培した野菜など、食材だけでも豪華なラインナップだ。鹿児島食材はほぼすべて、九州新幹線によって運ばれてきたという。


鰹 薩摩天照 ビーツ 鰹 薩摩天照 ビーツ


高海老と唐辛子のブイヤベース 高海老と唐辛子のブイヤベース



ピーチバナナ たんかん 黒糖 ピーチバナナ たんかん 黒糖

この日のコースより。「鰹 薩摩天照 ビーツ」は、エレガントな見た目と清々しい酸味が際立つアミューズ。「高海老と唐辛子のブイヤベース」はまさに圧巻。高海老は薩摩の甘海老で、あまり知られていないという。デザートの「ピーチバナナ たんかん 黒糖」も然り。こってりまろやか、バニラアイスのような風味だった。



日本贔屓のシンガポール人シェフが初めて出合う美味

 

客席で食事を堪能する中村孝則氏が、同席の2人のシンガポール人シェフにこれらの料理や九州の食文化について説明していた。一人はシンガポールの星付きレストラン「ユーフォリア」のジェイソン·タン氏。もう一人は2023年に「アジアベスト50」の「アジアの女性シェフ賞」を受賞した「ローラ」のジョアン·シイ氏だ。聞けば、数日前から2人は中村氏と鹿児島の食材をめぐる視察ツアーで同行しており、この夜がフィナーレなのだそう。




食後、中洲の夜景を背景に記念撮影。左からジェイソン・タンシェフ、ジョアン・シイシェフ、小林寛司シェフ、福山剛シェフ。 食後、中洲の夜景を背景に記念撮影。左からジェイソン・タンシェフ、ジョアン・シイシェフ、小林寛司シェフ、福山剛シェフ。

食後、中洲の夜景を背景に記念撮影。左からジェイソン·タンシェフ、ジョアン·シイシェフ、小林寛司シェフ、福山剛シェフ。




中村氏は語る。
JR九州はこれまでさまざまな試みを行なっています。『ななつ星』では富裕層向けのトレインクルーズという新しい旅のスタイルを世に提案し、今では日本各地に同様の楽しい豪華列車が生まれました。武雄温泉から長崎までを走る西九州新幹線、通称『かもめ』は、2022年秋に開通して記憶に新しいかと思います。そんなJR九州が昨年から始めたのが、新幹線輸送と航空輸送を組み合わせる九州食材のアジア展開プロジェクト。今回、シンガポールから2人のシェフをお招きして魅力的な鹿児島の食材をご覧いただきました。シンガポールから九州は近い距離にあるとはいえ、これらの食材は既存の輸送ルート、つまり、産地からのトラック輸送経由で福岡発の航空便に載せたり、あるいは鹿児島から一旦東京に卸してからシンガポールへという段取りのいずれでも、品質管理が難しかったんです」

 

 

そこにかぶせるように「シンガポールで日本食材は大人気ですが、実は鹿児島産にはあまり縁がなくて。せいぜい鹿児島牛くらいしか知らなかったので、今回の視察では驚くことばかりでした。魚介類も農作物も、なんてユニーク! なんてフレッシュ!」と言うのは、ジョアンシェフだ。







噴煙を上げる桜島を眺めつつ、実際に漁船に乗り込んで漁業者から鹿児島の魚介類についての説明を受ける。 噴煙を上げる桜島を眺めつつ、実際に漁船に乗り込んで漁業者から鹿児島の魚介類についての説明を受ける。

噴煙を上げる桜島を眺めつつ、実際に漁船に乗り込んで漁業者から鹿児島の魚介類についての説明を受ける。



新幹線+飛行機によって生まれる数々のメリット

 

昨年からスタートしたJR九州のプロジェクトでは、これまで国内を中心に見据えていた流通をアジアへ広げて展開しようという意図があるという。福岡近隣であればそれほど問題はないが、他はそうもいかない。九州は広いからだ。鹿児島や熊本の食材はトラック輸送だとハブ都市の福岡までは時間とコストがかかり、さらにそこから海外にという展開は難しかった。しかし、新幹線で福岡まで運び、東京と異なり市街地からも近い福岡空港に移動させて飛行機に積載すれば、アジアまでの距離は東京と変わらない。実際、昨冬から実験的に始められた輸送では、鹿児島県北西部の島、長島町で早朝に水揚げされたブランドの養殖ブリ「鰤王」が、活け締めされた後、冷凍ではなく冷蔵便で福岡へと新幹線輸送され、そこから航空機で台湾に空輸された。実に出荷から半日というスピードで到着したという。




ツアー中の記念撮影。いつか近い将来、このチームで九州食材によるシンガポール&九州の本格交流がスタートするかもしれない。 ツアー中の記念撮影。いつか近い将来、このチームで九州食材によるシンガポール&九州の本格交流がスタートするかもしれない。

ツアー中の記念撮影。いつか近い将来、このチームで九州食材によるシンガポール&九州の本格交流がスタートするかもしれない。








新幹線輸送というと、聞いただけでは地味な話かもしれない。しかし、シェフたち(この日厨房にいた福山シェフや小林シェフもだ)が口々に「鹿児島食材はよく知っているつもりでいたのに、まだまだ未知の世界だと開眼しました。東シナ海の魚介類や薩摩のシラス大地で育つ農作物、それに最近話題の焼酎やウイスキーなども興味深い。今後、ぜひ使ってみたい」と言うのを聞けば、このプロジェクトが非常に大きな可能性を秘めていると容易に理解できる。もちろん、食材以外にも検体臓器輸送や血液輸送などにも新幹線は役に立つ存在になるのだろうが、ガストロノミーの世界に新風を巻き起こすことは間違いない。










食材使いにも色濃く表れる、ガストロノミートレンド

 

かつて私が新米ジャーナリストとしてレストランを取材した時代、シェフやソムリエはしばしば「こちらは現地から取り寄せた本場の○○○でございます」と意気揚々とシャラン鴨やフォアグラを見せてくださったものだ。その後、北欧料理ブームが世を席巻した際は「柑橘類が生育しない北欧では酸味に蟻を用います」などの徹底した地産地消の精神に、大いに感動した。和食の世界では古今を問わず「名残の○○と走りの●●」という食材の合わせ方を尊ぶが、温暖化が進む現在、厨房ではどんな無理をなさっているかと心配になったりもする。さらに、目前にはトラック輸送の2024年問題やカーボンニュートラル問題が立ちはだかっており、食材の在り方について考えるべきことは山ほどある。

 

 

新幹線輸送がそれらをすべて解決するとはいわない。しかし、このシステムが活用されるようになれば、多少なりともアジアでの日本食材トレンドに変化が生まれるだろうし、国内においてもローカルガストロノミーへの新たな気づきになるのではないだろうか。賑やかに更けてゆく福岡の美味しい夜に酔いながら、とても学びの多いディナーイベントだったと改めて思うのだった。

※「ターブルドット福岡」第3回目は2024年4月に開催予定。詳細については「Goh」福山剛シェフのインスタグラムで発表する予定。


Text by Mayuko Yamaguchi
Photos by Hirokazu Fukushima

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