「性能や品質だけでは、もはや選ばれない」――。マツダ シニア フェローデザイン・ブランドスタイル監修の前田育男氏は、この現状に強い危機感を抱いている。その根底にあるのは「日本そのもののデザイン力」、すなわち「日本の美意識」が国際社会で十分にリスペクトされていないという問題意識だ。Premium Japan編集長で日本文化発信機構(JCCO)専務理事の島村美緒が、日本のデザインの未来について話を聞いた。
なぜ、マツダのデザイナーが「日本文化の発信」を担うのか
島村:日本文化発信機構(以下、JCCO)の活動への参画理由について伺います。前田さんは、マツダでのデザインという本業がありながら、なぜこの活動に理事として加わってくださったのでしょうか。
前田:根底には強い共感がありました。JCCOが掲げる「日本の文化を世界に発信する」というテーマは、私たちが目指す「日本の美意識を世界に発信していく」という目標と、ほぼ同義だと感じたのです。「文化」と「美意識」、表現は違えど、その根っこは同じ。やりたいことがシンクロしたのが一番の理由です。
島村:それは、マツダという企業全体としての取り組みですか。それとも、前田さんご自身のデザイナーとしての哲学に近いのでしょうか。
前田:これは、私がマツダのブランド様式作りを16年ほど手掛ける中で、個人的に強く抱いてきた問題意識です。今、自動車業界は世界中のブランドが乱立し、特に新興国のメーカーも台頭してきています。正直なところ、性能や機能だけではほとんど差がつかない時代になりました。では、お客様は何を基準に選ぶのか。それは「どの国が作っているか」、そして「どれだけ美しいか」という点にあると考えます。
だからこそ、私たちは日本の美意識を体現したものづくりを目指しているのですが、ここで大きな壁にぶつかります。それは、日本という国自体が「美意識を持った国」として今世界からリスペクトされていないという現状です。これは一企業の力だけではなく、土壌となる日本全体のブランド価値を高めなければ、私たちのクルマに込めた想いも正しく伝わらない。この根源的な課題意識が、私の活動の原点になっています。
日本の美の原点である伝統工芸から新たな発想を得る
島村:そのような課題に立ち向かう中で、前田さんは日本の伝統工芸の作家さんと交流を深めて、度々工房にも訪れていると聞いています。
前田:以前より、日本の伝統工芸の作家さんたちとは長くお付き合いをさせていただいて、工房にも定期的に伺っています。世界にたった1つの作品をつくるために、多くの時間を掛け、長年築き上げた手技と感性、経験から生み出す作品が素晴らしいことは言うまでもありません。完成するモノは違っても、彼らのモノづくりから学ぶことを非常に多くあると思っています。
しかし残念なことに、人間国宝レベルの方々の貴重な作品であっても、その素晴らしい作品を然るべき形で見せる場所、そのための資金も十分にないのが現実です。国からの支援も十分とはいえません。さらに、伝統工芸展が開催されたとしても、催事場のような場所で雑然と並べられている。この現実と、作品が本来持つべき崇高な価値との間にある巨大なギャップこそが、日本の文化に対する向き合い方なのではないかと呆然とすることがあります。
トレンドは追わない。AI時代に「オンリーワン」であるための逆張り戦略
島村:日本の伝統文化のあり方への問題意識を持ちながら、前田さんは「日本の美意識」をデザインに昇華させる独自の方法論を模索しているのですね。
前田:通常の自動車デザインは、企画から絵を描き、形にする、というプロセスを辿ります。しかし、そのやり方だけではもう限界が見えています。だからこそ、私は全く違うアプローチ、つまり「クルマから入らない」デザインを模索しています。
その一つが、日本の伝統工芸が持つ「匠の技」との共創です。実際に匠の工房を訪ね、私自身の「思い」を伝えて作品を制作してもらったことがあります。「こういう感情や世界観を表現したい」という抽象的な思いだけを伝え、対話を重ねて一つの作品を完成させていただく。このプロセスからお互いに影響を受け、私たちのデザインの作風にも変化が生まれるのです。
島村:自動車のデザインと伝統工芸。全く接点がないように感じますが、両者が影響を与え合うことで、新たな発想が生まれるのですね。
前田:実は今、マツダのデザインチームには、金工(金属工芸)のトップレベルの技術を持つ者が在籍しています。彼は今、自動車のデザインではなく、自身の作品として伝統工芸展への出品を目指しています。一見、クルマとは全く関係ない活動に見えるかもしれませんが、それでいいのです。そうした異分野の活動から我々が影響を受け、新たな知見を蓄積し、それを最終的にクルマのデザインに置き換えていけばいい。このスタートポイントの転換こそが重要だと考えています。
車のデザインの世界でも、A Iを活用すれば、それなりのデザインを描ける時代です。しかしそこには独自性や新たな発想、ましてや日本の文化や美意識を感じさせるモノを生み出すことは難しい。私たちが目指すのは時代を牽引し、人々の心に刻まれるデザインです。自分がトレンドを作るくらいの気概で臨まなければ、この世界では生き残れません。従来の手法では今を超えることはできない。新たな発想を生み出すためには、時には奇想天外なことも必要だと考えています。
「暴走するリーダー」はなぜ必要か?組織の創造性を解き放つ“妄想力”
島村:前田さんのおっしゃることはよく理解できます。その土台や風潮を築くためにはどんなリーダーであるべきでしょうか。そして、予定調和に陥りがちな組織の中で、いかにしてチームの発想力を引き出していくのですか。
前田:トレンドを無視し、全く新しいものを生み出すには、「リーダーの暴走」が必要だと思っています。私がよく言う「妄想」や「暴走」ですね。「君たちで自由に考えてみて」とだけ言っても、最近の若い人たちは真面目でこぢんまりとまとまりがちです。だからこそリーダーが、「これくらいかけ離れた目標を目指すんだ」という、壮大な青写真や戦略を示す必要がある。
島村:テスラのイーロン・マスク氏や、かつてのアップルのスティーブ・ジョブズ氏も、まさに「暴走するリーダー」の典型ですね。
前田:その通りです。彼らはまさに妄想家であり、暴走野郎とも表現できると思います。だからこそ、多くの人が魅了される。ただし、暴走にも質があります。大切なのは、その暴走が世界からリスペクトされる「美意識」に裏打ちされているかどうか。今、マツダが目指しているのも、まさにその美意識を体現した世界です。
「守る」だけでは守れない。文化継承に必要な「刷新」という視点
島村:美意識の探求には、異文化や異業種との交流は大変有意義ということですね。JCCOでは定期的な会議を行なっていますが、異業種のプロフェッショナルたちである他の理事たちとの交流からも新たな視点を得ている部分はありますか。
前田:JCCOの理事の方々とディスカッションしていると、「そういうモノの見方をするのか」という発見は多くあって、とても面白いですね。さまざまな分野で頂点を極めている方々ですから、その経験や挑戦から生まれる言葉の数々は、時には心を奮い立たせられ、時には新しい視点に気づかされます。
島村:2026年9月に開催予定のPremium Japan Awardは、伝統工芸や文化を次世代につないでいくことを目指すアワードですが、日本の美意識や文化を継承し、守るためにはどのようなことが必要だと考えますか。
前田:非常に難しい問いですが、私は「守る」という言葉はあまり好きではありません。守るだけでは、何も守れないからです。伝統を守り抜くためには、時に刷新し、時に破壊することも含めた、あらゆるチャレンジが必要です。新しい挑戦なくして、現状を「維持」することすら、おそらく不可能でしょう。
島村:その通りですね。アワードも、常に挑戦だと考えています。初年度から文化庁や観光庁の後援を受けて、異分野の才能が出会うコミュニティを形成しようとしていきたいと思っています。
前田:アワードなどの取り組みは、単に文化を紹介するだけでなく、この失われかけた「日本の美意識の幹」を再発見し、磨き上げ、世界にその価値を問い直すことにあるのだと思います。それは、一企業であるマツダのブランド価値を高めることにも繋がり、ひいては日本の国際競争力を取り戻すための、大きな一歩になると信じています。
島村:日本のビジネス界全体が、自らの足元にある美の価値を再発見し、それを未来への競争力へと転換していく。その大きな挑戦こそが、未来ある日本のためには必要ですね。今日はありがとうございました。
今回のインタビューを行ったのは、「MAZDA TRANS AOYAMA」。マツダのデザイン体感施設である本施設は、落ち着いた時間を過ごせる空間。1階には広島の宮島で創業した伊都岐珈琲(いつきコーヒー)監修のカフェのほか、クルマに限らない幅広いテーマによる期間限定展示や体験イベント・ワークショップの開催などが行われている。さらに、市販車、コンセプトカー、歴代のマツダ車といった実車の常設展示や、マツダ車の歴史を振り返るミニカー展示など、マツダのある生活が想像できる。
MAZDA TRANS AOYAMA
住所:東京都港区南青山5丁目6-19
営業時間:8時30分~18時30分 (8時30分~10時00分 1Fカフェのみ営業)
定休日: 月曜日
前田育男 Ikuo Maeda
マツダ エグゼクティブフェロー デザイン・ブランドスタイル監修
1959年、広島県生まれ。京都工芸繊維大学卒業後、1982年にマツダ株式会社に入社。マツダ北米スタジオ、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。チーフデザイナーとして複数車種を担当した後、2009年デザイン本部長に就任し、マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げる。その後現在まで多くの自動車デザイン、CI/店舗などのブランドスタイルを手掛け、マツダブランドの確立に取り組んでいる。2013年執行役員、2016年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。2022年より現職。現在は新たなMSブランドであるMAZDA SPIRIT RACINGの代表兼レーシングドライバーも務める。 日本文化発信機構(JCCO)理事。
Photos by Toshiyuki Furuya
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