来春、「日本文化発信機構(JCCO)」が、「PREMIUM JAPAN AWARD(プレミアムジャパン・アワード)」の第1回目を開催するに当たって、代表理事の齋藤峰明と、Premium Japan編集長で専務理事の島村美緒がその意義と意図するところを語った。
島村 オンラインメディアである「Premium Japan」の設立は2015年ですが、2017年に私がその経営権を買い取りました。その後一時別の資本が入っていたのですが、コロナ禍により、2023年には全株式を再取得しました。
当初からメディアだけで終わらせたくないという思いはありましたが、メディアとしてある程度の影響力を持った上で、なおかつコンテンツの面でも成熟していかないと、次の展開は難しいだろうなと思っていました。
ところが、経営権を再取得して編集体制を刷新したところ、あっという間に1000万PV(ページビュー)を突破してしまったのです。それは嬉しい驚きでもあったのですが、こうなったからには次のステージに進んで、もっと世の中の役に立つメディアにしたいと考えました。財団を作ってアワードを創設すれば、日本文化に対して幅広く貢献できるし、また、メディアの知名度を上げるフックにもなると考えたのです。
「Premium Japan」の応援団長
島村 それで、一般社団法人の「日本文化発信機構(JCCO)を立ち上げることにしたわけです。齋藤さんはその計画を聞いたときにはどう思われましたか。
齋藤 僕は島村さんが「Premium Japan」の全権を掌握する前から全面的に応援しようと思っていまして、実際に連載インタビューなどでも関わらせてもらっていました。
個人的な話をしますと、1998年にエルメスジャポンの社長を務めた後で、2008年にパリ本社の副社長になるわけですが、2015年に退社します。
エルメスを辞めて何をやりたかったのかと言いますと、日本の伝統工芸や日本文化に対して、微力ながらも何らかの貢献をしたかったのです。それで、伝統工芸のギャラリーをパリで開いたり、虎屋の黒川光博社長(現会長)と共著「老舗の流儀 虎屋とエルメス」を出版したりして、とにかく日本の伝統工芸を海外に発信するお手伝いをしていました。
僕は古い人間ですからPV(ページビュー)と言われてもピンと来ないところがあるのですが(笑)、島村さんのメディアがどんどん成長していく過程を横目で拝見して、感嘆していました。
ついにはアワードを主軸とする財団を設立すると聞いて、それは実に自然な流れだなと思いました。
島村 ずっと見守っていただき、感謝です(笑)。応援団の齋藤さんには折々に相談に乗っていただいておりましたが、今回、代表理事に就いていただく運びとなりました。
齋藤 応援団長みたいな感じですか(笑)。
「日本文化で何が大事なのか」という基軸
齋藤 日本文化の発信にかかわってきて、常々思っていたのは、実のところ「日本文化って何なのか?」ということです。日本人はそれが分かっているつもりでいます。でも、「それじゃあ、何だと思う?」と実際に聞かれたら、単にお茶とかお花とか歌舞伎とか答えるぐらいしかない。ただ漠然と「日本は凄いんだよ」とつぶやくだけで、日本文化のアイデンティティを、日本人がよく分かっていないのではないか。
日本文化はもっと幅が広いし、もっと奥深いものだと思うのです。なぜなら日本は有史以来、他国に征服されたことがなかったから、文化的な財産がそこかしこに残っています。1000年以上も続くお祭りもあるし、伝統文化に関しては宝庫とも言える国なわけです。それは世界的に見ても稀有なことかもしれません。
では、そうした古くから続くものを集めて、それを日本文化と呼ぶのかと言えば、それも違うのではないか。片や、欧米化の波によって、日本の純粋な伝統文化の表出は以前よりは薄くなってきている側面もあります。
グローバリゼーションの時代では、日本そのものの実相が世界に晒されます。そうした時代に、「日本文化で何が大事なのか」――、その問いに対してきちんとした基軸を創って、日本文化を知らない世界の人たちに示していくことが大事なのではないでしょうか。
島村 それは私が考えていたことと合致します。アワードで実現したいのはまさにそのことです。
齋藤 かと言って、政府や公共団体が実施しているイベントは、どちらかと言えば相変わらずエコノミックアニマルの延長線上にあって、日本文化を商売に繋げようとしているように見えます。
民間に目を転じれば、キャラクターものばかりを前面に押し出して日本文化として商売をしたり、例えば浅草や川越のように、江戸風な店構えにして、扇子とか日本的な小物が売れることをもって日本文化は世界に認められていると満足してみたりするわけです。
そうした短期的な目で商売をするマーケティング感覚から、脱却する必要があるのではないかと感じています。
ユニークな選考基準
島村 エルメス的な視点から見た場合にはいかがですか?
齋藤 日本のモノ作りにはエルメスに勝るとも劣らないものがたくさんあります。歴史で言えば、日本にはエルメスとは比較にならないくらい古いものもいっぱいです。
ただ、エルメスだけじゃなくてヨーロッパの数多くのメゾンは、自身の歴史の中で古いものを現在の中にアレンジしていくのが上手なのです。あくまでも一般論ですが、それと比較すると、日本は現在へのアレンジが必ずしも上手くいっていないような印象を持っています。
そこで大事なのは、繰り返しになりますが、「日本文化の価値って何だろう」と改めて自らに問うことです。それを「日本文化の普遍的な価値」と言い換えてもいい。
「普遍的な価値」とは何かと言えば、一つは時間が経っても価値が変わらないという縦軸の価値です。もう一つは、違う文化の人が見てもこれは凄いと認められる横軸の価値です。
二つの軸から「ユニバーサルな価値」について一度精査してみること―― それがこの新たな財団に課せられたテーマなのだと思います。
島村 グローバルな時代だからこそ、日本人自らが日本文化の価値や貴重さを認識しなければなりません。
齋藤 このアワードの面白いところは、二つ目の軸にも関わってくることですが、日本人だけの視点で「これがいい」と主張するのではなくて、海外からの目線もすごく重要視している点です。そこがとてもユニークです。
島村 そうですね。その選考基準に関しては、膨大な時間を費やして理事の皆さんや編集部とディスカッションしてきました。また、通常の記事にしても、海外の視点も入れるように留意しています。
齋藤 海外の人たちから認められるか否かという視点は、今まさに必要とされていることです。さらに大事なのはそれをいかに発信するかです。
コミュニケーション・ツールとしてのPremium Japan
島村 私は元々専門がマーケティング&コミュニケーションなので、日本文化の世界での認知が低いことの大きな原因のひとつは、コミュニケーション力だと考えていました。例えば、いろんなお役所が日本に関する大きなイベントを開催しても、それが海外に深く伝わっているようには思えないのです。
その点、Premium Japanはオンラインメディアですので、日本文化を発掘して紹介すれば、自動翻訳により多言語で発信することができる仕組みになっています。また毎年行うイベントもアワード形式にしたことで、ニュースとして海外からのアクセスも自ずと増えていくでしょう。
今回このアワードのPRチームに、国内はもちろんですが、海外のメディアに強いスタッフにも参加してもらいました。ですから、自社メディア+PR機能というコミュニケーション・ツールを持っていることで情報の拡散が可能になるわけです。もちろん、きちんとした文章で説明できる編集のクオリティを担保しておくことは大前提になりますね。
今の日本の状況を考えてみますと、例えば、海外の富裕層が伝統工芸品を購入したいと思っても、この漆器とあの漆器のどちらがいいのかそれを判断するベンチマークがないわけです。
プレミアムジャパン・アワードを受賞することで、その漆器の作られた背景やこだわりがPremium Japanに多言語で掲載されます。それを積み重ねていくことにより、Premium Japan Awardのロゴマークが、クオリティを担保する判断材料の一つになっていくようにしたいと考えています。
アワード は新しい日本文化を生み出す一つの礎
齋藤 ヨーロッパに長く暮らした僕にしてみると、ヨーロッパの文化はある程度発達して一段落ついた感があります。フランスを代表する知性と言われるエマニュエル・トッドが『西洋の敗北』という本を著すぐらいですから。そうした西洋からすれば、日本に期待されるのは、まさに彼らがまだ知らない日本文化なのだと思います。
どんなものに対してアワードを付与するかを、明けて年初には議論をすることになるわけですが、この理事のメンバーを見ても画期的じゃないですか。
島村 キャスティングには一年ぐらいかかりましたが、理事の皆さんに様々な業界から集まってもらったのは、そこが狙いでもあるのです。各業界を代表するような方たちですから、それぞれが抱える課題点などをシェアするだけでも知見が広がります。
齋藤 業界の枠を取っ払っているところが素晴らしい。例えば、全く新しくて凄いものが現れたときに、それを日本文化とするかどうかを議論するわけです。すでに形になって出来上がったものだけが文化じゃないわけです。文化って生き物みたいに脈々と動いて成長していく。新しくなったり、ときにはダメになったりもする。その先端を捉えることにもなりますね。今からワクワクしています。
島村 アワードの形はどんどん変わっていってもいいと考えています。何年もやっていけば、例えば伝統工芸ならその分野でのベンチマークが蓄積されていきます。数が増えていくことで、アワードの信憑性も自ずと構築されていくのではないかしら。
齋藤 その選考を世界基準の中で、なおかつ普遍的なものを選び出そうとしているわけですから、本当に意義のある試みですよ。ある作家が今までは業界の中では〝推し″になっていたとしても、アワードを受賞することで、自分のやってきたことは世界基準なんだと勇気づけられることが起きるかもしれません。
現在はネットを通じて情報は瞬時に世界中に伝わります。だから、このアワードが選ぶ日本文化は、世界の中でどのような立ち位置になるのかが問われることにもなるのです。いまそれが出来ることが凄いことだし、計り知れない意味があります。
大袈裟に言えば、このアワードが新しい日本文化を生み出す一つの礎(いしづえ)になれればいいですね。
若い作家やアーティストへのチャンスとなる
島村 今後の展望を述べるのはまだ早いですけれども、それなりに多くの人が知るようなアワードに育っていって欲しいです。それと、海外の人がニュースとして興味を持ってくれるところまで到達したい。財団の「日本文化を世界に」というコンセプトに共感してくれる賛助会員も増やしていきたいです。
あとは、海外に出ていきたいと思っている若い作家やアーティストはたくさんいるので、そういう人たちにとって、アワード受賞が海外へ出ていくチャンスになれればいいですね。
齋藤 僕は常々言っているのですが、世界の先進国はG7ですね。G7で欧米以外の国は日本しかないのです。これは本当にラッキーなことで、G7がすべて西洋の国だったら、世界にとってこれほどつまらないことってないでしょう。西洋の価値観で地球規模のことが決まっていくわけですから。
日本がいることで、西洋の価値観とは違うものを打ち出せる。全く違う文化を持った国がいることで、世界の人のために寄与できることがあるのではないか。それは日本文化の一つの可能性だと思っています。それに比すれば、当財団のアワードは小さなものかもしれませんが、ベクトルとしては同じ意味合いを持っていると考えています。
二人を戦友にしたジャズフェスティバル
――ありがとうございました。まるでパートナーのように息の合ったお二人ですが(笑)、そもそもどうやって知り合われたのでしょうか。
島村 最初にお目にかかったのは、齋藤さんがエルメスジャポンの社長に就任された後の2005年ぐらいでしたか。私はハリー・ウィンストンでマーケティング/PRの責任者でした。
齋藤 僕は「銀座通連合会」の理事をやっていました。というのは、外資のブランドとして晴海通りに初めて土地を買って店を出したのがエルメスで、そのためには連合会に入らなければならなかったのです。銀座は日本一の街ですが、丸の内や日本橋のようにどこのデベロッパーも入らず、商店街が運営している稀有な組織です。
エルメスの店舗は1997年に計画が始まって2001年に竣工しました。その後、銀座全体に海外ファッションブランドがどんどん出店してきたのです。
島村 あの当時で12、3社ありましたね。
齋藤 そしたら、「外資のブランドをまとめてよ」ってことになって、銀座通連合会内の組織、GILC(ギンザ・インターナショナル・ラグジュアリー・コミッティ)の会長をやらされていたんですね。外資のブランドはそれぞれの独自性が大事で、一緒に何かをやるということがないんです。ただ銀座に出店する以上、街と共生しなくちゃいけないという意識が芽生えてきて、「みんなで何かをやりましょう」という話になった。
それぞれのブランドの本国であるアメリカ、イタリア、フランス、イギリス、そして日本から若手のジャズマンを集めてきて、「ギンザ・インターナショナル・ジャズフェスティバル」と銘打ってやることになったんです。
島村 実際の運営は、アーティストのキャスティングから招聘、演奏できる場所の確保やスポンサー活動、警察の許可など大変でした。もちろんGILCだけではなく、銀座の皆さんが積極的に動いて下さって、大いに助かりました。
「第5回 ギンザ・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル 2009」は歌舞伎座で開催された。
惜しまれつつ2010年に閉場した、第3期の歌舞伎座に、勘亭流の懸垂幕がたなびく。
いつもは芝居絵が並ぶ絵看板も、この日はモダンな装いに。
齋藤 エルメスもシャネルも店内でジャズの演奏をやり、松屋は屋上でやったりして、フェスティバル当日は、「銀座を歩くとジャズが聞こえてくる」と言われましたね。最終回はナベサダさん(渡辺貞夫)に出てもらったりしました。そんなことを島村さんとは一緒にやっていたので、言わば一種の戦友とでもいう関係なんですね。
島村 私はGILCのワーキングコミッティの幹事だったので、齋藤さんとはいつもセットで動いていたような記憶があります。建て替える前年の歌舞伎座をジャズフェスティバルのメイン会場として使わせてもらったことは忘れられません。
齋藤 ですから、そもそも二人が出会ったのも、ブランドを介した文化活動としてですから、今考えてみると、文化を通して協働するというコンセンサスは最初からあったんですね(笑)
齋藤峰明 Mineaki Saito
シーナリーインターナショナル代表。パリ第一大学芸術学部卒業後、三越パリ駐在所長を経てエルメスインターナショナル入社。1998年エルメスジャポン社長、2008年外国人として初めてエルメス本社副社長を務め、2015年退社。フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエ叙勲。
島村美緒 Mio Shimamura
プレミアムジャパン代表取締役 兼 編集長。外資系広告代理店を経て米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、ティファニー&Co.にてマーケティング/PRの責任者を歴任。2013年株式会社ルッソ、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。
Photos by Toshiyuki Furuya
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