レストラン関連のアワードで、最大のイベントの一つである、2026年度のAsia’s 50 Best Restaurants(アジアのベスト50レストラン)の授賞式が、3月25日夜、香港の「ケリーホテル」で開催された。
51~100位に日本の10軒がランクイン
「アジアのベスト50レストラン」は「世界のベスト50レストラン」のアジア版である。食都として知られる香港で開催されるのは、これが初めてのことだ。100位以内に入賞したシェフ、飲食関係者やメディアを含めて、約900人が参集した。アジア最大の食のイベントは、いかにも中国圏らしく、冒頭に獅子舞が登場して華々しく幕を開けた。
51〜100位のレストランはすでに発表済みで(詳細は後述する)、日本からは10軒がランクインしており、日本勢の期待はいやが上にも高まりを見せていた。
事務局より50位以内を通告されている日本人シェフたちも事前に香港入りして、大会前のTeam Japanは饗宴の連続で、いい具合に盛り上がっていた。その酒席に筆者も参加したが、順位の結果が分かる大会前が最も楽しげだった。
香港「ザ・チェアマン」が№1に輝く
さて、気になる発表を急ごう。
栄冠を手にしたのは香港の「ザ・チェアマン」で、2021年以来の2度目のアジアNo. 1となった。2位は同じく香港の「ウィング」、3位はバンコクの「ガガン」である。
つまり、2025年度の1位「ガガン」、2位「ザ・チェアマン」、3位「ウィング」の3強が順位を入れ換えた形となった。
日本はトップ10入りを初めて逃す
肝心のTeam Japanであるが、2013年から始まったこのアワードにおいて、初めてトップ10入りを逃した。しかも、日本のトップは13位。その結果は、日本から駆けつけたメディア関係者の間に、大きな衝撃をもたらした。いや、シェフたちも同様に落胆を味わっていた。
評議委員たちによる人気投票の結果とは言え、判官贔屓(ほうがんびいき)をするわけではなく、日本のレストランがこれほど評価されなかったのは異常事態と言えるだろう。
日本勢は、第1回目の「NARISAWA」が1位を獲得して後、「傳」と「セザン」がともに1位となり、また、ワンツー・フィニッシュした年の記憶も新しく、トップ10内は常連だった。ちなみに、昨年度の上位は4位「セザン」、8位「ラ シーム」、12位「NARISAWA」、17位「フロリレージュ」、22位「傳」である。
2026年度の日本のレストランを列挙する。
13位「ラ シーム」(大阪)
16位「セザン」(東京)
21位「茶禅華」(東京)
28位「マス」(東京)
31位「フロリレージュ」(東京)
33位「明寂」(東京)
34位「クローニー」(東京)
37位「NARISAWA」(東京)
昨年の11軒よりも3軒少ない8軒のランクインに留まった。軒数を減らした事実も、関係各者に衝撃を与えた。ちなみに、この8軒は昨年度も同様に50位以内にいた。
中国圏の目覚ましい躍進
それに比して目覚ましい躍進を遂げた国は香港・マカオを含む中国である。それは大雑把な印象だけで言うならば、昨年度に大躍進を遂げた韓国のイメージと被ってくる。どちらも開催国であることが共通点だ。
さらに選考過程は明かされない以上、どこに理由の所在があるのかを突き詰めたくなるのが人情というものだ。しかし、答えはあっさり推測できた。
投票権を持つのはアジア地域に棲む350名以上の評議委員である。この評議委員会はインド・亜大陸、東南アジア 南部、東南アジア北部、香港・台湾・マカオ、中国本土、韓国、日本の7つのチャプターに分かれている。
そのうち香港・台湾・マカオ、中国本土は、構成人数は不明だが組織としては7分の2を占める。シンガポールの華僑も含めれば、同じ中国料理という食文化圏を持つ評議委員の投票先が、中国の食文化圏で厚くなるのは当然の結果なのだろう。また、実際に中国本土には評議委員長がもう一人増えたとのことだ。
「ザ・チェアマン」のダニー・イップ氏と「ヴィンテージ・チーム」。
「ザ・チェアマン」と「ウィング」の‶絶技″
とはいえ、今年のNo.1とNo.2になった両店の‶絶技″には言及しておかねばなるまい。
「ザ・チェアマン」を17年にわたって率いるダニー・イップ氏は、「広東料理の革新者」と言われて久しい。氏は厨房を守るスタッフの平均年齢は52歳で、17年勤続する者もいるため、彼らを「ヴィンテージ・チーム」と呼んで表彰会場の笑いを誘った。この面々の腕前は尋常一様ではない。
この店では多くの中国料理店で安易に使われている化学調味料を一切使わない。自家製の調味料、発酵調味料、保存食などがそれに取って代わる。
さらには例えば、魚の担当者は魚の蒸し時間をストップウォッチで測る。しかも、厨房から客席に届くまでの熱が入る時間をも計算に入れるのだ。なぜなら、香港人は魚の火入れにはとりわけ厳格で、「火が入り過ぎた魚は、靴底のようだ」と、少しでも硬くなった身をフンッと一言で斬って捨ててしまう。それは一例に過ぎないが、「ザ・チェアマン」の料理はそうした緻密極まりない厳格さの上に成立している。
また「ウィング」を率いるヴィッキー・チェン氏も、革新性においてはダニー・イップ氏にまったく引けを取らない。氏の研究と研鑽は、中国大陸の八大料理と食材に及んでいる。だが大陸の料理は八大料理だけではなく、微細に分け入って行くならば、広大にして無辺な料理世界が広がっている。それらを体感し学んだ上で、彼は絶妙にモダンな仕上げを施すことを忘れない。そのことは2年前のコラム(アジアのベストレストラン50で急上昇の香港「WING」で、イノベーティブ中華を堪能してきた)に書いたので、一読を勧めておきたい。
100位以内にランクインしたTeam Japanの面々と関係者たち。
Team Japanの結果を腑分けする
Team Japanの8軒に話を戻す。昨年から順位を下げたのは、「セザン」(4位→16位)、「ラ シーム」(8位→13位)、「NARISAWA」(12位→37位)、「フロリレージュ」(17位→31位)、「クローニー」(30位→32位)の5軒だ。
逆に順位を上げたのは、「茶禅華」(34位→21位)、「マス」(43位→28位)、「明寂」(45位→33位)の3軒である。
また、昨年の50位以内から順位を下げたのは、「傳」(22位→51位)、「鮨さいとう」(33位→72位)、「Goh」(36位→60位)と、50位圏外となった3軒である。
総合すれば、昨年50位にランクインした11軒のうち8軒が順位を下げた。これに関しては不可解であり面妖であるというのが正直な感想だ。
51~100位の日本勢は期待を感じさせる
51〜100位にランクインした店についても見ておきたい。
51位 傳(東京)
60位 Goh(福岡)
63位 鮨しゅんじ(東京)
72位 鮨さいとう(東京)
76位 チェンチ(京都)
81位 ヴィラ・アイーダ(和歌山)
82位 片折(金沢)
92位 レスピラシオン(金沢)
93位 出羽屋(山形県西川町)
97位 レヴォ(富山県南砺市)
このうち、ニューエントリーは、「鮨しゅんじ」、「片折」、「レスピラシオン」、「出羽屋」の4軒で、よくぞ東京・大阪・京都・福岡以外にある地方にまでと思われるような店が3軒もエントリーを果たした。
これは素直に考えれば、日本人以外の評議委員がかくも地方の隅々にまで訪れて、しかも高く評価していることを示している。50ベスト自体が、非常に興味深いフェーズに入っていることの証左でもあるだろう。
料理の多様性に向けられる視線
実は料理の多様性に向けられる視線は、アジアのベスト50レストランの全体にも通底しているテーマであることが明確になった年でもあるように思われる。そこには、世界の№1フーディーである浜田岳文氏が昨年から50ベストの日本評議委員長となったことの影響が少なからずあるのかもしれない。
もちろん、都市別に見れば、アジアを代表する「美食の大都市」が相変わらず優勢であることは否めない。バンコクからは最多の9軒がランクインし、続いて東京が7軒、香港、ソウル、シンガポールがそれぞれ6軒をランクインさせている。
これまでは、お金の蕩尽される大都市でファインダイニングが発達するのが常識だった。それが地方にしかない食材と食文化が開花し、地方都市のダイニングはますます注目される傾向にある。日本国内では有名ではあるにせよ、「片折」(金沢)、「出羽屋」(山形県川西町)が、世界の舞台で82位と98位に突如姿を現したことなどはその顕著な例だろう。
アジア全域でも、食の大都市ではないところでは、杭州(中国)の「如院」は新規入賞で最上位の10位となり、ジャカルタの「オーガスト」(42位)のアルディカ・ドウィタマ氏はベスト・ペイストリー・シェフ賞を受賞した。他にも、カサウリ(インド)の「ナー」(30位)、ペナン(マレーシア)の「オ・ジャルダン」(39位)、ウブド(インドネシア)の「ロカヴォールNXT」(44位)などは、大都市に比すれば辺境からの入賞と言える。
そうしたレストランがランクインしたところには、単純な評決ではない事務局の意図を感じるが、それは多様性を重視したい意思の表れでもあるのだろう。
注目の5軒のシェフたち。
アジアで注目される5人のシェフ
「アジアのベスト50レストラン」関連のイベントは、50ベストを発表する授賞式でクライマックスを迎えたが、他にも、ガストロノミーとホスピタリティ業界における重要なテーマを掘り下げるトークフォーラム「#50BestTalks」、トップ50リストに名前を連ねるシェフと地元シェフとがコラボレーションをするダイニング・イベント「50 Best Signature Sessions」などが開催された。
その中から、アジアを代表する食のリーダーたちが貴重な視点を披露するメディア向けのイベント「Meet the Chefs」を紹介したい。
これはベスト50事務局が選抜する5人のシェフたちとメディアが直接に対話するイベントで、その多くは翌年にランクアップを果たすので注目が必要だ。
5人の中から3人を紹介する。
1番目はバンコクの「バーン・テパ」(52位)を率いるチュダリー・‶タム″・デブハカムとパンティラ・‶トゥーイ″・デブハカムの姉妹だ。この店は、タイの食文化、地元の食材、持続可能なフードシステムに根ざした革新的なガストロノミーレストランとして知られる。
筆者もこの店を訪れたが、バンコク市内に広大な敷地を有し、その中で野菜や多数のハーブを栽培していることには驚いた。‶タム″氏は、「土壌がすごく重要で、タイの野菜とハーブを農薬を使わずに育てることを重視しています。もちろん、タイの伝統料理も大切にしてはいますが、世界中を旅してエキサイトしたポイントも自分の料理に加味します。いちばん大事なのは、料理における『香り』の要素だと思います」と語った。
「他人の料理は一切見ない」ライ氏
2人目は香港の「ネイバーフッド」(24位)の創設者にしてシェフのデイヴィッド・ライ氏だ。彼は言う、「10年前に料理本を見るのをやめて、他の人の料理を見ることを一切やめました。それは自分らしさが失われるからです」。彼が目指すのは、「なによりも自分が食材を見て起きてくるエモーションを料理に移すことです」。彼の発言は独りよがりではなく、多くのゲストに支えられている。
3人目は、台中の「JLスタジオ」(50位)のオーナーシェフであるジミー・リム・ティアン・ヤウ氏だ。シンガポール出身の彼は、台湾でシンガポール料理を作っている。面白いのは、「地元の食材を使ってフランス料理を出そうと思っていたのですが、店を開ける2週間前にそれはやめて、やっぱりシンガポール料理を出そうと思った」そうだ。大事なのは自分自身が時間をかけて発酵することである。彼が目指すのは「味の中にいかにしてシンガポール料理の歴史と文化を組み入れるかです」。それを移転する新店で披露してくれるそうだ。
インスタ全盛のこの時代では、世界中のファインダイニングが類似することにさらなる拍車がかかる傾向にあることも否めない。食用花をやたらと散らしたり、ソースを皿の上に絵画のように塗り付ける見かけの手法は、これからも増えていくだろう。それは料理の本質的な問題とはかけ離れている。そうした中でインスタと決別するデイヴィッド・ライ氏の発言は新鮮で、またそれが24位の評価を得たことも「アジアのベスト50レストラン」の功績と言えるのではないか。
文:石橋俊澄(元「クレア」「クレア・トラベラー」編集長)
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