マツダケン『金脈2』マツダケン『金脈2』

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アート探訪記~展覧会インプレッション&インフォメーション

2024.4.27

銀座・和光「マツダケンの世界展」。植物と共生する数々の動物たちの瞳が物語るものとは?

泳ぐ海亀の甲羅から湧き出ているのは金。亀が持つ長寿に金が加わったイメージは、豊穣。色と形にこだわり、黒を背景とした、マツダケンさんの新たな試み。作品名は『金脈2』。

銀座・和光「セイコーハウスホール」では、イラストレーター・マツダケンさんの展覧会が開催されています。作品が語りかけてくるのは、「動物と植物の共生」。会場に満ち溢れる、数々の動物たちの眼差しは、何を物語っているのでしょうか。そしてそれを描いた作家の思いとは……。マツダケンさんへのインタビューを交えながらの展覧会インプレッションです。




会場に満ち溢れる、生を謳歌する動植物たちの歓喜の息吹

 

 

いったい幾つの瞳が描かれているのだろう? 前に立つ者を射るような鋭い眼差し、包み込んでくれるような優しい眼差し、抱きしめたくなるような愛苦しい眼差し。虎、猫、鯨、蛙……。さまざまな動物たちの眼差しで、展覧会場は満ち溢れている。そしてその動物たちを、やはりさまざまな植物が包み込み、ときには動物たちと一体化し、楽園を形成している。

 

 

セイコーハウス6階 セイコーハウスホールで開催されている「マツダケンの世界展」。水彩とペンで描かれた作品をはじめ、ドローイング、版画などおよそ60点が展示された会場に足を踏み入れると、生を謳歌する動植物の息吹で体が包みこまれるかのようだ。

マツダケンの世界展の会場 マツダケンの世界展の会場

実際に目の当たりにするとその細密さに圧倒される作品の数々。右端の作品は「大陸」。


マツダケンの世界展の会場 マツダケンの世界展の会場

思わず立ち止まり、見入ってしまう世界観に満ちた作品の数々。近くで見ると、ペンのタッチの緻密さや、水彩の濃淡の加減がよくわかる。




緻密にして写実なペン画と、絶妙の配色と濃淡の諧調をなす水彩

 

 

「動物と植物の共生」。マツダケンさんの作品は、そう語られることが多い。巨大な鯨を松が覆い、蛙の体からはツユクサが生える。現実にはあり得ない、作り手が思い描くイマジネーションの世界が縦横無尽に広がる。マツダケンさんは語る。

 

「体表に苔が付いたような模様のあるコケガエルという名前の蛙が実際にいます。ある時、ほんのシャレのような思いつきで、その模様を本物の苔で描いてみたら、意外にしっくりと馴染み、それが動物と植物との一体化を描くスタートとなりました」

 

 

本人は「シャレ」と謙遜するが、それを可能にしているのが、ペンで描かれた緻密にして写実な線描、そして水彩による絶妙な配色と、繊細な諧調を醸し出す濃淡の筆使いだ。さらにもうひとつ、豊かな自然が残る鳥取県生まれという環境がそこに加わる。

 

 

「庭に雉が来るような田舎で育ち、祖父が育てていた盆栽とか、庭の塀に付いている苔とか、そんなものに小さな頃から興味を抱く、端からみればちょっと変わった子どもでした。また、もともと絵を描くのはとても好きで、気がつくと動物の絵ばかり描いていました」

 

 

動植物が好きで、絵を描くことが好きな少年が、独学で技術を磨き、自らの世界を作り上げ、今や海外からも注目されるアーティストとなった。

 




「白龍」アップ 「白龍」アップ

一本一本の松葉や鯨の髭まで緻密に描き込む。松の枝のニュアンスも極めてリアル。この写実が、「ありえない世界」をあたかも「あり得る」ように描きだす。『白龍』の一部拡大。

 


白竜 白竜

『白龍』の全体。巨大な鯨と松の老木が描かれた『白龍』は展覧会を象徴する作品だ。力強さと繊細さが同居する。



まずは瞳から描き始める。その出来具合が作品の方向性を左右する

 

「画竜点睛」という言葉がある。最後の最後に瞳を描き入れることがとても大切、ものごとの仕上げという意味だ。あの数々の瞳は、やはり最後に描き入れるのだろか?マツダケンさんに尋ねてみた。

 

「いや、むしろ最初の方です。瞳の輝きや表情は、出来不出来を左右してしまうほど、作品にとってとても重要な要素です。最後に瞳を描いて万が一失敗すると、作品が死んでしまいますから」

 

 

会場の中心付近には、巨大なサイがゆっくりと歩み、それに従うかのように虎や蛙、サメなどさまざまな動物が後に続く、「大陸」と名づけられた作品が展示されている。作品からは弾けるような生命力と、その喜びが迸り出ている。この作品も、サイの目から描き始めたそうだ。

 

 

「当初は、生きとし生けるものすべてを先頭に立って引っ張るような力強い存在としてサイを描くつもりでした。でも、意外に優しい眼差しとなったので、後ろを振り返りながら、後に続く動物たちの心配もする、おおらかな母のようなサイを中心に、そこを舞台として動物たちが嬉々として前進するという作品に切り替え、題名も『大陸』としました」

 




金脈2 金脈2

『金脈2』。




墨の濃淡で、動物とその動物をとりまく環境すら感じさせる新たな試み

 

 

会場の一画には、取り囲んでいた植物の姿がいつしか消え、猫や魚、鶏など動物単体だけが描かれた作品が展示されている。作品名はどれも「墨の香」。このタイトルが物語るように、華やかな色彩は影を潜め、黒一色の墨の濃淡と、そこに挿し色のように置かれた薄い緑や茶色だけが印象的な作品だ。

 

 

「動物と植物の共生というのは、自分にとってとても大切なテーマのひとつです。その一方で、最近では色と形の並びを大切にしたいという思いが強くなり、あえて構図を変えたり、余白を作ったり、墨の濃淡の面白さを強調したりしています。その系統の作品が『墨の香』です」

 

 

単体で描かれた『墨の香』の動物たちも、やはりそれぞれの瞳が、それぞれ異なる光を放っている。



墨の香2 墨の香2

『墨の香』と名づけられた作品のひとつ。墨の濃淡を中心とした抑制された色使いが、逆に奥深さを醸し出す。



我々人類は、果たして「共生」に加わることができるのだろうか?

 

 

展覧会を象徴する作品が『白龍』だ。尾ひれを高々と上げた巨大な鯨が、松の老木と共生し、鶏が暁を告げている。鯨の眼差しを見てほしい。小さな瞳には、こちらからの視線を跳ね返すような強い意思と、どこか諦念をすら思わせる冷たさと、シニカルな光が宿る。この眼差しは、愚行を繰り返す哀れな人類を見透かしているのかもしれない。

 

 

動物と植物の共生に、我々人類は加わることはできるのだろうか? もしかしたら、鯨の瞳が物語るように、動植物から共生を拒絶されるのではないだろうか。無数の瞳に見つめられ、ふとそんなことを感じた。


◆アート探訪記~展覧会インフォメーション

マツダケンの世界展

会期:2024年4月25日(木) 〜 2024年5月6日(月)

時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで

場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール

銀座・和光で開催される、イラストレーター・マツダケンさんの初めての個展。
動物と植物の共生をテーマに制作された作品は、繊細な中にも躍動感があり、生きるエネルギーを感じます。
マツダケンさんの写実的な筆致で色鮮やかに描かれた生き物たちが織りなすファンタジーの世界を、ぜひこの機会に。

 

<マツダケンさんによるギャラリートーク>
4月27日(土)、29日(月)、5月4日(土)、6日(月)いずれも14時から
◎混雑時には入場を制限させていただく場合がございます

櫻井正朗 櫻井正朗

櫻井正朗 Masao Sakurai

 

明治38(1905)年に創刊された老舗婦人誌『婦人画報』編集部に30年以上在籍し、陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、さまざまな日本文化の取材・原稿執筆を経た後、現在ではフリーランスの編集者として、「プレミアムジャパン」では未生流笹岡家元の笹岡隆甫さんや尾上流四代家元・三代目尾上菊之丞さんの記事などを担当する。京都には長年にわたり幾度となく足を運んできたが、日本文化方面よりも、むしろ居酒屋方面が詳しいとの噂も。

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