経済記者出身でありながら、なぜか酒にまつわる執筆が多い栗下直也。そんな栗下が、かつての偉人たちが愛した酒場を訪ね歩く。政治家や文豪、実業家たちはどんな酒を飲み、何を語り、どのように夜を楽しんでいたのか。実際に店を訪れ、その酒と歴史を味わいながら、偉人たちの日々を垣間見る“大人の酒場紀行”である。
第二回は元首相・吉田茂の長男であり、英文学者・小説家の吉田健一が愛した神保町の「ランチョン」である。
元首相・吉田茂の長男、吉田健一はどこまで知られた人物か
仕事柄、昔の新聞記事をよく読む。先日、2000年の日本経済新聞をめくっていたら(いや実際にはデータで見ていたのだが)、ある一文が目に飛び込んできた。
「吉田健一とは言うまでもなく評論『英国の文学』や中編『金沢』を代表作とする批評家兼小説家のこと——」
「言うまでもなく」が気になりまくる。書いたのは英文学者の富士川義之氏。果たして、その記事から四半世紀たった、今となっても吉田健一は「言うまでもなく」の存在なのだろうか。いや、そもそも当時だって本当にそうだったのか、やや怪しい。
念のため記しておくと吉田健一(1912〜1977)は英文学者にして批評家、そして小説家でもある。代表作『英国の文学』は英文学者にとって一種の聖典で、「文学が喜びである」ことを教えてくれる本である。というのが一般的な説明になるが、正直、作品を読んだことのある人より、父が総理大臣の吉田茂であることや、戦前にケンブリッジへ留学したエリートだということのほうで知っている人のほうが多いだろう。
これだけ書けばもう十分にお腹いっぱいだが、まだ続きがある。そしてこれが本題である。同時にとびきりの食通でもあった。「加賀料理」という呼称は彼の名付けだという説まである。毎年2月になると金沢の料亭「つば甚」に通い、犀川を眺めながら盃を傾けた。つまり、何を書いているかはよくわからないが、育ちが良く、そもそも生活の心配がいらない、絵に描いたような数寄者である。書いていて若干腹が立ってくる。
そんな絢爛たる経歴を持つ吉田が、意外にも足繁く通った店が神保町にある。創業明治42年(1909年)のビアレストラン「ランチョン」だ。中央大学で教鞭をとっていた吉田は、講義のある日には決まってこの店の窓際の席に陣取った。「立ち寄った」と言いたいところだが、それは正確ではない。講義の前から悠々と飲んでいたというから、「立ち寄った」のではなく「座り込んだ」のである。そういう先生に教わってみたかった気もするし、しんどそうな気もする。
平日の午後4時、ジョッキとビーフパイ
平日の午後4時。神保町駅の出口を上がり、靖国通りを少し歩くと、洋食屋というよりは英国のパブと見まごう、重厚な構えの店が現れる。
店内に足を踏み入れると、意外にも先客は一組。年配の3人グループが、窓際で静かにジョッキを傾けていた。靖国通りの賑わいを窓越しに眺めながら、仕事を気にせず、平日の午後に飲む生ビール——これ以上の贅沢を私はあまり知らない。というか、仕事はどうしたんだと突っ込まれそうだが、この背徳感が酒をうまくする。
ハイボール派の私でも、ここではまずは生ビール。ランチョンの生ビールは、代々その注ぎ方を店主しか伝授されない決まりがあるという。きめ細かい泡の乗ったジョッキが運ばれてくる。一口飲むと、キレとコクのバランスが心憎い。明治42年の開店当時、東京には洋食屋が2軒しかなかったというから、生ビールを供する店ともなれば、ほとんど異界の入口のような存在だったに違いない。
ちなみに店名は、当時近所にあった東京音楽学校(現・東京藝術大学)の学生たちが「店に名前がないのは可哀想だ」と勝手につけてくれた。命名の動機が「可哀想だから」というのも、店名にこだわりまくる今では想像できないが、明治っぽくていい。
つまみは迷わずビーフパイを頼む。さくりと焼かれたパイ皮にナイフを入れると、湯気とともに濃厚なビーフシチューが現れる。1週間かけて仕込むデミグラスソースを使ったシチューにとろみをつけ、パイ皮で包み、油で揚げてからオーブンで焼き上げる。手間のかかった一品である。
そしてこのビーフパイ、実は吉田健一の注文から生まれている。
吉田は好物のビーフシチューを「手でつまめるようにできないか」と当時の三代目店主に相談した。なぜ、そんなことを頼んだかというと、話に夢中になって、食器を使うのが面倒だったからである。英文学者にしてケンブリッジ帰り、吉田茂の長男たる紳士が、手づかみでたべたがる。シチューくらいおとなしくスプーンつかって食べろよと思うのだが、いつの時代も上客のリクエストは無視できない。試行錯誤の末に完成したのがこのビーフパイで、昭和40年代のことだという。
彼の定席は決まっていて、奥の右から二列目だった。木曜の午後1時、すでに編集者が3、4人集まってジョッキを傾けている。そこに吉田が現れ、「これは出版社のおごりですよ、僕からじゃありませんよ」と豪快に笑う。ヴァレリーやジッドの逸話を語っては「けけけ」と笑い、若手にどんどん飲めと勧めては「払うのは僕じゃないからね」と笑う。殿様の鷹揚さと子供の無邪気さを併せ持っていた人らしい。
午後の部が終わると、「こんどはリプトンの時間だな」と切り出す。お洒落な英国紳士のティータイム——かと思いきや、運ばれてくるティーカップの中身はダブルのウィスキーである。ジョッキ2杯のあとにウィスキー・ダブル、これを「リプトン」と呼ぶ感覚には、何だか好意を抱いてしまう。確かに色は紅茶に似ている。
逸話には事欠かない。ある時、ランチョンが火事になった。2階から炎が立ち上るなか、1階で悠然とビールを飲み続けていた大男がいた。消防士が「危険ですから逃げてください」と促しても、「まだ……、大丈夫」と落ち着いて答えた。それが吉田健一だったという話まで伝わっている。全くもって大丈夫ではない。こうした話は尾ひれもついていようが、こんな伝説が生まれること自体、吉田がこの店でいかに「自分の場所」を確立していたかを物語る。
変わるもの、変わらぬもの
神保町は、変わり続けながら変わらない街である。
幕府の昌平坂学問所が湯島にあった時代から、この界隈には書を扱う店が点在していた。明治になって近隣に法律学校が次々と建ち、それらが明治、法政、中央、専修といった大学に発展していくと、神保町は学者と学生の街となった。今でも百数十件の古書店が営業する、世界でも稀有な街である。
考えてみればこの街には、変わらないものを愛する人が集まる。古書を漁る人々は、絶版になった本、もう書かれることのない作家の文章を求めて店から店へと巡る。彼ら彼女らにとって「変わらない」ことは美徳である。新刊書店なら、目当ての本がなければ「取り寄せます」となるところを、古書店では「縁がなかった」と諦める。それが古書好きの作法というものだ。
ランチョンはその街の真ん中で、関東大震災で焼け、太平洋戦争の空襲を奇跡的に免れ、件の火事までくぐり抜けて、現在に至っている。明治の昔から同じ場所で、同じ流儀でビールを注ぎ続けている。この店の窓際の席は、世界がどんなに変わっても帰ってこられる場所なのだろう。吉田もきっとそうだった。
2026年の今、吉田健一が「言うまでもない」存在かどうかは、正直よくわからない。けれども彼が愛したビーフパイの味は、今もなお、言うまでもなくうまい。
本日のおすすめ
アサヒ生ビール(480cc) 770円
アサヒ黒生ビール(480cc) 790円
ハイボール(ブラックニッカクリア) 650円
ハイボール(ダブル)950円
ビーフパイ 1600円
スモークサーモン1500円
店舗情報
ランチョン
住所:東京都千代田区神田神保町1-6
営業時間:火~金 11:30~21:30 土 11:30~20:30
アクセス:東京メトロ他各線「神保町駅」A5出口より徒歩約1分
JR他各線「御茶ノ水駅」より徒歩約10分
JR他各線「水道橋駅」より徒歩約10分
栗下直也 Naoya Kurishita
1980年生まれ、東京都出身。著述業、書評家。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科経営学専攻修了後、専門誌をへて独立。経済記者出身でありながら、なぜか酒がらみの文章が多い。著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)『偉人の生き延び方 副業、転職、財テク、おねだり』(同)、『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』(平凡社新書)、『得する、徳。』( CEメディアハウス)がある。
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