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2025年アジアのベストレストラン50結果発表

2025.4.1

「アジアのベストレストラン50 2025」100位までの全リスト&考察レポート





今年も「Asia’s 50 Best Restaurants(以下、アジアベスト50)」の授賞式が、3月25日午後8時から、韓国のグランド ハイアットソウルで華やかに開かれた。日本の最高位は「Sézanne(セザン)」の4位となった。



現地の熱気と共に、今回の結果から観たアジアのファインダイニング事情、アジアベスト50そしてワールドベスト50はどんなアワードなのか、このアワードが世界へ与えるインパクトや課題などを含め、授賞式に参加したジャーナリストの石橋俊澄氏が詳細にレポート、考察してくれた。

1位から50位、そして51位から100位までの全リストも公開する。2024年の結果と比較してみても面白いと思う。

 

 

 

「アジアベストレストラン50 2024 」レポート100位までの全リストあり~東京のレストランがワンツー独占!



昨年は日本のワンツー・フィニッシュ!

 

授賞式を招致したのはソウル特別市と農業食糧農村省で、同市での開催は昨年に続いて2度目となる。

今回で13回目を迎えるアジアベスト50は知名度も上がり、すでに「ミシュランガイド」に比肩するほどのアワードになったと言っても良いかもしれない。





ここ数年において、2022年に日本料理店として初めてアジア1位を獲得した「Den(傳)」があり、昨年2024年の日本勢と言えば、「Sézanne(セザン)」が頂点を極め、2位に「Florilège(フロリレージュ)」が続き、ワンツー・フィニッシュの華々しい成績をおさめたことは記憶に焼き付いている。

 

明らかに日本勢の健闘が期待される流れの中で、今年はどうだったのか。果たして、フロリレージュの1位戴冠はあるのか! コトを急ごう。すでに第一報でご存知の向きも多いと思うが、さて、2025年の結果は!





ベスト50 ベスト50




バンコクの「ガガン」が5度目の1位

 

 

結果は、インド人のガガン・アナンドがバンコクで営む「Gaggan(ガガン)」が、なんと、5度目となる1位となった。

正確に記せば、4度の1位はガガンが率いる別名の店での受賞である。新たな店名で再出発し、昨年は3位、今年は1位。ガガン本人が5度目の受賞となった。

 

ガガン・アナンドを紹介しておく。コルカタ生まれ、プロのドラマーとして音楽の道を歩んでいたが、いつしかスティックは包丁に替わる。インドの高級ホテルチェーンのタージ・グループで料理人のキャリアをスタートさせるが、スペインの革命的料理を推進する「エル・ブリ」の元に赴き、分子ガストロノミーに開眼する。




中央が、「gaggan(ガガン)」のシェフ、ガガン・アナンド。




彼が開店するのに選んだ街はタイのバンコク。「ガガン」のダイニングは14席のみ。22の皿にそれぞれ音楽が付帯し、時にスタッフが全員でテーブルを叩きながら歌い、「ヘイ・ジュード」をゲスト全員に合唱させる。ゲスト2人を選んでサラダバトルをさせたり(シェフが手を加えたものをゲストが食べる)……。劇中に放り込まれたような感じで、ある種、喧噪の中で刺激だらけの食事が進むといった具合だ。世界にまたとないエンタテインメント・ディナー体験である。

 




「ファインダイニングを食べたときに、とても退屈を覚えた」とガガンは語った。それで、元来好きだったロックや様々な音楽をメニューに合わせ、歌って踊るようなコースを考えた。一皿に一曲。キッスの曲「Lick it up(舐め尽くせ)」に合わせて、ゲストに皿のペーストを舐めさせる場面はいまや名物で、客の誰もがいつ来るのだろうかと期待を高ぶらせて待つ。

 

 

 


筆者も体験したことがあるが、使われるのはほとんどが誰もが知る新旧の洋楽だが、確か、デザート辺りだったか、日本の楽曲であるVaundyの「踊り子」が鳴り響いたときにはちょっと驚いた。日本人が私以外にも一人いたから、サービスだったのかもしれない。

お客14人のうち半数はノリノリで、半数はドン引き、そんな感じだった(苦笑)。



ベスト50に入った日本勢は11軒!

 

 

2位には香港の広東料理の「The Chairman(ザ・チェアマン)」が入った。かつて1位になったこともある名店だ。シェフのダニー・イップは日本料理を敬愛してやまない才人で、料理は絶えず進化している。私も大好きな店だ。

 

3位は同じく香港の広東料理の「Wing(ウィング)」である。本WEBのファインダイニングの連載に、私の体験記を載せたことがある。シェフのヴィッキー・チェンはフランス料理店も営むが、広東料理における彼の手腕はまさに才気にあふれ、斬新な中国料理の数々は度肝を抜かれるほど見事だ。

 




2位 チェアマン 2位 チェアマン

2位の香港「chairman(チェアマン)」。左がシェフのダニー・イップ。





多くの期待を集め、様々な活動を懸命にやったフロリレージュだったが、結果は17位。私も、見守る日本人たち全員も、本当にたまげた。昨年の2位からの大幅な落差に誰もが納得がいかなかった。
会場で川手シェフも、「いやー、50人ぐらいから『今年は1位ですね』と言われたんですけどね……」と残念そうだった。

 

日本勢のトップを張ったのは、昨年1位だったセザンの4位である。他の10位以内は大阪のLa Cime(ラ・シーム)の8位のみ。10位以内に4軒が入った昨年からすると、盛り上がりに欠けた印象は否めない。





10位入りは逃して12位だったが、開催初年度の1位から13年間も連続でランクインしている東京のNARISAWA(ナリサワ)の堅調ぶりは素晴らしい。日々の努力には頭が下がる思いがする。もはや、成澤シェフは日本の顔である。

 

日本勢は50位以内に11軒がランクインを遂げた。実に22パーセント。東京だけでも9軒で、全体の18パーセント。参加しているのはアジアの13カ国であることを考えれば、日本の比率は全体1位で、非常に高いとは言える。

すでに発表されている51-100位の6軒と合わせれば、17軒になる。つまり17パーセントだ。5軒に1軒弱は日本の店ということになる。

 

 

それをどう捉えるかについては後述する。





日本勢の新規のランクインはいずれも期待の3軒

 

一覧表は小さくて読みにくいので、ランクインした日本勢の店を書き出しておく。


4位 Sézanne(セザン)東京

8位 La Cime(ラ・シーム)大阪

12位 NARISAWA(ナリサワ)東京

17位 Florilège(フロリレージュ)東京

22位 Den(傳)東京

30位 Crony(クローニー)東京

33位 Sushi Saito(鮨 さいとう)東京

34位 Sazenka(茶禅華)東京

36位 Goh(ゴウ)福岡

43位 Maz(マス)東京

45位 Myoujaku(明寂)東京




2022年に1位だった「傳」は22位、「クローニー」は昨年の58位から一挙に順位を上げての30位だ。オーナー兼ソムリエの小澤一貴は、料理を引き立てる絶妙なペアリングが評価されて、「アジアのベスト・ソムリエ賞」も受賞する快挙を遂げた。

昨年60位の「鮨さいとう」は33位とトップ50に返り咲いた。「茶禅華」は39位から34位に、「Goh」は45位から36位にランクアップした。

 

南米ペルーの多様な生態系にインスパイアされたコースメニューを日本の素材で提供する「マス」は69位から43位に、フランス料理の影響下にありながら水と塩だけで野菜を水煮にしたりする「明寂」は76位から45位と、ともにトップ50に飛び込んできた。

クローニー、鮨さいとう、マス、明寂の4軒以外は、いずれも常連が踏ん張りを見せた。

 




トップ50に11軒のランクインは、昨年よりも2軒多い。とは言え、「去年のような、最後までのハラハラドキドキはたまらなかったですねえ」と、会場で「チェンチ」の坂本シェフがいみじくも語ったように、日本にとって、アジアベスト50のこれまでの最高に劇的なシーンは、昨年にあったことは確かだろう。

 

しかし、国威発揚でも身贔屓でもなんでもなくて、日本のガストロノミーの実力からすれば、20軒ぐらいがランクインしていてもおかしくないという思いが、私たち食関係者の中には厳然としてあるのである。




ここで、おさらいになるが、一応、アジアベスト50がいかなるものなのかを解説してみたい。

 

1.各国に散らばる評議員(投票者)たち

 

アジアベスト50は、2013年にスタートした飲食店のランキング・アワードである。今年で13回目を数える。アジアベストであるから、その母体は2005年に始まった「ワールドベスト50レストラン」だ。

ワールドベストがオリンピックなら、こちらはアジア大会だ(厳密には、喩えでしかないことは後述)。

ちなみに、世界1ともなれば、その名誉と影響力は大変なもので、オリンピックなら金メダル、ゴルフで言えばマスターズで優勝したようなものかもしれない。

ちなみに、古い順から店名をすべて挙げておく。




「過去のワールドベスト50  1位受賞レストランリスト」

 

2002、06、07、08、09年 「エル・ブリ」(スペイン)

2003、04年「フレンチランドリー」(アメリカ)

2005年「ファットダック」(イギリス)

2010、11、12、14、21年「ノーマ」(デンマーク)

2013、15年「エル・セジェール・デ・カンロカ」(スペイン)

2016、18年「オステリア・フランチェスカーナ」(イタリア)

2017年「イレブン・マディソン・パーク」(アメリカ)

2019年「ミラズール」(フランス)

2022年「ゼラニウム」(デンマーク)

2023年「セントラル」(ペルー)

2024年「ディスフルタール」(スペイン)

 




日本は一度も世界1位を取ったことがない。いくつかの店は複数回1位を獲得しており、2019年から「殿堂入り」のシステムが考案されて、1度1位になった店は除外されるようになった。それに対する賛成と反対が、1位になったシェフたちの間には渦巻いているようだ(アジアベスト50では、何度も1位になれる)。

 

私は、今回のアジアベスト50における5度目の1位受賞は、開催側も見直したほうがいい、2回1位になったら、もう「殿堂入り」にすべきだと思う。

アジアにしてもワールドにしても、50位以内にランクインすることに対するシェフたちの喜びと、その影響の大きさは、年を追うごとに増加してきているように思う。





2.選考のための厳格な内規

 

 

では、いかにして選出されるのか。これは色々と取材を進めると、ミシュラン同様に厳格な内規下にあるようだ。

まず参加国は「アジアベスト50」で16カ国。各国に「voter」と呼ばれる評議員(投票者)がいて、その数360名。フードライター、フーディー、シェフ、レストラン経営者、料理専門家などで、その銘々が自分の嗜好だけに従って投票をする。

 

 


ゆえに、オリンピックやアジア大会に喩えてはみたものの、内実は、よーいどんでタイムや質を競うわけではない。飽くまでも個人的な好き嫌いによる人気投票であるし、選考の過程が晒されるものでもない。まあ、アカデミー賞みたいなものと言われるのもよくわかる。




ちなみに、この評議員は身分を明かすことは固く禁じられている。完全な覆面であり、主催者側から経費はビタ一文も出ないらしい。従って、自腹メシとなる。覆面の部分はミシュランの調査員と同じだが、経費が出ないとはさぞかし厳しかろう。

 

各評議員は10票を有していて、最大6票までは自国の店に投票することができる。さらに、投票対象は投票日より18カ月以内に訪れた店であることが厳格に義務付けられている。店のコンディションは絶えず変わるから、それも理に適っている。

 

 


しかし、その反面、自腹で国内外を移動し、食事代も払う投票者側にとっては、なかなかのハードルの高さと言えるだろう。投票の際には、訪問日まで記載し、選考の理由まで書かねばならないそうだ。

 

そこまでの条件を突きつけられて、よくノーギャラで評議員をやる人間がいるもんだと感心する。


会場風景 会場風景

表彰式の跡には撮影会が開催される。



3.何を基準に選ぶのか

 

 

基本的には、覆面の評議員による「人気投票」であるから、銘々が何を考えて選考しているのかは、本人以外はわからないはずだ。評議員同志にしても、うすうすと勘づいてはいても、投票について話すことは皆無であるようだ。

 

国によっては、組織票とかを図るところがあったとしても、結果は、主催者側には正当な票としか扱われないだろう。

評価される店側にしてみれば必死だが、ある程度は「遊び」と思って、少し引いて受け止める必要もあるだろう。

とは言え、リストをじっくり眺めると、ランクインしているレストランにはある種の傾向は確実にあるようにも思える。

 




もちろん美味しいことは第一条件だが、それだけではない。要約すると、革新性、独創性、シェフの人間性&社交性、他のシェフとの協業性、ホスピタリティ、サステナビリティ、環境への配慮、生産者や地域社会との関係性……などであろう。

 

もちろん、それらを全部成し遂げることは不可能だ。シェフたちは毎日が鬼のように忙しいからだ。実際には革新性と独創性とシェフの人間性&社交性ぐらいが考慮に入れられているのかもしれない。

ロビー活動ではないが、他国のシェフとのコラボレーションを積極的に行うことなどは、アピールポイントになり得るのではないか。




アジアベスト50の授賞式の会場となった韓国のグランド ハイアットソウル。 アジアベスト50の授賞式の会場となった韓国のグランド ハイアットソウル。

アジアベスト50の授賞式の会場となった韓国のグランド ハイアットソウル。




ミシュランとベスト50

 

 

もちろん、「ミシュランガイド」、「ゴ・エ・ミヨ」、「OAD」などとの共通店は出てくる。また差異があるところも面白い。

しかし、例えばミシュランガイドであるが、毎年双方を見つめていると、むしろベスト50の評価が、ミシュランの星に影響を与えているように感じられる部分もないではない。

ミシュランがグリーンスターによってサステナビリティを謳い始めたのは2021年版からだから、これもベスト50よりも遅いように思われる。ま、お互いに良い影響を与えられればいいだけの話だ。

一般人からしてみれば、「食べログ」を含めて、店選びの指標が増えれば増えるだけ得することは間違いないだろう。




とはいえ、ミシュランの3つ星、2つ星、あるいはワールドベスト50、アジアベスト50辺りの店になってくると、予約を取るのはかなり困難になってきてはいる。中には、成績如何で、露骨に値段を上げてくる店があったりして、それは利用者にとっては迷惑千万な話でもあろう。

 

 


余計なことを言えば、法外な値付けをしてくるような店は、メディアもフードライターも紹介するのを考え直したほうが良いし、普通の利用者は真っ当な考え方を持つ店を選んだほうがいいだろう。



2025年の51-100位ランクイン店

 

 

では、この辺で、3月25日の授賞式の開催に先立って発表された2025年アジアベスト50の51-100位も紹介しておく。




ベスト100位 ベスト100位



63位 Cenci(チェンチ)京都

67位 Esquisse(エスキス)東京

69位 L’effervescence(レフェルヴェソンス)東京

76位 HARUTAKA(青空)東京

78位 HOMMAGE(オマージュ)東京

83位 Hajime(ハジメ)大阪




日本からはミシュランで3つ星を獲得したばかりの銀座の鮨屋「青空」が、76位で初登場した。他の5軒は常連もしくは2回目だ。

 

ついでに、2024年のアジアベスト50の100位以内にランクインした日本の店は次の通りである。

 


「2024年のアジアベスト50の100位以内にランクインした日本勢一覧」

 

1位 セザン、2位 フロリレージュ、8位 傳、9位 ラ・シーム、14位 ナリサワ、35位 Villa Aida(ヴィラ・アイーダ)、39位 茶禅華、45位 ゴウ、47位 チェンチ、51位 レフェルヴェソンス、58位 クローニー、60位 鮨さいとう、66位 日本橋蛎殻町すぎた、67位 L’evo(レヴォ)、69位 マス、76位 明寂、80位 オマージュ、83位 エスキス



4.アジアベスト50の意義

 

 

では最後に、アジアベスト50の意義について考えみたい。

存在意義の筆頭に挙げられるのは、世界規模で、あるいはアジア規模で、レストランに順位付けを始めたことである。OADもランキングだが、開始されたのはずっと遅い。

 

 


料理に順位をつけるのはいかがなものか、料理の種類だってごちゃ混ぜじゃないか、という意見ももちろんある。日本食で考えれば、その大胆さはわかりやすい。鮨も蕎麦もフレンチもトンカツも横並びで順位をつけることに等しいからだ。

土台、無茶な試みではあるのである。フードディレクターの山口繭子氏が「異種格闘技」と呼ぶのはまさに正鵠を射ている。だから、参加するほうも見るほうも、あまりムキにならずに余裕を持って、この壮大な「お遊び」に臨むことが肝要なのではないか、な?



授賞式開催国になるメリットを見逃すな
日本でも官民一体の取り組みこそが課題だ

 

 

「アジアベスト50」の前に「ワールドベスト50」であるが、それが持つ功績は明らかである。

それともなると、投票数もかなり増えて1080票(人)なので、さすがにオリンピック的な色合いを帯びてくる。

が、実際には、ベスト50を創案した主催者はウィリアム・リード社というイギリスの会社であるから、やはりヨーロッパに軸足が置かれているのはやむを得ない。もしも日本が発案主催していたら、軸足はアジア地域になっていたはず。

 


例えば、昨年のワールドベスト50にランクインした日本の店は、15位「セザン」、21位「フロリレージュ」、32位「傳」と、たったの3つだけである。

日本のレストランのレベルを熟知し、また海外のレストランを知っている者にとっては、依怙贔屓でも何でもなく、日本の実力はこんなものではないことを確信している。
そこにあるのは距離的な不利だけである。ヨーロッパの評議員たちが等しく日本の店を体験しさえすれば、まだまだ入選が増えてもおかしくはない。



そのためにはシェフの個人の尽力だけでは如何ともしがたいものがある。

官民を合わせた共同プロジェクトが必須であろう。特に、官はボケーッとしていないで、この世界的な日本食のブームを捉えて、積極的な方策を打ち出すことが肝要である。

 

 


今回と前回のソウルを見ていただきたい。祭典を誘致したことで、自国開催は有利であり、ガストロノミーをこれからの観光資源として活用できることを、官の側は強く意識した。実際にそう述べている。

官による「積極的な方策」とは、放っておいても勝手に増えるインバウンドの数に欣喜雀躍することではない。故・ジョエル・ロビュションやアラン・デュカスやヤニック・アレノの例を見れば明らかだ。一流の料理人は日本の食に魅了されるのである。海外の有力なシェフや経営者、あるいはフーディーを日本に呼び寄せることこそが肝心なのだ。

そのためには何よりも、東京都は「ワールドベスト50」を、地方都市は「アジアベスト50」を誘致することこそが、喫緊の課題なのである。




「ワールドベスト50」の明瞭な功績

 

 

さて、ではベスト50の功績は何かと言えば、先に挙げたワールドベスト50の1位となったリストをご覧いただきたい。これが意味するところは一目瞭然だ。

まず、2002年の初年度の「エル・ブリ」だ。全部で5回戴冠しているが、エスプーマ(泡)だの分子調理法だの様々な調理科学を駆使した料理は、まさに料理世界を席巻した。フェラン・アドリアとジュリ・ソレールが切り拓いた革命的な影響はフランス料理を迷走させ、一時はフレンチの料理人が何をやっていいのかわからなくなるほどだった。

そして、猫も杓子も泡、泡、泡。そんな時代があった。

この「エル・ブリ」を世界の表舞台に引っ張ってきたのは、まさにワールドベスト50の功績と言えるだろう。

また一度スペインという地に灯された革新性の萌芽は、その後の2013年「エル・セジェール・デ・カンロカ」や、2024年「ディスフルタール」として結実を生む結果にもなっているだろう。




顕著な例はもう一つ、2010年の「ノーマ」の登場である。ここも5回頂点に輝いている。デンマークに流星のごとく登場した革命者レネ・レゼピは、料理不毛の地と思われていた北欧にまったく新しい息吹を吹き込んだ。

メニューの開発研究チームが、寝ても覚めてもそれだけをやっているのは、「エル・ブリ」からのインスピレーションだろう。

ノーマの萌芽は、2022年の「ゼラニウム」として結実している。







アジア中のシェフたちが集結する唯一の場

 

 

では、アジア大会であるアジアベスト50に目を転じるとどうか。

例えばシェフ同志のコラボレーションがかつてないほど行われるようになったのは、アジアベスト50の大イベントに、アジア地域の主だったシェフが集結したからである。

そんな機会も場所も他には一切ない。この祭典は唯一無二のものだ。そこでシェフ同志が結びつくことによって、コラボレーションが可能となるのだ。

 




コラボがなぜ重要かと言えば、例えば、タイ料理とフランス料理のコラボ、広東料理と日本料理のコラボを想像してみてほしい。技術も違えば食材も違う両者が、お互いに胸襟を開くことによって、お互いが蒙を啓かれ、自分の殻を破ることになるのである。

技だけではない。食材をどう捉えるか、生産者とどう関わるか、スタッフをどのように育成するか、様々な点においてお互いが刺激することになるのである。

そこで得たインスピレーションは、やがては新しい一品となってわれわれ利用者が享受できるようになるだろう。

シェフたちが仕事を休んでまでして駆けつけるのは、それだけの意味がある。年に一度のこの祭典ほど、有意義なものはないとも言える。

日本人チーム 日本人チーム

日本人のシェフとその関係者。




5.アジアベスト50のもう一つの意義

 

 

アジアベスト50は、主催者がテーマを掲げている。ここ数年は、「その土地らしさ」と「サステナビリティ」だ。

SDG’Sやサステナビリティはもう聞き飽きたとは思わないでいただきたい。食にとってのサステナビリティは切迫した課題でもあるのだ。魚や肉は無限ではない、例えば日本の米にしたって足りないのが現実だ。飲食に係るスタッフも慢性的に不足している。サステナブル(持続可能)なことに、飲食店は日々向き合っている。

 



そもそもアジアの料理はサステナブルな側面を持っている。発酵による保存、漬物による保存、乾物による保存、さらには旬の食材を活かす食文化。古くから持続可能性は考えられてきた。

もちろん、例えばヨーロッパや南米の料理にも、同様にサステナブルな側面がある。その部分がクローズアップされることは、大きく言えば、人類にとっても大事なことなのである。



授賞式の前日、アジア地区内の最高峰レベルのシェフに話を聞くイベント「Meet the Chefs(ミート・ザ・シェフズ)」が行われた。




アジアベストレストラン シェフたち アジアベストレストラン シェフたち

左から、ディレクターのウィリアム・ドリュー、香港「Mono」のシェフ、リカルド・チェネトン、ムンバイの「アメリカーノ」のアレックス・サンチェスとマリェーカ・ワツァ、マカオの「シェフ・タムズ・シーズンズ」のタム・クオック・ファン。





テーマはずばり、「アジア料理におけるサステナビリティ」である。その企画意図をベスト50のコンテンツ・ディレクターのウィリアム・ドリューが話す。

「サステナビリティはガストロノミーの根幹を成すものです。将来に向かって、それはますますメイン・ストリームになっていくでしょう。最近は、食材だけではなく、人材や生産者との関係性の観点からサステナビリティが語られることが多くなっていますね。それと、都市部と地方では、語られるサステナビリティが違ってくるので、幅の広い意見交換ができると考えました。

アジアベスト50にランクインするような店は、サステナビリティについてきちんと考えている店なんだということを広報していくのも重要なのです。最近の新しい潮流としては、ラグジュアリーな店でも必ずしもキャビアのような高級食材を扱わなくなってきていることです。食べにくるゲストの中にも意識の変化が起きているのです」

 




リカルド・チャネトンは、今年のアジアベスト50で24位にランクインした強者だ。28歳という若さで香港にあるイノベイティブ・フランス料理の「Mono(モノ)」を開業した。

「私にとってのサステナビリティとは、一言で言えば不完全性こそが完全性であるということです。かつては例えばトマトやジャガイモがひしゃげていたり、穴があいていたりしても、野菜とはそういうものでした。自然な不完全性を再認識することが大事だと思う。店では、中国のローカルマーケットからそういう野菜を入手して展開しようとしています」

 




タム・クォック・ファンは、マカオの名店「ジェイド・ドラゴン」でその才能を発揮した。現在はウィン・パレスの中にある、「Chef Tam’s Seasons(シェフ・タムズ・シーズンズ)」で広東料理の神髄を披露している。今年のアジアベスト50で9位。

「私が考えるサステナビリティはシンプルです。魚などの海産物は市場に買い付けに行きます。それ以外の肉や野菜などの食材が少ないマカオでは、食材を注文しすぎないことと、使い残しをなるべく出さないことが重要です。いわゆる食品ロスの問題ですね。それと中国料理の調理法で、発酵・乾燥・漬物、この3つはサステナビリティにつながると思っています」




違った視点を与えてくれたのは、ムンバイの名店「Americano(アメリカーノ)」を率いるアレックス・サンチェスとマリェーカ・ワツァだ。同店は2025年のアジアベスト50で71位にランクインしている。

「インドにおいて最も大事なサステナビリティがあるとしたら、それは人材の確保です。インドでは、飲食業界はホテル業界に比べて下位に位置します。ですから、『9時間/週6日=54時間労働』という労働環境を整えて、飲食業界で働くことの自信を持ってもらうことが重要になってきます」

サステナビリティと言っても、所が変われば内容も変わってくる。4者4様の視点を与えてくれたのは、実に有意義だった。

 

 

2025年のアジアベスト50の結果については賛否両論あると思うが、シェフたちをはじめとする関係者たちのたゆまない努力に称賛を送りたい。

 

 

(文中敬称略)

 

文・構成:石橋俊澄(「クレア」「クレア・トラベラー」元編集長)

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