駒形どぜう

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栗下直也の東京酔歩 偉人と歴史の裏路地

2026.10.13

第五回 浅草「駒形どぜう」 鍋に入る前に酒を飲まされるどじょうに親近感しかないので、池波正太郎が愛した店で一緒に酔ってきた



経済記者出身でありながら、なぜか酒にまつわる執筆が多い栗下直也。そんな栗下が、かつての偉人たちが愛した酒場を訪ね歩く。政治家や文豪、実業家たちはどんな酒を飲み、何を語り、どのように夜を楽しんでいたのか。実際に店を訪れ、その酒と歴史を味わいながら、偉人たちの日々を垣間見る“大人の酒場紀行”である。

 

第五回は永井荷風や池波正太郎など文士が通った、浅草にある駒形どぜうである。



どじょうと私の共通点

 




どじょうは、鍋に入る前に酒を飲まされる。生きたまま酒をかけられ、しばらく暴れ、やがておとなしくなったところを浅い鉄鍋に並べられる。臭みを抜き、身を柔らかくするための下ごしらえだそうだが、酒を飲んでからでないと物事が始まらないという点で、どじょうに親近感しかない。私も毎晩、酒を飲んでからでないと何も始まらないからだ。違うのは、柔らかくなるのが身ではなく、財布と意志ということである。




浅草には、そのどじょうを二百二十五年前から煮続けている店がある。「駒形どぜう」だ。永井荷風や池波正太郎といった文士たちが愛した店だと聞けば、この連載を担当している以上、行かない理由がない。行かない理由はないが、行く理由が「酒に酔ったどじょうへの親近感」というのはどうかと思うが、深く考えすぎてもよろしくない。



四文字は縁起が悪い



店の名前から気になる。「どじょう」ではなく「どぜう」。歴史的仮名遣いだからだろうと思われるだろうが、それならば「どぢやう」が正しい。店の伝えによれば、文化三年(一八〇六年)の大火で店が焼けた際、初代の越後屋助七が「四文字では縁起が悪い」と看板書きの撞木屋仙吉に頼み、奇数の三文字「どぜう」と書いてもらったのが始まりだという。以来、この店が「どぜう」表記の元祖とされ、東京のどじょう屋はいまもたいてい三文字である。



創業は享和元年(一八〇一年)、十一代将軍家斉の頃である。江戸時代は肉食がはばかられていたから、どじょうは貴重な動物性たんぱく源だった。どじょうは全国で食べられていたが、それが商売になるのは、浅草のように人の集まる繁華街に限られていた。

 

 

文士との縁も深い。荷風ら文化人が愛した店として知られるが、この連載で見逃せないのは池波正太郎だ。浅草の聖天町に生まれ、永住町の祖父の家で育ち、小学校を出ると株屋で働きながら映画と芝居と食べ歩きに夢中になった。やがて鬼平と梅安を書く男が、地元の名店を放っておくはずがない。

 

 

池波には駒形堂前の菓子屋を舞台にした長編「雲ながれゆく」があるが、物語の舞台は天明三年で、駒形どぜうの創業より十八年早い。この小説にうまいものを食べる場面がないのは、主人公のお歌に難事が降りかかり続けて暇がないからだと評されているが、駒形にどじょう屋がまだなかったからかもしれない。




江戸時代の代表的な商家造り。大名行列を見下ろすことがないように通りに面した二階には窓がない。



下足札を持って、板の前にあぐらをかく



日曜の夕方。雷門を背に江戸通りを蔵前の方へ五分ほど歩くと、右手に柳の木と、「どぜう」と書かれた麻地の暖簾が見えてくる。柳の下でどじょうを二百二十五年間出し続けているのだから、「柳の下にいつもどじょうはいない」ということわざのほうが分が悪い。

 

暖簾をくぐると土間で、木の下足札を渡される。靴を預けるだけで背筋が伸びる気がする下足番というのは不思議なシステムである。



一階は籐敷きの大広間。座卓はなく、細長い板が何列も置かれ、その両側に座布団が並んでいるだけだ。この板を店では「かな板」と呼ぶ。かつては板に銅が張られていたからだが、銅がなくなった今も名前だけが残っているそうだ。二階には椅子席もある。だが、ここは一階で、あぐらをかくべきである。中年の膝には堪えるが、江戸っ子は膝のことなど気にしなかったはずだ。



溢れんばかりのネギが乗ったどぜうの鍋。



鍋の深さは三ミリ



注文は、どじょうの唐揚げ、鯨の刺身、それに名物どぜうなべ。最近は酒は控えめにしていたが、どじょうが酒で酔わされているのに、こちらが酒を飲まなくては何だかどじょうに悪いので、まずは瓶ビール。



どぜう唐揚げ



鯨刺身 鯨刺身

くじら刺身



時間がかかりそうなどぜうなべだが、頼むとすぐに来る。備長炭を入れた火鉢の上に浅い鉄鍋が載り、割り下に浸かったどじょうが行儀よく整列している。鍋の深さは三ミリ。江戸っ子は気が短いからすぐ食べられるようにということらしく、実際、火にかけてから食べられるまでが早い。板上にある刻みネギを山のように盛り、ネギがしんなりしたら食べ頃だ。山椒と七味は好みである。七味のことを、この店では江戸の言い方で七色と呼ぶそうだ。そういえば、七も奇数である。



口の中でとろけるとは陳腐な表現だが、このどじょう、実際、とろける。正確に言えば「骨があることを忘れる」。丸ごと煮られているのに、骨が口に残らない。酒に酔わされ、味噌で煮られ、炭火でもう一度煮られた末に、どじょうは自分が魚だったことを忘れているのではないか。かく言う私も、ビールの後に立て続けに飲んだハイボールの3杯目あたりで自分が何をしにこの店に来たのかを忘れていた。甘辛い割り下を吸ったネギがまたうまい。割り下は減ったら差せばいい。どじょうが減ってもネギがあれば酒は進む。




ビール ビール

やっぱりビールから。



家訓を破った女将



この日は頼まなかったが、この店には柳川なべ(どじょうを割いて卵でとじるなべ)もある。江戸っ子は丸(どじょうなべ)だと聞いていたので、丸にしたが隣の一人客の卵とじから立ちのぼる湯気が、これまたそそるのだ。

 

 

柳川はささがきごぼうを敷き、背開きにして骨を抜いたどじょうを並べ、濃いめの割り下で煮て卵でとじる。丸より上品で、その分、酒より飯に寄っている気がする。頼んでいないので、気がするだけであるが。

 

 

この柳川、駒形どぜうには長らくなかった。創業以来の家訓が「丸を商うべし」。どじょうは丸のまま出すのが決まりだったのである。戦後、昭和二十二年に鍋を再開したものの商いが振るわず、京都から嫁いだ女将の栄美さんが、どじょうを割いて卵でとじる柳川を出そうと提案した。夫の繁三さんは渋ったが、結局折れたが、結果的に客層が広がり、志賀直哉や井上靖もこの柳川を好んだという。老舗の名物というのは、たいてい誰かが決まりを破ったところから生まれるものなのかもしれない。

 



余談だが、柳川なべの「柳川」が何なのかは諸説ある。料理に使った土鍋が柳川焼だったからという説がある一方で、幕末の江戸に「柳川屋」を名乗るどじょう屋があったという屋号説もある。作家の檀一雄は幼少期を柳川で過ごしたが自著『檀流クッキング』に福岡の柳川に柳川鍋のしきたりはないときっぱり書いている。名前の由来は割れているが、卵でとじたどじょうがうまいことについては意見は割れていない。

 

 

丸か、柳川か。片方しか食べていない人間には判断できないが、二本目の冷酒を頼みながら、次は柳川にしようと決めた。次があることだけは、決まっている。



どぜうの甘辛い味には冷酒がよく合う。



雲ながれゆく



もっとも、店に次があるかどうかは、客の側で決められることではない。

二〇〇一年二月、駒形どぜうが創業二百周年を迎えた直後の東京新聞に、下町のどじょう屋の主人たちが口をそろえて「どじょう屋は楽じゃない」と嘆く記事が載っている。

 

理由の一つは材料不足である。どじょうは汚れた水では生きられない、環境のバロメーターのような魚で、高度成長期以降、住める場所が激減した。

 

もう一つの理由は、食の多様化によるどじょう離れだ。江東区の高橋にあった「伊せ喜」の五代目、家室茂雄さんは「私たちのライバルは同業者ではない。ファミレスであり、イタメシ屋です」と言い切り、墨田区の「桔梗家」三代目、堀木章夫さんは「庶民の味なのに、敷居が高くなっていないか」と案じていた。



同じ記事で、駒形どぜうの六代目当主の渡辺孝之さんは、父である先代から「しっかり、二百周年を迎えよ」と言われ続けたのがプレッシャーだったと明かし、次の目標は三百周年だと語っている。当時三十歳だった長男を七代目にすべく鍛えているとも述べていたが、その長男が、いま店の代表を務めている。駒形どぜうの三百周年は二一〇一年である。私はまず生きていないだろうが、その頃も、どじょうは酒を飲まされてから鍋に入っているだろうし、誰かが板の前であぐらをかいて酒を飲んでいるはずだ。



記事から四半世紀。伊せ喜は暖簾を下ろし、駒形のどぜうなべは三千四百八十円になった。安くはない。それでも、下足札を渡され、板の前に座り、炭の匂いの中で酔ったどじょうを食う。この体験に三千四百八十円が高いとは、私は思わない。

 

 

ついでに言うと、どじょうは高たんぱくで脂が少なく、カルシウムに至っては骨ごと食べるぶん牛乳の比ではない。こちらが酒さえ飲み過ぎなければ「令和の健康食」としてもっと評価されていい。





店を出ると、日がすっかり暮れていた。江戸通りを渡り、駒形堂まで歩く。池波正太郎の小説「雲ながれゆく」の最後で、主人公のお歌は息子を抱いて、一片の雲が流れゆく江戸の大空を見上げる。私も見上げてみた。雲は流れていたが、見上げた先にはスカイツリーが立っていた。その上、そもそも真っ暗だ。それでも、二百二十五年前から同じ場所でどじょうを煮ている店を背にしていると、「これが江戸の雲か」とつぶやいてもいい気がしてくる。

 

どう考えても、酔っているせいである。酒に酔ったどじょうは鍋に入るが、酒に酔った中年は、二軒目に入る。



本日のおすすめ

 

 

どぜうなべ(3,480円)

どぜう唐揚(1,800円)

くじら刺身(1,200円)

お新香(270円)

瓶ビール(850円)

ハイボール(900円)

ひやおろし 富翁(1,800円)

 

※価格は変更の場合があるため、店舗にてご確認ください



店舗情報

 

駒形どぜう 本店

住所:東京都台東区駒形1-7-12
電話:050-5448-6266
営業時間:11:00~20:30(L.O.20:00)
定休日:不定休(月ごとの休業日を公式サイトで告知)

アクセス:都営浅草線 浅草駅 A1出口 徒歩約2分/東京メトロ銀座線 浅草駅 2番出口 徒歩約5分/都営大江戸線 蔵前駅 A6出口 徒歩約5分

栗下直也 Naoya Kurishita

1980年生まれ、東京都出身。著述業、書評家。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科経営学専攻修了後、専門誌をへて独立。経済記者出身でありながら、なぜか酒がらみの文章が多い。著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)『偉人の生き延び方 副業、転職、財テク、おねだり』(同)、『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』(平凡社新書)、『得する、徳。』(‎ CEメディアハウス)がある。

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