1位から100位まで全リスト掲載
授賞セレモニーから考察する、「2024世界のベストレストラン50」とは
6月5日、「World’s 50 Best Restaurants(以下『世界ベスト50』)」の受賞セレモニーがラスベガスで開催された。今回改めて結果を振り返ると共に、「どうすればこのリストに入ることができるのか」について考察したいと思う。1位から50位のリストは下記の通りで、記事末尾に51位から100位のリストも併せて掲載する。
著名な飲食店ランキングといえば、海外だと「ミシュランガイド」や「ゴ・エ・ミヨ」「ラ・リスト」などがあり、国内では「食べログ」や「Retty」などを思い浮かべる方もいるだろう。各ランキングにより特徴は違うが、「世界ベスト50」は「対象エリアが全世界であること」「レストランによるメッセージ発信力や社会貢献性などが重視されること」で、他とは一線を画している。
このリストに選ばれたシェフやパティシエはその後スターダムを駆け上がることも多く、受賞セレモニーに訪れる人々の華やかさは「レストラン界のアカデミー賞」と称されるゆえんだ。
2024 世界のベストレストラン50 全リスト


トップに輝いたのはスペイン・バルセロナのファインダイニング「ディスフルタール」。ここ数年ずっと10以内にいた実力店だ。昨年度は惜しくも2位で涙をのんだが、ようやく1位に。ちなみに2019年からは「殿堂入り」システムが採用されており、1位になったレストランはその後この過酷なレースに加わることはなくなった。が、殿堂入りシェフたちはその後も何かと「世界ベスト50」と関わることが多く、今回も会場で過去のスターシェフたちの姿を多数見かけた。
過去に首位を獲ったレストランを挙げると、
2023「セントラル(ペルー)」
2022「ゼラニウム(デンマーク)」
2021/2014/2012/2011/2010「ノーマ(デンマーク)」
2020はコロナ禍で不開催
2019「ミラズール(フランス)」
2018/2016「オステリア・フランチェスカーナ(イタリア)」
2017「イレブン・マディソン・パーク(アメリカ)」
2015/2013「エル セラール デ カンロカ(スペイン)」
2009/2008/2007/2006/2002「エル・ブリ(スペイン)」
2003/2004「フレンチランドリー(アメリカ)」
2005「ファットダック(イギリス)」
となっている。有名レストランもあれば、日本では知名度の低い店もある。ご注目いただきたいのは、首位を獲ったレストランを擁する国名だ。フランス料理界の巨匠、故ジョエル・ロブションが2015年頃に某雑誌の対談取材で語った言葉を筆者は覚えているが、「あんなの(ベスト50)、大したものではない」とこき下ろしていた。強い言葉の裏には、それまで料理界を牽引するのはフランスだったところにスペイン発の分子料理旋風が起こり、薫陶を受けた弟子たちが北欧ガストロノミーのトレンドで世界を席巻し……という状況への焦りがあったに違いないはずだ。
しかしこれこそが「世界ベスト50」の果たすべき功績だ。それまで料理が脚光を浴びることのなかった国のレストランが注目を浴びることで、料理界の潮流を変えるようなムーブメントに繋がるとこのリストは証明している。筆者もトレンドの動向にワクワクしつつ、同時に「やはりフランス料理や日本料理には、誰も抗えない底力がある」と改めて惚れ直すきっかけになったと、天国のロブション様に伝えられたらとも思う。
スペイン、南米のレストランが衰えない強さで席巻


今回の1位はバルセロナの人気店「ディスフルタール」だ。受賞後、壇上ではエドゥアルド・シャトルック、オリオール・カストロ、マテウ・カサーニャスの3人のシェフが男泣きのままに熱いスピーチを行い、観客を感動させた。この3人、今はクローズしたスペイン「エル・ブリ」の研究機関で修業した経歴を持つ。2002年から5回も首位を獲った伝説の店で、店を閉めた後シェフのフェラン・アドリアは若手料理人を育てるプロジェクトを始動。そこで学んだ世代がこうして栄光を勝ち取ったわけだから、「世界ベスト50」がスペイン料理界にもたらした功績は非常に大きい。
独創的な分子料理で鳴らした「エル・ブリ」の門下生たちだが、そんな技術を存分に用いながらも「ディスフルタール」の料理やサービスは非常に繊細でハートウォーミングだと聞く。残念ながら私は未訪だが、スペイン語で「楽しい」という名を冠したこの店は、楽しさや面白さといった没入体験と心に訴えかける料理を信条にしているという。昨年、バレンシアで開催された「世界ベスト50」のイベントランチで、私はこの3人のうちの1人、エドゥアルド・シャトルックシェフと同席する幸運に預かったのだが、白状するとあまりに飾り気のない静かな方で、途中で同席の方が教えてくれるまでシェフだと知らなかった。テーブルに置かれたパンを割り、フレッシュトマトとにんにくを合わせて「パンコントマテはこうして食べるんだ」と教えてくれたことが今となっては記念の思い出だ。
「ディスフルタール」もそうだが、今回のリストではスペインをはじめ欧州勢のランクインが目立つ。これには「ベスト50」の投票システムも大いに起因している。というのも、27エリアごとに各40名、合計1080人の「voter」と呼ばれる投票者がいるのだが、彼らはフードジャーナリスト・レストラン関係者・フーディーから構成されており「ベスト50」の授賞式にも顔を出すことが多い。開催地に行けば当然、話題の現地レストランを訪れることも増え、必然的に次の投票時にはそれらのレストランに投票する可能性が高まる。昨年はスペイン、一昨年はイギリスで開催されたので、近隣諸国のレストランはこの機会を見逃すまいとこぞって客の誘致に努めたに違いない。
日本からは3軒の実力店がランクイン。アジア50との比較は?


「セザン」のダニエル・カルバートシェフ(左)と「フロリレージュ」の川手寛康シェフを会場でキャッチ。
今回日本からランクインしたのは3軒。15位に「セザン(東京)」、21位に「フロリレージュ(東京)」、32位に「傳(東京)」が入った。ちなみに3月にソウルで開催された「アジアベスト50」では、日本勢は1位(セザン)と2位(フロリレージュ)、8位(傳)を含めて9軒が入った。「世界50」と「アジア50」ではvoterが同じとは限らないので、時には店の顔ぶれや順位が入れ替わることも。
日本の飲食業界を愛してやまないレストラン愛好者からすれば、「なぜ日本勢がもっとランクインしないのか。もっと上位にいかないのか」という疑問があるだろう。「世界ベスト50」は前述の通り、店の発信力や料理のメッセージ性も重視するというのを考慮しても、なんというか、腑に落ちない。特に昨今の円安と過去最高を更新し続けるインバウンド客の数を考えると、疑問は最もかと思う。
しかし、答えは割とシンプルだ。レベル的な問題では断じてない。ただ単に、「voterが店を訪れていない(から投票できない)」というそれだけだ。というのも、世界1080人のvoterの投票に当たってはいくつかのルールがあり、そのうちの一つに「遡って18ヶ月以内に訪れた店にしか投票してはいけない」という掟がある。またvoterは計10票を持つのだが「自国のレストランは6票まで。残りの4票は他国のレストランに投じること」という規定も。以上を鑑みると、日本はレストラン大国であるがゆえに実に不利だといえる。かの「ミシュランガイド」でも、本国フランスよりも星付きレストラン数が多い日本だ。存在する飲食店数は70万軒を超えると言われており、voterが来日したとしても「どのレストランに行くか」には頭を悩ませるだろう。そして、人気店は予約が取りづらいという難点もある。
国を挙げて飲食業界をサポートする他国に学ぶ


「女性シェフ賞」は、ブラジル・サンパウロのJonaína Torresシェフ。「A Casa do Porco」の他、多数の飲食店を展開。さらにサンパウロ市との共同プロジェクトで学校の調理師教育に着手して子どもたちの栄養状態を改善したり、コロナ中にはブラジル人シェフたちをまとめて政府に業界支援を求めたりと、とにかくパワフル。
もう一つ無視できないのは、国によるサポート体制の違いだ。例えば今回のリストではメキシコやペルーを筆頭に南米勢の台頭が目立った。「南米、頑張ってるな」と思う一方で、データにも注目したい。例えばメキシコだが、コロナ禍当初は罹患者の多さに苦しんだもののいち早く脱却に努め、観光客の入国規制を一切設けなかったのは有名な話。結果、コロナ途中頃から米国からの観光客はメキシコを中心に南米に集中し、その中には旅とガストロノミーに飢えていたvoterも数多く含まれていたのではないだろうか。
コロナ以降もその流れは加速している。世界的な市場調査企業のモルドールインテリジェンス社が発表している今後5年間の南米における観光市場予測では、5%を超える勢いで順調に推移するとされている(※1)。また、国土交通省が発表した2022年度の数字でも、世界主要地域の経済成長率がEUの3.7%、中南米カリブ海諸国4.0%、ASEAN諸国5.5%、中東・中央アジア5.3%であるのに対し、日本はたった1.1%(※2)。2021年の外国人旅行者受け入れランキングでは、1位のフランスが4,840万人、2位メキシコ3,190万人、3位スペイン3,120万人であるのに対し、日本は25万人でランキングから大きく外れた。プエルトリコやキルギスといった国と比べても桁が違う(※3)。
別の言い方をすれば、これだけの逆風の中でこの結果を残しているのだから、日本の飲食業界の努力には頭が下がる。今後は南米だけでなく、ガストロノミー新興国として頭角を表してきた韓国やタイといった国々もライバルだ。食べ手である我々も含め、どうすれば貢献できるのかを考えていきたい。
※1 Mordor Intelligence「ラテなメリカの旅行市場規模と市場規模株式分析 成長傾向と成長傾向予測(2024~2029年)による。
※2 IMF(国際通貨基金)「World Economic Outlook Database, April 2023」に基づき観光庁作成。
※3 UNWTO(国連堺観光機関)資料に基づき観光庁作成。
若手&女性シェフの参画と健全な“がむしゃら力”に期待


「世界ベスト50」らしさを感じさせるのが、「チャンピオン・オブ・チェンジ賞」。左はリオデジャネイロで社会的弱者の立場に苦しむ若者に料理で機会を創設する「Diamantes Na Cozinha」を主宰するJoão Diamante氏。右はイタリア・モデナで移民女性のための料理研修プログラムを実践する「Roots」を営むJessica Rosval氏(左)とCaroline Caporossi氏。
では今後、どうすれば「世界ベスト50」で日本のレストランはもっとプレゼンスを上げられるのだろうか。これにはいくつかの手立てがあると思う。
まずは、今回の「世界ベスト50」でも散々謳われている「多様性」を日本の飲食業界が本当に自分ごととして受け入れられるかどうか。他国に比べるとシェフ・レストラン経営者に圧倒的に女性や若手が少ないのが日本の現状だ。断っておくが、その機会を潰しているのが男性やベテランという意味ではない。自ら立ち上がって勝負に出る女性や若手が少ないのは当事者側にも意識変革が必要だろうし、10代から料理の世界でがむしゃらに奮闘する他国のスターシェフに並ぼうと思うなら、やはりそれなりの覚悟と努力と工夫が要る。発想力や表現力だけではどうしようもないもの、それが料理だからだ。
また、SNSやネットのおかげでトレンドやクリエイションは今や世界同時多発的となった。その反面、いくらでもコピーできる。無意識のうちに誰かをトレースしてしまっている、そんな危うさと隣り合わせで客に料理を提供していることにさらに敏感になるべきだ。新作料理が完成したら写真を撮ってgoogleの画像検索にかけるくらいのことをしなければならないのではと思ったりもする。そのくらい、世界はオリジナリティーの真偽に厳しい。
怖がらずにコミュニケーションに努めよう


昨年10位だったパリの「Table by Bruno Verjus」のブルーのシェフ(左)。今回は3位で、昨今は実力派シェフとのコラボイベントも目立っていた。


北米勢の首位を獲得したのは6位のニューヨーク「Atomix」。JPシェフ(左)と妻のエリア氏(右)による韓国人カップルは、今やニューヨークのみならず世界中で活動している。
また、「自分の店、自分の料理はどこを目指すべきか」について定期的に見直すのも良いと思う。「世界ベスト50」は特徴のあるアワードだ。絶対的なクオリティーとサービスを審議する「ミシュランガイド」や「ゴ・エ・ミヨ」、日本限定で人気を競う「食べログ」など、コンペティションによって評価基準は様々。「ベスト50」にランクインしたシェフが、その後“卒業”し、新たな道を目指す例も多い。結局、誰に喜んでもらいたいのか、どんな客に評価してもらいたいのかを考えてアプローチする方が店側としても健全でいられるのではないだろうか。
常に美食を極めたいと願うのは作り手、食べ手共に日本人の美徳でもあるが、レストランアワードは手段であり、時にゲームにもなり得る。スタートして22年が経った「ベスト50」だが、この存在によって世界のレストランの多様化が進んだことは確か。アワードをレポートするようになってから、飲食業界の思わぬ側面が見えるようになってきた。日本の良い部分が伝わり辛い一抹の歯痒さを感じつつも、今後の伸びしろを考えると楽しみでならない。2025年の初夏は、どこの街で「ベスト50」を眺めることになるだろうか。
2024 世界のベストレストラン51~100位


56位に「NARISAWA(東京)」、66位に「La Cime(大阪)」、93位に「茶禅華(東京)」が入った。
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