ラグビー界において、世界的にも名を知られるアントワーヌ・デュポンさん。フランス代表のキャプテンとしてスクラムハーフで活躍する、大スターである。現在開催中の大阪・関西万博では、LVMHグループがメインサポーターを務めるフランスパビリオンの公式アンバサダーとして来日したことは記憶に新しい。
LVMHグループは2015年にLVMH メティエ ダール(Métiers d’Art)を設立し、ラグジュアリー産業に不可欠なクラフツマンシップ(匠の技)とイノベーションの両立と促進を目指している。2022年には、世界で唯一の支社が日本で設立された。
日本の文化や伝統工芸を愛することで知られるアントワーヌさんは、今回の来日を機に「海の京都」とも呼ばれる京丹後を訪れ、匠の技を体験する旅へ出かけた。
LVMH メティエ ダールとは
2015 年の創設された、LVMH メティエ ダール。 フランスやヨーロッパのみならず、グローバルなコミュニティとして活動を広げている。 持続可能性に常に重点を置きながらイノベーションを促進し、
日本においてLVMH メティエ ダールが目指すのは、日本の伝統産業とのパートナーシップやグローバルな職人ネットワークの構築などである。パートナーシップを締結している企業は、岡山のデニム生地メーカー「クロキ株式会社」と京都の西陣織の老舗「HOSOO」の2社。パートナーシップを締結している企業以外にも、日本の卓越した職人技を紹介する展覧会をパリで開催するなど、世界に向けて発信している。
匠の技が息づく伝統文化体験
今回はアントワーヌさんの希望で、LVMH メティエ ダールとつながりの深い、日本の工芸美のひとつである刀鍛冶の工房「日本玄承社」と、丹後の美しい織物業「民谷螺鈿」、おいしい米と水にこだわった歴史のある酒蔵「竹野酒造」を訪問することになった。
大阪から車で北上すること約2時間20分。まずは日本三景の一つである宮津湾に佇む天橋立を目指し、その奥にある眞名井神社に立ち寄った。元伊勢籠神社の奥宮で、辺りは清らかな気が漂うパワースポットとして信仰の篤い場所。アントワーヌさんは、説明を受けながら神妙な面持ち。御神水の「天の眞名井の水」で浸す「水みくじ」にも挑戦し、神秘的な体験を全身で享受しているように見受けられた。
眞名井神社は自由参拝できる。元伊勢籠神社と共に参拝したい。
日本刀の奥深い魅力に惹き込まれる
眞名井神社からさらに北西に進むこと約30分。途中、この辺り特有のブナ林(ブナは京丹後市の木)の山々や田園風景が眼前に広がり、豊かな自然や里山が望める。やがて、熟練の技と今を映す新しい価値観で日本刀の製作と販売をする「日本玄承社」に到着した。
アントワーヌさんが以前から興味を抱いていた日本刀の世界。全体の説明を受けた後、鍛冶場に入り実際に玉鋼(たまはがね)と呼ばれる火で熱した鋼を叩く作業を体験する。「すごく重たい」と呟き、日本語で「ありがとうございます」と一礼した。作刀風景は静謐な中、ぴんと張り詰めた緊張感が漂う。
鍛錬は玉鋼を何度も叩いて折り返し、刀に最適な材料にする工程を要する。アントワーヌさんもトライ。
鋭く洗練されたフォルムと研ぎ澄まされた輝き、唯一無二の優美な刃紋。現代において日本刀が作られるのは、武器としてではなく、美術品、文化財、精神文化の象徴としての価値を継承・発展させるためという刀鍛冶の説明を受けながら、アントワーヌさんはまるで試合をするときのような鋭い眼差しで刀に対峙する。
刀鍛冶になるには、刀鍛冶の元で5年以上の修行が必要で、文化庁主催の「美術刀剣刀匠技術保存研修会」を受講し、試験に合格する必要があるという。
「フランスのテレビで日本刀のルポルタージュを観たことがあり、ある程度の知識はありましたが、刀の原型の玉鋼自体も美しいし、複雑な刀作りの工程も興味深い。1本作るのに1年もかかり、さらに4人もの職人がかかわると聞いて驚きました。アスリートと刀鍛冶のクラフトマンシップという点では共通する要素もある。仕上げていくクオリティやパッション、つねに最高のものを求めることは大事であり、継承していくことの大切さもあり、ブラボー!という気持ちでいっぱいです」。
アントワーヌさんは彼らの説明を熱心に聞き、体験できたことへの感謝の言葉を述べた。
丹後の美しい自然を織る「民谷螺鈿」
日本玄承社の次は、民谷螺鈿へ。工房創始者の民谷勝一郎が、「
「貝殻からこれほど美しいテキスタイルが生まれるとは思ってもいませんでした。繊細で洗練された色使いには特に心を奪われますね。何十年、時には何百年ものあいだ受け継がれてきた技術が、今もなお生き続けているという点にも深い感動を覚えます」と語る。
銀の和紙に柄の形に切り出した貝殻を貼り付けているところ。着物の帯のための貝殻糸づくりの工程。
螺鈿の螺は貝殻を、鈿は細工のことを表すという螺鈿織
丹後地方は1300年以上にわたって絹織物の伝統産地として歩んできた歴史があり、日本の伝統文化である着物を育んできた。長い歴史と豊かな風土が、この貝殻と織物を自然に出会わせてきたのかもしれない。酸化させた銀箔地に貝殻で菊を繊細に描いたものや、貝殻、本金、プラチナを贅沢に用いた更紗柄、海の波間に透けて見える岩礁を見事に表現したものなど、どれも息をのむような美しさだ。
貝殻糸を機にかけ、織る工程。
アントワーヌさんが目を見張るのは、最新作「Aurora Wall」。
伝統継承と革新の新しい酒造りへの挑戦
母体となる酒蔵は1847年創業。1948年に地元酒蔵4社が集まり竹野酒造を設立した。戦後に行われた農地改革で整備された田園に隣接し、金剛童子山の伏流水を使用し、多種多様な地元の酒米で日本酒を造っている。現在は6代目蔵元の長男である行待佳樹さんが杜氏を務め、次男の達朗さん、三男の皓平さんの3兄弟で蔵を支えている。
行待佳樹さんは東京農業大学醸造学科を卒業後、石川県加賀市の鹿野酒造において、杜氏の農口尚彦氏のもとで修業を積んだ。農口尚彦杜氏と言えば、日本酒業界屈指のレジェンドとして知られ、“酒造りの神様”と称される存在である。そこで、きめ細やかな発酵管理や伝統と革新の技術などを徹底的に学んだ。
その後、家業である竹野酒造に戻り蔵人として経験を積み、2009年に杜氏に就任。農口尚彦杜氏から学んだ伝統的な杜氏の技術と精神を基盤としながら、竹野酒造の地域性や酒米の特性を生かした酒造りに邁進している。
麹室で床もみの様子。左から達朗さん、皓平さん、佳樹さん。
皓平さんが、仕込みの醪に櫂を入れる様子。
杜氏就任の年に手がけた「丹亀の尾蔵舞(かめのおくらぶ)」が全国酒類コンクール純米酒部門で1位を獲得するなど、数々のコンクールで高い評価を得ている。また、世界に通用する新しい酒への挑戦にも積極的に取り組んでいる。
行待佳樹さんは、畑の見えるモダンなテイスティングルームにアントワーヌさんを招き入れ、大きなオリジナルワイングラスに日本酒を注ぎ、「まだ誰も飲んだことのない酒を目指しているんですよ」と職人らしい誇りを秘めた飾らない笑みを浮かべて、グラスを差し出した。
その口当たりは佳樹さんの言う「ふくらみがあり、かつ雑味がない味」と形容されるように、きれいな口当たりとふくよかな旨みのバランスが絶妙で、アントワーヌさんも思わず目を細める美酒だ。
山田錦や地元のお米、オリジナルの新品種、丹亀の尾をはじめとする数種類の酒米を使い、米や水の個性を最大限に生かした酒造りに打ち込む竹野酒造。次男の達朗さんがペイントした遊び心のある蔵を案内してくれた。現在は搾りが終わったところということで、2次発酵中のボトルなどが置かれた場所で雑談を交わし、「今日はありがとうございます」とすっかり打ち解けた様子のアントワーヌさんの姿が印象的だった。
「伝統的な技術の中に、これほど革新的な試みがあることに驚きました。日本酒づくりで、あえて枠を超えようと挑戦する姿勢はとても印象深いですね。味わいも本当に素晴らしく、日本料理だけでなく、様々な料理との調和の可能性を感じます。フランスにも、テロワール(風土)に根ざした美食文化がありますが、こうした日本の姿勢には深く共感するものがあります。伝統的な生態系を守りながらも、さらに発展させていこうとする取り組みには、私の家族や兄弟が関わっている「ビゴール豚」の活動(絶滅しかけたものを復興させる運動)とも、まさに通じるものがありますね」と充実した表情で語った。
旅の終わりに
フランスも日本も、共に伝統文化を重んじる国であることを実感したアントワーヌさんは、今回の旅を振り返る。
「日本には、手仕事の卓越性を受け継ぐ、古くからの職人文化があります。今回、様々な分野を訪れて、比類なき精密さと独自のサヴォアフェール(匠の技)が息づいているのを感じました。自分の専門分野とはまったく異なる世界の職人たちとの出会いは、本当に刺激的な体験でした」
文・粟野真理子 Mariko Awano
ジャーナリスト。パリに20年以上在住し、日本の女性誌など多数の雑誌や旅行書で取材・執筆活動を行っている。現在は東京を拠点に活動。著書に『パリから一泊!フランスの美しい村』(集英社)など。
Premium Japan Members へのご招待
最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。





