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2018.2.13

日本のプレミアムに取り組む企業 
株式会社虎屋 代表取締役社長 黒川光博氏インタビュー

その発祥は室町時代後期にさかのぼり、創業約500年という老舗和菓子屋「虎屋」。その暖簾を今に引き継ぐのが17代目社長 黒川光博さんです。

 

歴史を支えるのは誠実な仕事と責任感

「京都で創業し、残っている記録では、後陽成天皇の御在位中(1586~1611年)から御用を勤めたことがわかっています。実は創業年ははっきりわかっておりません。ただ御所御用は少なくとも2~3代の実績があり、社会的信用を得ていないと認められないことから、1520年頃には創業していたのではないかと思われます。その後明治2年の東京遷都にともない、京都の店はそのままに東京へと進出しました」
300年以上前に描かれたお菓子の見本帖が残り、現在も季節ごとに店頭に並ぶ美しいお菓子の中には、数百年前に考案されたものも数多い。

大正14年正月 店頭風景 大正14年正月 店頭風景

大正14年正月 店頭風景

そんな想像をはるかに超えた歴史の中で、ブランドを一途に守り、今なお和菓子のトップブランドでいる秘訣はどんなところにあるのでしょうか。
「トップブランドであるかどうかは、正直我々にはわかりません。しかし、唯一言えるのは創業以来御所御用の和菓子屋としての仕事を、ただただ誠実に続けてきたこと。そして働いている社員たちがその誇りを背負い、美味しいお菓子をお客さまに召し上がっていただくということへの責任を持って働いていること。その積み重ねが今に至ると考えています」
その誇りや責任の糧になるのは、お客さまからいただく様々なお言葉。自らも頻繁に国内外の店舗に出向き、またお客さまからのお手紙にも必ず目を通しているそうです。
「先ほど読ませていただいていたのは、おかあさまが亡くなる間際まで、虎屋の羊羹だけは喜んで召し上がっていたというお手紙でした。こういうお客様のお言葉は、できるだけみんなに伝えています。自分の仕事がどう世の中と実際につながっているのかを知ることで、自分の携わっている仕事は間違っていない、と仕事の意義や尊さを感じることができるはず。それが仕事に対する責任と誇りにつながっていくと信じています」

一代に一人のルールと海外への先見性

パリ店外観画像(出店当時) パリ店外観画像(出店当時)

パリ店外観画像(出店当時)

虎屋の経営でユニークなのが、創業家である黒川家の人間は一代に一人のみという不文律があるということ。代々受け継がれているそうです。
「現在も黒川家は私と息子だけです。社内に兄弟親戚がいれば頼れたりすることもあるかもしれませんが、企業存続ということを考えると、一代一人というのは、ひとつの知恵かもしれません」 家族経営も多い老舗の中で、無用な軋轢や甘えを排した経営が虎屋の発展の一助となっているのかもしれません。

 

さらに虎屋は早くから海外へ進出。1980年にパリ店を開店し、すでに40年近く和菓子のみならず日本の文化を発信し続けています。
「オープン当初は、羊羹を黒い石鹸と間違えられたりと、食文化の違いから種々の問題がありましたが、現在は現地の方を含め海外のお客さまがほとんどです。今年で38年。和菓子、そしてTORAYAが浸透してきたと感じています」

海外では豆を甘く煮るという文化があまりないため、当初は和菓子の命である「あん」も、不思議がられたそうです。
「我々がライスプディングに対して、お米を甘くするのか?という感覚があるのと同じように、食文化の違いもあると思います。でもやはり大切なのは、菓子自体がとにかく美味しくなくてはダメだということ。馴染みがなくても、召し上がっていただくと、美味しいと思っていただける。そういう菓子なら、きっといつかわかっていただけると思っていました」
今では「どら焼きなら何曜日の何時に行くと焼きたてが食べられる。あの職人が焼いたものが僕の好みなんだ」と足繁く通ってくださる現地のお客さまもいるほど、虎屋の和菓子は確実にパリの地に根付いています。

お客さまのために今すべきことが数多の挑戦に

とらや工房 とらや工房

とらや工房

1991年に17代社長に就任以来、和と洋の素材の相性を大切にした、自由で新しい菓子を提供する『TORAYA CAFÉ』(2003年)や、御殿場の緑深い敷地の中でどら焼きや大福など素朴な菓子を気負いなく楽しめる『とらや工房』(2007年)のオープン、さらにお客さまの想いを職人が一から形にする『和菓子オートクチュール』(2003年)の開始や、噛む力・飲み込む力が弱くなった高齢者の方にも食べやすい硬さの羊羹『ゆるるか』(2017年)の開発など、黒川さんはこれまでの虎屋のイメージを超えたチャレンジを続けています。しかしこれらのチャレンジは「新しいことをやってみたいからと挑戦してきたのではない」と黒川さんは言います。

やわらか羊羹『ゆるるか』 やわらか羊羹『ゆるるか』

やわらか羊羹『ゆるるか』

「今何をすべきなのか、お客さまが今何を求めてらっしゃるかということを考え、やるべきことをやってきました。また我々が古いと思うことも若い人にとっては新鮮に映るように、新しいことばかりがいいとは限りません。今の時代に必要なことをとことん考えた結果が、和洋の垣根を超えた『TORAYA CAFÉ』だったり、新たな菓子だったりするんです」

 

例えば、あんペーストの開発もそのひとつ。「完成品ではない、素材である「あん」自体を売るのは、菓子屋の本筋ではないと父は言っていました。ですから、あんペーストをつくろうと思った時、かなり悩みました。今までの考え方で行くのか、「あん」の新しい食べ方を提案するのか。今の時代を捉えて方向性を決めるのが自分の役目と、販売を決断しました」

トラヤカフェ 『あんペースト』 トラヤカフェ 『あんペースト』

トラヤカフェ 『あんペースト』

また『和菓子オートクチュール』を始めたのは、和菓子屋の原点を忘れてはいけないと感じたからだそう。
「もともと菓子屋は小さな商売で、お客さまから『上に赤い模様をつけたこういうまんじゅうを20個欲しい』とご注文いただけば、店主が作ったものをお客さまに見ていただき、『もっと色を濃くして』とか、そんなやり取りをして購入していただくのが原点だと思います。ですから、本来お客さまのご要望に応えておつくりするというのは、珍しいことでも新しいことでもありません。それが効率や手間などいろいろな制約の中で、これまでなかなかお受けできないでいた。でもこれこそ菓子屋としてやらなくてはいけないことではないかと思ったんです。いただいたご要望に対し、職人が試行錯誤を繰り返し形にする。難しいものもありますが、担当した職人本人もやりがいを感じているようです。」

トラヤカフェ・あんスタンド 北青山店 トラヤカフェ・あんスタンド 北青山店

トラヤカフェ・あんスタンド 北青山店

更なる飛躍が虎屋の歴史と未来をつなぐ

今後はさらに海外への進出も検討中。和菓子も老舗もグローバルな視点を持つことが重要だと、黒川さんは考えています。
「数十年前、パリの老舗ラグジュアリーブランドの工房で様々な国の職人が仕事に従事しているのを目の当たりにした際、これが当たり前なんだと気がついたんです。海外に店舗や販路を拡大しようと思うなら、日本から人材も素材も供給するのは限界がある。地元の職人を育てたり、原材料もその国のものを使うことになるでしょう。企業規模拡大のためというのではなく、外に向かって何かやろうとするなら、そういうオープンな考えが必要になるはず。老舗だからとか、和菓子だから日本人が作らなくてはいけないというのはもうナンセンスです。一朝一夕にはいきませんが、これからはよりグローバルな視点に立って考えていかなければと思っています」

 

数百年続く伝統的なお菓子を誠実にひたむきにつくる一方で、今を見つめお客さまが求める新たな道を切り開く。歴史と未来を併せ持つ虎屋17代目の次なる挑戦が、私たちにまたどんな驚きを与えてくれるのか期待したいと思います。

 

 

※この記事に記載されている内容、情報は公開当時のものとなります。

〈プロフィール〉

黒川光博

1943年東京都生まれ。学習院大学法学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入社。1969年虎屋に入社し、1991年より代表取締役社長に。全国和菓子協会名誉会長、一般社団法人日本専門店協会顧問等を務める。著書に『虎屋 和菓子と歩んだ五百年』(新潮新書)、『老舗の流儀―虎屋とエルメスー』(共著/新潮社)がある。
https://www.toraya-group.co.jp/


インタビュー 編集長 島村美緒 文 牛丸由紀子

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