クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 出井伸之氏クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 出井伸之氏

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2018.9.14

日本のプレミアムに取り組む企業 
クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 出井伸之氏インタビュー

1995年にソニー社長に就任し、10年にわたりソニーのデジタル時代を牽引したのが、出生伸之さん。会長職を最後に2006年にソニーを離れ、ベンチャー支援を行うクオンタムリープを立ち上げ、国内外の著名企業をサポートしています。ソニー時代に託されたプロジェクトから現在のクオンタムリープが目指す役割まで、出井さんにお話をお聞きしました。

ソニーはかつてベンチャー企業だった

「ベンチャーの大変さを学んだのがソニーという場所でした」

出井さんがソニーを離れた時、売上高は約8兆円。でも入社した1960年代の売上はなんと1/1000の80憶円程度だったそうです。「まさにソニーはベンチャー企業だったんです。外国部に配属され、後日任されたのがソニー・フランスの設立でした。まったく何もないゼロからのスタートでしたし、フランスの官僚主義に阻まれ本当に苦労しました」

日本とはまったく異なる慣習を持つ見知らぬ土地で、新会社の立ち上げを経験。最終的な契約書の段階になっても難癖をつけられるなど、さまざまな試練を乗り越え、ソニーがヨーロッパに広がるきっかけとなった主要拠点のひとつ、ソニー・フランスが1968年無事設立されました。「現地の人や現地社会が、何を守り何を大事にしているのかがわかれば、新たな事業の立ち上げもおもしろくなるんです」

 

それは50年経った今でも同じことだと出井さんは言います。

 

「日本の仕組みが世界でも通じると思って海外に出ていくと、必ず荒波にひっくり返されます。日本社会は言うなれば“規則の厳しいディズニーランド”のようなもの。狭いコミュニティの仲良し同志、守られた場所にいるということを認識しなくてはいけません」

常に変革を見極める

その後1995年に社長に就任した出井さんは、ソニーに大きな変革を起こします。「当時は軍事技術として開発されたインターネットが、商用化され始めた時期でした。かつてないパラダイムシフトの中、ソニーも大きく変わるべきと掲げたのがキーワード“デジタル·ドリーム·キッズ”でした」それはデジタル技術にキラキラと目を輝かせる人たちをお客さんにしようという、ソニーが新たな世代へと変わる宣言となり、すでに根付いていたオーディオ・ヴィジュアルという基幹ビジネスから、コンピュータやITというデジタル技術のビジネスへの新たな扉を開いたのでした。

 

変革のタイミングを見極めること、それは自身が立ち上げたクオンタムリープの大事な要素でもあります。

 

「当時僕は、インターネットは“隕石”だと言っていました。それは恐竜を絶滅させ、哺乳類という新たな生物を生み出すほどの力を持つという意味です。そして今はそのころと似ていると思うんです。仮想通貨を生み出したブロックチェーンや、個人がメディアになるSNSなど、まさにまた新たなパラダイムシフトの時代ではないかと感じています」

 

ベンチャー企業のナビゲーター

2006年に設立したクオンタムリープは、ベンチャーやスタートアップを成功に導くナビゲーターとして、自身の経験や知識、これまでに培った人脈などを屈指し様々な側面からベンチャーや、大企業にアドバイスを行っています。また、次世代のグローバル企業や次世代リーダーを生み出す場として「Club 100(クラブ・ハンドレッド)」という会員組織を運営し、各界の注目パーソンを招いた勉強会や国内外の注目拠点へのビジネストリップも実施しています。

 

近年は北京のディスプレイメーカー『BOE』の変革プロジェクトのコンサルティングや、PCメーカー『レノボ』の社外取締役の就任など、中国からの依頼が増加しているそうです。「中国企業は事業拡大のために、日本の戦後成長の仕方を良く調べ分析しています」その他にもアジアNo.1のビジネススクールと称される中欧国際工商学院CEIBS(China Europe International Business School)では、Executive MBAとMBAの学生に1対1でコーチングするなど、教育という側面でも経済人としての知識を次世代へ伝授しています。

日本のベンチャーを取り巻く環境

「実はベンチャーに対する投資金額が、今年アメリカを中国が抜いたんです。対して日本はその約1/17~1/18程度。インターネットの時代を経て、アメリカならグーグル、アップル、フェイスブックにアマゾン。中国ならバイドゥ、アリババ、テンセントといった新たなビジネスモデルが続々と生まれてきました。でも日本ではそういうプラットフォーマーが一つも出ていないのは本当に残念です」

 

その原因のひとつがベンチャーに継続的にお金を出してくれる仕組みがないこと。「銀行も、例えばCEOが保有する土地などの担保がない限り、なかなかベンチャーに融資してくれないのが実情です。となると、失敗しないような安全なことしかできなくなってしまいます。ベンチャーキャピタルもありますが、一度融資すると様々な制約が設けられたり、あるいは早く上場するように迫られてしまいます」

 

ベンチャーを育てる立場からすると、上場が本当にそのベンチャーにとって良いことなのか?出井さんは常に疑問を感じています。

 

「例えば証券会社などが早く上場させようとするのは、自分たちの利益を上げるためであって、その企業の未来を考えて、ベンチャー時代の成功を本当に考えているわけではないのではないか?失礼ながらそう思うことも多いんです」

 

ベンチャーの未来に本気で向き合う

お話の中で出井さんが何度も口にしたのが「真逆をやりたかった」という言葉です。

 

ソニーという大企業から自身が立ち上げた小規模の会社へ、そして不特定多数を相手にするのではなく自分が認めた相手と一対一でベンチャー企業の未来を考える、今までとは違うそのスタイルが、出井さんの目指すクオンタムリープのあるべき姿なのです。

 

「だからファンドではないんです。ファンドだと、その投資でどれだけ儲かるかという利益を追求することになってしまいます。お金でサポートするのではなく、ベンチャーを立ち上げたその人の一生を考えた上で、どうすべきかを本気でアドバイスをしています」単なるコンサルティングではなく、未来を導くメンターとして真剣にアドバイスをする、それが自らの役割だと考えているのです。

 

先日もブロードバンド事業を行うフリービット会長の石田宏樹さんに、軽井沢の別荘で膝をつきあわせ何度もコーチングを実施。そこで詰めに詰めた次期ビジョンを株主総会で発表し、株主からも好評を得たと石田さんから報告があったそうです。

 

「真剣に向きあったその結果が聞ける。それが僕にとって一番の喜びなんです」

ビジネスとは真逆の楽しみも

プライベートも、ある意味「真逆」の世界を楽しんでいます。

 

「実は森が大好きなんです。仕事と関係なく、美しい森林づくり全国推進会議の代表として植樹祭や育樹祭などにも出席しています。毎週末過ごす軽井沢の別荘もそうですが、全国にある美しい森を実際に見ると、日本人として喜びを感じるんですよね」

 

その他にも、フランス語が堪能でありながら、文化的な側面を深く知りたいとシャンソンの歌詞を使ってフランス語を再度勉強しています。「“さくらんぼの季節”という歌詞に“戦争で流された血の跡”という意味があったり、明るい歌詞の裏に悲しい比喩が込められているシャンソンは勉強になります。ここ3年は書道も嗜んでいます。書道も楽しいですね。毎回先生に、こんな筆じゃダメ!なんて初心者扱いされていますけど(笑)」

冒険と失敗を恐れない環境を

クオンタムリープを立ち上げてすでに10年以上が経った今、次に必ず実現したいこと、それが「クオンタムリープ・アドベンチャー・ビレッジ」というプラットフォームです。

 

「ヒラリー・クリントンの著書でも紹介されているんですが、アフリカの諺に“It takes a village to raise a child.(ひとりの子供を育てるには、村中みんなの力が必要だ)”という言葉があるんです。実は結婚式のスピーチに悩んでいた僕にアメリカ人が教えてくれた言葉だったんですが、これこそ日本のベンチャーに当てはまることではないかと思ったんです。これは自分たちの経験や人脈、あるいは資金を提供できる人に村民になってもらい、ベンチャーが生まれたら、みんなでサポートして村全体で育てていこう、あるいは、大企業が変革を起こしていかなくてはならない時期に村全体でサポートしよう、という考えに基づくプラットフォーム。「ベンチャーVenture」という言葉の語源も、もとは「アドベンチャーAdventure」から。その語源が示すように、失敗を恐れず、企業がもっと大胆に冒険していける環境を作っていきたいと考えています」

 

フランスには総面積1万坪にもなる昔の駅を再利用した「ステーションF」という世界最大級のスタートアップキャンパスが、今年オープン。マイクロソフトやフェイスブックなどの大企業も入居し、3,000ものデスクが利用できる巨大なシェアオフィスを出井さんも実際に訪れ、刺激を受けてきました。

 

日本でもこの6月、世界で戦えるスタートアップ企業を育成支援する経済産業省のプログラム「J-Startup」も始動。日本のスタートアップエコシステムの強化を目指す、このプログラムとの連携も考えているそうです。

 

出井さんが自身の会社に名づけたのは、量子物理学の用語「クオンタムリープ」。それは “量子的飛躍”という意味で、量子に何らかの状況が重ね合わさった時、別の状態へと一気に飛躍することを指すそうです。

 

ベンチャーというまだ小さな、そして見えない可能性をはらんだ大企業という物体に、さまざまな知識や経験、的確なアドバイスが重層的に重なった時、その可能性が一気に弾け別のステージへと飛躍していく。その名前にこそ、出井さんが次世代に託す熱い想いがこめられているのです。

 

 

※この記事に記載されている内容、情報は公開当時のものとなります。

出井 伸之(いでい のぶゆき)

1937年東京都生まれ。早稲田大学政治経済部卒業後、1960年ソニー株式会社に入社。主に欧州での海外事業に従事する。オーディオ事業部長、ホームビデオ事業部長などを経て1995年に社長就任。退任後、2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。

取材/島村美緒(プレミアムジャパン)、文/牛丸由紀子、写真/古谷利幸

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