顧客も所属作家もいなかった創業直後、ロンドンの国際アートフェア「COLLECT 2008」にわずか8平方メートルのブースで初出展し、作品を完売。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が3作品を購入した。2013年からは世界屈指のアートフェア、TEFAF Maastrichtへの出展を重ね、現在ではArt Basel HKやFrieze Seoulなどのアートフェアに加え、メトロポリタン美術館(The Met)やV&A、龍美術館をはじめ、世界の一流美術館やトップコレクターへ日本の作家を紹介している。青山にあるギャラリー「A Lighthouse called Kanata」は、日本のアートシーンでは、まだそれほど話題にのぼることがないが、海外で確かな実績のあるアートギャラリーだ。
その活動を貫くのは、日本に眠る優れた作家と作品の魅力を、自らの審美眼で選び、質の高い英語の文章と展示によって世界へ正確に伝える仕事だ。彫刻家の安田侃などアーティストから寄せられる信頼も厚い。Premium Japan Awardは、日本の美を世界の評価へつないできた同ギャラリーと、それを率いる青山和平の功績に光を当てたいと考え、第1回アワードを贈ることとした。
2025年に移転したばかりの表参道のギャラリーで、青山和平に話を聞いた。
世界の美術館が訪ねてくる「灯台」
表参道近くの静かな通りに佇むA Lighthouse called Kanata。日本の優れた作品を見出しその魅力を世界のトップ美術館やコレクターに伝えることで、日本のアートシーンの未来を明るく照らそうとしている。画像提供:A Lighthouse called Kanata
異色の経歴を持つギャラリスト「A Lighthouse called Kanata」代表の青山和平。米英で教育を受け、確かな審美眼と堪能な英語力を用い、まだ光を浴びていない日本のアート作品を世界に紹介し続けてきたことで、今では海外の有名美術館やトップブランドから厚い信望を得ている。
東京・表参道。まい泉通りから少し入った場所に、地上3階と屋上テラスからなるA Lighthouse called Kanataの新しい拠点が立つ。3フロア構成で床面積は約720平方メートルと広い。
「言葉、宗教、国境、人種を超えて、一見して人の心を打つものこそ、本当に優れたものだと思います。その感覚を生み出す演出として、このギャラリーをつくりました」と青山は言う。
建物に入ってもすぐにギャラリーは現れない。入り口の先には茶室のにじり口を思わせる長い通路があり、突き当たりを曲がった扉の先にやっとギャラリーが姿を現す。一般的なホワイトキューブ(白壁)のギャラリーではなく、壁は重厚な石灰岩。その荘厳さに圧倒される。使われているのはイタリア産のトラバーチン。光が細かな凹凸に触れ、作品の輪郭と影を静かに浮かび上がらせる。
実は青山には、空間について忘れられない原体験があるという。若い頃、夜の大聖堂に足を踏み入れると、静寂に包まれた空間で、一つの作品だけが月明かりに照らされていたという。
「宗教心の有無にかかわらず、誰もがその美しさに感動したと思います」このギャラリーでも、そんな荘厳さを感じて欲しかったという。
2階には招待制のセカンドギャラリーに加え、VIP用のプライベートビューイングルームやバーが用意されている。客がソファに腰かけ、セラーから運ばれてきたワインを楽しんでいると、目の前の引き扉が開いて、おすすめの作品1点だけが現れる。作品との対峙が終わると、一度、扉が閉まり、次の作品の登場とともに再び扉が開く。作品と人が一対一で出会うための、小さな儀式--上質を知る世界のトップバイヤーやトップコレクターを微笑ませる、こうした仕掛けが、青山が本当に世界のトップ層を相手に仕事をしていることを伺わせる。
ギャラリーでは見る人の目線を想像し、展示台の高さはもちろん、作品同士の間合い、光の光量や色温度まで調整する。青山にとって作品の展示とは、完成した作品を並べる最終工程ではなく、作品が持つ力を最大限引き出す創造行為だという。
今ではこのギャラリーを目指して、海外の美術館がツアーを組む。シンシナティ美術館やヒューストン美術館のトラスティーが来廊し、メトロポリタン美術館は金沢の老舗料亭から料理人を迎えて晩餐会を開く。そして世界のトップファッションブランドのプライベートイベントも行われているという。
VIPルームのバーカウンター。正面には彫刻家・安田侃の《天秘》を配し、カウンターにはアイルランドの作家ジョセフ・ウォルシュによる流麗な木製椅子が並ぶ。作品と家具、もてなしが一体となったKanataの美意識を感じさせる。
2階には開催中の個展とは別に同ギャラリーが扱う主力作家の作品が並べられた予約制のセカンドギャラリーが用意されている。
顧客も作家もゼロ。8平方メートルからV&Aへ
青山は1979年、東京生まれ。1歳から9歳までを海外で過ごしたが、高校時代、横浜美術館で見たターナー展に衝撃を受けた。ニューヨークでの大学時代にはジャクソン・ポロックの《Autumn Rhythm: Number 30, 1950》に圧倒された。人生の節目ごとに、進む方向を変えるようなアート作品と出会ってきたという。
だが、大学で選んだのは美術ではなく法律だった。ニューヨーク大学を卒業後、オックスフォード大学大学院へ進学。法律を学んだのは、弁護士を目指したからではなく「法律的な頭の使い方」に興味があったから。実は小説家や政治家になることも考えていたという。
転機は、長く疎遠だった父からの連絡だった。父は南青山で陶磁器や器を扱う小さな店、酉福(ゆうふく)ギャラリーを営んでいた。大学院修了後の一年間、静岡県三島市にあった姉妹会社で陶磁器の仕事を学びながら、小説を書いてみないかと誘われた。
「いざ行ってみたら、全く文章が書けなかった。もう全然、筆が進まないんです。ただ、不思議と焼き物、陶磁器の世界には入り込んでしまって、素晴らしい世界だと思いました」
父の商売の方法と、自分の考えには隔たりがあった。修業後はいったん外資系企業へ就職し、世界各地を飛び回る。そこで妻と出会い、結婚を機に独立した。会社員として指示通りに動くより、自分の信じる価値を形にする道を選んだ。
実は海外生活と欧米の美術館巡りを通して、青山は大きな疑問を抱き始めていたという。
「これほど豊かな日本の美術文化が、なぜ世界でほとんど知られていないのか。2000年前後には、杉本博司や草間彌生でさえ、現在ほど大きく紹介されていませんでした。」
青山には確信があった。
「客観的に見ても、日本の美術文化は世界に冠たるものです。全く引けを取っていない、むしろ勝っているんじゃないかと思うものがたくさんある。それなのに、紹介されていなかった。だったら、そこで自分にしかできない仕事は何だろうと考えたんです」
2007年、結婚祝いのご祝儀を元手に東空アートを設立した。登記も自分で行った。人脈も資金もなく、顧客も作家もゼロ。それでも「日本の美術文化を世界へ紹介する」という一点だけは決まっていた。
ほどなく、英国のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)を会場に開かれる国際アートフェア「COLLECT」の案内をインターネットで見つけた。「これだ」と思った。この時点ではまだ自分のギャラリーがなかったため父に「酉福」の看板を借り、出展費用も周囲から借りた。当時は1ポンド約260円。選んだ6人の作家を、8平方メートルのブースへ持ち込んだ。
「まだ所属作家もお客様もいませんでしたが、飛び込みました。もしかすると勝てるかもしれないという自信がありました」
日本でまだ知られていない作品でも、世界の人々なら先入観なく評価してくれるのではないか。そう考えての挑戦だったという。
結果は完売。V&Aが三原研、武山直樹、長江重和の作品を購入し、世界的なコレクターも顧客になった。青山は「本当にラッキーでした」と笑うが、幸運を一度の出来事で終わらせなかったことこそが、このギャラリーの本質だろう。
すべてが順風満帆だったわけではなく、最初の頃はお客様が少なく、雀の涙ほどの売り上げしかない時期もあったが、継続することで、少しずつ力がついてきたと青山は振り返る。
「自分が何をしたいのか、世界に何を残せるのかという理念が何よりも先にありました。利益はその後からついてきました」
父の引退を機に、2011年には東空と酉福を統合。2020年に「A Lighthouse called Kanata」へと改称した。「Kanata=彼方」は、遠く向こう側を指す言葉。「Lighthouse」は英語で「灯台」のことだが、ここには二つの日本語を重ねている。「灯台下暗し」と「一隅を照らす」だ。
「日本人は、目の前にある自分たちの美術文化に気づかない。若冲も浮世絵も、具体美術も、海外で評価されてから日本で評価を得た。だったら世界のトップの人たちに先に知ってもらい、そこから日本へ戻せばいいと思ったんです」
光を遠くへ送り、その光によって、足下にあった日本の美を日本人自身も見つけ直す。少し風変わりで長い名称には、青山の戦略とロマンティシズムがそのまま刻まれている。
VIPによる貸切イベントなどにも頻繁に利用されるA Lighthouse called Kanata。実はルーフトップにも素敵な家具を揃えたテラスが用意されている。
「素材・技術・美」を、世界の言葉にする
Kanataは、絵画や彫刻に加えて陶磁、ガラス、金属、漆、竹や木などの様々な素材でできた作品も取り扱う。いわゆる「工芸」の素材を用いる作家も多い。あえて用途や技法によって工芸と美術を切り分けない。素材と技術によって空間を変える表現を、同時代のアートとして提示している。
青山が作品を選ぶときの基準は明快だ。
「一過性の流行は追いません。100年後、200年後の日本に何を残せるか。最初のフェアから、作品を選ぶ目線は変わっていません」
優れた作品には三つの要素がある、と青山はいう。第一は、作家が素材を深く理解し、愛していること、すなわちマテリアリティ。第二は、その人にしかない卓越した技術、クラフトマンシップ。そして第三は、素材と技術を誰も見たことのない表現へ昇華するビューティー、美への執着だ。
「本当に優れた作品、普遍的な美や名作には、三つの要素があると思っています。何千年前のエジプトでも、ローマ帝国でも、ルネサンスのラファエロでも変わらない法則です」
青山は、その作品が時代や文化の違いを超えて人に届くかどうかを重視するという。「一見して人の心を打てるか。それは本来、とても大切なことです。たとえば2000年前のローマ帝国の人に見せても、その技術や美しさが分かるかです」
一方で、コンセプトだけが先行し、素材や技術、美を軽視する昨今の風潮とは一線を画す。作品に込めた考えは、素材の選び方や技術、目に見える形として表れるべきだと、青山は考えている。手でつくる行為が軽視されがちな時代に、Kanataは素材、技術、美の結びつきを現代美術の中心へ引き戻そうとしている。そして、その美学を「形象派(Keisho-ha/School of Form)」、あるいは「New Materialism」として発信している。
こうした美術的価値の発信で、青山が何よりも大事にしているのが「言葉の力」だという。初回の海外アートフェア出展時から自らカタログを制作し、作品や作家についての説明も自身で書いてきた。
「日本語と英語の説明を、AIに任せることなく、自分の視点で書く。美術館に作品を購入していただくときの解説も、私が書かせてもらっています。誰かに教えられたのではなく、自分がお客様なら、どうすれば納得するかを考えてそうしました。」
その文章は、ただ作品の背景を説明するだけではない。なぜその素材でなければならないのか。伝統技法がどのように更新され、どんな空間を生み出すのか。作家の手から生まれたものを、世界の美術史やコレクションの文脈へ接続することを心がけているという。要するに販売のための説明ではなく、日本の美意識に国際的な居場所を与えるための文章を書いているのだ。
生田丹代子のガラス彫刻は、その成果を示す一例だろう。板ガラスを切断し、接着し、幾層にも重ねることで、光と動きを内包する螺旋状の形をつくる作家だ。2010年にV&Aが作品を購入し、2019年制作の《Ku-131 (Free Essence-131)》はメトロポリタン美術館のコレクションに入った。国内では「工芸」と見られていた表現だが、青山の言葉の力で、海外のギャラリーでは現代の彫刻として受け入れられた。
「うちは作家任せにしません。二人三脚で、その作家の一番いいところを引き出す。いままで見たことのない世界観や作品を一緒につくっていく。口だけ出すのではなく、お金も出す。それを大切にしてきました」
作品を買い取り、制作資金を支え、長所と弱点を率直に伝え、展示まで組み立てる。
そのやり方の手本にしているのは、印象派を支えた画商ポール・デュラン=リュエルだという。まだ評価されていなかったモネやルノワールの作品を買い支え、制作を続けられる環境をつくった人物だという。
作家には年上年下関係なく率直に接する。コレクターに対する態度もそうだという。数年後に価格が何倍になるといった根拠のない約束も口にしない。
「ごまもすらないし、媚びない、そして何より嘘をつかない。。大事なのは嘘をつかないことです。できること、できないことは率直に伝えます。若手作家のよくない作品に『よい』と言うことは、一番よくないと思っています。」
とにかく作品の本質を基準に話しをする。これこそが作家と顧客双方からの信頼につながっているのだろう。
一方、作品以外の依頼には驚くほど柔軟だ。海外の顧客のために、作品を自ら飛行機でハンドキャリーしたこともあれば、ホテルやレストランだけでなく、いけばな、茶、通常非公開の文化財を巡る旅程まで組むという。
「ギャラリストは、単なる小売業ではありません。サービス業だと思っています。だから、どんなお願いをされても、それを無茶ぶりだとは思いません。『これはうちにしかできないことだ』と考えて率先してやっています。」
2階に用意された特別な顧客のためのプライベートビューイングルーム。奥の壁には青山が注目する若手の村松辰之介の《瀧図》(2024)、テーブルの上には加藤貢介の《Legato XIV》(2023)が飾られている。右側の黒い部分は扉が引き戸になっており、コレクターが訪問した際には、この扉の奥に作品をただ1点だけ飾って見せるという。セラーにはハウスシャンパンのアンリ・ジローを含むワインを常時100本以上用意。
光を世界へ送り、日本へ戻す
大阪・関西万博アイルランド館前に展示されていたジョセフ・ウォルシュの作品《Magnus RINN》は、その後、京都の知恩院に展示され大好評を博している。
ジョセフ・ウォルシュ 2025年大阪・関西万博作品「Magnas RINN」ー京都・知恩院へ設置
画像提供: Ito Makoto, Coutesy of Joseph Walsh Studio
2025年大阪・関西万博のアイルランド・パビリオンの目の前には、高さ約6メートルの黄金の円環《Magnus RINN》が設置された。アイルランドを代表する作家ジョセフ・ウォルシュによる初の大規模屋外彫刻である。下半分は人の手の痕跡を残すブロンズ、上部は木からなり、全体が金箔で覆われる。人と自然、時間の循環を象徴する作品だ。
Kanataはウォルシュを長く紹介し、その仕事を通じてアイルランド大使館や同国外務省との関係を築いてきた。万博のアイルランド館では、ウォルシュと青山が培った国際的な信頼が、国を代表する作品へ結実した。万博後、《Magnus RINN》は京都・知恩院へ移設され、アイルランドと日本、現代彫刻と寺院を結ぶ新しい風景をつくっている。
このプロジェクトは、Kanataの仕事が美術品の売買にとどまらないことを示好事例だ。作家、政府機関、大使館、造園家、歴史的な場所を結び、互いの文化が対話できる場をつくる。日本美術を海外へ紹介するだけでなく、海外の優れた作家を日本の文脈へ迎え入れる、双方向の文化活動だ。
海外の優れた作家を日本へ迎え入れる一方で、やはりKanataの活動の原点は、日本でまだ十分に評価されていない美術を世界へ送り出し、そこで得られた評価を日本へ還流させることにある。
その視線は、評価がまだ追いついていない戦後作家から、世に出たばかりの若い世代まで、幅広く注がれている。
戦後作家の一人として青山が名前を挙げたのが、菅井汲だ。「具体以上の可能性があるのに、現時点では日本でも世界でも十分に評価されていません」と話す。
一方、次の世代について尋ねると、青山はVIP用プライベートビューイングルームの壁に掲げられた《瀧図》という作品を描いた村松辰之介を挙げた。
「これは写真じゃないですよ。絵ですからね。この技術の凄さは、2000年前の人にも分かると思うんです。彼が24歳のときに描いた作品です」
幅2メートルを超えるアルミニウムの画面に、油彩で滝を描いた作品。光を受けて表情を変える銀色の画面には、流れ落ちる水が精緻に描き込まれ、写真と見紛うほどの迫力がある。
青山が作品選びの基準とする「素材・技術・美」を凝縮した一枚と言えよう。
このように青山は、知名度や経歴ではなく、作品そのものが持つ力を自身の審美眼で見抜く。そして、その価値を日本語でも英語でも、曇りのない言葉で伝える。言葉だけなら、理念を語ることは難しくない。しかし、目の前にある作品の美しさと、生田丹代子をはじめ、青山が世界へ紹介してきた作家たちのその後の実績が、その審美眼と語りに確かな裏付けを与えている。
「こうした人たちの『一隅を照らす』ことが、Kanataの大切な理念です。忘れられた存在、埋もれている存在に光を当て、日本の美術界の希望の光として世界へ伝えていく」
Premium Japan Awardでは、世界の美術館やコレクターの心も動かす青山の審美眼はもちろん、その実績も評して賞を贈らせてもらうこととした。
「灯台下暗し」から見出し「一隅を照らす」ことで未来を明るく灯す。A Lighthouse called Kanataの少し風変わりなギャラリー名には青山和平のそんな想いが込められている。
青山和平 Wahei Aoyama
1979年、東京都生まれ。2001年ニューヨーク大学卒業、2003年オックスフォード大学大学院修了。外資系企業勤務を経て、2007年に東空を設立。2011年に東空と酉福ギャラリーを統合し、オーナーに就任。2020年、ギャラリーをA Lighthouse called Kanataへ改称した。日本の現代美術と美意識を国際的な文脈で紹介し、世界各地の美術館、コレクター、アートフェアとの関係を築いている。
Photos by Hidehiro Yamada
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