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PREMIUM JAPAN AWARD

PREMIUM JAPAN AWARD 2026

2026.8.2

伝統産業の「有松鳴海絞り」から、グローバルブランド「suzusan」へ

上質なカシミヤを素材としたストールは「suzusan」の人気アイテムのひとつ。2008年、ドイツの学生寮にあった数枚の有松鳴海絞りのテキスタイルが、ブランドの出発点となった。

400年以上前から伝わる伝統工芸「有松鳴海絞り」。時代の流れとともに衰退の道を歩んでいたこの伝統産業に、遠くドイツから一筋の光が差し込んだ。その光源は、有松鳴海絞りの技術を用い、アパレルを中心としてさまざまなアイテムを展開するブランド「suzusan」である。日本の伝統産業をベースにしてグローバルブランドへと成長し、「有松鳴海絞り」の復興にも貢献した「suzusan」の取り組みが高く評価され、この度「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞する運びとなった。有松で生まれ育ちながらも、ドイツのデユッセルドルフを本拠地としてブランドを立ち上げた村瀬弘行さんに、現在にいたる道程と、日本の伝統工芸品に対する思いをうかがった。

 

 

 

 


衰退の一途を辿っていた、伝統産業「有松鳴海絞り」



一枚の布地に浮かび上がるさまざまな柄。それは、滲んでいたり、擦れていたり、ぼやけていたりする。そして不均一。その不均一が揺らぎを生み、懐かしくも心地よい美しさを醸し出す。

国の伝統工芸品に指定されている「有松鳴海絞り」の美しさを言葉にするならば、こんな表現が相応しいだろうか。ただ残念なことに、産業としての有松鳴海絞りは衰退の一途を辿っていた。そこに新たな風を吹き込んだのが、株式会社スズサンが発信するブランド「suzusan 」である。



愛知県名古屋市の有松地域で、400年以上前から行われている絞り染めの総称、それが有松鳴海絞りだ。木綿布を糸で括(くく)る、あるいは縫ったりたたんだりした後に染料に浸すことで、その部分だけが染まることなく、生地色がそのまま柄として残る。職人が手作業で括るため、微妙な力加減の変化で染まり具合は不均一となり、個々の柄には「滲み」や「擦れ」などのグラデーションが生じる。さらに「シボ」と呼ばれる独特の凹凸が布地に現れ、浴衣にした場合は心地よい清涼感が生まれる。また、括り方や縫い方によって柄は千差万別となり、有松鳴海絞りには技法として100種類以上の柄があると言われている。


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「手蜘蛛絞り」、「織り縫い絞り」、「杢目縫い絞り」など、有松鳴海絞りの柄は、100パターン以上存在する。写真は「巻き上げ絞り」と「帽子絞り」と呼ばれる模様。©SUZUSAN

 



このような有松鳴海絞りは江戸初期に生まれ、主に手拭として爆発的な人気を呼び、有松が東海道沿いであったことから、街道を行き来する旅人が土産物として買い求め、その名は全国に広まった。しかし、明治から大正期にかけて最盛期を迎えたものの、近代化に伴う日本人の生活様式の変化や、その独特の柄が「古臭い」とも言われ、前述するように昭和後半ころからは、衰退の一途を辿りつつあった。


スズサン スズサン

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上は安藤広重による「東海道五十三次」の鳴海宿の浮世絵。色とりどりの手拭が店先に掛けられている様子が克明に描かれている。下は街道筋の面影を残す、現在の有松の街並み。有松で作られた絞り染めは、江戸時代には隣の宿場町である鳴海宿で主に売られたため、「有松鳴海絞り」という名称が広まった。©SUZUSAN



「布が山のように溢れている家の中で食事をし、布に囲まれて寝る。そんな少年時代でした」



「父が模様の原型となる型を彫る工程に携わる職人でしたので、布が山のように溢れている家で食事をして寝る。幼いころからそんな生活で、朝から晩まで型を彫るコンコンという音を聞いて育ちました」

株式会社スズサンのCEO兼クリエイティブディレクターの村瀬弘行さんは、自身の幼少期をそう語る。物心ついた時から有松鳴海絞りに囲まれていた村瀬さんだが、10代後半となり世の中がバブル崩壊に見舞われていたころ、有松に忍び寄る衰退の気配も感じていた。

「僕らの世代の職人の子どもたちには、家の仕事を継ぐという発想は、僕も含めてまったくありませんでした。父も家業は自分の代で途絶えてもよい、くらいの覚悟は持っていたと思います」


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「日本の美大受験に失敗して名古屋へ帰るバスの中で、ヨーロッパへ行くことを決断しました」と村瀬弘行さん。その決断がやがて「suzusan」へつながるとは、当時は知る由もなかった。



アートを学ぶために一念発起してイギリスへ、そしてドイツへ


日本の美大受験に失敗した村瀬さんは、アートを学ぶために一念発起してイギリスへ渡る。海外へ出ることに対して、父親は何も反対しなかったが、経済的な援助は受けず、1年間のアルバイト代を貯めて渡航費と学費に充てた。「何しろ当時、家計はドン底の状態でした。僕のアルバイト代まで、一部を家に渡していたくらいです」

イギリスの美術学校で学ぶも、1年間で学費が底を尽いた。ドイツのデュッセルドルフにある美術学校は学費無料。そんな情報を耳にした村瀬さんは、イギリスからドイツへ移る。学費は無料であるものの、「クンスト・アカデミー」と称されるその美術学校は、かつてヨーゼフ・ボイスやゲハルト・リヒターという錚々たる現代美術アーティストが席を置いた、ドイツ国内でも有数の美術学校だった。


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「クンスト・アカデミー」の正門前で、若き日の村瀬さん。この美術学校で学んだことが、やがて「suzusan」での商品プロデュ―スに大いに役立つこととなった。©SUZUSAN

 


イギリスで開催したテキスタイル展示会が大好評



「お金の心配をせずに、のびのびとアートを学ぶことができる、とても面白く楽しい時期でした」

そんな村瀬さんに、父から「イギリスでテキスタイル展示会をするから手伝いに来てほしい」という依頼が入った。デュッセルドルフに住み始めて3年ほど経ったときのことだった。

 

「幼いころから嫌というほど見てきた有松鳴海絞り。日本で『古臭い』とまで言われた柄でしたが、異国の地で改めて接すると、とても新鮮なものに見えました。イギリスの方々にもその柄はかなり好評で、自分自身でもその好評具合には驚きました。調べてみると、染色というのは、なぜかヨーロッパでは発達せず、専ら刺繍や織り、編みが中心なのです。そんな背景もあって、有松鳴海絞りの独特の風合いが新鮮で好評を博したのかもしれません」


「ヒロユキ この素晴らしいストールは一体なんだ」



展示会を終え、余った数点のストールを、村瀬さんは当時住んでいたデュッセルドルフの学生寮へ持ち帰った。好評だったという感触はあったものの、それをビジネスにする発想はまだ芽生えていなかった。

しばらく経ったある日の夕方、学生寮のルームメイトとキッチンでビールを飲んでいたときのこと。無造作に置かれていたストールを目にしたルームメイトが言った。「ヒロユキ、この素晴らしいストールはいったい何なんだ!」




ビジネスを専攻していたそのルームメイトは、「この素晴らしいストール」を用いた事業をデュッセルドルフで立ち上げることに着手する。こうして、2008年にはドイツを本拠地とした法人と新ブランドが産声をあげた。村瀬さんがヨーロッパに渡ってから5年の歳月が流れていた。

村瀬さんの父が、100年以上続いた有松鳴海絞りの「鈴三商店」を4代目として引継ぎ、屋号を「スズサン」と改めていたことから、ブランド名は自ずと「suzusan」となった。

「suzusan」はドイツの学生寮のキッチンから始まった。世界企業「アップル」が、ガレージから始まったように。


「手で作る」「有松で作る」 最初に決めた二つの大切なこと



「手で作る。有松で作る。ブランドを立ち上げる際に、この二つのことは守ろうと決めました。手仕事によって生まれる製品は、マスマーケットには不向きですので、ラグジュアリーをターゲットにするべき、という考えも当初からありました」

ラグジュアリー層をターゲットにする方策として、従来は木綿を染めるだけだった絞り染の技術を、カシミヤやシルク、あるいはアルパカなどの高級素材に応用することに着手した。木綿とは異なり、こうした柔らかい素材に絞り染めを施すのは、至難の業だった。


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「suzusan」の代表的な技法のひとつである「まだら絞り」。「日本の伝統」から離れた抽象画のようでもあり、水墨画をも思わせる。また、カシミヤに施された絞り染めが、独特の風合いを生む。



「最初のころは、失敗の連続でした。しかしさすがは400年続いた技術。試行錯誤を重ねるうちに木綿以外の素材も染めることができるようになりました」

品質の高い商品を作る目途はたったが、まったく無名ブランドの、しかもかなり高価格の商品をショップに置いてもらうにあたっては苦労の連続だった。

「小さなオンボロ車に商品を積み、ヨーロッパ中を回りました。セレクトショップやデパートなどに飛び込み営業です。1日に10軒断られたこともあります。メールを送っても返答無し、というのも日常茶飯事。車の走行距離も嵩み、最後には車体の床が抜けましたよ」

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従来の有松鳴海絞りでは到底考えられなかった華やかなカラーリングと可憐な柄のドレスをはじめ、カーディガン、パンツ、プルオーバー、カットソーなど、「suzusan 」はさまざまなアイテムで展開されている。




こうした努力が実を結び、上質なニットを貴ぶ服飾文化が流れるヨーロッパで、「suzusan」ブランドは次第に一定層からの熱い支持を受け、広まっていった。「飛び込み営業」から始まった販路は、今や29か国80都市にまで広がり、扱い店舗数は120店以上となっている。また2014年には日本の「鈴三商店」も「株式会社スズサン」へと法人化された。





「クリエイティブディレクターを名乗っていますが、僕自身はファッションやテキスタイルの勉強をしたことはありません。ですので、ファッションブランドを立ち上げたつもりはなく、あくまでも有松鳴海絞りを未来へ残していくことに、企業としての存在意義を置いています。

ブランドを立ち上げた際に、有松鳴海絞りの現状を、『素材』『技法』『用途』の三つに分類し、守るべきは『技法』であり、『素材』と『用途』は柔軟に考えていくことにしました。ですので、素材は世界各地から調達しています。でも必ず有松で絞る。それを守り通しています」


柔軟な発想が生んだ、さまざまなアイテム



「用途」を柔軟にとらえる思考は、さまざまなアイテムを生み出した。ブランドの原点であるストールをはじめ、カーディガン、プルオーバー、シャツ、カットソーなど幅広く、しかもジェンダーレスであることも大きな特徴だ。展開はアパレルだけではない。照明器具、クッションカバー、テーブルウェアなどにまで及ぶ。

「用途を考えるにあたっては、ミラノやパリの街角、またヨーロッパの住宅の室内で、柄がどのように映えるかを考えました。技術は日本の伝統ですが、それが生み出す柄を日本テイストのみにこだわっていては、海外では受け入れてもらえません」

 

昨年は新たに「鈴三」ブランドが産声をあげた。漢字表記が物語るように和装のブランドである。有松鳴海絞りが衰退の一途をたどっていた当時、主な商品は浴衣だった。その浴衣は時として「お婆ちゃんが着るような」と揶揄された。

そうした過去の歴史もふまえながら誕生した「鈴三」は、「suzusan」で培われた新たなデザイン感覚と、400年続いた伝統の柄が融合し、まったく新たな和装の展開となっている。

 




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上質なアルパカに絞り染めを施したクッションカバーをはじめ、インテリアやライフスタイルに特化したホームコレクションラインも展開。このラインには、ホテルや商業施設などからのオーダーも多い。


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絞りの技術を応用し、防火ポリエステルに襞(ひだ)や凹凸をつけてランプシェードとした照明器具。不規則な襞や凹凸が独特の陰影を生み出す。






100種類以上存在する有松鳴海絞りの柄は、やはり大半がどこか日本的である。その一方で「suzusan」ブランドのアイテムが纏っている柄は、抽象化されモダン。そんな柄だからこそ、多くの人に受け入れられた。

その柄のベースとなるのは、有松に綿々と伝わり、幼いころから村瀬さんが目にしてきた数多くの有松絞りだ。その柄が、ヨーロッパで学んだアートというフィルターを通し、国境を越えた独創的な柄へと昇華され、アイテムに落とし込まれていく。

海外での時間が多い村瀬さんと有松の現場とのやりとりは、専らオンラインだ。村瀬さんが思いついたアイデアスケッチと、それをもとに現場で仕上がったサンプルとが、幾度となく飛び交い、やがて商品となっていく。


「絞り染めに携わりたい。そんな思いで有松にやってきました」



スズサンの現場スタッフは20名前後。うち10名以上が作り手として工房に立つ。かつては分業制だった絞りの工程が、この工房では一貫して行われている。一軒家を改装して設けられた2階建ての工房は、拍子抜けするほどコンパクトだ。けして広いとは言えないこの工房から、全世界へ「suzusan」ブランドの商品が羽ばたいているとは、なかなか信じがたい。

工房では2027年春夏として発表される新作が手がけられていた。布の上に型を置き、その上から括る場所を示す目印を刷毛で刷り込む「絵刷り」、その目印をもとに糸で括る「括り」。若い人が多い。しかし素早く鮮やかな手捌きで、絵を刷り糸を括っていくその姿は職人そのものだ。

「有松鳴海絞りの美しさ、とくにスズサンのモノづくりに携わりたいと思いここにやってきました」

スタッフの一人からは、そんな声が聞かれる。その声には、ものを作る喜びと、自身の仕事ぶりに対する誇りが漲っていた。


スズサン スズサン

型の上から刷毛で目印を刷り込む「絵刷り」。かつては型紙を用いていたが、現代ではセルロイドとなった。スズサンには代々伝わる型紙が大量に保管され、それが新しい柄のヒントとなることもある。


スズサン スズサン

「絵刷り」で刷り込まれた目印をもとに糸で括る「括り」の工程。手際よさが求められる一方で、括る際の力の入れ加減で、柄の滲みやぼけ具合が左右されるだけに、熟練の技術を要する。


すずさん すずさん

工房で働くスタッフの面々。手作業は黙々と進められているが、いったん仕事から離れればこの笑顔。みんな若い。


日本各地の伝統工芸品産地をつなぎ成功体験情報をシェア



「経産省が指定している伝統工芸品は全国で244品目あります。そしてこれらの伝統工芸は世界から大きな注目を集めています。ところが伝統工芸の産地では、後継者不足や製品のアップデイトの遅れ、あるいは海外への発信手段がわからないなどが要因となり、かつての有松がそうだったように、衰退の道を辿っているところが大半です。日本全国に散らばっている産地をつないで成功体験情報をシェアし、どの産地にも明るい未来が訪れるようにするにはどうすればよいか。今はそんなことができたらと思っています」






スズサン スズサン

「どの産地にも明るい未来が訪れるようにするにはどうすればよいか。最近はそんなことも考えています」


めざすは「from local、 to local」

そう語る村瀬さんは、「from local、 to local」という言葉を口にする。

「有松で言うならば、『フロームローカル』はある程度実現し始めているのではないかと思います。その次に着手すべきことは、『トゥローカル』。つまり有松という地に世界から人が訪れること。その手段として実は、海外からの旅行客向けに、有松を一日で巡るツアーを実施しています。古い街道の面影が残る有松の街並みを散策し、絞りのワークショップを体験する。そんなツアーが思いのほか好評で、少しづつではありますが、有松という土地に、世界からも注目が集まりつつあります。日本が誇る素晴らしい伝統工芸品を媒介として、こうした取り組みをほかの産地でも実現することができれば……。いうなれば、ローカルに複数形の「s 」がついた、フロームローカルズ・トゥローカルズです」

 



デュッセルドルフで立ち上げた法人を拠点に、ヨーロッパ各地はもとより、最近では北米やアジアでも「suzusan」に注目が集まり始めている。村瀬さんが海外で過ごす時間は、以前よりも増してより多くなってきた。

「僕は、有松にほとんどいない社長、と有松の人からも言われています」

村瀬さんは苦笑いする。しかし、村瀬さんの心はいつも有松を、そして日本の伝統工芸にある。














































Text by Masao Sakurai(Office Clover)
Photos by Azusa Todoroki

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