方健太郎方健太郎

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Portraits

日本のエグゼクティブ・インタビュー

2024.5.9

日本の技術や魅力を世界へ発信し、日本のために尽力する Exa Innovation Studio代表 方 健太郎

昨今、日本の「頭脳」が海外へ流出してしまうことを心配する声が聞こえてくる。まさにExa Innovation Studio代表 方 健太郎(かた けんたろう)氏はその一人であろう。東京大学法学部を卒業し、運輸省へ入省。その後は官僚から民間コンサルティング企業へ転職。パリへ移住後は、日本企業の海外進出や新規事業の開発を支える企業を立ち上げ、世界を駆け回る実業家の一人である。

 







高校時代から国家公務員を目指した青年時代

 

鎌倉で生まれ育ち、東大合格数が毎年全国トップ10に入る、神奈川御三家と呼ばれる進学校、栄光学園中学・高校へ。その後、東京大学法学部へ進学し、1996年に運輸省(現・国土交通省)へ入省。高校時代から国家公務員になりたかったと語る方氏は、「祖父が旧内務省の役人で、その後も建設省、道路公団を経て、現在の日本のインフラの礎を築いた人だったことが影響していると思います。さらに栄光学園の教えである『Men For Others, With Others(他者のために、他者とともに)』という言葉も自分の人生に影響を与えたかもしれません。そのくらいこの言葉は何度も刷り込まれたので」と笑う。


「Men For Others, With Others」とは、聖書の言葉で、“あなたたちの間で力のある者になりたいなら、みなに仕える人になり、あなたたちの間で先頭に立ちないなら、みなのしもべになりなさい。仕えてもらうのではなく、仕えるため“という思想に通じるものであり、まさに方氏の日本の国益・公益のために、と言う姿勢そのものである。





東大から官僚へ。“ 日本をどうすべきか“を心に秘めて

 

「1996年に運輸省へ入省して配属されたのは国際航空課。日米航空交渉やAPECに携わった後、京都議定書が締結されたタイミングで環境政策課へ異動しました。そこではCO2の排気量に応じて自動車関連税を調整する自動車税制グリーン化へ向けた提案の検討などを行いました」。

 

 

現在こそ世界の環境対策への意識は高まっているが、当時はまだ意欲的な施策は少なかった。それゆえに他の省庁から提案は受け入れられず、意識改革への苦労があったと語る。

「ちょうどそのタイミングで出かけたフランス出張で、フランスの役所の自動車課長と話をする機会があり、CO2排気量に応じて自動車税を調整する案について話をしたところ、『それはとてもいいアイデアだけど、まだフランスでは受け入れられないですね。我が国には環境対策より前から貧民対策という考え方があって、燃費や排気が悪い、すなわち古い車への税金を高くすれば貧しい人への税金を高くすることにつながるので難しい』と言われたことが印象深いですね。今でこそ世界が競って自動車の燃費改善やCO2低減を進めていますが、当時は環境対策より経済対策。次世代への取り組みを進めるためにはまずは意識改革が必要であることを実感しましたね」。








方健太郎2 方健太郎2

国土交通省は本当にいい雰囲気の職場だった、だから今でも当時の同僚たちとは交流があると語ってくれた。







入省4年後には国の海外留学制度参加の機会を得て、2年間英国ケンブリッジ大学院で国際法およびMBAを取得した。そこには世界各国の中枢を担う優れた頭脳集団が集まってきていたこともあり、方氏にとっては大いに刺激になるだけではなく、その後の働き方にも多大な影響を与えたと語る。

 

 

「2年後に帰国すると、運輸省は国土交通省へと変わっており、同時に組織変革も行われたことで仕事内容も変化していました。バリバリ社会や業界のために恩返しするつもりが、組織改変・縮小ばかり。このままでは30代になるというのに成長が出来ないのではないかと焦り、転職を考え始めました。イギリス留学時代のつながりもあって、グローバル展開する経営コンサルティング会社、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の面接を受けたのですが、初回の面接官からいきなり日本はどうすべきか?という話題をふられて驚くとともに感動もしました。これは面接?と思いながらも無事に採用の連絡をいただきました」。

 

そんな折、役所の若手キャリア官僚にとって花形と呼ばれる、大臣官房総務課の法規係長に抜擢されることになった。歴代の事務次官などの高官が通ってきた名誉あるポジションであったことから、転職を少し延期して任命を受けることにした。営団地下鉄の民営化などの法律制定に携わり、ひと段落したところで国土交通省を退職し、当初の予定通りBCGへ転職をすることにした。まさに官から民へ、第二のステージへ進む決断をしたのだ。







官僚から民間企業へ。初めての挫折を経験

 

「BCGに入社して与えられた仕事は、さまざまな業界の経営課題に対してデータに基づく仮説の構築と検証でした。これが挫折の始まりでしたね。役所とは全く違う仕事内容への戸惑いもありましたが、とにかく新卒叩き上げの社員たちの優秀なこと。あらゆるツールや発想力を駆使して自分では考えられないようなデータ分析や面白い仮説を仕上げてくる。もう、ただ圧倒されて、そして自分に落胆する日々でした」。

 

 

当時のBCGに役人出身者は少なく、他の若手社員との差に愕然とした方氏は、いつしか会社を辞めることすら考えはじめたと言う。それを当時のBCG日本のトップに相談をすると、「役人出身者は大器晩成型だから焦らずにゆっくり時間をかけていけばいい。必ず後で伸びてくるから‥‥と言われたんです」。その言葉を信じて、日々のプロジェクトに取り組んだ結果、その言葉の意味を実感することになった。










方健太郎3 方健太郎3

日本滞在中、さまざまな分野の人々精力的に会い、新たなインスピレーションを得ていると言う。








「コンサルタントからプロジェクトリーダーへ昇進すると、仕事内容と責任の範囲も大きく変わり、調査やデータ分析中心の仕事からクライアントと対話して経営課題を見つけたり、プロジェクトの設計・運営する立場になりました。そこからは本領発揮です(笑)。役人時代のスキルを活かし、得意とする大きな戦略立案やマネージメントに取り組むことで自信も生まれて、プリンシパルへ昇進もしました」。

 

この頃、方氏がケンブリッジで出会い、その後に妻となるフランス人のガールフレンドが日本の研究機関で働くために来日するも、数年後にはフランスへ帰国することになり、方氏も2006年にBCGパリ事務所への移籍を決断した。

 







日本企業の海外進出の支援とともに、日本ブランドの発信に奮励

 

パリへ拠点を移すと、世の中にはソーシャルネットワークが広がりはじめ、インターネットの活用も大きく変化。同時に、日本企業の海外展開やアライアンス構築などの支援を中心に行いたいという方氏の思いとはズレが生じはじめた。あくまでも日本企業のために尽力したいという思いを抱く方氏は、7年勤めたBCGを退職し、2010年に東京とパリを拠点とする『Exa Partners(エクサ・パートナーズ)』をスタートさせた。

 

 

日本のコトやモノを海外に展開する際のパートナーになりたいという思いが込められた『Exa partners(エクサ・パートナーズ)』は事業の拡大とともに、2016年には現在の『Exa Innovation Studio』と改名。ロサンジェルス・パリ・東京を拠点に新規事業の開発、データに基づく商品開発・マーケティング、海外の最先端イノベーションの調査・分析に取り組んでいる。

 

 

「どのような仕事をしているのか例を挙げれば、例えば、2012-2013年に日本の大手IT起業がアメリカとフランスの物流会社を買収しましたが、その際に候補となる会社を探し、経営状態や技術等の内部調査を行い、社長の説得を含めたディールの支援を行ったのは我々です。日本企業の海外進出や新規事業の検討など、イノベーションの芽がどこにあるのかも含めて当社が支援をしています」。方氏は、これらの事業とは別に、日本の文化や観光などを中心に、日本のプロモーション活動も担っている。そして今後はそこを強化したいという意欲を語ってくれた。










「帰国してタクシーで丸の内や銀座の界隈を走っていると、世界の一流ブランドがずらりと並んでいますよね。しかし、その中に日本のブランドがほとんど見当たらないんです。日本には独自の優れたライフスタイル、食、文化、歴史的建造物があり、その全てにおいて、世界でもトップクラスの魅力あふれる国だと思っています。それをもっと深く知ってもらい、日本に世界のタレント(才能)を呼び込むことで、日本のブランド力を高めたい。世界で活躍する日本人のアスリートを、日本人はみんな温かい応援をしています。それは素晴らしいことですが、私は世界の有名アスリートが日本でプレイをしたいと言われる国になってほしいんです。そのためには、世界の一流アスリートやアーティスト、科学者や職人たちが活動したいと思う、日本ならではの場づくりや環境整備を進め、さらには日本を彼らのセカンドーホームにしてしまう、日本の観光・産業政策はそれぐらいを目指してほしい。そのくらい魅力的で、素晴らしい国です」と、事業を語る時以上に、熱く日本愛を語ってくれる。

 

 

東京都や京都市の観光レップも務めている方氏は、自身の人脈、アイデアを駆使し、世界のどこにいても日本のことを考え、どうしたら日本をもっと魅力的な国にできるのか、さまざまな分野の方と会い、そして世界中を奔走している。

 

 

方氏とのインタビューを終え、方氏の「頭脳」は世界へ流出したのではなく、日本のために活かされて日本の発展に寄与してくれていることを痛感した。そしてPremium Japanが常に大切にしている、日本の美意識・日本の伝統文化の世界へ向けた配信も、日本の未来への一歩とることを願っている。











日本の伝統文化をどのように守り、世界へ発信していくのか、Premium Japan 島村とは話が尽きない様子。





方 健太郎 Kentaro Kata

1996年東京大学法学部卒業後、運輸省(現・国土交通省)に入省。英国ケンブリッジ大学院にてLLMおよびMBAを取得。ボストン・コンサルティング・グループ(東京3年・パリ4年)を経て、パリでExa Innovation Studio を共同設立。日欧米を拠点に新規事業の立ち上げや、日本企業の欧米進出の支援などに取り組んでいる。2006年よりパリ在住(フランス人の妻と子供3人の5人暮らし)。鎌倉出身。

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人兼編集長。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。

 


Photography by Toshiyuki Furuya

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