尾上流家元 尾上菊之丞尾上流家元 尾上菊之丞

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尾上流四代家元 三代目尾上菊之丞 未来への跳躍

2023.6.28

尾上流 尾上菊之丞の挑戦の序章~新作歌舞伎「刀剣乱舞」演出まで(前編)











日本舞踊の流派、尾上流。その四代家元の三代目尾上菊之丞は従来の仕事……流派内での稽古や歌舞伎作品への振付、花街への出稽古など……これまでのテリトリーを飛び越えて、新作歌舞伎「刀剣乱舞」の共同演出をはじめ、他ジャンルとのコラボレーションやフィギュアスケートのアイスショーの演出・振付などを手掛けている。尾上菊之丞を突き動かす、その理由とはをひも解くため、彼の生い立ちから現在まで、足跡を追いながら、インタビューを試みた。







江戸の情緒残る街並みで、伝統を肌で感じながら育った少年時代

 

江戸末期、金春芸者を元とする新橋芸者。新橋の芸者衆が年に一度「東をどり」を披露するのが新橋演舞場である。この演舞場界隈……新橋から築地周辺は、往時より少なくなったとはいえ、料亭文化の残る歴史ある花街である。

 

尾上菊之丞さんはこの街で、日本舞踊・尾上流の三代家元の長男として生まれ育った。

 

「僕が子供の頃は、黒塀に囲まれた砂壁の日本家屋がまだたくさん残っていたんです。うちも二階建ての日本家屋で、二階にお稽古場がありました。土地柄、芸者衆がたくさん出入りするし、歌舞伎の俳優さんもお稽古においでになる。物心ついたときから、花街や芝居の雰囲気が生活の中にありました」






尾上菊之丞 尾上菊之丞





子ども時代は、同世代の尾上菊之助さんと一緒に踊りの稽古をしていた。踊りだけではない。伝統芸能の家に生まれた子どものさだめとして、三味線、お囃子、浄瑠璃……とそれぞれの先生に師事するが、決して真面目な生徒ではなかったという。

 

 

「家から出たら帰ってこない、まるで鉄砲玉みたいな子どもだったんです。学校の帰りにお稽古にも行かず、地下鉄の駅のスタンプラリーに励んでいたこともありました。お三味線は人間国宝の今藤政太郎先生のところに通っていたのですが、たまにお稽古に行っても途中で寝てしまう。先生もおおらかで『コーヒーを飲め』とすすめてくださったりして」と笑う。

 

 

菊之丞さんの父・尾上 墨雪さんも、息子の成長を気長に見守っていたが、ある舞台でのことが記憶に残っている。

 

「父と私、ふたりで舞台に立ったことがありました。幕が降りたとたん、父が突然、扇子で私の頭をパーンとはたいたんです。意味もわからないし本当に驚きましたが、今から思えば私がふりを覚えているか、よほど気を揉んでいたのでしょう。幕が降りてホッとしたあまり、手が出てしまったのかなと。父の心労は大変だったようです」。

 

 

 









尾上菊之丞 尾上菊之丞

尾上会にて『五条橋』牛若丸を演じた7歳の頃。りりしさと可愛らしさが同居する少年時代の一枚。







同世代の活躍に奮起し、芸への意欲が芽生える

 

お稽古にのめり込むでもなく、周囲の大人をハラハラさせていたであろう、おっとりした子ども時代を送った菊之丞さん。それでも、お稽古を通じて同世代の知己が増えていき、3つ先輩の歌舞伎役者・松本幸四郎さんをはじめ、学校の友達とは違う“大人のお兄さん”と食事に行ったり遊びに出かけたりするようになる。

 

「それまでは歌舞伎座に行っても役者さんの名前が覚えられないくらいぼんやり観ていたのですが、やはり仲間が出演していると興味が出ます。彼らの活躍を観て、自分もきちっとしたものがないと対等な関係にはなり得ない、と思うようになりました。彼らと違って私は芝居に出るわけじゃないから、踊りで引けをとるようでは話にならない」と、自我が芽生えるきっかけとなった、と振り返る。







そして、中学三年から高校に入る年頃の出来事。

 

「同じ頃、幸四郎さんなどお稽古仲間と、三味線の夏のおさらい会に出演しましたが、私は舞台の上で何も出来なくて恥をかきました。それは本当に恥ずかしかった。こんな恥ずかしい思いをするならば……と奮起して、三味線を毎日弾くようになりました。家にいる間はテレビを見ながらでも弾くほどでした。ひたすら練習して、おかげで今となっては、演奏や歌は私の武器のひとつ、と思えるようになりました」

 

大人になり、人の親になってはじめてわかる、あの時の親の気持ち。「稽古をやれと強制することは一切なかったのですが、うまく誘導されたのかもしれません。父をはじめ、たくさんのお師匠さんたちが長い時間をかけて見守り、育ててくれました。本当に感謝しています」

 

もし自分の息子が、あのころの自分のような態度で臨んでいたら?

 

「父のように見守ることができるかどうか。自信はないですね。自分が子どもを持ってみて思いますけれど、私の父は胆力がありました」







尾上流の家元の家に生まれて
新作舞踊の演出や振付にと挑戦を重ねる

 

ここで尾上流について説明しておきたい。

 

尾上流の初代家元は六代目尾上菊五郎。「六代目」と言えば六代目 尾上菊五郎のことを指す、というのは今でも歌舞伎や日本舞踊をたしなむ人であれば常識である。明治から昭和にかけて活躍し、その実力と人気は絶大であった。踊りの名手として名高く、映画監督・小津安二郎が六代目が演じる「春興鏡獅子」をおさめた短編映画で、今でもその雄姿を見ることができる。

 

小説家の谷崎潤一郎は六代目の大ファンで、小説『細雪』の中で歌舞伎見物に行くシーンはたいてい六代目を見に行くという設定となっている。また横溝正史も六代目を愛し、あの『犬神家の一族』で犬神家の家宝に「斧・琴・菊(よき・こと・きく)」を設定しているが、それはまさに菊五郎家の浴衣や衣裳に用いられる模様のこと。演劇の神様と神格化され、小説のモチーフとなるほどの影響力を誇った不世出の千両役者であった。

 

 

尾上流の特徴は、上品で、格調高いことはさることながら、時代のエッセンスを取り入れ、流れを感じさせる身体性と、その踊りのテーマやモチーフを訴えかけるドラマ性の融合にあるように思う。それは「品格、新鮮、意外性」を大切にするという、六代目の言葉に集約されている。

 





尾上菊之丞 尾上菊之丞





菊之丞さんが尾上流の四代家元と、三代目尾上菊之丞を父から継承したのは2011年のこと。

 

それまでの、三代目尾上菊之丞を継承する前の数年間は、家元であり舞踊の師匠である父の仕事にはすべて付いて歩いた。まさに菊之丞さんの修業時代といえる。

 

「普段のお稽古はもちろん、『東をどり』、京都・先斗町の『鴨川をどり』、歌舞伎や宝塚歌劇団への演出や振付など、父がお引き受けする仕事は広範囲でしたが、まるでかばん持ちのように、すべての仕事に必ずついていきました。そのうちに、『お前がお稽古しなさい』『代わりに行きなさい』と、私に任されることが徐々に増えていきました」

 

あのおっとりした少年時代が遠くなっていくのと入れ違うように、芸に向き合う意欲は高まって行った。研鑽を積み重ね、古典舞踊だけでなく、新作舞踊の演出や振付にも挑戦する姿を見て、尾上菊五郎劇団から声がかかる。尾上菊五郎劇団とは、歴代の尾上菊五郎が座長として主宰する公演のこと。菊五郎家=音羽屋につながる家の役者が多数出演し、華やかで外連味(けれんみ)のある、楽しい作品が多い。

 

「2005年に初演し大好評だったシェイクスピアを原作とした新作歌舞伎『NINAGAWA十二夜』の再演が2007年に決まったときのことです。尾上流宗家である菊五郎さんが僕にチャンスを下さった。『ちょっといっぺん、あいつにやらしてみたらいいんじゃないか』と思いついてくださったのでしょう。私に声をかけてくださったんです。『NINAGAWA十二夜』が、初めて私が主となって振付を担当した作品となりました。以降、音羽屋の新作の振付をたくさんやらせていただいております」

 

 







芸への覚悟を芽生えさせてくれた恩人・松本幸四郎さんの新作舞台も、続々と担当するようになる。

 

「幸四郎さんは、兄弟以上の存在です。彼がいたから自分も一生懸命やってこれました。ラスベガス公演の『鯉つかみ』、『獅子王』、歌舞伎NEXT『阿弖流為』……。一緒に夢を語り、追いかけてきた彼の主演するものに関われるというのはとても嬉しいことです」

 

2023年の7月に上演される、ゲーム『刀剣乱舞ONLINE』が原案となった新作歌舞伎の演出も手がけており、現在は初日に向けてお稽古の真っ最中だ。後編では、近年精力的に行なっている新しいメディアを用いた情報の発信や、その背景にある日本舞踊への深い想いについて語る。

 

 











尾上菊之丞 Kikunojo Onoe

 

1976年3月、日本舞踊尾上流三代家元・二代目尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、1981年(5歳)国立劇場にて「松の緑」で初舞台。1990年(14歳)に尾上青楓の名を許される。2011年8月(34歳)、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。流儀の舞踊会である「尾上会」「菊寿会」を主宰するとともに、「逸青会」(狂言師茂山逸平氏との二人会)や自身のリサイタルを主宰し、古典はもとより新作創りにも力を注ぎ、様々な作品を発表し続けている。また日本を代表する和太鼓奏者、林英哲氏をはじめとして様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションにも積極的に挑戦している。







新作歌舞伎 「刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)」

歴史の改変をもくろむ時間遡行軍を倒すために、刀剣男士を成長させて、歴史を守る戦いに挑むという、人気ゲーム「刀剣乱舞 ONLINE」は、刀剣男士のモデルとなった刀剣ブームを巻き起こしました。これまでも舞台、アニメ、映画と、さまざまなジャンルで取り上げられ、今や日本が誇る人気コンテンツの一つとなっています。そしてこのたび、“刀剣乱舞”がついに新作歌舞伎として上演されます。歌舞伎の本丸に顕現する刀剣男士は、三日月宗近、小狐丸、同田貫正国、髭切、膝丸、小烏丸の六振り。題材となっているのは、十三代将軍足利義輝が討たれた“永禄の変”ですが、この歴史的事件を歌舞伎ならではの発想で大胆に脚色しました。尾上松也、尾上右近など、花形が一堂に会し繰り広げられる新作歌舞伎です。

◆新作歌舞伎 「刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)」

2023年7月2日(日)~27日(木)

【休演】10日(月)、18日(火)

昼の部 12時~
夜の部 16時30分~
※上演時間は幕間含め約3時間の予定です
劇場:新橋演舞場

チケットWeb松竹




Text by Junko Morita
Photography by Natsuko Okada(Studio Mug)

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2023.7.16

尾上流 尾上菊之丞の挑戦の序章~新作歌舞伎「刀剣乱舞」演出まで(後編)

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