類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。今回は、香木など香原料の輸入や日本のフレグランス製品の輸出、さらに自社オリジナル製品の企画販売など、香りにまつわるさまざまな事業を中心に行う株式会社大香の代表取締役社長・小仲正也氏に話を聞いた。
家業の本質を追求するために事業を再考
日本でお線香のトップシェアを誇る日本香堂の関連会社として、当初はお線香の原料を海外から輸入する会社として設立された大香。その後も日本香堂の商品を輸出するなど、B to Bを基本とした商社として業務を拡大してきた。
「もともとは原料商社だったのですが、輸出入業務を通して海外の情報も入ってくるので、原料だけではなく雑貨も輸入し始めたんです」
小仲氏が家業である大香に入社した15年以前は、キャンドルやフレグランスなどの他に、キャラクターグッズやチアリーディングのウェアなど、さまざまなものを扱っていたという。
「でもそれはそれで面白かったんです。フットワークも軽いですし、社風としても活気がありましたしね」
家業でさまざまな商品に接していたこともあり、子供のころから香りに対しての興味は強かったという。
ただ、約50年続く家業の本質を考えたとき、疑問も持ったという。
「僕自身が、そもそも何のために仕事をやるのかとか、仕事について意義を深く考えてしまう性格なんです。いろいろ考えた末、やっぱり本来の『香り』を主軸にすべきではないかと考えたんです」
それは子供のころに感じた香りの記憶からもつながっている。
「子供のころ家族で外食というと、日本香堂のグループ会社である「銀座らん月」に連れて行ってもらえたんです。銀座はやっぱりハレの場所だから、とてもわくわくしました。そのビルの階上に大香の本社があるので、必ず父が連れてきてくれたんですが、オフィスに入るとすごくいい匂いのする小さなキャンドルやかわいい雑貨がたくさんあって。その時間がすごく好きでした」
自らの手で製造から販売まで。香りの新ブランド
最初は海外からさまざまな香りの商品を輸入していたが、だんだんと自分たちでも作りたいという思いが生まれ、AO(アオ)やMeditate(メディテイト)など独自の商品も作るように。
「自分たちで企画したものを、取引先に製造委託して作ってもらい、ハンズさんやロフトさんなど雑貨店に卸すという形で、オリジナル商品を作ることができました。ただ、やっぱりこれも、人に作ってもらって人に売ってもらうということになる。これでは、自分たち自身に香りに関する知見や経験は蓄積していかないんじゃないか。香屋として突き詰めたいと思えば思うほど、やっぱり自分たちが作りたいものを、自分たちの手で作って、ちゃんと自分たちの言葉で伝えたい、そう思うようになりました」
自社オリジナル製品の他、世界中から厳選した香り製品を輸入販売している。
その強い思いのもと、生まれたのが「暮らしの香り」というブランドだ。その名の通り、テーマにしたのは「日本の日常の美しさを感じる香り」。
「季節の花の香りや、暮らしのシーンを切り取ったような香りなど、日本の暮らしの中に漂う、自分たちの日常の機微を感じられる香りを作りました」
揃えた香りは、日本文化を感じる「苔寺」や「竹林」、日々の暮らしに漂う「ひだまり」や「雨音」、そして四季を感じる「桜」や「檸檬」など、常時23~4種類を用意。ディフューザーや、フレグランスキャンドル、そして削ることで香りが広がるフレグランスバーなどをラインアップした。昨年11月には銀座にショップもオープン。「香りにやさしく包まれるように」と柔らかな曲線に囲まれた店舗では、どんなインテリアにもマッチするシンプルなデザインの商品が並ぶ。
昨年オープンした暮らしの香り メインストア銀座。店舗デザインはTORAFU ARCHITECTSの鈴野浩一氏が手掛けた。
常時23~4種類ある香りのテスターもオリジナルデザイン。三角のロート部分を返して香りを試す。
ブランドコンセプトを体現、その拠点は自然の中に
そしてブランドの立ち上げにとどまらず、その考えを誰もが体験できる場として作られたのが、「暮らしの香り」のアトリエだ。商品の製造拠点であるアトリエがあるのは、山中湖畔の静かな森の中。四季折々の表情を見せる広い庭の向こうには、雄大な富士山を眺めることができる。
「香りは人を癒すもの。作る場所も作る人も、やっぱり心地よい環境が必要です。劣悪な環境では、人の心を癒すようなものはなかなか作れないですから。日本全国いろいろな場所を探しましたが、商品には水も使うので、きれいな水と空気が手に入れられる場所、それが山中湖だったんです」
このアトリエでは商品が人の手でひとつひとつ大切に作られ、訪れた人はその様子を見ることもできる。効率を考えて機械化しようと思えば、簡単にできてしまうはずだが、その選択をしないところにも、小仲氏のこだわりがある。
「人を癒すものなら無機質な方法ではなく、やっぱり人の手で作りたい。そこに価値があると信じています」
アトリエにはカフェやショップも併設。ブランドを体感できる発信拠点地として、今後はさまざまなワークショップも開催する予定だ。
「ここは、みんなの日常に寄り添えるような香りの商品を作る場所。だから地元の方も観光客にも開放された心地よい場所にしたいと思いました。ここで過ごすことで豊かな心になってもらう、それはこの香りを使って日常を豊かにしてもらうことと通じることだと考えています」
「暮らしの香り」山中湖アトリエ。自然に囲まれ、香りとたわむれるひとときが過ごせる。
香りの理解は、原料のその先から始まる
実は東京・葛西にある大香の物流倉庫の屋上には、ちいさなハーブガーデンがある。植えてあるのは、すべて香料の原料になる植物だ。これも自分たちで香りを理解することが重要だと考える小仲氏の発案によるものだ。
「香りの原料を扱っていても、目にするのは加工された粉や液体です。その原料がどんな植物からどうやってできているのか。最終的にお香やフレグランスとなってお客様が使うものを、自分たちも知らなくてはいけないと感じたんです。そして自分たちが“香りの会社”だということを、こういうことからも意識してもらいたいと思っています」
わずかな量しか採れないため実際の製品には使えないが、社員の原料に対する知識も高まり、開花の様子などは日々社内SNSなどで公開しているそうだ。
日常を見つめなおす瞬間を香りで提供
日本の美意識を「繊細さ」にあると考える小仲氏。
「海外の香りは、日本人にとっては、やっぱり華やかでゴージャスに感じます。それは家の広さやライフスタイルの違いなので、海外ではそれが暮らしの中にある香りなのかもしれません」
それは「暮らしの香り」の名を決めたとき、「日常の暮らしには、もっといろいろな豊かさがある」と込めた思いにも表れる。
「朝、家のドアを開けたときに、キンモクセイが香ってくる瞬間に『ああ、咲いたんだな』と、その瞬間が毎年楽しみになる。あるいは道を歩いていると、ふと梅の香りが漂ってきてふと足を止めて木を見上げる。そんなちょっとした日常を見つめなおせるような瞬間を、我々は香りで提供したいと思います」
Premium Japanの発行人である島村も小仲氏から特徴を聞きながら、香りを楽しんだ。小仲氏のお気に入りは「沈丁花」や「森閑」だそうだ。
「香りが暮らしに役に立てることは、まだまだあると思っています」と、香りがもたらす豊かな時間を追求し続ける小仲氏。いつかは山中湖にハーブガーデンを作り、その香料で一から商品を作りたいという夢は、きっと夢のままでは終わらないだろう。そのぶれない意思から生まれる大香の香りは、それがどんなに繊細であっても、きっとこれからも人の心に忘れられない記憶をもたらすに違いない。
小仲 正也 Masaya Konaka
1975年東京都生まれ。大学卒業後、住友銀行に入社。アリゾナ州立大学サンダーバードグローバル経営大学院でMBA取得。帰国後、2007年に家業である大香に入社し、2018年に代表取締役社長に就任。2019年、株式会社リヴィングウィズセンツを設立し、製造から小売まで一貫して行うブランド「暮らしの香り」および製造拠点である「暮らしの香り アトリエ」を立ち上げる。
島村美緒 Mio Shimamura
Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。2019年株式会社アマナとの業務提携により現職。
Photography by Toshiyuki Furuya
Premium Japan Members へのご招待
最新情報をニュースレターでお知らせするほか、エクスクルーシブなイベントのご案内や、特別なプレゼント企画も予定しています。