人間国宝の12代中里太郎右衛門(故人)による唐津焼に筍の天麩羅をのせて。「use(使う)」「museum」を掛け、美術館クラスの器を実際に用い、一流料理人が料理を盛るという、贅沢な食イベント「USEUM SAGA」。人間国宝の12代中里太郎右衛門(故人)による唐津焼に筍の天麩羅をのせて。「use(使う)」「museum」を掛け、美術館クラスの器を実際に用い、一流料理人が料理を盛るという、贅沢な食イベント「USEUM SAGA」。

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佐賀の美味と器を味わう「USEUM SAGA」開催

2022.5.9

「USEUM SAGA」美術館クラスの器に盛られた美食とトップソムリエ厳選ワイン。 佐賀のエスプリを味わう魅惑のイベントレポート

人間国宝の12代中里太郎右衛門(故人)による唐津焼に筍の天麩羅をのせて。「use(使う)」「museum」を掛け、美術館クラスの器を実際に用い、一流料理人が料理を盛るという、贅沢な食イベント「USEUM SAGA」。



旅のよろこびや食の楽しみが、徐々に私たちの元に戻ってくる。「元通りの日常」と呼ぶにはまだ遠いが、いつまでも引きこもっているわけにはいかない。生産者も料理人も、皆成長を続けて我々を待っているのだから。

 

 

2021年の第1回目に引き続き、美食と器文化を誇る佐賀県で、2022年4月に開催された「USEUM SAGA」。佐賀県のDNAとも呼ぶべき宝物〜食文化への飽くなき情熱〜をベースに、今回は若き料理人とトップソムリエが力を合わせ、これまでにない一席を創り上げた。第2回目となる今年の「USEUM SAGA」についてレポートする。

 

 



食と器と、美味しい酒と。“恵まれすぎた県”が目指す理想

 

個人的な意見ではあるが、佐賀県というのはなんと恵まれた県かと思う。そもそも日本のローカルには魅力的な場所があふれているが、この佐賀には山海の幸がもたらす豊富な食材に加え、なんといっても器の文化がある。それも有田焼や伊万里焼、唐津焼など、国を代表する焼物文化が古来より育った県であり、それらが牽引する形で、茶や日本酒などの高尚な食文化もしっかりと根付いた。

 

 

そんな佐賀県が、自らのアイディンティティー「料理と器を中心とする食文化」をテーマにしたイベントを数年前から開催している。その名は「USEUM SAGA」。美術館で観覧するようなレベルの器から今様のモダンな器まで、佐賀が誇る器がずらりと登場するというもので、一流料理人が美食を器に盛るというのも興味深い。2018年からの開催だが、その前身となるイベントは2015年から行われており、他県の多くがB級グルメや“ゆるキャラ”企画で町おこしに奮闘している頃から、佐賀県が目指す世界観は一種際立っていたように思う。

 



唐津「料理の宿 松の井」の料理長、森次庸介さん。右は東京から駆け付けたソムリエ/ワインテイスターの大越基裕さん。 唐津「料理の宿 松の井」の料理長、森次庸介さん。右は東京から駆け付けたソムリエ/ワインテイスターの大越基裕さん。

今回、主役を務めた2人。左は舞台となった唐津「料理の宿 松の井」の料理長、森次庸介と右は東京から駆け付けたソムリエ/ワインテイスターの大越基裕。



日本料理×モダンなドリンクペアリングが描く新しい食体験

 

これまでの「USEUM SAGA」は、著名なスターシェフ同士、または佐賀の若手シェフと東京の人気シェフが技とセンスを融合させてコース料理を提供するというのがルールのようになっていたのだが、今回は少し趣向が変わった。

 

 

イベント史上初めて本格的な日本料理の宿が舞台となり、さらに組む相手として選ばれたのはドリンクペアリングの名手。前者を務めたのが、唐津にある老舗料理宿「松の井」料理長 森次庸介で、後者は世界に名を知られる名ソムリエでありワインテイスターとしても名高い東京の大越基裕だ。互いに今回、初めて出会う間柄だといい、ふだん活躍する場所はまったく異なる。しかし、今回この二人が力を合わせることで、佐賀の日本料理の世界に新たな風を吹かすことができるのではないかというのが、関係者皆の願いであった。



「松の井」の2階大広間を模様替え。唐津の松をイメージさせる深いグリーンを基調に、伝統の「名尾手すき和紙」や松林を映した巨大なスクリーンが下がる空間は、まさにレストラン。 「松の井」の2階大広間を模様替え。唐津の松をイメージさせる深いグリーンを基調に、伝統の「名尾手すき和紙」や松林を映した巨大なスクリーンが下がる空間は、まさにレストラン。

「松の井」の2階大広間を模様替え。唐津の松をイメージさせる深いグリーンを基調に、伝統の「名尾手すき和紙」や松林を映した巨大なスクリーンが下がる空間は、まさにレストラン。



当たり前を崩すことで見える、食の新たな地平線

 

いよいよ幕を開けた「USEUM SAGA」。食前のドリンクとしてサーブされた桜茶と白いちごのチップスで心を鎮めていると、緊張した面持ちの森次料理長に続き、大越ソムリエからも挨拶が行われた。

 

「私自身、今回の準備期間中にもさまざまな発見や驚きがありました。それらを世界中から選んだワインや佐賀の酒、工夫を凝らして作ったノンアルコールドリンクで表現したいと思います」という言葉と共に、いっせいにスタッフが料理やドリンクのサービスをスタートした。

 

その後サーブされた料理とドリンクによる競演は、時間が経った今でも鮮やかに記憶が蘇る。なんというか、これまでに味わったことのない不思議な感動を呼び起こすものだったのだ。

 

正直に言えば、「和食×ワイン」はもはや珍しい組み合わせとは言えない。しかしこの日の組み合わせの見事さは、会場の客を唸らせるものだった。これまで幾度となく味わってきた日本料理。それがこの日は、いつもと一味も二味も異なるドリンクのおかげで一つ一つの料理の骨格がより鮮明に浮かび上がり、味の輪郭がはっきりと見えるような感覚に陥った。



「すっぽん 南禅寺蒸し」が盛られた器は、有田焼「今右衛門窯」による色鍋島の小鉢。人間国宝の作だ。添えた酒は、シャンパンの銘酒「クリュッグ」のグランキュベ(KRUG Grande Cuvee 169 eme Edition)。旨味の相乗効果で否が応でもこの後の料理への期待を高めてくれる。 「すっぽん 南禅寺蒸し」が盛られた器は、有田焼「今右衛門窯」による色鍋島の小鉢。人間国宝の作だ。添えた酒は、シャンパンの銘酒「クリュッグ」のグランキュベ(KRUG Grande Cuvee 169 eme Edition)。旨味の相乗効果で否が応でもこの後の料理への期待を高めてくれる。

「すっぽん 南禅寺蒸し」が盛られた器は、有田焼「今右衛門窯」による色鍋島の小鉢。人間国宝の作だ。添えた酒は、シャンパンの銘酒「クリュッグ」のグランキュベ(KRUG Grande Cuvee 169 eme Edition)。旨味の相乗効果で否が応でもこの後の料理への期待を高めてくれる。



「副島園」の玉翠に大葉や穂紫蘇、木の芽を合わせたドリンクが供された 「副島園」の玉翠に大葉や穂紫蘇、木の芽を合わせたドリンクが供された

「唐津地魚 桜の葉〆 煎り酒」では名魚「くえ」が提供された。光沢を放つ熟成魚の白身が、人間国宝の故・中島宏氏の作品である「弓野窯」の割山椒の小鉢に上品に収まって。ノンアルコールペアリングでは「副島園」の玉翠に大葉や穂紫蘇、木の芽を合わせたドリンクが供された(写真)。ちなみにアルコールペアリングではここで、ロゼワイン「Martin and Anna Arndorfer, Rosa Marie 2020」が登場。



モダンな作風で人気の「安楽窯」の小鍋。ふたを外すと「白美茸と白身魚 鍋」が。じんわりとした出汁の旨味を佐賀の酒「七田」の燗冷ましと共に堪能。ちなみにノンアルコールペアリングを選んだ場合は、「副島園」の「皐月」という茶が登場した。 モダンな作風で人気の「安楽窯」の小鍋。ふたを外すと「白美茸と白身魚 鍋」が。じんわりとした出汁の旨味を佐賀の酒「七田」の燗冷ましと共に堪能。ちなみにノンアルコールペアリングを選んだ場合は、「副島園」の「皐月」という茶が登場した。

モダンな作風で人気の「安楽窯」の小鍋。ふたを外すと「白美茸と白身魚 鍋」が。じんわりとした出汁の旨味を佐賀の酒「七田」の燗冷ましと共に堪能。ちなみにノンアルコールペアリングを選んだ場合は、「副島園」の「皐月」という茶が登場した。



佐賀の猪の味噌漬けを炭火で焼いて。オーストラリアの赤ワイン「William Downie, Gippsland Pinot Noir 2016」は、土やドライフルーツを感じさせる味わいが猪肉の持つ力強さと相乗し、骨太なペアリングに。ノンアルコールを選んだゲストには、「自家製ホットコーラ」がサーブされた。 佐賀の猪の味噌漬けを炭火で焼いて。オーストラリアの赤ワイン「William Downie, Gippsland Pinot Noir 2016」は、土やドライフルーツを感じさせる味わいが猪肉の持つ力強さと相乗し、骨太なペアリングに。ノンアルコールを選んだゲストには、「自家製ホットコーラ」がサーブされた。

佐賀の猪の味噌漬けを炭火で焼いて。オーストラリアの赤ワイン「William Downie, Gippsland Pinot Noir 2016」は、土やドライフルーツを感じさせる味わいが猪肉の持つ力強さと相乗し、骨太なペアリングに。ノンアルコールを選んだゲストには、「自家製ホットコーラ」がサーブされた。



料理が終了するまで、大越ソムリエはどのテーブルでも大人気。 料理が終了するまで、大越ソムリエはどのテーブルでも大人気。

料理が終了するまで、大越ソムリエはどのテーブルでも大人気。



「佐賀と世界」をペアリングさせた大越ソムリエの狙い

 

 

今回のイベントのために、森次料理長を含む佐賀県サイドと大越ソムリエの間では、幾度も打ち合わせの場がもたれたという。通常、「コラボイベント」といえば双方のシェフが互いの思惑や調理法を融合させるパターンが多いが、今回はあえて、森次料理長は自身の料理を何かに寄せることはしないというのをルールにした。若い料理人だが、10代から修業を続け、幼い頃から料理人である父の背を見て育った人である。それだけに、今回は自身が背負うべき正統派の日本料理をストレートに出すのが良いだろうと判断したのであった。逆に、経験豊かな大越ソムリエは、この料理の良さや特徴をより際立たせるためのドリンク選びを目指したという。

 

 

「今回、佐賀だけでなく世界中からワインを選びました。あえて地域を絞らないというのが私のスタイルで、その方がより料理が持つ表情を浮き立たせることができると思っています。出汁と旨味が信条の和食は、下手にワインを合わせるとドリンクが悪目立ちしてしまうこともあるので、森次料理長の持ち味や料理の核のようなものを見定め、良さを拾い上げてくれるようなワインや酒を選びました。ノンアルコールドリンクは、逆に調理と同様に複雑で時間もかかるもので、こちらは考えるのに苦労しました。佐賀県には素晴らしい茶や柑橘類が多いので、それらにスパイスやハーブを合わせることでいい仕上がりになったと思います」

 

 



厨房で料理に専念する森次料理長。息つくひまもないハードな時間だったが、得るものも多かったに違いない。 厨房で料理に専念する森次料理長。息つくひまもないハードな時間だったが、得るものも多かったに違いない。

厨房で料理に専念する森次料理長。息つくひまもないハードな時間だったが、得るものも多かったに違いない。



佐賀に育ちながら、ようやくこの地が見えてきたと語る若き料理長

 

 

デザートと唐津の茶が供され、イベントは終わりを告げた。最後の挨拶で森次料理長が発した言葉が忘れられない。

 

 

「佐賀県に生まれ育ち、京都で修業を積んだ後にこの地に戻り、今に至ります。自分なりに努力してきましたが、今回このような機会をいただき、目から鱗が落ちる思いをいたしました。【松の井】の料理にはこれまで日本酒やビールを合わせていましたが、今回、大越さんが選んでくださったワインを試飲し、料理の印象をそれまでとは違う方向に変えるパワーに衝撃を受けました。また、佐賀県庁関係者の皆様と多くの生産者を訪ね歩き、知らなかった食材の多さにも驚きました。私にはまだ知るべき食材や人、世界があるのだなぁと痛感したんです」

 

 

この言葉を聞いた時、このイベントがただのグルメイベントではないということを改めて思い知らされた。ゲストが食事を楽しむためだけでなく、これに関わる料理人が新しい気づきを得ることで佐賀県の食文化に貢献できる。また、佐賀に招かれたゲストシェフやソムリエも、未知の食材に触れることで自らの未来に何らかのヒントが得られる。「美味しくて未来に夢が持てて、その結果三方よし」というポジティブなパワーにあふれる試み、それが「USEUM SAGA」なのだ。

 

 

あぶり出される問題点も、もちろんある。東京で人気のモダンベトナム料理店「AnDi」「An Com」を経営する立場でもある大越ソムリエは、イベントの前後を通じて、若い料理長に対してさまざまなアドバイスを伝えていた。筆者はここに「松の井」の今後の成功以外にも佐賀県の大きな可能性を感じる。それが、コロナ後にようやく日本にも本格的に到来するであろう「デスティネーションレストラン」のトレンドだ。

 

 

世界では今、「わざわざそこに行くために旅をする、地方の名レストラン」が広く人気を集めている。「noma(デンマーク・コペンハーゲン)」や「ミラズール(フランス・マントン)」、「オステリア・フランチェスカーナ(イタリア・モデナ)」といった有名店はいずれも少々不便な場所にあるが、今や世界に名を轟かせる存在となった。日本が観光大国として今後本気で食をフィーチャーするのであれば、都道府県にとってのライバルは他県ではく、世界であると考え行動するべきだろう。佐賀県が「USEUM SAGA」を通じて切り拓いているのはまさにこのジャンルであり、だからこそ、このイベントが持つ意味は大きいのではないだろうか。



昨年に続いてゲスト参加した「アジア ベストレストラン50」の日本評議委員長の中村孝則氏は、これまでと少し毛色を変えた今回のイベントを指して、次のように語る。

 

 

「アフターコロナの世界について語る人は多いですが。そこから聞こえてくるワードが非常に興味深い。曰く、【リベンジトラベル】であるとか【リベンジガストロノミー】であるとか。極端にも思えますが、今、世界中の人々が旅やレストランでの豊かな時間を取り戻そうとしていることは確かです。今回、まっすぐな感性を感じさせる森次料理長のお料理をいただきました。ここに、大越ソムリエによる世界中の多彩なワインや日本酒が合わさったことで、まるで旅をしたような気分です」

 

 

「USEUM SAGA vol.2」が幕を閉じた。しかし、2023年3月末までには、さらに3回の開催が予定されているという。いずれもこれまでと同様、いやそれ以上に個性の立った魅力あるガストロノミーイベントになることは間違いないだろう。どんな料理や器が我々食べ手の心を楽しませてくれるのか。今後の佐賀県に注目したいと思う。



感動、拍手、賞賛、笑顔。老舗の宿の大広間が、この日は異色のレストランに変身し、多くの参加者たちにとって忘れられない記憶を様々に刻みつけた。 感動、拍手、賞賛、笑顔。老舗の宿の大広間が、この日は異色のレストランに変身し、多くの参加者たちにとって忘れられない記憶を様々に刻みつけた。

感動、拍手、賞賛、笑顔。老舗の宿の大広間が、この日は異色のレストランに変身し、多くの参加者たちにとって忘れられない記憶を様々に刻みつけた。



松の井にてスタッフ全員そろって 松の井にてスタッフ全員そろって

唐津「料理の宿 松の井」森次庸介 料理長 と、東京から駆け付けたソムリエ/ワインテイスターの大越基裕氏を、スタッフ全員で囲んで。

◆USEUM SAGA vol.2

「松の井」森次庸介料理長と、大越基裕ソムリエによる「2 Senses Fusion」(4月16日/17日開催済)、及び森次料理長単独の「Moritsugu Edition」(4月23日/24日開催済)が実施された「USEUM SAGA vol.2」。今後の開催については、公式ウェブサイトや公式SNSで発表予定。

https://www.instagram.com/sagamariage/

 

Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by Kan Kanbayashi, Hideki Mizuta

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