縁起物の干支をはじめ、愛くるしい動物をモチーフとした彫刻、美しい日本の色合いを再現した華やかな染織、受け継がれてきた竹編の技法を応用したモダンな額装など、伝統工芸のさまざまな分野で活躍する12名の作家による400点以上の作品が銀座・和光6階に集いました。題して「アートで綴る 和光歳時記」。今回の「アート探訪」では、この12名の方々のなから、染織の吉岡更紗さん、竹工芸の本田青海さん、彫刻の小黒アリサさんに話をお伺いします。
植物染で『源氏物語』の色を華やかに再現 ──染織 吉岡更紗──
会場の一画に、ひときわ華やかな、まるで光を放っているかのような場所がある。染織家の吉岡更紗さんの作品展示コーナーだ。何枚も掛けられた大判ストールの作品名はすべて「源氏物語の色」。
植物染による生絹(すずし)のストールは、二色の組み合わせからなり、それぞれ色が異なる。その組み合わせは、『源氏物語』の各帖の内容や登場人物から吉岡さんが連想したもの。たとえば、緑と紫は「桐壺」、黄緑と青緑は「葵」、赤紫と赤は「玉鬘」のように。
「平安時代の装束は現存しないので、古典などの資料を調べ再現していくしかありません。宮中で政務を行う男性の装束の色は位によって厳格に定められていましたが、十二単(じゅうにひとえ)と呼ばれる女性の装束は、衣装を何枚もかさね、その色合わせは『襲色目(かさねいろめ)』とも言われ、季節に合わせた草木花の彩りを取り入れて、自由に組み合わせて楽しんでいました。
個々の女性が、それぞれ好みの色をかさね合わせ、個性や美意識を表現していたのではないでしょうか。紫式部や清少納言が、宮中で思い思いの色を纏う高貴な女性を目にし、それを物語や随筆に記していた。そんな想像をするのも楽しいですね」
一枚のストールに用いられている二つの色は、それぞれが濃い部分から薄い部分へと絶妙なトーンのグラデーションをなし、あたかも襲色目のように美しい調和を見せている。
「生絹は染料が入りやすい布なので、透明感のある柔らかな色調を保ちながら、しかもグラデーションをつけるのは、なかなか大変な作業です」
紫系は紫草の根である紫根、黄色系は刈安、赤系は茜の根からと、植物のさまざまな部位から、こうした美しい色が生みだされる。
何枚もの「源氏物語の色」のほか、バッグや数寄屋袋など、植物染による小物も展示されている。紫、紅、黄、緑……。そのどれもが、王朝時代の貴族が好んだ色彩、いわゆる「日本の伝統色」として、ひとつひとつ固有の名前を持つ色だ。それらはとても鮮やかで、眺めているだけで心が浮きたってくるような色を放っている。
「日本の色として一般的に思われがちな渋めのトーンの色は、戦国時代に誕生した『わび、さび』の精神を反映したものだと思います。平安時代の宮中を行き交う人々は、もっと鮮やかな透明感をもった色を楽しんでいたのではないでしょうか」
そんな吉岡さんの話を聞きながら、華やかなストールの前に立つと、1200年以上前の人々息遣いが、少し身近に感じられるような気がした。
精巧な竹編の技法が生み出した、「子蛇文様」 ──竹工芸 本田青海──
「以前はプログラミングの仕事をしていました」
本田青海さんに竹工芸の道に入ったきっかけをお伺いしたところ、意外な言葉が返ってきた。
「私が生まれ育った佐渡は、昔から竹工芸が盛んな地で、数多くの職人さんや作家が素晴しい作品を作り続けてきました。ですので、幼いころから竹工芸が身近にある環境で育ちました」
2008年、佐渡にユニークな専門学校「伝統文化と環境福祉の専門学校」が誕生したことが、本田さんの転機となった。もともと物づくりが好きだった本田さんは、誕生した専門学校の「竹芸科」に籍を置いて基礎を学び、その後竹工芸家の畠山青堂氏に師事。研鑽を重ねた末、やがて独立し日本工芸会の正会員に名を連ねる作家となった。
会場の壁面に、幾つもの額が掛けられている。額装されているのは、精巧に編み込まれ、色を施されたカラフルな竹だ。少し太い竹をあえて隙間を残してざっくりと編んだもの、極細の竹を緻密に編み込み、美しいパターンを浮かび上がらせたもの、二色の竹を組み合わせて規則的な模様を描いたものと、さまざまな技法が用いられている。これらは「乱れ文様」「波網代文様」などの名称で伝え継がれてきた伝統的な竹編の技法だ。
「竹工芸というと、籠や花入れのような伝統的なものが大半ですが、現代の生活に取り入れやすいように、少しモダンな雰囲気ながらも竹編の技法をきちんと生かした作品をと考え、こうした額ものを作ってみました。黒い竹が小さな『Z』を描いているのは私が新たに考案し、『子蛇文様』と名付けたものです。来年は巳年ですからね」
確かに、よく見ると額の中には、沢山の可愛らしい蛇がいる。2025年の干支を先取りした、どことなくユーモアも感じさせる文様だ。
額装されたさまざまな技法の竹編は、とてもモダンな雰囲気。本田さんが新たに考案した「子蛇文様」は、右から二列目の上段と、一番左の列の下段の作品。
竹工芸は「竹割り3年」という言葉が物語るように、割った竹を均質の幅と薄さに揃えていく工程の作業がとても重要だ。均質の素材を揃えないと、編んでいったときに膨らみや凹みなどの歪みが生じてしまう。
「額装してあるモダンな作品はいわば平面ですが、竹工芸の神髄である籠などの作品にも注目していただけたらと思います」
額装作品の前に展示されている菓子器や文箱などの伝統的な作品は、モダンな額装とは趣を大きく変え、目を見張るような凛とした美しさをたたえていた。
「球獣」と名付けられた、どこまでも丸く可愛らしい動物たち ──彫刻 小黒アリサ──
兎、狸,パンダ、ライオン、象……。どこまでも可愛らしい動物たちが、まるで笑顔を投げかけてくれるかのように並んでいる。しかも、どの動物たちも真ん丸で、今にも転がり出しそうだ。小黒アリサさんが手がける「球獣」と名付けられた動物たちは、丸みが誇張され猛獣さえも愛くるしい。
「自然の多い環境で育ち、動物園も近所にありましたので、自ずと動物好きに育ちました。ある時、骨董市で根付に出合い、そのなんとも言えない可愛らさに魅了され、幼いころから親しんできた動物たちを木彫の世界で表現できたら。そう考えて作り続けてきました」
檜、ツゲ、黒檀……。素材とする木によって、作品の肌合いや色合いも異なり、それがさまざまなバリエーションとなってまた楽しい。
「木の硬さによって、同じ彫刻刀でも刃の入り具合が異なりますから、注意深く作業を進めます。一個の塊から掘り出していく、いわゆる『一木作り』ですので、たとえば首と胴体の合わせ目などの『きわ』の部分をきちん彫り込むことが大切です。そうすることによって、全体的には丸みを帯びているものの、必要な部分には陰影がある立体的な作品となります」
数多く並ぶ作品のなかで、ひときわ目を引くのが、4匹の蛇が、体をくねらせて「LOVE」の4文字を描いている作品だ。「E」 の文字は、じつは漢字の「巳」にもなっている。思い思いのポーズを取る蛇たちの可愛らしい瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。
「LOVE」の文字を4匹の蛇たちが、それぞれ可愛らしく描いてくれる。作品の表面に残る木目の微妙なトーンが、味わいをもたらす。
「素材となる木材はさまざまですが、最初は木目や木の質感を手にしながら、どんな動物を彫ろうかあれこれ考えます。彫る動物をきめたら、その動物が多くの人に幸せをもたらしてくれますように。そんな思いを込めて彫り上げていきます」
会場では、大きさも種類も異なる真ん丸の動物たちが楽しそうに遊んでいる。そこはまさに、微笑みに満ちた、争いのない平和な動物村そのものだった。
陶芸、人形、ガラスなど、さまざまな分野の伝統工芸品は見所満載
話を伺った3人の作家のほかに、今回の展覧会に出品しているのは以下の9名の方々だ。
大西敦子さん(絵画)、河野三秋さん(金工)、田島周吾さん(絵画)、冨川秋子さん(陶芸)、広沢葉子さん(ガラス)、星野友幸さん(陶芸)、松崎幸一光さん(人形)、松本由衣さん(漆芸)、三留 舞さん(ガラス)。
さまざまな分野の伝統工芸が一堂に会した感のある会場を巡ると、心が躍り、幸福感のお裾分けをいただいたような気分になった。
◆アート探訪記~展覧会インフォメーション
アートで綴る 和光歳時記
会期:2024年12月12日(木) 〜 2024年12月25(水)
時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで
- 場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール
櫻井正朗 Masao Sakurai
明治38(1905)年に創刊された老舗婦人誌『婦人画報』編集部に30年以上在籍し、陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、さまざまな日本文化の取材・原稿執筆を経た後、現在ではフリーランスの編集者として、「プレミアムジャパン」では未生流笹岡家元の笹岡隆甫さんや尾上流四代家元・三代目尾上菊之丞さんの記事などを担当する。京都には長年にわたり幾度となく足を運んできたが、日本文化方面よりも、むしろ居酒屋方面が詳しいとの噂も。
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