銀座・和光「セイコーハウスホール」では、「Kogei Crossroads」と題した展覧会が開催されています。ガラス、截金、金工、漆芸、それそれの分野で活躍する4人の工芸作家の作品が並ぶ空間は、ひとつひとつの作品が語りかけてくるエネルギーに満ち溢れています。素材と向き合い真摯な創作活動を続ける作家の方々のインタビューを交えた、展覧会インプレッションをお届けします。
どこまでも柔らかな乳白色のガラスを彩る、青と金の柔らかな線 ──パート・ド・ヴェール 石田知史──
清涼でありながら温もりも感じられ、どこか懐かしい色合いの乳白色の塊。石田知史さんの作品に出合うと、まずその柔らかな乳白色に目を奪われる。硬質な透明感という、従来のガラスのイメージとは趣が大いに異なるガラスの技法は「パード・ド・ヴェール」。古代メソポタミアが発祥の地とされるている。
乳白色の筥(はこ)には、金やブルーの直線、あるいは優美な曲線が描かれ、その文様が乳白色を背景により鮮やかに浮かび上がってくる。
「今回は筥や香合という、馴染み深い形のほかに、従来のパート・ド・ヴェールにはあまりない、オブジェのようなシャープさを持ったフォルムの作品にもトライしてみました。
平面だったものが立ち上がり立体となり、そこに文様が入ることによって、工芸は成立するものだと私は考えています。ですので、こうしたフォルムの多面体に、どのように文様を入れるかが、今回いろいろ考えた点です。
また、今後は焼き物の『型』を学び、それをパート・ド・ヴェールに活かしていきたいと考えています」
鋳込み硝子 筥「光、それは追憶の中に Ⅰ」11.0×18.2×11.8㎝ ©Tomoya Nomura
同じ太さの直線にも見えるブルーや金のラインは、その線が描かれる場所や面の角度によって、太さが微妙に変えられている。その差異が多面体により複雑な表情を生み出している。
ここ数年、石田さんの作品には鮮やかなコバルトブルーの線が増えてきた。
「少し時間ができると海外、とくに中央アジアや中近東に出掛けます。そこで出会う真っ青な空やイスラム建築によくみられるブル―のタイル。そうしたものの影響を受けているかもしれませんね」
石田さんの作品は、その柔らかさから「和のパート・ド・ヴェール」と言われて久しい。その「和」から、さらなる高みを目指しての歩みが始まっている。
貼り付けられた極細の金箔が生み出す、可憐にして無限の宇宙 ──截金 江里朋子──
その文様は作品に近づき、目を凝らさなければ、時として黄金色の霞のように見える。しかし、目を凝らすと、極細の黄金の線が作り出す美しい文様が浮かび上がってくる。
数枚重ねた金箔を竹の刀を使って切り出された黄金の線は、細いもので0.1㎜前後。髪の毛よりも細い。その線を膠(にかわ)と布海苔を混ぜた接着財で貼り付けていく気の遠くなるような作業が生み出す工芸、それが「截金(きりかね)」である。
江里朋子さんの母、江里佐代子さんは、重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定された截金の第一人者だった。
幼い頃から母親の手元を見て育った江里さんの作品は、自ずと母の作品の面影を宿す。
しかし、今回の展覧会では新たな挑戦も試みられている。それが「截金絲綢」と名付けられた一連の作品だ。
「絲綢」とはシルク。両面に截金が施された薄いシルクは、やはり目を凝らすと、截金の繊細な文様と布目が組み合わさり、桐の木地に施されたこれまでの截金作品とは異なる独特の世界が醸し出されている。
截金絲綢飾筥「天漢路」 21.0×15.0×5.0㎝ ©Tomoya Nomura
「シルクに截金を施した一連の『截金絲綢』や、截金を被せた細い円柱とガラス棒を交互に組み合わせた作品などを額装してみました。光の当たり具合や見る角度、見る時間によっても表情が刻々と変わります。額装ですから壁に掛けてその変化を、日々楽しんでいただけたらと思います」
截金は仏像を加飾する技法として、主に京都を中心に古くから受け継がれてきた。筥や香合の木地を作るのも京都の職人が多い。
「木地や額を作る職人の方々の素晴らしい技術があってこそ私の作品は生まれます。そうした職人の方々に感謝する毎日です」
日々、緻密な作業を続けている江里さんだからこそ、職人に対する感謝の念も深い。
重ね合わせた金属を、幾度も削り叩くことによって生まれる不思議な文様 ──杢目金 佐故龍平──
硬い金属なのに、マーブル模様を思わせる有機的にして複雑な景色が、エッジの効いたフォルムの壺や香合の全面を彩る。
佐故龍平さんの作品の特徴である、不思議にして美しい文様は、「杢目金(もくめがね)」という技法 によるもの。銀、銅、銅と金との合金などの金属板を、25枚から35枚ほど重ね合わせて一枚の板とし、それを削っては打ち延ばす工程が幾度も繰り返される。
その繰り返しによって、重なり層をなしていた何枚もの金属が同一面に現れ、個々の金属が持つ固有の色がマーブル模様を呈する、一枚の金属板となる。その板を再び打ち延ばし絞ることで、意図するフォルムへと仕上げていく。
こうした工程を経る「杢目金」の技法は、江戸時代に刀剣の鍔を装飾するために考案された。一見すると、窯変を思わせるような、自然が作り出す偶然の文様にも見えるが……。
杢目金打出縞鶴首壺 ф11.3×26.0㎝ ©Masatoshi Kaga
「ほぼ、計算の上での文様です。どの金属をどの順番に重ね合わせるかによって、そしてどのように削って打ち延ばしていくかによって、浮かびあがってくる色調や文様はほぼ予想できています。
多くの装飾技法は、器形を形作った後に装飾が施されます。しかし『杢目金』では文様が先に生まれます。さらに金属を叩いてフォルムを整えていくという、立体化する工程で、その文様はまた表情が変わり、変化が生じます。文様と器形を作るプロセスが密接に関係しているところが『杢目金』の特徴のひとつです」
作品はどれも一枚の金属でできているように見える。とても25枚以上の金属が重ね合わされ、それが幾度も打ち延ばされているようには思えない。
迷宮の入り口を思わせるような不可思議な文様とその深い色調。じっと見つめると、その迷宮に引き込まれていくような、そんな錯覚さえ覚える。
精緻な造形に施された、揺れ動くかのような繊細な蒔絵文様 ──漆芸 室瀬智彌──
漆芸作家は、漆を塗る、あるいは蒔絵や螺鈿で加飾することに専念し、木地は専門の木地職人に任せることが多い。数え切れぬほどの工程と時間を必要とする漆芸は、漆を扱う作業に専念せざるを得ないからだ。
しかし、室瀬智彌さんの作品は、まず乾漆で造形することから製作が始まる。
「漆の作品は、その色調などの影響もあり、まずは形として存在を強く主張してきます。
形が目に飛び込んでくるからこそ、形やフォルムにまず神経を払いたい。そんな思いから、まず乾漆で造形をしていきます。今回の展示作品も乾漆で造形されたものが大半です」
室瀬さんのこの言葉が物語るように、あらゆるものを吸い込むような黒褐色が支配する作品は、たとえそれが小さなものでも、強烈な存在感を放っている。
さらに、蒔絵で施された文様が、その存在感をより際立たせている。
文様が揺れている様に見えるのだ。もちろん目の錯覚だが、細かく散りばめられた、時には水滴のような蒔絵の文様が、ややもすると揺らいでいるように見えてくる。
蒔絵合子「内なるもの」19.0×12.0×10.0㎝ ©Tomoya Nomura
「僕は、あらゆるものは変化していくと考えています。それはたとえ僕の作品であっても。
ですので、パターンが固定している連続文様より、アットランダムに散りばめたような文様を蒔絵で描き、その文様が揺らぐことで、作品全体が絶えず変化しているように見えたら、と思っています」
漆芸の重要無形文化財保持者(人間国宝)である室瀬和美さんを父としながらも、早くから工芸の道に進むことはせず、大学卒業後に輪島の漆芸技術研修所に入所し、基礎から漆を学んだという異色の道を歩んだ室瀬さん。
現在では、文化財の修復などの地道な仕事に親子で携わる。その一方で、独自の造形、独自の文様を生むための挑戦の日々が続く。
交差する4つの個性。互いにリスペクトし、高め合うエネルギーが工芸の未来を創出する
素材も手法も異なる4人の作品に共通して流れるもの。それは受け継がれてきた伝統の技法に、現代的な感覚と、作家としての個性をいかに注ぎ込むかという熱意と、それを実現させるための絶え間ない努力だ。
この熱意と努力が、大きなエネルギーとなって、会場を清冽な気配で満たしている。
作品搬入と展示作業の合間を縫って、4人の作家の方々誰もが、自作に対する熱い想いを語ってくれた。と同時に、自分以外の作家の作品をも熱心に見てまわり、時には作家同士で深く語り合う姿も見られた。それはまさに交差する4つの個性が、互いにリスペクトし、高め合おうとしている素晴しい光景だった。
◆アート探訪記~展覧会インフォメーション
Kogei Crossroads ──過去、現在、そして未来へ──
会期:2024年11月28日(木) 〜 2024年12月8日(日)
時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで
- 場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール
銀座・和光で開催される、4人の工芸家によるグループ展。
ガラス、截金、金工、漆芸という異なる分野で切磋琢磨する工芸家たちの個性が重なったとき、
そこには、工芸の未来へと向かう新たな可能性が創出維されます。
<出品作家によるギャラリートークイベント>
11月30日(土)14時から
◎混雑時には入場を制限させていただく場合がございます
櫻井正朗 Masao Sakurai
明治38(1905)年に創刊された老舗婦人誌『婦人画報』編集部に30年以上在籍し、陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、さまざまな日本文化の取材・原稿執筆を経た後、現在ではフリーランスの編集者として、「プレミアムジャパン」では未生流笹岡家元の笹岡隆甫さんや尾上流四代家元・三代目尾上菊之丞さんの記事などを担当する。京都には長年にわたり幾度となく足を運んできたが、日本文化方面よりも、むしろ居酒屋方面が詳しいとの噂も。
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