文・松山 猛
スイスの小さな村「フルリエ」のウオッチメゾン
スイスの北部ジュラ山系の懐にある谷合の街の一つ、フルリエは時計製造の古い歴史を持っている。
18世紀の中国などに輸出され、清朝の王族や富裕な商人などに愛された 「BOVE(ボヴェ)」工房などの、チャイニーズ・デュープレックスというスタイルの時計があり、それらの時計はエナメル画や、淡水パールなどで装飾された、美術工芸品の様な性格を持っていた。
そして今日も、そのフルリエの街で注目すべき時計を作っているブランドこそが「パルミジャーニ・フルリエ」である。


2024年モデル トリック クロノグラフ ラトラパンテ ロースゴールド 限定30本 22,187,000円


デザインから最終的な組み立てまですべて細心の注意が払われている。


歴史は浅いながら、スイス時計の技術が詰まっている。


革ベルトにはパルミジャーニ・フルリエの刻印がされる。
ミシェル・パルミジャーニ氏は時計学校卒業後の1970年代から、古時計やオートマタなどの修復を通じて、複雑なメカニズムを習得し、ル・ロックル時計博物館の「シャトー・デ・モン」や、パテック フィリップ・ミュージアムのコレクションなどを修復したことで有名になり、その技術力に注目したサンド財団の協力を得て、時計ブランドを設立した立志伝中の人物だ。
ちょうど機械式時計ルネッサンスというべき1996年の創立であり、彼が作りだす複雑機構を内蔵したエレガントなデザインの時計は,たちまち評判を得ることとなった。


「トリック クロノグラフ ラトラパンテ」
機能的でエレガントな美しい時計に心惹かれて
設立当時からのデザインの一つが”トリック”というシリーズで、このシリーズの時計は建築用語でゴドロンと呼ばれる、細やかな刻み目を持つベゼルを特徴としている。トウールビヨンをはじめ、永久カレンダー、ミニッツリピーター、スプリットセコンド・クロノグラフ、8日リザーブなど、様々なタイプのモデルを生み出してきた。
僕が興味を持って手に入れたのは、カルテ・フルリエという精度検定に合格したモデルで、これはフルリエを拠点とする時計生産者によって運営されるシステムだ。
時計にとっての第一義というべき正確さにチャレンジした、特別な時計であることに魅力を感じ、手に入れたのだった。
そして2021年、このブランドのCEOとして参加した、グイド・テレーニ氏によって、このブランドのそれまでの伝統的でクラッシック・エレガンスの世界に、モダーンな感性が加えられ、新しい感覚の”トリック“シリーズや”トンダ“シリーズが完成したのだった。
ミニマルなシェイプのケースは、プラチナあるいはゴールドによるもので、ゴドロンのベゼルは健在だ。
僕が好もしいと思うのは”プティ・セコンド”モデルで、いわゆる秒針が6時位置にあるスモール・セコンド・モデル。
そして新たにこのシリーズのために設計されたムーブメントは、地板やブリッジが18Kゴールドというゴージャスさなのだ。


2024年モデル トリック プティ・セコンド ローズゴールド 7,403,000円
またもう一つの“トンダ”というシリーズには、マイクロローターの自動巻きムーブメントが採用され、こちらはケースと同素材のブレスレット仕様が基本となっていて、よりスポーティーな雰囲気を持っており、最近人気の高い、いわゆるラグジュアリー・スポーツ時計である。
2025年の4月にジュネーブっで開催された”ウオッチ&ワンダー”という時計フェアでは、トリックやトンダの新作が発表されたが、中でもトリックの青空を思い起こさせる淡いブルーの文字盤の、パーペチュアルカレンダー時計が素敵だった。複雑な暦の要素をミニマルにまとめ上げた傑作である。
パルミジャーニ・フルリエのもう一つの顔が、クラフトマンシップの神髄の様な、様々な工芸芸術の要素を持つ、ポケットウオッチなどの世界であろう。
ユニークピースの“ラルモリアル”や“ローズ・カレ”などは、息をのむほど美しく仕上げられたもので、まさにかつて王侯貴族が愛玩した時計のように、それは芸術性を帯びた『時のオブジェ』だと言えるだろう。
この4月のスイスへの旅では、グランフーエナメルの仕事をされている、ヴァネッサ・レッチさんの工房を訪ね、その素晴らしい仕事ぶりを見せていただくこともできた。
この様な時計は,それを持つことが許された、選ばれた者に至福の歓びを与えてくれるに違いない。
時計の歴史とそのメカニズムを知り尽くしたミシェル・パルミジャーニ氏と、モダーンな時計造り世界の第一人者、グイド・テレーニ氏の二人の作り上げる世界がどう発展していくかが、とても楽しみなのである。
「松山 猛 時と人を繋ぐもの」とは
日本の時計ジャーナリストの草分け的存在である、松山 猛さんが心惹かれた時計や人、ブランドに宿る物語を独自の視点で紹介していく連載。
筆者プロフィール
日本の作詞家、ライター、編集者。1946年京都市生まれ。1968年、ザ・フォーク・クルセダーズの友人、加藤和彦や北山修と共に作った『帰ってきたヨッパライ』がミリオンセラー・レコードとなる。1970年代、平凡出版(現マガジンハウス)の『ポパイ』『ブルータス』などの創刊に関わる。70年代から機械式時計の世界に魅せられ、時計の魅力を伝える。著書には『智の粥と思惟の茶』『大日本道楽紀行』、遊びシリーズ『ちゃあい』『おろろじ』など多数。
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