文・松山 猛
日本国内で最高技術を学べるアカデミーの開校への期待
お気に入りの時計やジュエリーは、頻繁に身に着けていると、時には傷つき、また故障をしてしまうのは仕方のないことだ。だが心配することはない、良く作られたものの多くは修理ができるし、小さな傷などはベテランの職人の手にかかれば、まるで新品のように修復され、輝きを取り戻してくれる。
せんだってはLVMHグループがオペレーションしている、修理の現場にでかけた。その日は同グループが始めることになった、『LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー』の開校式だったからだ。
それは東京の江東区東陽町の、LVMHのサービスセンターの中に作られたアカデミーで、今年は若い見習い時計師2名がそのプログラムに参加することになり、そのお披露目の日だった。
スイス時計の世界では、そのような新人をアプランティスと呼び、先輩の時計師が時計のメカニズムやその働き、組み立てや調整などを事細かく指導していく。今年入学した2人は、工業高校などを出たばかりの初々しい若者だった。彼らは座学や実習をこれから2
年間かけて学んでいくという。もちろん2年そこそこでは完ぺきではないが、卒業後は先輩たちとともに、実践の世界で腕を磨いていくというわけだ。
そして彼らにはそれなりの給与が支払われるというから、生活の心配もなく学ぶことができるというわけである。


挨拶に登壇したLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン合同会社 職務執行者社長ノルベール・ルレ氏(中央右)とLVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン株式会社 取締役COO ジュリー・ブルジョワ氏(中央左)(写真右から)タグ・ホイヤー ディヴィジョン取締役ジェネラルマネージャー、 ニコラ・セナー氏。ブルガリ・ジャパン合同会社社長デニス・コアン氏。ウブロ ディヴィジョン マーケティングディレクター、 栗田 彩子氏。ゼニス ディヴィジョン取締役 ジェネラル マネージャー、 鈴木 真澄氏。
最新機器を使って実践環境で学びを深めていく
アカデミーの部屋には、最新の時計修理などの機材が並んでいて、きっと学びやすいだろうと想像した。同グループには、ブルガリをはじめとして、ウブロ、タグ・ホイヤー、ゼニスなど、多くの高級時計ブランドがその傘下にあり、ここ東陽町のサービスセンターで、オーバーホールや修理の作業が行われている。
僕は初めてここを訪れたが、想像以上の時計師や、ジュエリー職人が働いていて、ここに持ちこまれる、人々の愛用の品を、新品同様の姿にリフレッシュしていく作業を見せていただいた。


最新鋭の設備が整った環境で学ぶことができる。
この日誘ってくださったのは、旧知の時計師、林繁さんで、彼にとってもアカデミーの開校は、心待ちにしていたプロジェクトであることが伺えた。
時計というものは、鉱物で作られたものだが、僕にはそれが生き物のように思えてならない。人間や動物と同じで、時には不調にもなるのだが、例えば機械式の時計であれば、その多くが修理できるポテンシャルを持っている。シンプルな時計のほとんどは、このアトリエで修理が可能とのことで、よほどの複雑機構の物はスイスの本国送りになるという。
扱いブランドが多いから、メインテナンスも多岐にわたるだろうが、ここには沢山のベテランがいて、その現場が活気にあふれているのを見た。


「世界に通用する時計修理技能士の育成」をミッションに掲げている。


ブランドのカスタマーサービス部門と同じ施設にあることから、現役技術者の仕事を間近で見ることができる。
時計のメタル・ブレスレットの一コマずつを、丁寧に磨き上げていく作業を見ていると、そのコマは小さな傷を消し去り、輝きを取り戻していくのだった。良いものはこうして手を尽くされて、いつまでも持ち主を楽しませてくれるのだろう。
今年の新人が巣立つと、また新たに2人の新人が迎え入れられ、奥深い時計の世界を体験していくそうだ。
この新しい取り組みに僕は賞賛の拍手を送りたいと思う。
「松山 猛 時と人を繋ぐもの」とは
日本の時計ジャーナリストの草分け的存在である、松山 猛さんが心惹かれた時計や人、ブランドに宿る物語を独自の視点で紹介していく連載。
筆者プロフィール
日本の作詞家、ライター、編集者。1946年京都市生まれ。1968年、ザ・フォーク・クルセダーズの友人、加藤和彦や北山修と共に作った『帰ってきたヨッパライ』がミリオンセラー・レコードとなる。1970年代、平凡出版(現マガジンハウス)の『ポパイ』『ブルータス』などの創刊に関わる。70年代から機械式時計の世界に魅せられ、時計の魅力を伝える。著書には『智の粥と思惟の茶』『大日本道楽紀行』、遊びシリーズ『ちゃあい』『おろろじ』など多数。
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