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受け継がれる匠の技を世界へsakai kitchenの挑戦(後編)

2022.3.16

大阪 堺で出合った「和晒」と「注染」という2つの技が暮らしを彩る



大阪府堺市の伝統産業のブランド力向上を目指し、もっと多くの人に知ってもらい、使ってもらうための取組として立ち上げたプロジェクトが「sakai kitchen(堺キッチン)」。そのプロジェクトに参加する、鮮やかな色と素朴な風合いを楽しむ和晒の工房で、その工程に追った。



木綿から製品への工程「和晒」が
現代の生活に合うインテリアに

 

かつて日本の「晒(さらし)」といえば、浴衣、手拭、おむつ、布巾など、生活必需品の素材だった。しかし晒の一大産地が大阪府堺市にあると知る人は、それほどいないかもしれない。大阪府の南部は古くから木綿の産地として栄えてきた。必然的に綿織物の不純物等を除去して漂白する技術も発達し、なかでも水量が豊かな石津川を有する堺では「和晒」が盛んに行われた。堺が木綿の産地と商業地・大阪市の中間に位置することも、発展した理由の一つだろう。

 

今も石津川添いに7軒の和晒工場が並んでおり、「三共晒」はその1軒だ。4代目・中野泰司によると、なんと今も国内の和晒の90%以上がこの7軒で賄われているという。



さらし さらし

大阪や愛知でできた織布は、織布工場の自社便で運搬するため、裸の状態で倉庫に届く。脱脂前の生成りの綿は水をはじき、まだ不純物も目視できる状態。



できたばかりの木綿生地は黄色っぽいいわゆる生成り色で、不純物や脂を含んだ状態。これを熱湯で約3日間炊き込むことで、水や薬品を通すことで糊抜きや漂白を行う工程が「和晒」だ。昔は石炭を燃やし五右衛門釜で炊いていたが、今はコンピュータ制御により安定した加熱が行われている。

 

巨大な“釜”で長時間蒸し続ける。夏場は室内の温度が50℃に達することもある過酷な環境だ。そのあとは遠心分離機で脱水して、生地同士を手作業で縫い合わせ、熱したシリンダーに通して乾燥、畳んで整えてゆく。こうしてようやく次の「染め」工程へ卸すことができる。

 

そのあとは遠心分離機で脱水して、生地同士を手作業で縫い合わせ、熱したシリンダーに通して乾燥、畳んで整えてゆく。こうしてようやく次の「染め」工程へ卸すことができる。



遠心分離機 遠心分離機

水を含んだ重い布を窯から遠心分離機に移し、きっちり詰める。息を合わせてリズムよく進んでいるように見えるがかなりの重労働。



ミシン ミシン

長い布を3人がかりでさばき、折れ防止の小さなタグを挟みながら端をミシンで縫い合わせる。120~150mにもなるため、5枚ごとに色つきのタグを挟み込む。



蒸気で熱したシリンダーに巻き付けて乾燥させる。10本のローラーを蛇腹に通るうちに、残っていた水分が飛んでパリッと乾燥する。


たたみ機 たたみ機

乾燥した晒はすぐにヤールタタミ機へ。70~155cm幅できちんと畳み、納品準備が整った。



現代では日本人の生活が変わり、晒の需要が減ったことは言うまでもない。

 

「昔は和泉に1000社もの小巾織物工場がありましたが、今は24社。そのうち後継者がいるのはたったの4社です。このままでは我々のような周辺会社には先がないでしょう」

 

B to Bにこだわらず小売り事業に乗り出すべきだ。そう考えた中野は、2021年1月に自社ブランド「WASIL」をリリースした。

 

「WASIL」は和晒を使用したファブリック・アート。和晒に特殊な機械でシルケット加工を施し、滑らかな光沢をたたえた表面に、様々な技法でイラストや写真を染めあげる。タペストリーとして、テーブルセンターとして、額装して、自在に使えるインテリアだ。



「WASIL」 「WASIL」

シルケット加工により生地の染色彩度と強度をアップする。「WASIL」の鮮やかな発色は額装すれば独特の風合いに。



中野 中野

現代における和晒の主な用途はアーティストのライブグッズ、インバウンド需要のハチマキ、祭りの浴衣や法被……すべてがコロナ禍で中止の憂き目に。「計画中だった『WASIL』を急ピッチで開発しました」と中野



「『WASIL』では現代の暮らしに合うよう、和柄にこだわらず洋のデザインも採用しました。寝巻や布巾を使わない生活で、晒の用途が変わるのは当たり前のこと。次の時代へ向けて、晒の良さを別の形で伝えたいと思っています」

 

 

2022年3月に新たに発表する「FABRIC FRAME」は、端材を活用した立体モダンアート。真っ白な晒の端材にしわを寄せたり、結び目を集めたり、丸めたり……正方形のキャンバスいっぱいに柔らかな表情を見せる和晒は、まるで昔と今を優しくつなぐ懸け橋のようだ。



「FABRIC FRAME」 「FABRIC FRAME」

「FABRIC FRAME」35cm×35cmのパネルを並べて表情の違いを楽しむ。右から「shiwa」「ito」「 kukuru」「taira」。



多量の晒を一気に染める「注染」は
大阪らしい合理主義の伝統技術

 

染色法は数あれど、明治時代に大阪で生まれた「注染(ちゅうせん)」は、和晒の特徴を踏まえた多色染めの技法だ。そもそも染めは布の表面にプリントする方法と異なり、糸から染めるので両面に色が出る。注染は重ねた布の上から染料を注ぐため、版を重ねず50枚もの晒を一度に多色染めできるとあって、「注染」開発後は生産量が大幅に上がったそうだ。

 

「この合理性がまさに大阪!ですよね(笑)」そう言って笑うのは、1966年に創業した注染・捺染(プリント)会社「ナカニ」の久間文美だ。久間はもともと手ぬぐいは知っていたが、にじゆらの催事を手伝った時に「こんな染めがあるんだ」と衝撃を受けた。

 

 

「関西で生まれ育ち、手拭も好きだったのに、注染のことは全然知りませんでした。入社して自社ブランド『にじゆら』のプロジェクトに携わり、注染と手拭の魅力を広めたいと思ったんです」


久間 久間

「にじゆら」ブランドマネージャー・商品企画部マネージャーの久間文美。他に3人のデザイナーが在籍する。


「注染」が通常の染色と大きく異なるのは、最大50枚を同時に染めるための合理化された手順だ。布を蛇腹に折りながら糊でマスキングしてゆき、一番上の布に染料をブロックするための土手を糊でつくる。染料を流すと同時に下からポンプで吸うと、染料は一瞬で真下に吸い込まれる。裏からも糸を染めるために、丸ごとひっくり返して裏側から同じ工程を繰り返す。一つひとつの作業は繊細だが、唖然とするほど効率的で正確だ。

さらし さらし

晒に型をのせて、木べらで一息に糊を伸ばす「糊置き」。



つぼんど つぼんど

色の境目に糊で土手を築く工程は「壷人(つぼんど)」と呼ばれる。土手によって染料が無駄に広がらない。


染料を注ぐと同時に足でコンプレッサーを操作して下から吸う。染料は一気に布を通り抜け、瞬時に染まる。終わったらひっくり返し、同じ工程を裏からも行う。

 


この画期的な手法は、実は「和晒」の特性によって実現している。和晒は圧力をかけずにゆっくり蒸すため、繊維が潰れずふんわりとした状態を保っている。染料が糸の間を通りやすいからこそ、瞬間的に染めることができるのだ。

 

染まった晒は工房内の「川」で洗い、脱水する。堺で晒や注染が発展した理由の一つ、豊富な真水が流れる川に由来することは言うまでもない。最後に7~8mの高さから吊るす独特の「だて干し」で干せば、あとは裁断して完成となる。


布 布

裁断前の手拭は折り返しても7~8mの高さいっぱい。色とりどりの布が下がるようすは壮観だ。


オリジナルの注染手拭ブランド「にじゆら」の由来は「にじんだり、ゆらいだり」。注染特有の色のようすを表した造語だ。薄いのに丈夫で、手で割けて、ファッション性が高い注染手拭をもっと広めるため、2007年に発足した。

 

「拭いたり、包んだり、飾ったり……  一枚の布でこれだけ楽しめる手拭は、世界でも珍しい文化。注染の楽しさとともに、もっと知って欲しい、使って欲しいという思いがすべてです」と久間は話す。


手ぬぐい 手ぬぐい

boulangerie Esquisse-Franceという柄。バゲットやデニッシュ、カヌレのイラストがしゃれている。


「僕たちの住む世界」という柄。可愛らしく、でも独特の世界観が光る。


すぐに企業からのコラボ案件やオリジナル商品の注文などが舞い込むようになり、「にじゆら」は直営店6店を展開するまでに成長した。段々と堺の他企業も自社ブランド開発を始め、久間は町の盛り上がりを感じている。

 

「うちでも数年前に職人の代替わりがあって、女性や若い人が工房に立つようになりました。ひとまず技術の継承ができた、とホッとしています。このまま堺全体が盛り上がって、技術や道具、周辺の産業すべてを残せたらいいなと思っています」。

 

伝統と若い感性とエネルギー。それらを糧にして、堺の、sakai kitchenの未来はまだまだ拓かれてゆくはずだ。

 

(敬称略)

Text by Aki Fujita
Photography by Noriko Kawase

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