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福岡へ愛を込めて 福山剛シェフの軌跡(後編)

2023.1.9

レストラン「Goh」福山剛シェフ  福岡を愛する気持ちを新店に込めて


2022年10月17日。福岡・西中洲のフレンチレストラン「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」は、オープンからちょうど20年目を迎えたその日、幕を閉じた。思い出が詰まった、福岡の人に愛されたこの店が閉じることがわかるや否や予約が殺到し、毎晩テーブルが2回転もする盛況ぶり。ゲストは名残を惜しむが、福山はいつも通りに大らかで明るく、センチメントを少しも見せることはなかった。福山の新しいチャレンジは、もうはじまっていたからだ。

 

新店はキャナルシティ博多のすぐそばに建つ010 BUILDING (ゼロイチゼロ ビルディング)に入るのである。福山の店だけではなく、世界的ビッグネーム、ガガン・アナンドとのコラボレーションの店と、2店舗を手掛けるのだ。

 

 



福山とガガンを結び付けた
上海での不思議な出会い

 

ガガン・アナンドは、インドを代表するシェフである。「アジアのベストレストラン50」で4度の1位に輝いたバンコクのレストラン「ガガン」(2019年閉店)のオーナーシェフ だ。現在は自身のフルネームを掲げた「ガガン・アナンド」を展開し、その奇想天外な料理とエンターテイメントに熱い視線が注がれているセレブシェフだ。

 

福山がアジアで注目されはじめたのはオープンして10年が経つころのこと。中国から来てくれるゲストの中に常連となってくれた人がいた。福岡に来る度に店に訪れ、アジア中から友人を呼び寄せて福山の店で誕生会を開くこともあったほど。「その方が、上海に面白いレストランがあるからおいでと誘ってくれたのです」。誘いを受けるかどうか迷っていた福山に知り合いのある有名店で働くシェフがささやいた。「いろいろなお店を見た方がいいよ、勉強になるよ」と。

 

背中を押された福山は上海の「ウルトラバイオレット」へ向かった。1つのテーブルをその日予約したゲストが囲み、ショーアップされた空間に次々と料理が運ばれてくる。すべてが同時進行で行われ、テーブルを囲むゲスト全員がダイニング体験を共にするのである。そのゲストの中のひとりがモダンインド料理ですでに名を馳せていたガガン、その人だった。

 

 

上海の出会いから翌年の2015年、上海に呼んでくれた例の中国人ゲストの誕生会が「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」で開かれた。今度はガガンが福岡に招かれ、福山と一緒にキッチンに立ち料理を作ることに。当時の福山は英語を話さなかったが、ガガンはお構いなし。2人で力を合わせてメニューを作り上げた。

 



ゴウさんとガガン ゴウさんとガガン

福山剛とガガン・アナンド。この写真からもわかるように、いつもハッピーな雰囲気がふたりから発せられている。



「GohGan」と「Goh」
2つのレストランがオープン

 

その時、ガガンは紙コップにマジックで「#GohGan」と書き、福山とコラボレーションするとすでに公言していたそうだ。豪放磊落なガガンらしい発言に周囲は多いに盛り上がった。しかしそれは、福山と合意を取り付けたというわけでないし、半信半疑。だが、ふたりがタッグを組む実店舗が2022年12月1日にオープンしたのだ。ここ福岡の地で。

 

ふたりの店「GohGan(ゴーガン)」は、ひときわ目を惹くユニークな010 BUILDINGの1階に位置する。オープン数日前に福岡入りしたガガンは、直前までメニューのブラッシュアップを求めたという。福山とガガンのシグネチャーがただ並んでいるだけでなく、「GohGan」の独自性を大切にしたいと考えたからだ。新しもの好きや福山のファンたちが駆け付け、早速賑わっている。福山とガガンの個性が渾然一体となり、何を頼んでも楽しい、面白いものが食べられるとすでに評判だ。



カレー カレー

ふたりのシグネチャーともいうべきカレーは大人気。



ガガン ガガン

ガガンらしい、ユニークな料理の登場に、あちこちのテーブルから歓声があがる。



010 010

2022年10月、まだ工事中の010 BUILDINGの外観。



工事中の010 BUILDING 工事中の010 BUILDING

工事中の010 BUILDING内部。まだスケルトンの状態の中を案内してくれた。



そして2023年1月11日、福山の新店「Goh(ゴウ)」がオープンする。

 

「Goh」は、2022年10月に閉店した「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」とは、異なるコンセプト「ターブルドット」を掲げている。ターブルドットとは、ひとつの大きなテーブルをゲスト全員で囲み、シェフの料理を楽しむスタイル。元は、フランスの民宿や食堂などに見られたスタイルだが、現在ではそれがもっと進化して、たまたまそこに居合わせたゲスト同士を巻き込んで料理、ワイン、音楽、そして会話を交わしながら、同時性を楽しむものを指す傾向にある。

 

「ご用意できる席は14名。毎晩17時半にお料理はスタートします。ひとつのテーブルに偶然出会うゲスト同士や僕も一緒にワイワイしながら、食事を楽しんでもらえたら。これまで『ゴウ』で出していた料理のままではいけないし、新しいスタイルに挑戦し、僕の料理も進化させていけたらいいなと思います」。

 

あの居心地のいい秘密基地のような「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」とはまるで異なるこのスタイリッシュな空間で、新しいスタイルにあえて挑戦していく福山だが、「ターブルドット」のコンセプトや目指すものを聞いていると、大テーブルでゲストを楽しませ、もてなす福山の姿がすぐに想像できた。全然違うお店になるけれど、大丈夫。以前よりもっとゲストとの距離が近くなることで、福山の料理は進化すると確信した。

 

 

ワインバーのシェフだったころ、酔客の困ったリクエストに応えながら、カウンターからゲストがどんな様子で食事をしているか観察して腕を磨いてきた、と語ってくれた福山のことだ。「Goh」は、スタイルこそ異なるがあの時代に戻って、新しい自分、まだ見ぬ自分に福山が出会うための、次の物語のはじまりなのだ。

 

 

 


「福岡に愛されたい」
福山シェフが向かう先はやっぱり福岡

 

 

多くのスタッフに支えられながらも、これまで以上に多忙を極めることは必至だ。「GoGan」と「Goh」だけでなく、010内のバーやシアターのフードサービスも担うからだ。目いっぱい新しい挑戦に挑む福山に、さらに大きな夢―――たとえば海外進出や、東京への出店などの意欲があるのかどうか、聞いてみた。

 

「そんなこと、全然考えていません!海外や東京で、親しいシェフとコラボしたり、ポップアップしたりするのは楽しいから、これからもチャンスがあればどんどんやりたいです。でも、福岡を離れるつもりは毛頭ありません。僕は有名店で働いたこともないし、海外修行に出たこともない。シェフとして、福岡に育ててもらったんです。だから、僕にとって一番大切なのは福岡。福岡のお客さんにそっぽをむかれるようなことは絶対しません」。

 

これまでも、福岡のゴウさんに会いに、とアジアからそして日本中から多くのゲストが訪れていた。そうだ、福岡に行けばいいのだ。というより、福岡にいてくれないと困るのだ。クラシックで、かつイノベーティブ、そしてアジアのDNAを宿した福山の料理を最高の状態で食すなら、それは東京でも上海でもなく、福岡でなくては。

 

 

自分の居場所は福岡。福岡に愛されたい、ときっぱりと言い切った福山がはじめた冒険物語を、体験する価値はあるはずだから。

 

 

(敬称略)

 

 



Photography by Koji Nakayama

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