充実した子育て支援と移住サポートで全国から注目を集める、石川県小松市。市内で店を構え、創業90余年を数える老舗料亭「割烹 鮨 米八」の若女将である浮田 彩さんも、こうした支援とサポートを受けたひとりです。浮田さんは、じつは若女将であると同時に、「四代目主人」として、この夏から板場に立つことに。県外から嫁いできた浮田さんが、板前を志すに至る経緯。そこには、浮田さんを突然襲った不幸と、その不幸を乗り越えた努力、そして浮田さんを支えた小松の仲間たちの、固い結束がありました。
鮨職人として凛とした姿でお客様を迎えるために、自身でデザインした白衣
詰めた襟が少し立ち上がった、一瞬パティシエを思わせる白衣に、板前であることを物語る割烹帽を被り、浮田彩さんはカウンターに立つ。
8月からの開店を前に、一日だけ特別に店を開け、鮨も握っていただいた。
「鮨職人として、一番凛とした姿でお客様をお迎えできるのが、この白衣ではないかと思い、自分でデザインしました」
ネタを切り揃え、飯台からシャリを掴み取り、素早く握って付け台へ。無駄のない流れるような一連の所作が美しい。
「まだまだ学ばなければならないことは沢山あります」
浮田さんは謙遜する。無理もない。つい2年ほど前までは、「割烹 鮨 米八」の若女将として、着物姿でカウンターの反対側に立ち、接客していたのだから。
長芋の とろろに、ウニとイクラ、赤烏賊を添えた前菜。香り高いワサビがアクセントとなる。
慣れない環境での子育てをサポートする、充実の支援制度
2015年、浮田さんは新潟県から嫁いできた。夫は「割烹 鮨 米八」の三代目主人として鮨を握る板前。浮田さんが両親と一緒に客として店を訪れたことが、二人の出合いとなった。
「新潟と小松は、それほど離れていませんが、新潟はどちらかといえば関東、それに対して小松は関西。言葉も違いますし、味付けも異なります」
若女将として店に立った浮田さんは、最初のうちは戸惑うことも多かったが次第に慣れ、やがて男児を授かった。
「お店をしながら、子どもを育てるのはなかなか大変でした。その時に、小松市の行き届いた子育て支援制度が、本当に助かりました」
子育て世帯に1カ月に一度、紙おむつを無料配布
「赤ちゃん紙おむつ定期便」は、紙おむつを届けるスタッフが赤ちゃんと保護者の見守り役も担う。(写真はイメージ)
行き届いた子育て支援制度、そのひとつが「赤ちゃん紙おむつ定期便」だ。
生後3か月から1歳の誕生月までの赤ちゃんを育てている家庭に、1カ月に一度、紙おむつが無料で届けられる。
また、母子手帳の交付を受けた妊婦に支給される、胎児1人あたり5万円の給付金は市独自の制度で、出産前の準備にあてることができ、好評を博している。そのほか、子ども医療費の窓口負担ゼロなど、高水準の制度が整えられている。
「手厚い支援制度のお蔭で、子育てと若女将業の両方をこなしていくことができました」と浮田さん。写真は2016年、お店のカウンター前で。
張り詰め、強張っていた心を救ってくれた、窓口の方の心優しい一言
ところが2022年秋、夫の急逝という突然の不幸が浮田さんを襲う。
「葬儀をはじめとして、やらなければならないことが山積みで、気も張り詰めていましたので、悲しむ暇(いとま)もなくただ時間だけが流れていきました。
1週間ほどが過ぎ、市役所の窓口で書類などの手続きをひと通り終えたときのことです。それまでどちらかといえば事務的な対応をしていた窓口の方が、私の目をじっと見て『お疲れじゃありませんか。こちらでできることは何でもいたしますので、お困りの時はいつでもいらしてくださいね』と、心からの言葉で慰めてくださったのです。
その一言で初めて緊張の糸が解けて気が緩み、涙が溢れ出てきたのです。血の通った行政というのは、こうした一言から始まるのだなぁと、つくづく思いました」
この一言に、どれだけ救われたことかと、浮田さんは言う。
「貴女が板前として鮨を握ればよいのでは」
主を亡くした「割烹 鮨 米八」を今後どうしていくべきか。それが差し迫った問題だった。
「職人さんを雇って板場に立ってもらったりしましたが、うまくいきません。悩んでいると、以前から頼りにしていた同業の方から『貴女が板前として鮨を握ればよいのでは』とのアドバイスをいただいたのです。最初は、えっ私が鮨を握るの、と戸惑いましたが、考えた結果それが最善の策だということに至りました」
決断してからの動きは早かった。金沢の名鮨店に修業に入り10代後半から20代前半の見習いの若者たちと同じように立ち働いた。鮨職人を養成する専門学校にも通った。
小松を離れた修業期間中は、大女将である義母が中心となって、子どもの面倒を見てくれた。
能舞台を模した店内は、初代店主が自ら設計して手掛けてたこだわりの空間。能が盛んな、石川県ならではの雅なたたずまい。©Junko Ueda
必死になって技術を身に着けた浮田さんが鮨を握る新生「割烹 鮨 米八」は、事前予約のお客様のみという形で、8月から店を開ける予定だ。
「亡き主人が先代から受け継ぎ、自身で培ってきた『米八』の灯を守りたいという思いもさることながら、小学校3年生となった息子の将来の選択枝のひとつを、ここで閉じてしまってはいけない。私が板前になる決意をしたのは、そうした思いがあるからです。
そしてもうひとつ、20歳から店に立ち続け、大女将として若女将の私に多くのことを教えてくれた義母に、再び大女将として店に出ていただきたい、という私の願いもあります」
新生「割烹 鮨 米八 」は、それまであったカウンター前のネタケースを取り払ったために、客との距離感がより縮まることとなった。©Junko Ueda
小松市の料亭と旅館の女将が団結し、「こまつ女将 小珠の和(こたまのわ)」を結成
不幸に見舞われた浮田さんの大きな支えとなったのが、後に「こまつ女将 小珠の和(こたまのわ)」となる小松市内の料理店や旅館の女将たちだった。
小松市は、加賀前田家三代当主、前田利常の隠居地であり、かねてから茶道文化が盛んで、数多くの料亭が暖簾を掲げ、「料亭文化」が町衆にまで広まっていた土地柄でもあった。
ところが、コロナ禍で多くの料亭が休業を余儀なくされた。辛うじて開催されたお弁当のテイクアウトイベントで、偶然4人の女将が顔を合わせた。浮田さんもその4人のうちの一人だった。
「同業者として、ほかのお店のお名前だけは存じ上げていましたが、女将同士が顔を合わせるのはほとんど初めてでした。コロナ禍でいろいろな情報が欲しかった時期ですし、お店も閉めていたので、情報交換で集まる時間も、ある程度取ることができました」
ほぼ同世代だった4人から始まった交流は次第に広がり、2024年3月の北陸新幹線延伸で新幹線小松駅が誕生することも見据え、2023年1月には「こまつ女将 小珠の和」が誕生した。
2023年1月に結成された「こまつ女将 小珠の和」。小松の料亭文化をはじめ、小松に伝わるさまざまな文化の強力な発信役として、注目を集めている。
「小珠の和」のメンバーの存在が、大きな支えに
前年の11月に夫を亡くした浮田さんは、自身の店のことや新たに始まった板前修業に忙殺される一方で、会の創立メンバーの一人として、石川県知事や小松市長への表敬訪問、地元新聞などの取材対応にも積極的に関わった。
「今から思うと、我を忘れて動き回っていたことが、かえってよかったのかもしれません。そして何よりも、新たな仲間となった女将の存在や、励ましの言葉にどれだけ元気づけられたかわかりません。
彼女たちがいたからこそ、私も新たな道に進むことができたのです。そして今では、ベテランの板前であるお店の大将が、魚の引き方を教えてくださったり、本当に有難く思っています」
小松市の産土神でもある「兎橋神社」には、その名にちなみ、九谷焼の兎の置物が数多く奉納されている。「小珠の和」の代表を務める「日本料理 梶助」の女将。梶あい子さんとともに、兎橋神社の御利益をPR。
「ここで参加しなかったら努力するチャンスをひとつ逃すことになるよ」。背中を押した同志の一言
小松市に桜の便りが届き始めた2024年4月初旬頃、浮田さんは少し悩んでいた。
8月の開業時に、チョコレートのデザートを提供する話が浮上していたからだ。
小松市とベルギー・ビルボールド市との姉妹都市提携50周年を機に、ベルギーの高級チョコレートブランド「ゴディバ」と、「小珠の和」の女将9名の料亭・旅館が共同し、「GODIVA café」のシェフの監修のもと、各店舗がオリジナルデザートを夏季限定でコースの結びに提供する、という取り組みだ。
「板前としてまだスタートもしていない私がデザート、しかも日本料理とはあまり縁のないチョコレートを使ってデザートを考えるのは、少し荷が重いように感じられて……」
戸惑っていた浮田さんの背中を押したのが、「小珠の和」の代表で、「日本料理 梶助」の女将でもある梶あい子さんだった。
「『ここで参加しなかったら努力するチャンスをひとつ逃すことになるよ』という梶さんの一言が、私の迷いを吹き飛ばしてくれました」
梶さんの一言が、迷っていた浮田さんの背中を押した。歳も近い二人は、今や同志のような間柄。©Junko Ueda
試行錯誤の末に誕生したのが「ホワイトチョコレートと豆腐のブランマンジェ」だ。
「ホワイトチョコレートと絹ごし豆腐をかけ合わせてみました。滑らかな口当たりと優しい甘さとのバランスを生みだすために、かけ合わせる分量の調節に苦労しました」
朱も鮮やかな輪島塗の網手椀とホワイトチョコレートの白とのコントラストが美しい一品は、日本料理ならではの繊細さが際立つ。
こうして出来上がったチョコレートデザートは、「割烹 鮨 米八」の記念すべき一品となった。
ホワイトチョコと豆腐のブランマンジェ。ゴディバオリジナルのカカオソースと香りのアクセントとなる生姜を添えて。5,000円~(税サ別)のすべてのコースに、このデザートがつく。©Junko Ueda
「板前としてはまだまだ経験が足りない私ですが、受け継がれてきた『米八』の料理を大切にしながら、やがては私独自のカラーも少しづつ織り込むことができれば、と夢は膨らんでいます」
この夏、「割烹 鮨 米八」 の板前として、浮田さんの新たな挑戦が始まる。
*「小珠の和とゴディバ『結び』のHarmony」と命名されたこの取り組みは、8月31日まで「小珠の和」を構成する9つの料亭と旅館で実施。
歌舞伎の「勧進帳」でも知られる安宅の関とそのすぐ近くに広がる安宅海岸は、小松市民の憩いの場。浮田さんも時おり足を運ぶ。近年、浜辺にはモダンなモニュメントが設けられ、話題となっている。
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