待望の「ミシュランキー」、アジア版は日本からスタート
ミシュランが厳選した108軒のホテル、旅館とは?
7月4日、アジア初となる「ミシュランキー」ホテルセレクションが発表された。あのミシュランのホテル版である。今回、選出された日本のホテルや旅館は合わせて108軒にものぼる。
「ミシュランキー」とはなにか? 聞き慣れない名かもしれないが当然だ。星付きレストランの評価で知られる世界的権威「ミシュランガイド」が2024年からスタートさせたホテル版ガイドであり、すでに本年4月からフランスを手始めにアメリカ(7エリア)、スペイン、イタリアで発表セレモニーが行われている。日本はアジアでは初の開催地であり、昨年12月の告知以来「あのミシュランガイドが評価するホテル・旅館って、いったいどこが選ばれるのだろうか」とトラベルジャーナリストだけでなく多くの旅好きを賑わせていたのだ。
日本には現在、超一流ラグジュアリーホテルから高級旅館、ビジネスホテルやリゾートホテル、民宿まで含めると約5万軒の宿泊施設があると言われている。これは2023年初頭に厚生労働省が発表した2021年度末のデータであり、コロナ禍による倒産や、減少の一途を辿る旅館事情、インバウンド増加によって続々と誕生する新規参入ホテルを考えると、現在ではデータはかなり変化している可能性も濃厚だ。
しかし今回の「ミシュランキー」日本版は、現存するすべてのホテル・旅館が対象というものではない。ミシュランガイドの正規インスペクター(匿名調査員)によってあらかじめ選出されていた約250軒のセレクションリストから、3ミシュランキー(6軒)、2ミシュランキー(17軒)、1ミシュランキー(85軒)が選ばれたものだ。
3ミシュランキー(最上級の滞在)獲得の宿泊施設
強羅花壇(神奈川)
ホテル ザ ミツイ キョウト(京都)
ブルガリ ホテル 東京(東京)
フォーシーズンズホテル東京大手町(東京)
パレスホテル東京(東京)
アマネム(三重)
他のホテルランキングガイドと何が違うのか
ミシュランガイドといえば「星」が代名詞だが、ミシュランキーを象徴するマークにはお馴染み“ミシュランの星”にルームキーを添えたデザインが採用された。
ところで、レストランランキングには「ミシュランガイド」「ベスト50」「ゴ・エ・ミヨ」「食べログ」「Retty」などさまざまあるが、ホテル業界においてもそれは同様だ。有名なところだと1987年にアメリカで創刊された「コンデナストトラベラー」社による「リーダーズ・チョイス・アワード」や、1958年から続く「フォーブス・トラベルガイド」がある。両者とも毎年のように日本のホテルや旅館のランキングや格付けを発表しており、それらはネットニュースでも簡単に検索できる。また、2023年からはここに「ベスト50」が参入し、昨年秋には第1回目となる「世界のベストホテル50」が発表された(日本からも3軒がランクイン)。また、旅行予約サイトでは多彩なユーザーランキングも展開されているので、今やホテル&旅館選びは指針が乱立している感さえある。
まさに群雄割拠のようなこの時代に満を持してスタートしたのがミシュランキー。これだけ多様な格付けガイドがある中で、いったい何を基準に眺めれば良いのかと迷うところだが、実はシンプルな話だ。筆者の個人的意見ではあるが「誰が選んでいるか」「評価軸はどこにあるか」を頭に入れればおのずと答えは出てくる。
<フォーブス・トラベルガイド>
独自採用の専任調査員が匿名審査。専門調査員が実際に有償にて宿泊し、800を超える審査項目をつぶさに、そして厳格にチェックする。審査項目は部屋の清潔度やサービスの不備がないかなど専門的かつ基本的。審査結果は後日、宿泊施設に知らされるという噂も。
<コンデナスト・トラベラーの「リーダーズ・チョイス・アワード」>
読者投票(よってこれもまたある種の匿名審査といえる)。世界各国に存在する数百万人といわれる同誌読者による投票によって選出される歴史あるアワード。選ぶ基準はシンプルで「次の旅先候補」を挙げることとされており、「フォーブス」等に比べると審査というよりは人気ランキングに近いかもしれない。
<世界ベスト50>
オフィシャルの地域チェアマンに任命されたvoter(投票者)による匿名調査。2023からスタートしたばかりだが基本的な投票システムは「世界ベスト50」レストラン版と同様。世界9地区にそれぞれチェアマンがおり、彼らがvoterを任命する。匿名のvoterはジャーナリスト、ホテル関係者、旅好きで構成されており、自らが最も評価するホテルを世界から選んで投票するシステム。よって、これも結果としては人気ランキングに近い。
では、ミシュランキーはどのような基準で審査を行なっているのだろうか。
宿の個性とそこでの体験に最大限の旅の価値をおいて
「ミシュランガイド・インターナショナル・ダイレクター」を務めるグウェンダル・プレネック氏にインタビュー。2007年の「ミシュランガイド東京」立ち上げのために2006~2009年は東京に暮らした経験も。この頃に日本各地を旅した経験も今回の指揮に生きているという。
ミシュランキーの評価基準や手法について語る前に、先にお伝えしたいことがある。それはミシュランガイドの長い歴史だ。日本ではレストランガイドとしての印象が根強い同社だが、本業はフランスに本拠地を置く自動車タイヤの大手メーカーである。「ミシュランガイド」の本国フランス版がスタートしたのは今から100年以上昔の1900年のことだが、この頃はまだ自動車での移動が大冒険だった時代。自動車旅行を少しでも快適で夢のあるものにしたいという願いから生まれたのが、旅先での食事や宿泊について情報を伝えるガイドブックだったのだ。
星による評価が始まったのは1926年のことだが、レストランガイドの三つ星の基準にははっきりと「そのために旅行する価値のある卓越した料理が味わえる」とあり、宿と食の2つを主軸にしていたことは明らかだ。後にレストラン部門があまりにも有名になったことから「ミシュラン=グルメガイド」というイメージが定着したが、そもそもは宿もセットだったことに改めて注目したい。
長い時間を経た今、満を持してホテルセレクションを再びスタートさせたミシュラン。すでに市民権を得た有名ホテルランキングがある中で、同社が打ち出すのはまったく新しい評価基準であり、価値観だ。そこでしか味わえない宿の個性として、建築やインテリア、歴史など、サービス以外にもあらゆるものが評価対象とされている。ユニークな特徴や独自性を尊び価格に見合った体験を重視することから、同じ数のキーを持つホテル・宿でも多種多様な顔ぶれが揃った。
これは非常に興味深い点で、3ミシュランキーに選ばれたラグジュアリーな6軒はともかくとして、2ミシュランキー以下においては、リストを初見したときには目が離せなくなったほど意外性に満ちたセレクションだと感じた。
2ミシュランキー(素晴らしい滞在)獲得の宿泊施設
ENOWA YUFUIN(大分)
亀の井別荘(大分)
ユサンディ(沖縄)
ハレクラニ沖縄(沖縄)
ベネッセハウス(香川)
アマン京都(京都)
THE SHINMONZEN(京都)
あさば(静岡)
アマン東京(東京)
ザ・キャピトルホテル東急(東京)
ジャヌ東京(東京)
ザ・リッツ・カールトン 日光(栃木)
ふふ日光(栃木)
庭園の宿 石亭(広島)
坐忘林(北海道)
西村屋 本館(兵庫)
ふふ河口湖(山梨)
「いいホテル」もさまざま、多様性の時代へ
京都二条城の前に位置する「HOTEL THE MITSUI KYOTO」。コロナ真っ只中の2020年秋に開業し、幸か不幸かコロナが明けるまでの期間は非常に落ち着いた時期を送り、スタッフたちも余裕をもって訓練に励んだと聞く。もちろん、今はフル稼働の日々だ。
今回、想像を超える独自性に満ちた評価基準だったからだろうか、3つ、2つ、1つのミシュランキーを獲得した108軒のリストを眺めていると頭の中にはいくつもの問いが溢れてくる。超有名な外資系ホテルグループの名が見られなかったとか、他のランキングリストでは常連になっている国内有数のホテルグループがほぼランクインしていなかったとか、きっと読者のみなさんも思うところがあるのでは? しかし、さらに考察を重ねると興味深い想像もできる。
つまり、良くも悪くも「ミシュランキー」は始まったばかりなのだ。その準備は5年前から着々と進められてきたが、ミシュラン社の正規社員、しかも数年の厳しいトレーニングを経て審査に挑むという匿名審査員は必ず実際に宿泊施設に出向き、宿泊したり見学したりするわけだ。日本版とはいえ、世界中のトラベラーをターゲットにしたリストであり、審査員は世界各国の人種で構成されるワンチーム。オンリストされた宿の地名を見ているとやはり圧倒的に強いのが東京、京都、北海道、沖縄であり、それらはインバウンドに支持される人気デスティネーションそのままだ。日本のホテル・旅館業界の成長に従って今後このリストも深さを増していくに違いない。
今回、「ミシュランキー」「コンデナスト・トラベラー」「フォーブス・トラベルガイド」の3強リストすべてで最上位グループにランキングしたのは、京都の「HOTEL THE MITSUI KYOTO」1軒のみ。逆に、有名なラグジュアリーホテルがリストによっては低評価だったりランク外だったりしている例もある。今や自分好みの評価を下すホテルランキングを見つけることが、旅好きにとってのマストなのだ。
ここから始まるホテル競争のネクストステージ
今回2ミシュランキーを獲得した「ふふ河口湖」。窓の外に富士山を眺められる「ザ・日本」なロケーションと、旅館でありながらホテルライクで快適なステイタイムは、インバウンド客にとっては高ポイントだろう。
レストランランキングでもいえることだが、今後インターナショナルに展開されるガイドブックを眺める際に心の隅に置いておきたいのは「それらが日本人のためだけにあるわけではない」ということだ。例えば「ミシュランキー日本版」はデジタル版のみで展開されており、誰でも無料で閲覧可能。言語は今のところ日本語と英語の2ヶ国語だが、エリア設定は50を超えている。発信者の視線の先には明らかに世界があり、日本のホスピタリティー産業は、そういったところから日本を訪れる人々を相手に勝負をしているのだ。
日本の宿といえば旅館の楽しさは今やインバウンド客にも人気だが、伝統だからとサービススタイルを伝統のままに貫けば、海外ゲストに居心地の悪さを感じさせることもままあるだろう。「不自由さがかえって楽しい」というのにもやはり限度があり、昨今の高級旅館では居住性の部分に関してはホテルライクにしているところも多い。例えば今回実に全国7施設がミシュランキーを獲得した「ふふ」などは、旅館ではあるが渋い侘び寂びを効かせた陰翳礼讃スタイルではなく、モダンで明るいサービスとインバウンド客にも好まれやすい快適性を重視して大きな成長を遂げた。
ミシュランキーの出現で変わる、旅と食
アワードセレモニーの合間を縫って、観光庁にも挨拶したグウェンダル・プレネック氏。単なるホテルランキングではなく、各国の観光業とタッグを組んで成長していく姿勢がミシュランガイドだ。
今回、発表会の会場では多くのホテル関係者の知人に会えた。キーを獲得した某ホテルの支配人に祝福の言葉を伝えたところ、「非常にうれしいし大きな名誉です。しかし、今まではホテル内のレストランが星をとるかどうかが気がかりでしたが、今後はホテルとしても今回のキーをキープせねばなりません。さらには双方のバランスも考えてしまいます……。気の休まる暇がありませんね」と、笑顔ながらも覚悟の入り混じった表情が印象的だった。
ミシュランキーは今後、年内だけでも、北米他地域とカナダ、タイ、アイルランド、ドイツ、オーストリア、スイス、メキシコ、イギリスで展開が始まるとすでに発表されている。来年以降はさらに広がっていくという。また、現在250軒ほどが掲載されている「ミシュランキー ホテルセレクション日本版」も日々軒数が拡充されている。年を追うごとに競争が激化するのが目に見えているということだ。しかしその一方で恩恵にも期待ができる。業界活性化はもちろんのことだが、ホテル・宿の評価に多様性が生まれることによってトラベラーは様々な価値基準による宿選びができるようになる。ユニークで若い感性のホテルも評価されるようになれば、この業界に入ってくる次世代や新たな層の従事者を生むかもしれないのだ。
今後、観光業が日本経済の救世主になるかもしれないと期待されているわけだが、ミシュランキーが投じた一石がこれからどのように波及していくのかが非常に楽しみ。私たちは旅人として、そのファーストシーンを目撃しているのだから。
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