【難読地名】なんと読む?牡鹿半島は「おすじかはんとう」とは読みません【難読地名】なんと読む?牡鹿半島は「おすじかはんとう」とは読みません

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2026.2.13

【難読地名】なんと読む?登米市は「とめまち」とは読みません

監修=プレミアムジャパン編集部

秋田県の「男鹿(おが)」と漢字が似ており、混同しやすい半島名です。「牡鹿」という名が史料に初めて現れるのは、天平9年(737)。この年の記録には、朝廷が蝦夷との対峙のために築いた防衛拠点のひとつ、「牡鹿の柵」の存在が記されています。





柵の正確な位置はいまも定かではありませんが、少なくとも約1300年前には、この地が「牡鹿」と呼ばれていたことは確かです。当時一帯は「牡鹿郡」と称され、現在の石巻周辺もその範囲に含まれていました。






この地名には、鹿にまつわる哀切な伝承が残されています。かつて牡鹿郡根岸村に一本の松が立っており、その昔、常に牝鹿と行動をともにしていた牡鹿が、ある日その伴侶を失い、悲しみのあまり鳴き続け、やがて命を落としたといいます。村人はその場所に松を植え、松の下にあった石を「鹿石」と呼び、そこから郡名を「牡鹿」とするようになったと伝えられています。こうした物語からも、牡鹿半島が鹿と深い縁を結んできた土地であることがうかがえます。








牡鹿半島(おじかはんとう)

 

 

牡鹿半島とは、「おじかはんとう」と読みます。

仙台から石巻を経て牡鹿半島西岸を南下し、金華山へ至る道は「金華山道」と呼ばれ、古くから参拝者で賑わいました。金華山には今も多くの鹿が生息し、訪れる人々を静かに迎えています。さらに慶長18年(1613)には、伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節が、この牡鹿半島から太平洋へと旅立ち、世界史へと足跡を刻しました。鹿の伝承と海の記憶が重なり合う地、それが牡鹿です。












日本の難読地名を知る
難読地名には、土地の言葉、文化、そして自然との共生の歴史が刻まれています。名前の由来を知ることで、旅先の風景が少し違って見えてくる。それが、難読地名が持つ不思議な魅力です。地名をひも解くことは、その土地の記憶をたどること。字面に隠れた意味を知ることで、地名が語る物語の深さを学ぶことにつながります。

 

 






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