西田宗生西田宗生

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海外で活躍する日本人

2024.11.23

香港ですでに150店舗、「OMUSUBI(おむすび)」を世界に広げる気鋭の社長 西田宗生




新連載「海外で活躍する日本人」では、世界をステージにさまざまな分野で活躍する日本人たちの物語を紹介する。

 

第3回目は、現在、香港で破竹の勢いで店舗を増やしつづける百農社国際有限公司の西田宗生社長である。百農社という社名に、西田氏の強烈な意思が込められている。つまり、「百年先の農を創る」ことを会社の理念にしているのだ。




「店舗には常時20数種類のおむすびが並んでいます。これまでに300種類ほどの具材を提供してきましたが、毎月新商品を出しています。現在のベストセラーは『焼肉おむすび』。『すき焼きおむすび』や『鮭の蒲焼きおむすび』、『とろとろ卵入りおむすび』も人気です。日本にはないような具材のおむすびも売れていて、例えば、XO醤、紅ズワイガニサラダ、カニ味噌、旧正月限定のアワビなどです。

 

 



お客様からヒントを頂戴することが多いです。1万7000人以上のフォロワーがいるファンの方が自主的に立ち上げたフェイスブックのファンページからも、こういう具材はどうかという提案をいただきます。またお店で親しくなったお客様を毎週お1人ご招待して、1時間ぐらいお話を伺い、様々なリクエストをいただいています」




最も安くて1個12香港ドル、平均で1個20香港ドル(約400円)が中心だ。いま、このおむすび専門店が恐るべき勢いで伸びている。

始まりは2011年の香港でのこと。たった2人で創業したおむすび専門店「華御結(はなむすび)」は、2022年に世界展開旗艦店としてスタートさせた新ブランド「OMUSUBI(おむすび)」と合わせると、現在、150店舗、従業員数は約1000名にまで成長した。


新ブランド「OMUSUBI」の商品 新ブランド「OMUSUBI」の商品

新ブランド「OMUSUBI」の商品




小売りのカリスマ経営者からの「農業を志せ」という天啓

 

たった10年余りで売り上げを凄まじいほどに伸ばすような経営者は、どのようにして生まれたのだろう。そもそも、早稲田大学の学生時代から、西田氏は異色だった。

 



「大学2年生の時でしたが、ITの会社を起業しました。漠然と起業はしたものの、飛び込み営業をするなど、日々のことに追われていました。自分の中には事業を通じて社会に貢献したいという気持ちがありましたから、このままではいけないという思いが日増しに強くなっていったのです。そこで、様々な経営者の本を読みまして、会社の利益追求と社会貢献は相反しないと発言する方がおられることが分かりました」

 



西田氏の行動力がちょっと違うのは、具体的に次のステップに向かうところだ。

 

「直接会いに行って、経営者の先輩方のお話しを伺ったほうが早いなと思ったのです。早稲田を卒業した経営者はもちろんですが、当時の名だたる経営者400名に手紙を書きました。それで40名の方からお返事を頂戴したので、一人ずつ会いに行きました。

そして、『自分は会社を作ったのだけれども、社会に対して問題意識を持っていて、どうすれば自分のやりたいことを実現できるのか教えてください』と質問したのです」

 

 

 

 



西田青年に天啓を与えたのはある小売りのカリスマ創業者だった。

 

「その方は、『自分たちの世代で変えられなかった3つの産業があるから、そこから選びなさい』とおっしゃった。一つ目が教育、二つ目が防衛セキュリティ、三つ目が農業。『農業は日本の基幹産業である』と。私は農業とは、人々の暮らしを支える食糧を作る産業という意味の他、自分たちの価値観や日本の伝統文化に深く関わるものであり、日本の根本に根ざしているものだと思っていました。それは『人生をかけて行う事業』に他なりません。それに携わることができたら有り難いことだと思って、農業に関わる事業を行うことに決めたのです」

 

 



2011年、大逆風の中、香港での創業

 

それが20歳の時のことだ。

 

 



それから5年かけて農業を学ぶことになる。日本全国の生産者を訪ねたり、市場に入り込んで仕組みを勉強したりした。

 

「25歳の時に、日本米がもっと世界に出て行ったら、日本の農業政策や、農業の仕組み自体が大きく変わることに気づきました。それまで生産者さんは国内マーケットしか見ていませんでした。そこに日本米の輸出の視点を加えたら、ある意味ゲームチェンジになると思ったのです。それによって、食料自給率の低下や耕作放棄地の増加などの社会問題を解決する突破口を開くことができると考えました。それで、日本米がいちばん輸出されていた地域である香港に行ってみたのです」

 



華御結の店舗 華御結の店舗

華御結の店舗





香港に来てみると、新しい発見があった。

 

「スーパーマーケットなどで日本米は販売されていたのですが、精米日が半年とか一年前で、新鮮な状態ではなかったのです。しかも調理の仕方を正しくお客様へお伝えできていない。日本米は30分から1時間の浸漬をしなければ、美味しいご飯にはなりません。香港のお客様がそれまで食べていたのは主にタイ米で、それは浸漬の工程がいりません。つまり、日本米は消費者に美味しい形で届いていなかったのです。

 

それなら、僕たちがおむすびを作り販売すれば、いちばん美味しい形でお客様に日本米を届けることができるという結論にたどり着いたのです。

 

創業したのは2011年ですが、オープン直後に東日本大震災が起きました。〝日本〟の文字が付いたら売れないという風評被害が凄かった。お米の輸入はそんなに止まらなかったのですが、店頭でのお客様とは、その一瞬一瞬が勝負でした。おむすびの安全性をお客様お一人お一人に丁寧に説明しました」





それ以外にも、最大の困難は食文化の違いにあった。香港人は冷めたご飯を食べる習慣がなかったからだ。当初は来店客から、「どうしてマグロはないんだ?」「醤油はどうして置いてないんだ?」と問い詰められた。そういうレベルからの出発だった。





「おむすびとは何なのか、お寿司とどう違うのか。これは日本のソウルフードであって、日本米を使ってお米をいちばん美味しく食べられる食文化であることを丁寧に説明しました。『便利で片手でも食べられるし、いつどこでも食べられるので、ぜひ一回試してみてください』と。そこで食べていただいたら、『あれ、意外に美味しいじゃん』という反応がある。店の前でまた姿をお見掛けしたら、『昨日はありがとうございました』と、その連続ですね」

 






お叱りのメッセージの主がフェイスブックのファンページの代表だった!?

 

おむすびの具材はどうしたのか。

 

「最初はどういう具材が受けるのか分からないので、昆布とか梅とか鮭とか、日本の具材をバーッと出しました。鮭は日本の味のままだと塩辛いと言われたり、そういう声を一つずつ拾っていって修正を重ねました。今でも、お買い上げいただくと、レシートにQRコードがあって、『西田社長宛にメッセージをお送りください』、『コメントをお願いします』と書かれています。もの凄い数のコメントが毎日、僕のところに来ます。カスタマーサービスのチームと一緒に一つ一つ確認して、全てに返信します。

 

お叱りのメッセージの場合にはお会いしたり、褒めてくださった時にはインタビューにお呼びしたりします。それを毎日やって、情報を蓄積して商品開発につなげています。ですから、お客様に育ててもらったメニューが多いのです」







華御結ブランドのおむすび 華御結ブランドのおむすび

華御結ブランドのおむすび




生の正直な反応だから、いちばん役立つのだろう。

 

「一度、おむすびの具材の中に小さな異物が混入していて、お客様からお𠮟りのメッセージがあったのです。私がお会いしに行って謝罪し丁寧に説明申し上げたら、ひどく感動してくださった。それで、そのお客様から『私が誰だか知っています?』と聞かれたんですね。


私は存じ上げなかったのですが、実は、『華御結』のファンの方が自主的に立ち上げたフェイスブックのファンページの代表の方だったんです。そのときのいきさつを、彼女がフェイスブックに書いたら、香港中のメディアが取り上げてくれて、その時の反響はもの凄かったです」

 

 





感動的なエピソードだ。

 

「私もビックリしました。でも、それでブランド認知が一気に高まりました。それは2019年あたりのことでした」

 

 



日本式の腰の低さが良かったのだろうか。

 

「それはあったと思います。日本式を貫く部分と、柔軟に対応する部分と、両方が必要だと思います。

社内の文化については、私どもの会社は比較的フラットで、分け隔てなく話をします。社員はキャリア志向もあって自分の意見をどんどん言ってくるので、それはきちんと吸い上げながら物事を決めていっています。意思決定やチームビルディングに関しては、随分と工夫してやっています」



店舗数はスターバックスと同じ

 

手ごたえを感じ始めたのはいつごろ?

 

「MTR(地下鉄)構内とセントラルの国際金融センター ifcモールに出店した2015年、そしてさきほどのお客様からメッセージをいただいた2019年ぐらいですね。現在、150店舗というのは、スターバックスさんと同じぐらいの店舗数で、香港に住む方のほとんどは知っているブランドに成長しています」

 

 





1店舗で1日3000個を売り上げるところもあるという。

 

「お米は日本全国のものを使わせていただいております。北海道、山形、青森、新潟、宮城、長野などです。生産者さんとは直接のお付き合いをしていて、毎月、オンラインでミーティングをして、私もよく日本と香港を行ったり来たりしています。生産者さんとは、私達の考え方や理念や問題意識をしっかりと共有し、また生産者さんの抱えておられる課題もしっかり教えてもらうことを大切にしています。目先のものに追われるのではなく、3-5年くらいのスパンの取り組みを意識しています。

 

お米の品質基準については会社独自のものがあります。それと、環境保全にも力を入れているので、中干しや秋すき込みなどの工程を通じて田んぼから発生するメタンガスを抑える取り組みをしています。また農薬の使用を極力控える取り組みもしています」

 

 

 




農家と西田社長 農家と西田社長

農家を訪れた西田社長





重要なのは香港に対する社会貢献

 

西田社長が経営者として際立っているのは、香港での社会貢献を真剣に考えているところだろう。

 

「僕の初志は、お米を輸出して日本の農業を良くし、日本の社会課題を解決したいというところにありました。でも、それは日本から見た視点であり、香港の方々にはぜんぜん刺さらないわけです。最初から香港の方々にそうした共感を持ってもらうのは無理があります。まずは日本のおむすび文化の普及を通じて地元の香港社会に対してどういう貢献ができるか、そこが大事なんですね」

 

 

 





だから、まずは社員から始めた。

 

「香港では住民の約半数しか医療保険を持っていないという現状があります。そこで、会社が支給する社員への医療保険の適用範囲を年々拡充し、2023年から、フルタイム・パートタイム社員だけでなく、フルタイム社員の18歳以下のお子さんたちにも医療保険を提供しています。これは香港ではとでも先進的な取り組みで、様々なメディアに取り上げていただきました」

 





華御結の生産工場 華御結の生産工場

華御結の生産工場









人々の暮らしを支えることも社是の一つだ。

 

「一例を挙げれば、九龍灣の住宅モールにお店を出していますが、そこはエスカレーターの下にある店舗で、面積の半分を売り場にして残り半分は公園にして住民の皆様に開放しています。というのは、香港の住宅環境は居住スペースが限られているため、自分の部屋がない方がたくさんいらっしゃいます。そういう方たちが自宅からお店にいらっしゃって、憩いの場として活用してくださっています。

 

ある親子がいまして――お父さんと娘さんです。よくお店にいらっしゃるので、話を伺いました。お父さんは82歳でお病気をされたために、手が震えてしまってお箸が持てないそうなのです。普段は娘さんが食事を手伝っているそうですが、その娘さんが『おむすびだけは父が自分の手で食べられるから、父の尊厳を守れるんです』とおっしゃった。それを聞いて、有り難いと思いました。さらには、おむすびの価値を再認識いたしました。やはり、香港の社会を支えたり、地元の方々の生活を支えることが大切なんですね」






地元の小学校にも出向く。

 

「香港には農業がないので、お米がどうやってできるのか、あまり知られていません。それで、地元の公立小学校に行って食育活動をやっています。お米はこうやって出来るんです、これだけ手がかかって尊いものなんです、と。そして子どもたちと一緒におむすびを作るという活動をしております」






おむすびのワークショップ おむすびのワークショップ

おむすびのワークショップ



中長期の目標は、世界中に1万店舗

 

2022年に世界展開旗艦店としてスタートさせた新ブランド「OMUSUBI(おむすび)」については冒頭で触れた。

 

「環境への配慮、食の安心安全、そして世界展開 。この3つのキーワードをもとにして、クリエイティブディレクションを佐藤可士和氏にお願いしました」

 





新ブランド「OMUSUBI」の店舗 新ブランド「OMUSUBI」の店舗

新ブランド「OMUSUBI」の店舗

 

 





舞台はすでに中国本土に及ぼうとしている。

 

「昨年、香港のすぐ北側に隣接している深圳にテスト店を開きまして、日本米で作ったおむすびを販売しました。これは香港の経済にとっても意味のあるテスト店で、初日に香港の行政長官がご来店されて、我々のおむすびを手に持ってくださいました」

 

 

 

 


今後の目標も壮大だ。

 

「『OMUSUBI』を、世界中で1万店舗に広げたいというのが、今後の目標です。その先に、スターバックスのようなブランドにしたいと考えています。スターバックスは、もともとイタリアにある深煎りのコーヒー文化を米国のシアトルに持って行って、そこから世界展開したものです。

 

私たちは、日本のおむすび文化を香港という国際都市に持って来て、さらにブランド化させた上で世界に出したい。おむすびの店舗数がスターバックスぐらいの規模になると、日本米の生産量の約10パーセントを海外に輸出し、5万人の雇用を生み出すことができます。おむすびには、それだけのポテンシャルがあると思っているので、何とかして達成したいです」




最後に海外で事業を展開したい人にアドバイス。

 

「私のやってきたことが他の方の参考となるかはよく分かりません。ただ、振り返って思うことは、自社の利益追求だけではダメだということです。事業を展開しようとしているその地域の社会に、どれだけの貢献ができるかも同時に考えていくことが重要だと思います」

 

Text by Toshizumi  Ishibashi

 

 

 





西田宗生 Muneo  Nishida

1984年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中にIT企業設立。「人生をかけて行う事業」として農業の振興へと舵を切る。2010年おむすび販売の「百農社国際有限公司」を香港に設立。2011年「華御結(はなむすび)」を創業。2022年、世界展開旗艦店として新ブランド「OMUSUBI(おむすび)」をスタート。現在、店舗数150、従業員数約1000名。





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