生きる世界が〝狭い〟人ほど
思い込みにとらわれやすい
無意識の偏った考え=「思い込み」に自分はとらわれていないか? 自覚がないからこそ、気づくのはなかなか難しい。そこで大事になってくるのが、自分とは違う他人の言動、物の見方に触れること。手始めは新聞やテレビのニュースなどで今世の中に起きていることを理解したり、自分と異なる職業・年齢の人と話す機会をもつといい。
坂東さんは大学の総長として、そういった機会を増やす施策を積極的に行っている。
「たとえば今、待機児童を解消するために保育士さんの採用が増えています。でも現実にはたくさん採用しても、短期間でやめてしまう人が結構いるんですね。責任が大きい仕事の割に待遇が悪いから、労働時間が長くて過酷だから……などとよく言われますが、意識調査をしてみると理由はそこではないんです。退職理由のいちばんは、給料でも仕事のキツさでもなく『職場の人間関係』なのです。
この調査を見て、責任者を育てる環境が必要では、と思いました。組織マネジメントであったり、社内教育制度に関する専門知識をもったリーダーが必要です。そこで社会人向け専門職大学院に『保育・福祉経営』というコースを作りました。保育や医療、福祉などの職務に携わっている方たちに、仕事で役立つ専門的な知識を身につけてもらい、最短1年で修士(専門職)号を取得するコースです」。
偏見が誰かを傷つけたり、不愉快にさせているという自覚もなく「最近は世の中がうるさくなったから……」と、まるで自分が言葉狩りに合った被害者くらいに捉えて思考を止めてしまう。
「でも、これまでの人生や現在の自分を取り巻く環境を振り返ったとき、同じような考え方をする人がそこら中にいることに気づいたのです。男性だけでなく、女性も女性同士で思い込みによる価値観を他人に押し付けていたり、『私は女だから…』と自分で自分の未来の選択肢を狭めてしまったりすることがあります」。
実際にカリキュラムが始まってみると、教授陣にもよい刺激となっているという。入学してくる学生はみなリアルタイムで働いている人たちだから、現場の最新情報をもっている。異なる環境・立場にいる者がお互いを理解していくことで見えてくるものがある。
今までと異なる環境、新しい出会い
違う価値観に触れることで、自分の思い込みがわかる
人は、誰しもがそれぞれ違う考え方や行動基準をもっている。同じような立場の人とだけ付き合っていたり、ずっと変わらない環境で過ごしているような〝世間が狭い〟状態だと、そのことを忘れてしまい、思い込みに強く縛られやすい。坂東さん自身も、総領事としてオーストラリアに駐在したとき、気づくことがたくさんあったという。
「公邸には、掃除や料理をしてくれる担当者が専属でいます。日本で今まで仕事と家事とを両立してきた私にとって、家事の一切を他人にしてもらうのは始めての経験で、なんとなく申し訳ないような気がしていました。でも、オーストラリアの働く女性たちから返ってきたのは異なる考えでした。『そこに後ろめたさを感じる必要はない。掃除をするより、もっとあなたでなければできないことをした方が社会にとっても良いこと』だと。
実のところ、私は片付けなどが得意なわけではありませんが、女性だからするべきと思っていた。そこはプロにお任せしたほうが効果的だし、私自身も得意なことに時間を割けてハッピーです。やりたくはないけれど女性だからしなければいけない……という思い込みを外すきっかけとなりました」
また、オーストラリアに暮らすことで運動習慣にも目覚めたという。
「言葉は悪いけれど、ジムに通うなんて暇人のやること、毎日決まって散歩をしなきゃいけないなんて犬の生活習慣だと昔は思っていたんです。でも、オーストラリアの豊かで美しい自然環境に誘われて私も散歩をしてみたら、とても調子がいいんです。オーストラリアの国民が肥満率の高い割に長生きなのは、運動習慣があるからだともいわれています。以来、細々とではありますが、意識して体を動かすようになりました。今は毎朝、スニーカーを履いて自宅から大学まで30分あまり、徒歩で通っています」
片道徒歩30分の通勤とジム通いをかかさない坂東さん。仕事にも精力的に臨めるのは、日々健康に気遣いしているから。
無駄だと思っていたことや、興味がないと感じていたことの中にこそ、今まで知らなかった新しい知見や経験が広がっている。だからこそ、積極的に人と会ったり、いろいろな場所へ出かけたりと〝いつもとは違うこと〟〝まだ知らないこと〟を体験してほしい。
「情報を収集するツールも、実際に書店に足を運んだり、もっと本や新聞を読んだりと、複数のものから得るように意識すると良いと思います。インターネットだと、興味のある検索ワードを入力して情報にアクセスする、という時点でバイアスがかかっています」
坂東さんの著書『思い込みにとらわれない生き方』には、さまざまな思い込みの実例や、そこから脱却するための具体的なヒントが詳しく紹介されている。「私には、さしたる『思い込み』はないと思う」と考えている無自覚な人こそ、ぜひ一読してみてほしい。
坂東眞理子 Mariko Bando
富山県出身。東京大学卒業後、総理府に入府。青少年対策本部、婦人問題担当室、老人対策室等を担当。男女共同参画から始まる地域づくりなどに精力的に取り組む。その後、埼玉県副知事・ブリスベン総領事・初代内閣府男女共同参画局長などを歴任。2006年の著書『女性の品格』は300万部を超えるベストセラーとなる。2005年昭和女子大学副学長、2007年学長、2014年理事長を経て、2016年から昭和女子大学総長。
『思い込みにとらわれない生き方』坂東眞理子著 ポプラ社刊
「なぜか、人間関係がうまくいかない」「相手に良かれと思って言ったことが相手を怒らせてしまった」という誰にでも起こりうるトラブル。その原因の多くが、「無意識の思い込みによる認知の歪みや偏り(アンコンシャス・バイアス)」によるものというのが、本書の主眼。著者が総長をつとめる昭和女子大学でも盛んに啓蒙活動を行っています。この「思い込みがある」ことを認識したうえで、正しく相手を理解することが、これからの多様性社会において求められています。「アンコンシャス・バイアス」を正しく理解し、生きやすくなるヒントを伝える一冊。
Photography by Toshiyuki Furuya
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