薩摩切子薩摩切子

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鹿児島の「宝」を巡る旅

2025.10.28

鹿児島が誇る工芸、薩摩切子を手掛ける二つの工房を訪ねて

「幻の工芸品」とされてきた薩摩切子は40年前、職人たちの努力により「島津薩摩切子」として蘇った。なかでも江戸時代当時の姿を再現した「復元」シリーズは、圧倒的な存在感を放つ。「薩摩ガラス工芸」にて。(価格は後述)



どうすれば、こんな美しいグラスができるのだろう? 切子に出会った人は、誰しもその美しさに心を奪われ、そして不思議に思う。切子とはカットガラスの日本での呼び名である。日本各地に残る切子のなかでも、名が知られているのは薩摩切子と江戸切子。とりわけ薩摩切子は、厚めのガラスに施された精緻なカッティングが生みだす文様と、光を受けて煌めく艶やかなグラデーション、手に持ったときにずしりと感じる重厚感を特徴とする。「南の宝箱 鹿児島」を巡る旅、今回はこうした薩摩切子を手掛ける二つの工房「薩摩ガラス工芸」と「ART DESHIMARU」を訪れた。


薩摩ガラス工芸

100年以上も製造が途絶えた薩摩切子を復元



薩摩切子は、島津家28代当主の島津斉彬が、近代化事業の一環としてガラス製造を進めたことに端を発するものの、明治維新やそれに続く西南戦争の混乱により、100年以上も製造が途絶えてしまった。そのため「幻の工芸品」とも称されてきた。


薩摩の紅硝子(びーどろ)と呼ばれ、かつては島津家から公家や大名家への贈答品として珍重されてき薩摩切子を、なんとか復元させたい。人々のそんな熱い思いがかない、1985年から「薩摩ガラス工芸」として、復元に向けての取り組みが始まった。翌年には工場が完成。場所は島津家ゆかりの地「仙巌園」の隣で、復元の中心となったのは、やはり島津家だった。工場の建設と並行し、残っていた資料などをもとにした試作品製作の試行錯誤が繰り返され、1986年にようやく復元に成功し、商品化も始まった。100年以上の歳月を経て、こうして蘇った薩摩切子は「島津薩摩切子」と名付けられた。



厚さ1㎜前後の薄手の色ガラスにシャープなカットを入れ、全体的に軽やかな仕上がりを特徴とする江戸切子に対し、薩摩切子は、時には5㎜もの厚さの色ガラスへのカッティングと、クリスタルガラスならではの透明感が複雑に入り混じったさまざまな文様が、ひと際華やかな表情を醸し出す。



なかでも、クリスタルガラスと、その外側に被せた色ガラスという2層ガラスの接面点への繊細なカッティングが醸し出す、「ぼかし」と呼ばれる独特のグラデーションの風合いが、文様により深い奥行きをもたらす。

「薩摩ガラス工芸」は「島津薩摩切子」を生み出す工場と、工場に隣接するショップ「磯工芸館」などがあり、見学が可能な工場で、こうした特徴を持つ薩摩切子が出来上がっていく様子を、間近に見ることができる。

薩摩切子 薩摩切子

「薩摩ガラス工芸」の工場は見学が可能。薩摩切子が生みだされていく様子を間近で見ることができる。


阿吽の呼吸で合体する、高温の色ガラスとクリスタルガラス

「吹き場」と「カット場」。工房は大きく二つに分かれている。「吹き場」は薩摩切子の生地を作る場。文字通り、吹き竿でガラスを吹いて成形していく場だ。二人の職人がそれぞれステンレスの吹き棒を持っている。片方の吹き棒の先端には、窯から巻き取られた色ガラスの塊が、もう片方の先端にも窯から巻き取られたクリスタルガラスの塊がついている。もちろん竿の先のガラスは、窯から取り出したばかりの、ドロドロに溶けオレンジ色に発光している液状の高熱ガラスだ。


色ガラスの吹き棒を持った職人が金型に色ガラスを吹き込んだ後、すぐさま今度はクリスタルガラスの吹き棒を携えた職人がその金型の中へクリスタルガラスを吹き込む。阿吽の呼吸でその二つを合体させることで、外側が色ガラス、内側がクリスタルガラスという生地が作られていく。作業は高温の室内のなか黙々と進む。二人が声をかけあうこともない。お互いの技術を信頼した熟練の職人技がそこにはある。


薩摩切子 薩摩切子

吹き竿に巻き取られた約1400度の高温のガラスの塊を成形していく。


薩摩切子 薩摩切子

吹き竿の先の二層となったガラスは、やがて金型の中に吹き込まれ、形が整えられていく。



内側にクリスタルガラス、外側が色ガラスでできた分厚い生地をカッティングすることで生まれる薩摩切子ならではの美しさ。製造現場を見学することで、その美しさの成り立ちを肌で感じることができる。


「色被せ」(いろきせ)と呼ばれるこの工程の後、色ガラスとクリスタルガラスの2層となったガラスの塊は、再び金型の中に吹き込む「型吹き」、16時間かけて冷却する「徐冷」(じょれい)を経て、検査した後に「カット場」へ運ばれる。



「吹き場」が“動”の作業ならば、「カット場」は“静”の作業だ。職人は椅子に座り、各々の作業をこなしていく。金型から取り出された原型に、カット模様の線を油製ペンで描く「当たり」。描かれた線にそっておおまかな模様をグラインダーで削る「荒ずり」。そしてさらに細かな模様を施す「石かけ」と最終工程の「磨き」。集中し、黙々と作業を進める職人の姿は美しい。

薩摩切子 薩摩切子

文様の下書きとなる縦横の分割線を油性ペンで引く、「当り」(あたり)と呼ばれる作業。


薩摩切子 薩摩切子

高速で回転するダイヤモンドホイールと呼ばれる工具で、ガラスの表面が削り込まれていく。


「吹き場」ではどろどろに溶け、オレンジ色に発光していた液状の高熱ガラスが、「カット場」では、紅や藍を纏った硬質な薩摩切子へと変貌していく工程を目の当たりにすると、100年以上も前にこの複雑な工法を編みだした人々の知恵と、途絶えていたそれを再現した薩摩の人々の熱意に胸を打たれる。


20年前に再現された、気品あふれる「島津紫」



ショップ「磯工芸館」は工場のすぐ隣の建物だ。足を踏み入れると、煌びやかな色彩の洪水にまず圧倒される。藍、緑、黄、紅、金赤、島津紫。6色の色ガラスを纏った数多くの薩摩切子が一斉に微笑みかけてくる。厚目のガラスが発する重厚な赤や青、軽やかに輝く緑と黄色。精緻なカッティングがこうした色彩をより鮮やかに引き立てている。展示されている商品も豊富だ。花瓶、鉢、タンブラー、小皿、猪口、愛らしいペンダントトップ……。工場で日々行われている大変な作業を目の当たりにしてきただけに、ひとつひとつの商品がより存在感を増してくる。

薩摩切子 薩摩切子

色とりどりの薩摩切子が並ぶショップは、まるで万華鏡の中を歩いているかのよう。


薩摩切子 薩摩切子

江戸時代に作られた当時の姿を今に伝える「復元」シリーズは、薩摩切子らしい重厚感と存在感を放つ。右、酒瓶「亀甲」・407,000円 左、丸十花瓶・407,000円(価格は税込)



薩摩切子 薩摩切子

「復元シリーズ」には、猪口などの小物類も豊富。右から、小付鉢・48,400円、猪口大・33,000円、猪口大・36,300円、脚付杯(中)107,800円。(価格は税込)



なかでも目を引くのが、「島津紫」と呼ばれている、気品溢れる紫だ。島津斉彬が所持していた薩摩切子の茶碗に使われていた優美な紫色をもとに、20年前に再現された紫色が彩る鉢やタンブラーが、薩摩切子の伝統と格式を象徴する。また、2025年は薩摩切子復元の40周年にあたる記念すべき年で、記念作品や限定商品も幾つか作られている。

薩摩切子 薩摩切子

復元40周年を記念して作られた、大鉢・1,210,000円と、タンブラー・82,500円。(価格は税込)


世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成遺産として登録されている「仙巌園」は、鹿児島を訪れた人の多くが、旅の目的地とするスポット。薩摩藩主の別邸だった御殿と尚古集成館で島津家の歴史や薩摩藩の偉業に触れたあとは、「薩摩ガラス工芸」で、薩摩の人々が育んできた美意識に触れる。こうした充実のひとときを、桜島が静かに見つめている。


薩摩ガラス工芸

鹿児島県鹿児島市吉野町9688ー24

Tel:099⁻247-2111

営業時間:8時30分~17時

定休日:月曜日、第3日曜日

 



 

ART DESHIMARU

試行錯誤して辿り着いた、黒の薩摩切子



「黒豚、黒牛、黒糖、黒酢、そして黒麹を使った本格焼酎。鹿児島は黒の文化が息づく土地です。だとしたら、黒い薩摩切子があってもよいのでは。そう考えたのが始まりです」

「美の匠 ガラス工芸 弟子丸」の代表で、切子師を名乗る弟子丸 努さんは、自身が手掛けた作品を前にそう語る。弟子丸さんは、島津家が中心となって進められた薩摩切子復興事業に当初から関わり、薩摩切子が出来上がるまでのプロセスを当事者としてつぶさに見てきた。その貴重な体験を活かし、自らの技術を磨きながら、2011年に「美の匠 ガラス工芸 弟子丸」を立ち上げた。



黒い薩摩切子を弟子丸さんは「霧島切子」と命名した。工房の所在地が霧島であることもさることながら、黒という色が持つ深みは、神々が住まうといわれてきた聖なる山、霧島にも通じると考えたからだ。漆黒にも近い黒は、薩摩切子独特の重厚感と相まって、荘厳な趣を作品にもたらしている。

弟子丸 弟子丸

「霧島切子」と名付けられた、黒の薩摩切子。黒と透明ガラスのモノトーンの世界は、静謐にして荘厳。



「黒いガラスをカッティングするのは、高度な技術が求められます。なぜならば、黒色は光を通さないので、カットする際に刃がどの深さまで入っているか、目で見えないのです。カッティングの要は、どこまで彫り込むかをミリ単位で調節すること。刃が見えないので、手先の感覚で彫っていくしかありません」

試行錯誤して辿り着いた黒の薩摩切子は、弟子丸さんの代名詞ともなった。

 



悠久の歴史の重みを感じさせる黒と、どこまでも透明なクリスタル。そこに彫り込まれた弟子丸さんならではの独自のカッティング。しんと静まり返った、静謐という言葉が相応しい、気高さが薫る作品だ。また、「霧島切子」には、まったく色を被せず、無色透明なクルスタルの輝きと、そこに施された精緻なカッティングを味わう作品もある。


霧島切子 霧島切子

「霧島切子」には、無色透明なクリスタルに刻み込まれた高度なカッティングが生みだす、美しい文様を味わうシリーズもある。


もちろん、伝統的な「薩摩切子」も弟子丸さんは数多く手がける。修業時代に培ったオーソドックスなカッティングに、独自の技法を組み合わせることによって生まれた文様は、「薩摩切子」ならではの「ぼかし」によるグラデーションと相まって、独特の美しさを醸し出している。さらに、製作の過程で生じてしまうガラス廃材を利用し、ペンダントトップやさまざまなアクセサリーに再生した「eco KIRI」 や、カッティングを施したステンドグラスからの透過光を室内で味わう「fusion」など、弟子丸さんは、これまでの「薩摩切子」の概念にとらわれない、新たな試みに絶えず挑戦している。


弟子丸 弟子丸

右から、繁盛升・150,000円、ハイボールタンブラー彩雲・230,000円、天開タンブラー極黒・110,000円(いずれも税別)

弟子丸 弟子丸

彩も鮮やかな作品が並ぶショップ。さまざまなカッティング技法を見比べるのも楽しい。


体験工房でアクセサリーやグラスなどのカッティングに挑戦


弟子丸さんを中心とした「美の匠 ガラス工芸 弟子丸」のスタッフが手掛けた作品のショップが「ART DESHIMARU」である。店内は「霧島切子」をはじめ、「薩摩切子」「eco KIRI」など、さまざまな作品が並ぶ楽しいスペースとなっている。「ART DESHIMARU」では、カッティングの体験も行われている。作ることができるのは、アクセサリーからタンブラーまでさまざま。

弟子丸 弟子丸

グレーと赤とのコントラストが印象的な「ART DESHIMARU」のたたずまい。

 


弟子丸 弟子丸

瀟洒なショップには、「霧島切子」をはじめ、さまざまなラインの作品が並ぶ。

弟子丸 弟子丸

ショップに併設された体験工房では、所定の料金を払い、アクセサリーやタンブラーなど、さまざまなタイプの切子に挑戦することができる。



アクセサリーに挑戦してみた。コイン状のブルーのガラス片を両手で持ち、高速で回転するダイヤモンドホイールと呼ばれるカット工具に、恐る恐る押し当てる。ギーンという金属音とともに、削られた部分の奥にある透明ガラスが白いラインとなって現れる。縦横斜めと、均等の放射線を4本入れようとするも、線の長さや間隔が揃わず、無様な放射線となってしまった。削る深さが均一でないために、ラインそのものの幅も異なっている。

カッティングを実際に体験し、切子の製作がいかに高度な技術を必要とするか、改めて実感した。

 

「炉火純青」を座右の銘として



「中国には『炉火純青』という言葉があります。炉の炎が青くなった時にもっとも温度が高くなることから転じ、学問や技芸が最高の粋に達することを意味します。この言葉を常に心に抱き続け、新しい煌めきを生み出したいと思います」

切子師、弟子丸さんの切磋琢磨は今日も続く。


弟子丸 弟子丸

薩摩切子の製作に40年近く携わり続けてきた弟子丸さん。まさに切子師と呼ぶにふさわしい。


ART DESHIMARU

鹿児島県霧島市隼人町小浜1817⁻1⁻2

Tel:0995⁻73ー4747

営業時間:10時~18時

定休日:木曜日



豊かな自然と、そこで暮らす人々の知恵が結びついたとき、その土地にはさまざまな「宝」が生まれる。鹿児島県の各地で生まれ、光り輝く数々の「宝」。それらは今や、世界が注目する存在になりつつある。

 

 

そんな鹿児島の宝を巡る旅は、これからも続く。これまでの「南の宝箱 鹿児島を巡る旅」は以下から。

第一回 鹿児島の「茶」を巡る旅 はこちら

第二回 鹿児島の「ウイスキー」を巡る旅 はこちら

第三回 鹿児島の「焼酎」を巡る旅 はこちら

第四回 鹿児島の「屋久島」を巡る旅 はこちら

第五回 鹿児島の「自然派化粧品」を巡る旅 はこちら




























































































































































































Text by Masao Sakurai(office clover)
Photography by Azusa Todoroki(Bowpluskyoto)

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