ガラス工芸の未来に賭けた
富山市の取り組みとは
富山は、江戸時代初期から薬売りで有名な土地柄である。明治・大正期には手作りのガラスの薬瓶製造で全国トップクラスを誇り、戦前には、富山駅周辺に溶鉱炉を備えるガラス工場が10社以上あったという。
その衣鉢を継ぎ、現代ガラス工芸を街の文化、産業振興の要とする取り組みを始めたのが35年前のこと。オンラインギャラリー「Japanese Glass」を主催し、日本のガラス工芸を世界へ発信しているダシャ・クロアチコは、「富山は日本の現代ガラス工芸の首都」と言い切るほど。海外でも富山のガラス工芸は広く知られている。
「富山ガラス造形研究所」は全国初の公立のガラスアート専門教育機関。海外からも教授や学生を迎え入れ、国際的だ。Photography by Toyama Institute of Glass Art
「富山ガラス工房」は、作家の活動拠点であり、市民がガラスアートを楽しむ場だ。同工房の研修修了者のほとんどが、ガラス作家として独立、または指導者として国内外で活躍している。写真提供:(公社)とやま観光推進機構
「富山市ガラス美術館」では、国内外の現代ガラスアートに親しむことができる。建築家の隈研吾が設計。Photography by Toyama Glass Art Museum
富山ガラス工房のアートマネージャー永井龍五郎は語る。「富山のガラス全体に海外志向が強く、各施設で国際交流の場が設けられています」。ガラス作家に海外での制作経験者が多いのもうなずける。
陶芸からガラスへ
富山に移り住んだ北村三彩
富山市のガラス工芸への施策が実を結び、アーティストインレジデンスが自然にこの街に根付いたというべきか、多くのアーティストがこの街に居住する。
京都の清水焼の窯元に生まれた北村三彩は、家業を継ぐべく高校、専門学校で陶芸を学んだ。しかし陶芸の釉薬を学ぶにつれ、ガラスの透明感に惹かれた北村が向かったのは富山だった。富山ガラス造形研究所で学び、後に富山ガラス工房のスタッフとしても勤務した。
福井のガラススタジオで仕事をしていたとき、後に夫となる岩坂卓と出会う。結婚したふたりは富山で暮らすことに決める。
北村三彩の醤油差し「紅椿」。機能性とともに、フォルムの触感や量感などディテールにこだわる。「作品を使うたびに、少しでも喜びを感じてもらえたら嬉しい」と北村。Photography by Miya Kitamura
北村三彩のバターケース「Cupola」。涼やかな差し色と泡のふくらみのようなまるみが美しい。Photography by Miya Kitamura
作家に自由な創造の場を
富山ガラス工房の作家育成
富山ガラス工房には、吹きガラス、加工研磨、電気炉などの設備が揃う。設備をレンタルして制作を行う北村と岩坂にとって、費用を大幅に抑えられるというメリットがある。
富山ガラス工房で共に制作にあたる岩坂卓と北村三彩。Photography by Masako Suda
富山ガラス工房は、作家として独立後も、作家に成長のチャンスを次々に与えてくれる。北村と岩坂は、富山市医師会看護専門学校のロビーを飾るガラス作品を共同制作。行政、作家、民間の協力のもと起ち上げたガラスブランド「富山アイコニック」の創作にも参画した。アーティストの活動を支えることまで見据えた施策は、富山市全体で応援してくれていることを感じる。
岩坂が語る。「富山ガラス工房や市の取り組みを手伝うことで、ガラスに客観的にアプローチできるようになるし、作品の幅が出ます。個人ではできない経験をすることで新たな血となり肉となっていることは確かです」。
岩坂卓の香水瓶「風の蕾」は、優しい風、ゆらぎを内包したイメージ。Photography by Suguru Iwasaka
北アルプスの山々と富山湾のはざま。独特な気候風土のもと、現代ガラスアーティストたちが伸び伸びと本領を発揮し、個性豊かな作品を生み出している。普段の暮らしの中で、ガラス工芸の光と色彩、透明感、造形の面白さを楽しめる街、富山。富山市の本気がアーティストと街を輝かせる。
(敬称略)
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