ITビジネスから日本のアート発信者へと転身した
ダシャ・クロアチコ
「Japanese Glass」というオンラインギャラリーをご存じだろうか。知らなくても無理はない。日本のガラス工芸やその作家を詳細に紹介しているサイトであるが、英語で書かれており、日本ではほとんど知られていない。情報発信が日本へ向けられていないのだ。
ロシア出身のダシャ・クロアチコは、約30年前に祖国を離れ、アメリカに移住し、市民権を得た女性だ。IT業界にキャリアを持つ起業家で、現在はイギリスに暮らす。数年前、偶然に日本のガラス工芸を発見し、その魅力を世界へ、特に自分が暮らす欧米の人たちに知ってもらいたいと考えたダシャは、「Japanese Glass」というオンラインギャラリーを起ち上げた。
ダシャが日本の文化に惹かれるようになったのは10代の終わりのことだ。黒澤明監督の映画に夢中になった。美の感性といい、文化といい、自分の知る世界とはまるで違っていた。
橋村野美知の「一輪挿し」。「野美知の一輪挿しに小さな野花を生けるだけで、部屋に禅の空間ができる」とダシャ。Photography by Japanese Glass
数年前に来日して以来、日本の様々な美術工芸に触れてきた。あるときふと立ち寄った京都の「哲学の道」の近くの小さなギャラリーで、過去の展示会のポスターに目が釘付けになる。それはガラス工芸だった。こんなにも直接心に触れてきた工芸品は初めてだった。
言葉の壁を乗り越え、
「Japanese Glass」起ち上げへ
イギリスに戻り、日本のガラス工芸についてインターネットで調べたが、情報のほとんどは日本語だ。言葉の壁が立ちはだかる。
「日本のガラス工芸を知りたい。そしてその魅力を欧米に紹介したい」という思いがダシャの中で強くなっていった。そんなときに出会ったのが、ロンドン在住25年の編集ライター、安田和代だ。調査、翻訳、通訳など多岐にわたり安田の協力を得たことでオンラインギャラリー「Japanese Glass」が具体化し始めた。
「Japanese Glass」では、作家と直接コンタクトをとり、プロフィールや制作風景を紹介し、作品を販売に結び付ける手伝いをする。日本の現代ガラス工芸の中心地、富山県富山市の「富山ガラス工房」も協力を惜しまない。
広島出身の光井威善は、「富山ガラス工房」勤務を経て独立。富山に暮らしながら制作を続けている。Photography by Japanese Glass
硬いガラスを柔らかく表現する光井威善のガラス彫刻「漂う人」。Photography by Takeyoshi Mitsui
朝倉祐子のガラス工房(神奈川)でランプワークを体験するダシャ Photography by Japanese Glass
朝倉祐子のオブジェ「Harmony」。日本ガラス工芸協会「’18日本のガラス展」でJGAA賞を受賞した。Photography by Minoru Fukuda
ダシャの心を鷲掴みにした
日本のガラス工芸の魅力
日本のガラス工芸の魅力をダシャに尋ねた。「自然からインスピレーションを得ているところですね。素材の質感を大切にしていることや、アシメトリーなどのフォルム、ミニマリズムにも惹かれます」。
「Japanese Glass」のコレクションを眺めると、確かに自然のモチーフや、自然にインスピレーションを得た作品が多いことに気がつく。
北村三彩の花器「波音 –透–」。花咲く野辺で耳をすませば水のせせらぎが聞こえてくる-そんな光景を思い浮かべて作られた作品。Photography by Miya Kitamura
岩坂卓のオブジェ「Symbiosis #17」。自然がつくる形と人がつくる形が、互いを生かしつつ新たな形で共生することを石とガラスで表現。Photography by Suguru Iwasaka
山崎葉の一輪挿しと酒器「カラスノエンドウ」。山梨で制作をする山崎は、身近にあふれる豊かな自然を吹きガラスに描く。Photography by Yo Yamazaki
日々の暮らしに彩りを添える
ガラス工芸
さらにダシャは言う。「日本のガラス工芸の“用の美”にも惹かれています」。その言葉どおり、彼女の暮らしの中に日本のガラス工芸が存在する。
「小さな一輪挿しもティーカップも醤油差しも、日本のガラス工芸です。毎日それらを眺めて喜びを感じています。私は、美しいもの、手作りのものなど、自分にとって特別なものとともに暮らしたいのです。その数は決して多くなくてよいのです」。
暮らしの中でアートを楽しむ。富山に移住し、夫とともに工房で制作をする佐野曜子の「織の一輪挿し」に身近な花を生けて。Photography by Japanese Glass
「Japanese Glass」では、金額的に手の届きやすい小物から、技巧を凝らしたアートオブジェまで、コレクションに幅を持たせている。「気軽に暮らしに取り入れられる日本のガラス工芸を、特に若い人たちに知ってほしい」。ダシャの開いた窓から日本のアートがまたひとつ、世界に発信されていく。
ダシャが日常使いしている北村三彩のピッチャー「Pezzo」(イタリア語で「塊」。光が溜まるガラスの透明な塊を一部に配している)。Photography by Japanese Glass
(敬称略)
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