からむし(苧麻)の茎の表皮の内側にある繊維。内奥から放たれる光沢の美しさに魅了される。上布はこの繊維を裂いて作った糸で織り上げられる。写真提供:昭和村

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美しき布紀行〜会津、宮古・八重山(前編)

2021.11.10

苧麻(ちょま)を育て、機で織る暮らし。奥会津・昭和村を訪ねて

からむし(苧麻)の茎の表皮の内側にある繊維。内奥から放たれる光沢の美しさに魅了される。上布はこの繊維を裂いて作った糸で織り上げられる。写真提供:昭和村

最上級の麻織物
越後上布、小千谷縮の原料となる
奥会津昭和村の「からむし」

ユネスコ無形文化遺産に登録されている国の重要無形文化財「越後上布」「小千谷縮」は、苧麻(ちょま)というイラクサ科の植物を原料としている。上布とは、ごく細い麻の糸で織り上げた最上級の布のことだ。吸湿性、速乾性に富み、独特の肌触りのよさから、夏きものとして最高級品といわれる。ここ福島県の奥会津昭和村は古くから「越後上布」「小千谷縮」の原料となる高品質の苧麻の生産地として名高い。



朝廷や将軍家に献上されてきた越後上布。写真提供:越後上布・小千谷縮布技術保存協会 朝廷や将軍家に献上されてきた越後上布。写真提供:越後上布・小千谷縮布技術保存協会

朝廷や将軍家に献上されてきた越後上布。写真提供:越後上布・小千谷縮布技術保存協会

江戸時代にはすでに「極品」(ごくひん)といわれ、最高の品質であることが広く知られていたという会津産の苧麻。奥会津と呼ばれるエリアに位置する昭和村では、苧麻のことを「からむし」という。代々受け継がれてきた「からむし」の手仕事だが、時代の変化はこの村にも容赦なくおよぶ。戦後から現在まで、過疎という問題を抱えて久しく、「からむし」の栽培や織りを手掛ける村人も減少をたどる。それでも昭和村にとって「からむし」は大切な文化。季節の移り変わりも「からむし」と共にある。


会津若松の南西約50kmの山あいに位置する昭和村。写真提供:昭和村観光協会 会津若松の南西約50kmの山あいに位置する昭和村。写真提供:昭和村観光協会

会津若松の南西約50kmの山あいに位置する昭和村。写真提供:昭和村観光協会



夏の土用からお盆まで
極上の苧麻の繊維をとり出す
昭和村の夏の風物詩「からむし引き」

昭和村では、季節の流れを「からむし」で知る。5月の小満のころ、「からむし焼き」の煙があがる。害虫を駆除し、焼いた灰は肥料となり、新たに出てくる芽の背丈を揃えるためにも行われる。

 

7月も半ば、感傷的なひぐらしの声が夕暮れ時に聞こえてくるころ、「からむし」は人の背丈を超えるほどに成長する。夏の土用入りからお盆までの一番暑いこの時期が、年に一度の「からむし」の刈り取りの季節だ。

刈り取り期のからむし畑。細く美しく成長した上質の「からむし」。「からむし」の質は、糸作り、機織りなどその後の工程にも影響してくる。写真提供:昭和村 刈り取り期のからむし畑。細く美しく成長した上質の「からむし」。「からむし」の質は、糸作り、機織りなどその後の工程にも影響してくる。写真提供:昭和村

刈り取り期のからむし畑。細く美しく成長した上質の「からむし」。「からむし」の質は、糸作り、機織りなどその後の工程にも影響してくる。写真提供:昭和村



「からむし」は大切に育てられ、すらりと伸びたその姿には気品さえ感じられる。そして一番若々しく美しいこのとき、茎の外側の表皮に秘められた繊維をとり出す「からむし引き」が行われる。熟練者の手で引かれたからむしは、真珠を流し込んだように白く輝いている。昭和村で「キラ」と呼ばれるこの光沢は、驚くほど神々しい。


「からむし引き」。オヒキゴと呼ばれる道具の刃で緑の粗皮を削ぎ、内側の繊維をとり出す。(写真提供:昭和村) 写真右からむしのキラ。キラとは「からむし引き」でとり出されたばかりの繊維の放つ光沢のこと。Photography by MasakoSuda 「からむし引き」。オヒキゴと呼ばれる道具の刃で緑の粗皮を削ぎ、内側の繊維をとり出す。(写真提供:昭和村) 写真右からむしのキラ。キラとは「からむし引き」でとり出されたばかりの繊維の放つ光沢のこと。Photography by MasakoSuda

「からむし引き」。オヒキゴと呼ばれる道具の刃で緑の粗皮を削ぎ、内側の繊維をとり出す。(写真提供:昭和村)
写真右からむしのキラ。キラとは「からむし引き」でとり出されたばかりの繊維の放つ光沢のこと。Photography by Masako Suda


村の姉さまと織姫、
それぞれが大切に紡いでいく
「からむし」のある暮らし

戦前まで、女性たちが麻(大麻)で糸を作り、機を織って衣服を自給してきた昭和村。戦後は麻の栽培が規制されたため、麻で培ってきた手技を村の特産物「からむし」で残してきた。人口減少やライフスタイルの変化など「からむし」を取り巻く環境にも危機感を感じていた昭和村は1993年、「からむし織体験生事業」を始める。体験生を募集し、約1年間「からむし」の栽培から織りまでの工程を、村に居住しながら学んでもらい、伝統を継承していこうというものだ。この26年間、日本各地から約120名の女性たちが体験生として来村し、そのうち約30名が今も昭和村で暮らしている。彼女たちは織姫と呼ばれ、それぞれのあり方で村にとけこんでいる。私も苧麻と昭和村の豊かな生活に惹きつけられ、4年前に移住した。奥会津昭和村と宮古・八重山の島々を中心に苧麻に関する聞き書きをしながら、村での生活を続けている。

 

村に移り住んだ織姫たちを魅了してやまないのが、村の人たちの人柄や、昔からの暮らしぶりだ。「からむし」の手仕事を受け継いできた村育ちの「姉さま」たちから織姫たちが学ぶのは、技術だけでない。からむしと向き合う心に触れることが何よりの喜びだ。

 

畑で「からむし」を育て、その繊維で糸を作り、機を織る。この一連の工程を、暮らしの中で当たり前のように続けてきた五十嵐良は今年84歳。五十嵐が織った男帯を見せてもらった。手仕事ならではの風合いと熟練の織り、草木染めの色合わせが目をひく。


経糸が一定の張り具合で保たれる高機と違い、地機の場合、織る人のからだで経糸の張りが調整されるため、布に自然な風合いが生まれる。 写真提供:昭和村写真右五十嵐良が織った男帯。手仕事のあたたかみが感じられる。Photography by MasakoSuda 経糸が一定の張り具合で保たれる高機と違い、地機の場合、織る人のからだで経糸の張りが調整されるため、布に自然な風合いが生まれる。 写真提供:昭和村写真右五十嵐良が織った男帯。手仕事のあたたかみが感じられる。Photography by MasakoSuda

写真左 経糸が一定の張り具合で保たれる高機と違い、地機の場合、織る人のからだで経糸の張りが調整されるため、布に自然な風合いが生まれる。 写真提供:昭和村
写真右 五十嵐良が織った男帯。手仕事のあたたかみが感じられる。Photography by Masako Suda


昭和村に根づき
新たな風を呼び込む
織姫の生き方

越後上布を学んだ後に、昭和村にやってきた篠野恵子は、極細の糸へのこだわりと上布への情熱がある。だから「からむし」の一連の工程ひとつひとつにも愛情がわく。「からむし」の糸を作るために繊維を裂くとき、良質な「からむし」であればするりと気持ちよく裂ける。そうなると糸績みが楽しくてやめられなくなる。織りたいから糸を作る。そのシンプルで熱い思いが、篠野を昭和村へ留まらせている。


写真左上から時計まわりに繊細さに息を呑む篠野恵子の績んだ糸(からむしのように長い繊維を撚って繋げることを「績む(うむ)」という)。糸車で紡いだ(全体に撚りかけをした)後の糸。篠野恵子の織った、からむしの着 尺。羽衣のように軽く、風をとおして涼感がある。糸を紡ぐ篠野恵子。糸車を使うとき、昭和村では足を使うが、篠野は越後式で足は使わない。Photography by MasakoSuda 篠野恵子のFacebookページhttps://www.facebook.com/profile.php?id=100010681848402 写真左上から時計まわりに繊細さに息を呑む篠野恵子の績んだ糸(からむしのように長い繊維を撚って繋げることを「績む(うむ)」という)。糸車で紡いだ(全体に撚りかけをした)後の糸。篠野恵子の織った、からむしの着 尺。羽衣のように軽く、風をとおして涼感がある。糸を紡ぐ篠野恵子。糸車を使うとき、昭和村では足を使うが、篠野は越後式で足は使わない。Photography by MasakoSuda 篠野恵子のFacebookページhttps://www.facebook.com/profile.php?id=100010681848402

写真左上から時計まわりに繊細さに息を呑む篠野恵子の績んだ糸(からむしのように長い繊維を撚って繋げることを「績む(うむ)」という)。糸車で紡いだ(全体に撚りかけをした)後の糸。篠野恵子の織った、このからむしの着尺は日本民藝館の公募展で入選したもの。羽衣のように軽く、風をとおして涼感がある。糸を紡ぐ篠野恵子。糸車を使うとき、昭和村では足を使うが、篠野は越後式で足は使わない。Photography by Masako Suda
篠野恵子のFacebookページ:https://www.facebook.com/profile.php?id=100010681848402


「からむし」を育て、布を織り
津軽のこぎん刺しを施す
手仕事の妙のあじわい

山内えり子は「monderico(もんどりこ)」という名前で、からむし織の小物などを作り販売している。「もんどりこ」とは、彼女の故郷・津軽のねぷたの掛け声だ。昭和村に移住して14年。自ら畑で栽培した「からむし」で糸を作り、草木染めをして、機を織る。「からむし」は高級織物の素材であっただけではない。津軽では農村に生きる人たちが衣服を自給するための原料だった。山内は織り上げた布に木綿の糸で「こぎん」を刺す。「こぎん」は、「からむし」や麻などの布地の目を埋めるように刺すことで、極寒の冬を凌ごうとした津軽の人の知恵だ。山内の作品には、厳しい自然と向き合って暮らしてきた津軽や昭和村の先人たちへの想いが溢れている。



自ら織り上げたからむしの布に、こぎんを刺していく。こぎん刺しは青森・津軽地方に伝わる伝統的な刺し子の技法のこと。 自ら織り上げたからむしの布に、こぎんを刺していく。こぎん刺しは青森・津軽地方に伝わる伝統的な刺し子の技法のこと。

自ら織り上げたからむしの布に、こぎんを刺していく。こぎん刺しは青森・津軽地方に伝わる伝統的な刺し子の技法のこと。


こぎんを刺したからむしの布を会津木綿と合わせた、かわいらしい巾着。Photography by Masako Suda こぎんを刺したからむしの布を会津木綿と合わせた、かわいらしい巾着。Photography by Masako Suda

こぎんを刺したからむしの布を会津木綿と合わせた、かわいらしい巾着。Photography by Masako Suda


古民家のギャラリーから
暮らしに馴染む作品を発信するユニット「渡し舟」

村の男性と結婚し、子育て中の渡辺悦子と舟木由貴子が「渡し舟」というユニットとして活動を始め4年。村の姉さまたちの織った布に惚れ込み、日々の暮らしの中で大切なものを思い出させてくれるような、味わい深い作品に仕上げている。「渡し舟」の活動拠点は、渡辺の暮らす古民家だ。その一室を完全予約制のギャラリーとし、作品を紹介している。光や風が感じられる部屋で、ゆったりとしたやさしい時間が流れているのに気づく。村外の人たちに、昭和村を訪れてもらい、からむしや村の暮らしを伝えたい。ふたりの姓から一文字ずつをとった「渡し舟」には、そんな思いが込められている。


「渡し舟」のギャラリーである古民家。渡辺悦子(左)と舟木由貴子(右)。Photography by Jun Nakagawa 「渡し舟」のギャラリーである古民家。渡辺悦子(左)と舟木由貴子(右)。Photography by Jun Nakagawa

「渡し舟」のギャラリーである古民家。渡辺悦子(左)と舟木由貴子(右)。Photography by Jun Nakagawa


「渡し舟」の作品。布製品、クッションなど、村の90代の姉さまの地機織りの布を暮らしに馴染む作品にした。Photography by Jun Nakagawa 「渡し舟」の作品。布製品、クッションなど、村の90代の姉さまの地機織りの布を暮らしに馴染む作品にした。Photography by Jun Nakagawa

「渡し舟」の作品。布製品、クッションなど、村の90代の姉さまの地機織りの布を暮らしに馴染む作品にした。Photography by Jun Nakagawa
「渡し舟」のFacebookページ:https://www.facebook.com/watashifune/



(敬称略)

 

 

→美しき布紀行〜会津、宮古・八重山(後編)へつづく

 

 

 

◆昭和村の古老からの聞き書きで蘇る昭和の記憶の一冊『奥会津昭和村 百年の昔語り 青木梅之助さんの聞き書きより』
奥会津昭和村の古老が人生を振り返る昔語り。ものを手作りし、自然と共生してきた山里の暮らしや、横須賀、本所深川での従軍体験などが、軽妙な語りで綴られている。昭和村に魅かれ、東京から移り住んだ著者が思いをカタチにした一冊。須田雅子著『奥会津昭和村 百年の昔語り 青木梅之助さんの聞き書きより』歴史春秋出版 定価1,650円(本体1,500円+税10%)

 

 

 

「からむし織の里フェア」
昭和村の道の駅「からむし織の里しょうわ」で、7月20日(土)、21日(日)に開催される「からむし織の里フェア」では、からむしの手仕事や畑の見学ができる。
詳細は昭和村観光協会ホームページへ。
http://showavill.info/karamushi_fair_34th/

 

 


Text by Masako Suda
Special thanks to Showa Village, Fukushima

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